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■山路の露 〜のちの宇治十帖物語■


<7>


浮舟との再会を果たし、終夜語り明かした母君と右近たち一行は、明け方には帰らねばなりません。尼君より、山里のくだものなどが詰め合わされた風情ある檜破子(ひわりご)が心づけとして一行に贈られます。一晩中語り明かしてもまだ足りないのに、あっという間の夜明けです。母君は、
「あなたがこうして生きているとわかったのですから、こんな遠い辺鄙じゃない所に引越ししましょうね。以前隠れていた三条の家はどうかしら。殺風景なままだけど、庭の手入れをして調度類も整えたら住めるわ。大将殿は、『決して他人に知られてはならぬ『』と仰ってたけど、そんなにビクビクやコソコソしなくったってねえ、他人がいちいち見張ってるわけでもないのに」
と泣いています。浮舟は、自身が生きている事を他人に知られるなんて絶対あってはならないと思っていますから、
「気の晴れなさが本当につのるばかりですが、尼姿の者が隠居している山奥をのこのこ降りて、人目多い場所に住むのは見苦しいものでしょう」
とうつむきながらつぶやきました。その横顔が可愛らしくも哀れで、母君は、
「大丈夫、大丈夫よ。町の中すべてが人目の多い場所ばかりなものですか。特別に山里仕立ての鄙びた風情の家をつくってあげましょう」
と、少しでも浮舟の興味を引くように言いつくろうのでした。
母君は持ってきたさまざまな衣装、綿、絹などを尼君にどっさりたっぷりと贈ります。もちろんわが娘・浮舟のための着替えや必要な日用品もたっぷりと。山里の老尼たちは思いがけない美しくもぜいたくなたくさんの心づけに大喜びです。右近の君は浮舟のいる家にこのまま残りたい、と思いましたが、
「だめ。こんな鄙びた山里の家でわびしく暮らしてどうするの」
と浮舟に制されるのでした。
別れ際、浮舟が、


あらぬ世と思ひなしつる山の奥になにたづねきて袖濡らすらん
(この世じゃないと思い込んでいた山奥に、何故わざわざやって来て、何故袖を濡らすのですか)


と詠めば、


たちかへる名残りだにかく悲しきに長き別れと思はましかば
(京の都に戻る少しの別れでもこんなに悲しいのに、ましてや死別と思い続けていんですよ、泣くのは当たり前じゃないの)


と母君が応えるのももっともなこと。京に戻る道中、牛車の窓から見える山並みもたいそうわびしく目に映り、あんな山のふもとにやっと逢えた娘を置いたまま戻るなんて、と悲しく情けない思いでいっぱいです。一方の浮舟も、実の母が帰っていった後の名残も悲しく、沈む思いの紛らわしに、あかつき方の勤行をいっそう心こめて行うのでした。




その日の夕暮れ、京に戻った右近の君は薫の屋敷に参上しました。あたりには女房も少なく、薫は御簾を巻き上げて退屈まぎれに横笛などを吹いています。右近が参上したのに気づいた薫はさっそく召し寄せました。右近の君は山里での浮舟の様子、母君との再会、交わした和歌などを細かに申し上げます。浮舟の心の内を思いやって涙ぐむ薫。以前と変わらぬ姿であればこんなに心にかかることもなかったかもしれない、だが今は彼女の今後が気がかりでならない…とやりきれない思いでいっぱいになるのでした。




