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■山路の露 〜のちの宇治十帖物語■


<1>


これからお聞かせすることは、かの光源氏の御曹司、薫大将と呼ばれる御方の『その後』のお話でございます。その後、と申しますのは、死んだと思われていた浮舟の消息を小野の里に聞いた後の、お二人の切れそうで切れない不思議な縁のお話なのでございます。
わけ知り顔でお話するのはみっともなくもあり、たいそう気恥ずかしいことですが、お二方の御縁のはかなさを見つめてきた人がぽつぽつと書き留めておいたものが、何の因果か私の手元にございます。
いえ、その人は誰かにお二方の関わりをうっかり洩らしたとか決してそのようなことはしておりません。その人はもうお亡くなりになられたのですけど、故人の遺品の整理をしている時、供養のために経の紙にでもしようと文反故の類をまとめてすき直していた人物の目に、たまたまこの物語が留まり、興味をもって処分せずに残してくれたそんな経緯で私の手元にやってきた次第でございます。




蜻蛉(かげろう)のようにはかなく消えていったはずの浮舟が生きている。生きて比叡山のふもとの小野の里にいる――― 中宮の女房・小宰相からそう打ち明けられた薫君は、浮舟に下山を勧めて拒否されてもなお彼女が気になって仕方ないのでした。
それで浮舟の実弟の小君を以降もたびたび小野の里に使わしては、彼女の頑なな態度を少しでも解かそうとしますが、小君はいつもしょんぼりとして戻ってくるばかり。
故大君と血のつながった浮舟が生きていると知った今では、彼女を捨て置くことなどとてもできません。お互い愛し合っていると知りつつも、慎重さと臆病さゆえにまったく進展しなかった薫君と故大君。いずれ時が二人の関係を押し進めてくれるだろうとのん気に構えているうちに、永久に手の届かない場所に旅立って逝った永遠の女人。
悔やんでも悔やみきれない薫君の前に現れた、大君の面影を宿した浮舟。亡き人の身代わりとして期待に答えてくれる場面もあったことなどがただただ懐かしく、薫君の心は千々に乱れるのでした。浮舟はもう死んでしまったのだと思えばこそ、嘆きながらも日々どうにか過ごして来られましたが、生きているとはっきり知らされた今、胸はとどろき、自らの眼で確かめずにはいられない気持ちになっているのでした。




今日は内裏の物忌の明ける日。重臣である薫君は慣例どおりに参内し、帝に拝謁し、自邸に戻った後は、北の方である女君(女二の宮)のもとに参ります。
邸の女主人は、萩の重ねに紫苑色の内袿をたいそう優美に着こなしてくつろいでいました。まるで秋の野に咲き乱れる草花をそのままこの部屋に移したような美しさです。
そして、つやつやとした豊かな黒髪はひとすじの乱れもなく衣装に打ちかかり、きれいにそろった削ぎ目が衣装に照り映えているさまはどこまでも上品で清らか。
なのに、この華やかな女君を目の前にしても、やはり薫君は浮舟のことが思い出されてなりません。おだやかでしっとりとした安らぎを与えてくれた浮舟。主上が掌中の珠のごとく大切に育ててきた皇女・女二の宮と比べるのも愚かな話ではあるけれど、可憐であたたかでやさしい雰囲気は浮舟の方が勝っていたし、生まれた時から人々にかしずかれることだけしか知らない女二の宮に比べ、苦労している分だけ浮舟の方が気楽でほっとできる雰囲気を持っている人だった、と薫君はしみじみ思います。他にも、女君の翡翠のごとく照り映える黒髪を眺めては、尼になったという浮舟はどんな髪の形をしているだろうと想像してみたり。このように、一度浮舟を思い出してしまうとなかなか頭から追い払うことができないのでした。
匂宮との不愉快な出来事(密通事件)で浮舟をばっさりと思い捨てることができればどんなによかったか。なのにあんな軽率な行為(密通)を知った後でもなお彼女を愛する心はさめやらず、死んだと聞かされた時、後悔の涙をどれほど流したことか。どのような形であれ、はっきり生きていると知った今では、八の宮の姫・大君とつながる血筋の女人を絶対に失いたくないと思う薫君なのでした。
もう一人、大君と血のつながる中の君は、匂宮の男皇子、つまり帝の孫宮を産んだ夫人として世に認められ、宮の上と呼ばれています。匂宮からも許された『特別なつき合い』を続けてきた薫君と宮の上も、年月が経つにつれお互い重々しい身分となればそうたやすく逢うことも叶いません。大君が亡くなってからお互い悲しみを慰め合い、夜が明けるのにも気付かないほど昔話を語り合ったのも、遠い昔の良き思い出となってしまった二人。それもそのはず、かたや権大納言と右大将を兼任する朝廷の重臣、かたや光源氏一族というゆるぎない後見を持つ匂宮の第一皇子を産んだ中の君。いくら親しくとも、世間一般常識的なけじめはつけねばならないというものでしょう。
薫君は表面上は何でもないように装っていますが、宮の上との距離が広がれば広がるほど慕わしさは募るばかり。薫君は、亡き大君とよく似た宮の上に逢えない寂しさを埋めるべく、大君の面影を宿す女人をそれとなく探しますが、そんな人はどこを探してもいませんし、たとえ見つけたところで結局何の慰めにもならないのは彼自身もよくわかっているのです。このように思い通りにならない現実の原因は、体裁ばかりを気にして、事が過ぎてから後悔ばかりしてしまう本人の性格ゆえなのですが。




