537段 下野種武、大仮名にて散状を書く事


後鳥羽院の治世の頃、某所で行われた競馬(くらべうま)で、下野種武という随身が敗者になった。勝負事の敗者は負けわざを披露するのがルール。とはいえ、一介の随身で豪華な宴会などができるはずもないので、せいぜいコップ一杯の酒を勝ち組たちにおごるとか、何かのパフォーマンスをするとか、その程度だろう。その負けわざを種武の属する近衛府の上司が催促したところ、種武が大仮名なる文字で、上司に書状を返した。大仮名とは雑で乱暴なかな文字というよりは、丸っこいのや角ばったのや、字の大きさもそろわず、「す」や「た」が鏡文字になったりする、いわゆる文字を書き始めたばかりの子供が書くような字だ。
種武は負けて相当くやしかったのだろう、その大仮名で、
『この種武めが騎乗した馬が走った、という証拠がございましたら罰ゲームをします!(怒)』
と書いて、上司に突っ返したのだ。
自分の乗る馬がちゃんと走らなかった→自分の馬は走っていない→出走していないなら負けわざ(罰ゲーム)をする必要ない、何という無茶な主張。衆人環視の中で負けたのにこの開き直り。事の次第を帝(後鳥羽)がお聞きになって、
「この文字にこの開き直り。はっはっは、これは本当にあの随身が書いた書状か?とてもそうは見えぬぞ」
と大笑い。おかげで種武は負けわざを免れたという。




538段 内裏の番替りに高足駄での通行を賭けた某輩達の事


順徳院の治世の頃、宮中某所の役人たちが頭を突きあわせて雑談していた。この役人たちは怠け者ではなく、しごく真面目な者たちばかり。
「今度来た大番役は、ことのほか見張りがきびしいよなあ」
と誰かがボヤいた。大番とは、内裏や院の警護番役のことで、地方から上京した武士が交代制で役につくのが慣例だ。
「うはは、何を言う。オレなら高足駄をはいて番所の前を通れるぞ。絶対怪しまれるもんか」
と役人Aが笑った。他の役人仲間たちが皆「無理無理、そんな事できっこないさ」と口をそろえて言う。
「じゃあ賭けてみよう。結果はすぐにわかるもんな」
とAが言った。Aはもちろん、
『番所の前を高足駄で無事通行できる』
他の同僚役人たちは全員、
『不審に思われて捕まる』
と賭けた。勝敗の判定や負けた側が何をおごるかなどを決め、
全員で番所の陣口へと向かった。陣口は二条油小路。閑院と堀河殿の間の油小路付近だ。
さっそくAがこれ見よがしな高さの足駄をはいて番所の前を歩く。隠れて見守る同僚役人たち。予想どおり、番所から警護の武士が「不審者発見」とばかりに飛び出してきた。
「怪しい奴だな。何だその高足駄は。番所の前で糞でもするつもりか」
役人Aは警護の武士ににらみをきかせ、そのまま行こうとするが、警護の武士が逃すはずもなく、ひっ捕らえられそうになった。それでもA
は臆することなく、
「何も知らないお人と見える。ここ油小路は藤原冬嗣公が創建された閑院に面し、冬嗣公ゆかりの南都興福寺の南円堂では、建立に深く貢献された寄人(よりうど)殿が、このような高足駄で日々闊歩していた歴史を知らぬのか。そんな勉強不足で大番が務まるか!」
と言ってのけた。この場合の寄人とは、藤原冬嗣に南円堂を建立することを強く勧め、設計に深く携わった行者・空海のことを指す。行者には高足駄がつきものだ。陣口での騒ぎを聞きつけてやって来た武士頭が、
「おおい、手出しをやめよ、放っておけ。閑院殿ゆかりの地を高足駄の寄人殿が歩いていても何も問題ないのだ。さあさあ、散った散った」
と地方なまりの強い言葉で警護の武士に声高に命じたので、武士は番所に戻っていった。
こうして賭けに勝った役人Aを同僚たちは「豆知識スゲー」と感心し、Aは皆から立派な引出物をたくさんもらった。
後日、この話を聞いた帝(順徳院)が役人Aをわざわざ召し出して、一連の出来事をそっくり再現させて、大いに面白がられたという。




539段 滝口武士の下人が寝ぼけて中将実忠を呼びつけた事


同じ帝(順徳帝)の治世時、滝口の武士に小川定継という、帝にたいそう気に入られている人物がいた。滝口でのポストは上から4番目だったが、上位にいる古参の武士3人を超えて昇進し、その当時は第一番目の上臈武士だった。それくらい帝から寵愛された武士だったようだ。
ある年の中秋の名月の夜、帝の臨席のもと管弦の宴があった。
もちろんお気に入りの定継も出席していた。定継の使う下人が、黒戸のかた(滝口詰所の西の廊下)の馬小屋で、御用待ちの間ヒマだったのでウトウトしていた。それが突然ガバリと立ち上がったかと思うと急に走り出し、そのまま一気に中将藤原実忠の住む綾小路の屋敷に飛び込んだのだ。
「大至急内裏に参内ください。とにかくもう大至急です、早く早く」
息せき切って下人が言う。
屋敷の主人実忠は驚いた。
「どうしたのだ。宮中で何事か起こったのか。これ、そなた、誰に命ぜられてここに来たか」
「小川滝口定継殿でございます」
そう言って下人はあたふたと帰っていった。
実忠はさらに驚いた。
「滝口の小川といえば、上さまご寵愛の側近ではないか。宴の最中に上さまの御身に何かあったのかも知れぬ」
宮中の一大事と思い込んだ中将は馬を飛ばして駆けつけた。
ところが内裏はいたって平穏、華やかな月見の宴の真っ最中。中将は首をかしげながらも、南殿の賢聖の障子の辺りで帝にお目通り願ったところ、帝も当然覚えがないとの仰せ。中将実忠は事の次第を帝に説明し定継に確認したところ、やはり定継の下人が寝ぼけて、こんな信じられない行動をとったのが原因とわかった。この下人、半分寝たまま全力で京の町中を全力で走ったせいで、途中築地の角に顔をぶつけてしまい、鼻や額を血まみれにしてしまったらしい。
目がはっきり覚めた後の本人は、自分のケガに相当驚いたに違いない。
帝はこの話を聞いてたいそう面白がり、
「寝ぼけていたのが原因ならば仕方あるまいよ」
と言われ、下人の不始末は沙汰やみとなった。
だが定継はたいそう恥じ入り、
「寝ぼけてこんな異常な行動をとるなんて聞いたことがありません。今後もあの者を召し使えましょうか。そのうち必ずや主人の私に恥をかかせるようなとんでもない失敗をしでかすに決まっています!」
そう言って、下人を屋敷から勘当してしまったそうな。






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