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■山路の露 〜のちの宇治十帖物語■


<5>


短い逢瀬も終わりです。夜が明けぬうちに戻らねばなりません。
「浮舟。一晩語ってみたところで、納得できたことは何一つなかったよ。わだかまりも何一つ解けていない。それがつたない我が身への咎だとしても、やはりつらくてやりきれない。仏の道を求める心なら君に負けない。世を捨てた君と、もうすぐ世を捨てるつもりでいる私と立場は違えど、もっと心ゆくまで話したい。こんな離れた場所に君を居させたくないんだ。
君のお父上(八の宮)がご存命であられた頃は、懐かしく通い甲斐のある宇治の山里だった。だが君が神隠しに遭って以来、その名を聞くだけでも恨めしく思うようになったよ。以前よりいっそう荒んだ気持ちにもなった。それでも、君と別れるこの暁の空が、二人の思い出をこれほど追想させる切ないものだったなんて、私は知らなかったよ。


思ひやれ山路の露にそぼちきてまたわけかへるあかつきの袖
(山路の夜露に濡れながらやって来て、涙に濡れながらまたむなしく戻ってゆく私の立場を、どうか思いやってほしい)


もう帰らなければならないんだ…浮舟。夜更けの露に袖を濡らしてしょんぼり帰ってゆく私のことを、君はどう思っているのだろう」
「……」
「浮舟、ひと言でいいんだ」
「…露ふかき山路をわけぬ人だにも秋はならひの袖ぞしほるる
(それほど深い露でなくとも、しみじみとした秋の山路を歩く人は、とかく涙で袖を濡らすものだといいますわ)」
「ああ浮舟!そんな通り一遍で薄情な返事が君の本心なのかい?本当は違うのだろう?そんなおざなりなありきたりの返事じゃなしに、もっと真面目に答えておくれ。とぼけたふりなんて、今さらしないでおくれ。心底滅入ってしまう」
薫は浮舟に何度も説得を続けました。が、夜が明け始めるまでに戻らねばなりません。薫は未練たらたら、切ない想いのまま急いで退出しました。
誰とはわからないような目立たない狩衣姿ですが、やはり高貴な身のこなしは隠しようもなく、露すだく山路を戻ってゆくその姿は、来た時と同じく、絵のような風情のある光景なのでした。




夜が明けました。
庵の老尼たちは、昨夜この仏間で、入道の姫君(浮舟)と、いかにも身分の高そうな貴公子との間に何があったのか、興味しんしんです。皆、その辺りを歩き回りながら、貴公子のすばらしい芳香が移り残ったところを大騒ぎで誉めそやしています。
「殿方は藤の袴を脱ぎ置いたのかしらね…オホホ、すばらしい移り香がそこここに残っていますわ」
まるで、浮舟が貴公子の魅力に抗いきれなかったかのような、いやな感じの言い方です。けど無理もありません。都の人といえばたまにやって来る中将の君(庵主の亡き娘の婿君)くらいしか見たことがなく、そこへ目もくらむような美しい薫がやって来たものですから、興奮して大騒ぎするのも仕方のないことなのでしょう。
浮舟は老尼たちの勢いに気後れして、ひとり経読みに励んでいました。ほどなくして薫から手紙が寄越されました。もちろん浮舟は興味ない様子ですぐに見ようとしません。庵主の尼君はじれったく思い、
「さあさあ、すぐにお返事なさいな。もう幼稚な態度はおよしなさいませ」
と手紙をほどき、広げて浮舟の手に持たせました。はなだ色の少し固めの飾り気のない唐の紙は色めいた雰囲気などなく、出家した浮舟への薫なりの配慮でしょうか。
「今朝はぼんやりとしており何も考えられなくて。


たち返りなほこそまどへ長き夜の夢をうつつにさましかねつつ
(我に返ったあとも心は惑乱しています。煩悩の闇から目を覚ますことは難しい…)


あなたは以前より、もののあはれを知るようになった。目で見、耳で聞いたことを素直な情緒で感じ取れるようにもなった。なのに、この私には相変わらずの冷たい態度だなんて…勤行で心が清らかになったとはとても思えない」
すぐに返事を出すのも軽率なので、気にかけないふうにしていると、尼君が、
「お返事を差し上げないのですか?思いやりのないことをなさいますな。これほど誠実にお心をかけて下さっているのに、もったいぶって返事を遅らせるのは、いかにも世馴れた女のような態度に思えますよ」
と、くどくど説得するので、浮舟は泣きながら手紙の端に、


そのままにまだ我が魂の身にそはで夢か現かわかれだにせず
(私の魂は、宇治の川に身を投げたあの時以来、いまだ我が身に戻っていませんので、昨夜のことが夢かうつつかよくわからないのです)