小野の里で暮らす浮舟は、落飾した姿にふさわしい熱心さで日々を仏道にはげんでいます。一緒に暮らす老尼君たちにも負けないくらいのひたむきさで仏の教えを学ぼうとするその姿勢はとてもまじめで、横川僧都の妹の庵主もおどろくほどです。僧都が比叡の山から下りてこちらの庵(いおり)に立ち寄った際に浮舟の近況を報告しますと、
「それは感心な。若い女の身でありながら、立派にお勤めに励んでおられるのじゃな。こんな法師めが言うのもなんだが、薫の大将とは長年のつき合いをさせていただいておる気安さから拝察するに、大将の君はあの入道の姫君(浮舟)にいまだ深い愛情を抱いておられる。若い女の身ならば悲しい思い出もそのうち薄れ、こまやかな愛情で気づかってくれる男君の求めに応じて、『還俗したい』と落飾したことをそのうち後悔するだろうと思っていたが…そうであるか、お気持ちが揺らぐことなく日々を勤行に励んでおられるか。それはよかった。三世の諸仏も女人の覚悟をふびんに思われるだろうて」
と横川僧都は大げさにおどろくやら感心するやらで、二人の会話を聞いていた浮舟はたいそう気恥ずかしく、奥に引っ込んでしまいました。退出する彼女のしぐさは若々しく風情があり、こんな老人ばかりが隠れ住む田舎に埋もれさせるには何とも惜し過ぎるし、できることならば日のあたる境遇において幸せにしてあげたい…と、庵主の尼君は実の親のように浮舟の身を心配するのでした。
この庵に身を寄せた頃の浮舟はいつもうつむいてふさいでばかりでしたが、今ではずいぶん明るくなりました。
人間誰しも心のうちに仏性があるというが、こんな私でもいつかその存在に気づく日がやってくるはず…と願う浮舟。清くすがすがしい心で経を唱える毎日です。




小野の里の秋色も次第に深まり、松の枝や竹の葉を鳴らす風、澄んだ明るい月の光が浮舟の心に沁みます。秋の長夜は風のかすかな音にも寝覚めがち。ましてや、小さな庵の粗末な柴の戸口に叩きつける嵐の音や小牡鹿(さおじか)のもの悲しい鳴き声になかなか寝付けない夜更けなどは、幸せなことなど数えるほどしかなかった思い出が頭をよぎるのです。
(朝に夕に、「どうか、人並みの幸せな人生を送っておくれ」と慈しんでくれたお母さま。不出来な私はいつもお母さまの悩みの種でしかなかった。薫さまのお屋敷に迎えられる事が決まって、ようやくお母さまを安心させられるはずだったのに。死に切れずに生きているとご存知なのは薫さまだけだろうか。それとも皆に知られてしまっただろうか。
小君は、私が生きていることをお母さまに教えただろうか。お母さまは私のことを今どう思っておられるだろう。お母さまの事は何にも伝わってこないのに、生きている事を一番知られたくない薫さまには住んでいる場所まで知られてしまうなんて…これが我が身に与えられた運のつたなさというものか。ならば、せっかく生き永らえた命があるならば、もう一度お母さまにお会いしたい…)
このように、浮舟は実の母親にだけは会いたいと切に思っているのですが、薫君の御使いでこの庵にやってくる異母弟の小君には、対面することも言葉をかけることもしていません。実の弟ではありますが、薫君が召し使っているのですから用心に越したことはないのです。
(おかしい、あの子(小君)は私がこの庵にやっかいになっているのを知りながら、そのことをお母さまには話していないような気がする。何故なのかしら)
実の弟の小君にさえ、浮舟はわだかまりや不審感を持つのでした。