さて匂宮はといえば、亡くなった(と思っている)浮舟のことがいつまでも忘れられず、「あれほど素晴らしい人はめったにいなかったのになあ」と亡き人を密かに恋しく想い続け、女人漁りもなりをひそめていましたが、本来の性分をいつまでも隠していられるはずもなく、先ごろ亡くなられた式部卿宮の姫で、中宮が女房という形で引き取った「宮の君」という姫に執心し始めました。浮舟の父・故八の宮と式部卿宮が兄弟の間柄なので、まだ見ぬ宮の君が亡き浮舟に似ているのではないかと好色な浮かれ歩きが始まったのですが、対の御方(中の君)や周囲を悩ますような大事にはなりませんでした。対の御方の後見役である大将の君も大切にかしずいています。匂宮との間に生まれた若宮も順調に成長しています。対の御方は例え大勢妻がいたとしても抜きん出て魅力的で、しかも浮気性な宮の割には他に子を生んだ女人もいないようなので、匂宮の若宮へ注ぐ愛情は並一通りのものではありません。今上帝や中宮は孫に当たるこの若宮に早く対面したいと思っていますが、匂宮は恥ずかしいのか、まだまだ対面させる気はなさそうです。



そうそう、言い忘れていましたが、薫の君は大将(右大将)から左大将になられ、内大臣も兼務するという昇進をなさいました。そしてこの頃、薫の君の北の方である女二の宮がいつになく具合が悪くなられましたが、御乳母たちの見立てでめでたくも懐妊の兆しとわかり、邸内は喜び大騒ぎ。にぎやかなことをあまり好まない薫ですが、北の方の懐妊にはさすがにうれしさを隠せないようです。薫の母宮もたいそう喜び、それはそれはわずらわしいくらいに北の方の身体を心配し、さし入れなどなさるのでした。






冬になりました。
薫の君たちの暮らす都は雪がちの毎日。ましてや小野の里では来る日も来る日も降っては積もり、根雪の上にまた降りそそぎ、人の歩く道は消え、雪に閉じ込められた人家から富士の嶺のようにかすかに煙のたなびく夕暮れ景色は、心細さがいっそう身にしみます。それを眺める浮舟は、


住む人の宿をばうづむ雪のうちに煙ぞたえぬ小野の炭がま
(家が埋もれてしまうような雪の中でも、炭窯からは絶えず煙が立ち上っていることよ)


と思うのでした。
やがて里はすっかり雪に閉じ込められ、悲しみにくれる浮舟。薪(たきぎ)を切る山人の跡さえ絶え果ててしまった頃、浮舟の暮らす家に薫からの御使いが手紙をたずさえてやって来ました。


『いかばかりながめわぶらんかきくらし雪降るころの小野の山人
 (雪にかきくもる空を小野に住むあなたはどのように眺めていますか)
都は雪の降りしきる毎日、ましてや小野のあなたはどうしてるのかと気がかりで…』


こんな雪深い中なのにわざわざお便りくださって…と薫の気遣いが心にしみた浮舟は、


訪ふにこそ跡をば見つれ白雪の降り埋づみたる峯の通ひ路
(白雪に埋もれてしまった通い路を、御使者さまの足跡のおかげで見出すことができました)


と返事しました。
浮舟の返事に切なさで胸がいっぱいになった薫は手紙を下にも置かず、いつまでも見入っているのでした。




今後浮舟をどう扱ったものか…自らのぞんで再会した以上、いい加減な扱いはしたくない、だが人の出入りの多い屋敷にかくまうのは本意でないし、まだ独身で周囲も大目に見てくれた当時でも世間を気にして人目につかぬ場所(宇治)に置いたものだが、今は女二の宮を北の方とし、しかも懐妊中、今さら浮舟のことを表に出したところで世間は何と言うだろう。そうかと言って山深い小野の里に閉じ込めっぱなしで終わらせるのも可哀想でならない。もう少し都に近くて静かな家を探し、そこに密かに通うのが一番なのだが…薫の君は浮舟の今後の処置に悩んでいました。薫の屋敷内は女二の宮の懐妊で喜びに包まれ、各社寺への祈祷の依頼などもなみ一通りでなく慌ただしい頃でしたので、まあそのうち身辺が落ち着いてからゆっくり考えようか…と結局はいつものように決断できずに悠長にかまえているのでした。






