526段 下野武守、その女(むすめ)を秦頼武に嫁がせる事


後白河院の随身の秦雷文の息子・頼武が嫁を迎えた。相手は近衛殿随身下野武守の息女である。婚礼当日、父親の武守は娘を相手方に嫁がせるのに何と徒歩で行かせた。娘にとっては人生のハレの日、車かせめて馬に乗せてやればよいものを、花婿の家まで歩かせて嫁入りさせるとは。しかも同行させた従者はたった二人。その上、その二人もこんな大事な日に、およそ晴れ着にはほど遠い、狩衣に麻布の袴というごく普通の服装だった。貧相過ぎてとても花嫁行列には見えない。道行く人々はそれを見て、
「へんてこな花嫁一行だなあ」
といぶかしがる。武守いわく、
「馬にでも乗せてやれとでも言っているのか。わしらのような低い身分の者は、たとえ花嫁であっても乗るものなぞないわ」
だそうだ。
ところでこの婿君の秦頼武、何の落ち度があったのか経緯は分からないのだが、大夫判官源季国のもとに一時身を寄せていたことがある。そのとき頼武が詠んだ歌、


風をいたみ周防の浦によりたけがしやうあらんとて篳篥(ひちりき)ぞふく
(激しい風のため周防の浦に舟が避難するように、周防国に避難している頼武の『生(しょう)=生命』がどうぞ助かりますように…と一心不乱で篳篥を吹いています)


この歌を詠んでしばらくして、頼武は許されて京に戻ることが出来たそうだ。




527段 坊門院の蒔絵師某、大仮名にて返事の事



坊門院(高倉天皇皇女範子内親王)のところに長年召し使っている蒔絵師がいた。ある用事があって、「急いで参るように」と人を遣ったのだが、使いの者は返事の書かれた手紙だけを持って帰ってきた。その手紙には、見たものが絶句するくらい大きな手蹟で、
『ただ今こもちをまきはじめておりますゆえ、それをすませてから参ります』
とあった。これを読んだ台盤所頭の女房はカンカン(台所関係の用事だったのか)。
「子持ち女を枕き(まき=抱いて共寝すること)始めたから、コトが終わるまで来れないって!?」
女房は怒りのあまり、手紙を読み終わらないうちに投げ捨ててしまった。再び蒔絵師のもとに使いが走る。
「主家に対してそのような馬鹿げた理由を申すか。今すぐに参れ、とのお言葉でございます」
使いの言葉に蒔絵師はすっかりあわてふためき、坊門院にすっ飛んできた。台盤所頭の女房は手紙をちらつかせ、
「よくもまあこんな、恥を恥とも思わぬ言い草が書けたものですわね」
とののしる。蒔絵師はうろたえながら、
「馬鹿げた理由を申したつもりはございません。ご依頼の御物(ごもち=御道具)に金粉を蒔き始めて手が放せないので、作業がひと段落しましたら参ります、そのように手紙に書いたつもりでした」
と弁解した。
同音異義語のちょっとしたトラブルの例である。




528段 坊門院侍長兵庫助則定、雑仕老女小松を愛する事


これも同じ坊門院での話。
侍所の長に兵庫助(兵庫寮次官)則定という者がいた。変わった性癖の持ち主で、ずいぶん若いにも関わらず、熟女ならぬ老女を好み、同じ侍所の雑仕女の小松という老女が大のお気に入り。同僚たちに「小松纏ぎ(こまつまぎ=小松を枕にして共寝する、小松の彼氏)ww」といつもからかわれていた。
ある日、台盤所に同僚の小侍が呼ばれ、そこの女房に、
「コマツナギを持ってきてちょうだい、大急ぎでね」
と頼まれたが、小侍はこの言葉を聞き間違え、
(小松まぎ(兵庫助則定)を連れて行けばいいんだな)
そう勘違いしてしまった。しばらくして、女房の頼んでもいない則定を連れた小侍が台盤所に現れ、
「何の御用でしょう」
と尋ねる。女房は何が何やら解らず、小侍に、
「どうして兵庫助殿が?私、この方を連れてきてなんて言いました?」
と聞くと、小侍は、
「どうしてもこうしても・・・『小松まぎ、きと参らせよ』とおっしゃったのはそちらですよ。ですから召してこちらに参ったわけで」
そう答えた。こちらも面白い聞き違いだ。


コマツナギ・・・マメ科の草。馬がつなげるほど丈夫な茎を持つからこう呼ばれる




529段 たつみの権の守、六波羅にて問注の事



松尾大社の神主・頼安のところに、たつみの権の守と名乗る翁がいた。
この翁、狭いながらも田畑の土地を持っていたが、あるとき土地の所有をめぐってのトラブルが起き、六波羅にて裁判が行われることとなった。
裁判当日。頼安は、
「どんな判決が下されるだろう。あの権の守は身の程知らずの愚か者だから、結果次第ではどんなことをしでかすかわからぬぞ」
と心配していた。その日の夕方、頼安の家の前を権の守がちょうど通りかかったので、頼安は声をかけた。
「おお心配していたぞ。どんな沙汰になったかね。待っていたのに知らんふりして通り過ぎようとは、あまりによそよそしいじゃないか」
と尋ねると、それまで落ち着かない様子で頼安の話を聞いていた権の守は急に態度を変え、
「裁判?このわしがしくじるとでも思ってるのですかい?わしの言い分の方が正論なのは明白じゃ。その証拠に、お上の質疑にひとつひとつ答えていったら相手の男は反論できずに口を閉じてしまったんでさあ。ああ気分がいい。こてんぱんにやりこめたんですから。あなたもその場に居れば、わしの言い分に感心したでしょうに。六波羅のエライだんなさま(評定衆たち)がたも耳をすまして聞いておられましたよ」
懐から扇を出してパタパタと、余裕たっぷりの様子で答える。
「そうかそうか、それはよかった。あの田畑はおまえの土地であると、公(おおやけ)に認められたというわけだな」
頼安が安堵してそう聞くと、権の守は、
「いえいえ、それでも田畑は相手に取られてしまったんですよ」
と即座に答えた。
「はぁ!?…お前、エラそうに語ってんじゃねーよ!」
話にならないくらい、とんちんかんな申し立てを言いたいだけ言って、どうやら正論は相手の男にあったらしい。






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