とさりげなく書いて文使いの者に渡しました。
使いが戻るのを今か今かと待っていた薫は、すぐに返事をしたためて返した(本当は、尼君に無理強いされての返事なのですが)浮舟の真心を愛しく思い、手紙を読みました。
出家したからといって急にわざとらしい殺風景な色の手紙に返事を書けば、二人の事情とはかけ離れた、あまりにも不似合いな色となり、また薄様のいかにも恋文めいた艶やかな色の手紙であれば、それもやはり不似合いな色となるでしょう。
浮舟はそんな難問に、薫の選んだ色の御文の端に何気なく返事することで、見事に取りさばいたのです。
こんなにやさしくこまやかな心づかいは、昔の浮舟そのままだ…薫はいっそう愛しく思うのでした。
さて、次にしなければならないのは、浮舟が母親宛てに書いた手紙を母親に渡すことです。
「常陸介の北の方(浮舟の母君)はみっともないほど喜び騒ぐことになるだろうな。無理もないが」
思いがけない展開に母親が大騒ぎすれば、浮舟失踪後の経緯がたちどころに世間の人々に知れ渡るでしょう。薫はそれが憂鬱でなりませんでした。




さて、浮舟失踪後、側近女房の一人・侍従は、薫の計らいにより明石中宮のもとに出仕していますが、浮舟の乳母子の右近は悲嘆にくれながら、宇治の山荘に留まったままでした。薫はこの気の毒な右近の気立てが良いことや口が固そうなことを知っていましたので、衣装などを贈り、自分の屋敷に一度立ち寄るよう、使いを出しました。仰せに従い参上した右近は、屋敷で使っている女房たちに何ら見劣りすることなく、なかなか感じもよさそうです。
そういえばかつての源氏の君の恋人・故夕顔の侍女にも右近と言う名の女房がいました。あちらの右近の君は、夕顔が急死した当時、「煙を雲」と独り言のように歌をつぶやいた源氏の君に返歌も出来ず、主人急死のショックで呆けたように憔悴しきっていましたが、こちらの(浮舟の乳母子の)右近はたいそう若々しくはつらつとしていて、愛想もよく好ましい女房のようです。
薫は、周囲に人がいなくなった頃を見計らって、右近をそばに召して、はっきりとではありませんが当時現場にいた右近ならわかるような言葉を選んで、それとなく浮舟失踪の真実を伝えてあげました。入水して死んだと思っていた浮舟が生きていることを知らされた右近は、もうどれほど驚いたことでしょう。
「私もわけがわからないのだ。あの荒々しい宇治川の水の音ばかりを毎日聞いていたせいで、ついふらふらと引き込まれてしまったかと思っていたのだが。行き倒れてずぶぬれで倒れている彼女を見つけて介抱した人は、
『木霊が悪さでもしたのでしょうか、手当ての後も、ずいぶん長い間寝たきりで弱ったままでした』
と語ってくれたよ。発見された場所は宇治院なのだが、あそこはとにかく土地が古い。性質の悪い木霊に魅入られたとしても不思議じゃないからね。彼女が母親宛てに書いた手紙には、
『惜しくもない自分の命がいまだに生き永らえています』
とあったと聞いているが、どういうことなんだろうね。心当たりのある人がきっといるはずなのだが」
薫は右近に真相を話しやすいよう、それとなく水を向けますと、右近は、
「あの頃はもう本当に一日中と言っていいほど泣き暮らしていらっしゃいまして…たまに起きられては、
『怖ろしいことをしてしまった…きっと重い罰を受けるわ。早く死んでしまいたい』
とうわ言のようにつぶやいておられました。それから幾日も立たないうちに、ふいに姿が見えなくなってしまったのです。私は、浮舟さまの日頃のご様子から、てっきり宇治川に身を投げられたのだと思ったのです。今でもそう確信しております。失踪する直前、巻数(かんず)に辞世の句としか思えない歌を書き残しておられまし
たので、そのことも合わせて、覚悟の上の入水かと思いましたのに…もう私には何が何やら、いったいどうなっているのでしょう、どういうことなのでございましょう」
と泣き出してしまいました。薫は、
「筑波山(浮舟の母親のこと。常陸介の妻をそれとなく指した)のあたりは、今回のことで、分別がつかないくらい喜ぶだろう。その気持ちはわからないでもないが、喜びのあまり身の程をわきまえぬほど取り乱すようなら、何かとうるさいことになるね。そこに控えている小君はそのあたりをよくわきまえているから、右近、小君と一緒に(常陸介邸に)行って、事の次第(浮舟が生きていること)は、くれぐれも他言無用だと念を押してきてくれないか。
一人くらいには(娘が生きていることを)こっそり打ち明けたって…と筑波山が軽く考えて口をすべらせてしまうのが心配だ。一人また一人と次々とうわさ話が広がって、とうとう宮(匂宮)などに聞きつけられでもしたら、誰にとっても望んでいない結果になってしまうからね」
と嘆息するのでした。


薫に命ぜられた右近と小君は、浮舟の手紙を託され、常陸介の屋敷を訪ねることとなりました。