やがてあわただしい年の暮れ。薫は、年末の忙しい合間を見つけては小野の里の浮舟のもとに密かに通いました。そして新年の準備に必要な品々をどっさり取り揃え、表向きは右近の君の配慮のようにして贈りました。わびしい暮らしを長年続けている老尼たちはこの心遣いに大喜びでしたが、浮舟は、尼たちの人目も気にしないはしゃぎようが恥ずかしく、聞いているのもつらい思いです。
浮舟の母君からも同じく春を迎える準備物がたくさん届けられます。結構な数々の贈り物に、小野の里の小さな家に住む老尼から下仕えの者まで、みなが「この入道の姫さま(浮舟)の人徳のおかげ」とありがたく思うのでした。




同じく年末のある夕暮れ、薫の大将の君は兵部卿の宮(匂宮)の屋敷を訪問しました。あいにく匂宮は、母明石の中宮の里邸の六条院へお出かけとのことで、対の御方(中の君)のもとへ渡りました。
簀子(すのこ)に用意された敷物に座り、
「ああ、この御簾の隔ての厳しいこと。いつになったら分け隔てがなくなるのでしょうか。長年手厚いお世話をしている労をくんでいただけたらと思います。もう少し近くまで通してくださってもよいではありませんか」
とぼやきますと、取り次ぎの少将の君という女房が、
「物の道理のわからない人の過ちをとがめないのは甲斐のないことでしょう。匂宮さまのお留守をぬっておいでになられるので、御方さまも困ってらっしゃいますわ。『狩場の小野』の歌のように、遠ざけられていることにも慣れていただきたいものです」
と返事し、そのうえで庇(ひさし)の間まで通してもらいました。薫は、中の君の声が直接聞けないのが残念だと内心思いながら、
「そんなつれないご用心は納得できるものではありませんよ。このままつのる思いがくすぶってしまいそうですね」
と優美に微笑みました。
しばらくあって、御簾の向こうの中の君が少し近づいてくる気配がありました。薫は姿勢を改め、
「どうかなさいましたか。もしや、身分低き人が慣わしとしている『年の暮れの挨拶』などいただけるのでしょうか。それでしたらたいそう嬉しいことですが」
と言うと中の君は、
「年の瀬の、残り少なくなった日々を思うにつけても心細く…」
ほのかに慎ましく上品にそう言います。薫の君は、
「わが身につもる年月の終わりを知らず、慌ただしく年を送り新年を迎える習慣こそはかないものです」
と応えました。
こうして歳暮の挨拶を交わした後、中の君のふるさと宇治の話や故大君の話などの昔語りがいつまでも続きました。ですが、どんなに話し込んでも薫の君は小野の里に住む浮舟のことは決して漏らさないのでした。浮舟は中の君の異母妹、死んだとあきらめていた異母妹が生存していたと知ったならどれほど喜ぶことでしょう。もし、薫自身の口からでなく、のちに第三者からその事実を知らされたなら、「何も教えてくださらなかったなんて」と恨まれるに違いありません。それを考えると多少胸は痛みますが、浮舟が亡くなった当時の異常な事情の真相もそのうちわかってもらえるだろう、と思うのでした。正直、浮舟に対する複雑な心情を自制しつつ、
『こんなはかなく辛いことがありましてね』
とほのめかす程度に語って済ませられる自信が薫にはありません。中の君だって、薫が一度打ち明け始めたら、不審に思っていろいろと問いただしてくるでしょう。それにここで打ち明けたことが万が一外に漏れでもしたら…特に匂宮の耳に入るようなことになるのだけは絶対に避けたいと思う薫の君でした。宇治にそっとかくまっていた恋人浮舟に裏切られ、親友の匂宮にも裏切られた過去のわだかまりがそう簡単に解けるはずもなく、他人(匂宮)に知られるのだけはもうこりごりだ、と深くため息をつく薫の君だったとか。



                    (終)


参考文献:日本古典偽書叢刊第二巻『山路の露』