521段 粟田口大納言忠良、近衛基通公と歌を贈答する事


粟田口忠良卿は、権大納言時代も含めて長いキャリアを持つ大納言だが、政治活動より歌人生活が大事だったのか、朝廷に出仕するのを怠ってばかりだった。あまりの怠慢に、世間では、
「ろくにお勤めしてませんもの。今に官職をはぎとられますわ」
「大納言ポストの候補者も、もう決まっているとの噂ですわよ」
と評判しあっていた。
結局、噂は噂でしかなく、大納言の官職を剥奪されることはなかったが、その年の県召除目(あがためしのじもく)の翌日に、異母兄の近衛基通公が忠良卿にこんな歌を送ったそうだ。


人よりも皮逸物に見ゆるかなこのいけはぎにせられざりつる
(ずいぶんと丈夫な生皮を持ってたんだねえ。よくもまあ、生け剥ぎ(大納言剥奪)にされなかったことだよ)


忠良卿は、


いけはぎにせられざらんもことわりや骨と皮とのひつきさまには
(そりゃあそうですよ。これだけ骨と皮とがひっついた容姿ですからね。そう簡単には剥げません)


と返した。この忠良卿、歌のとおりのやせ細った人物で、兄の基通公もこの返歌にはさぞかし笑ったことだろう。




第522段 皇太后大夫俊成卿のつぶやきに女房が連歌する事


皇太后宮の大夫俊成卿(藤原俊成)が、蓮華王院(今の三十三間堂)のすぐ南にある最勝光院に花見に出かけた時のこと。
花見のついでに御堂を拝んでいこうと門の管理人を捜したが、いつまで待ってもやって来ないうえに「カギを失くしてしまいまして」と能無し的な言いわけ。俊成卿はイラ立ち紛れのイヤミついでに、


かぎあづかるもじやうの大事や
(錠(=カギ)の管理も常(=日ごろ)の大事な仕事なのに)


と独り言のように下の句をつぶやいた。するとそばに控えていた一介の女房が間髪入れず、


あけくれはさせることなきものゆゑに
(普段、この扉を開け閉めすることがないからですわ=普段、大してさせるような仕事がないわけですから)


と上の句をつけた。歌の道を極め、『歌聖俊成』と誰からも尊敬される俊成卿のつぶやきに気後れすることなく連歌する、女房の度胸に驚かされる。




523段 北院の御室守覚法親王、老狂女と問答の事


仁和寺喜多院の御室・守覚法親王が、ある日の夕暮れ、ひと気のない部屋で念誦をしていて、広庇(ひろびさし)の辺りに白髪茫々の異様な風貌の老女が立っているのに気づいた。御簾を勝手に引き上げて、狂気の目つきでニタニタと笑いながら、
「怖いか?わしが怖いだろ?怖いだろう?」
と迫ってくる。御室はさぞ恐怖で引きつっただろうが、あわてず騒がず、
「そなたは何者であるか」
と落ち着いた声で老女に問いかけた。
が、解っているのかいないのか、老女はただただキィキィと笑うばかりで返事をしない。老女にしてみれば、誰もが腰を抜かして怖がるはずなのに、穏やかに話しかけてくる男にどうしていいかわからなかったのではないか。
困惑気味な二人が向き合っていると、松井何某という法橋がやってきて、ただならぬ様子の老女がいるのに驚き、あわてふためいて人を呼びに行った。不審者発見の報に人々が駆けつけ、老女をよくよく見れば、
「この女は、法金剛院の正門あたりで寝起きしている狂人です。そら、ここはおまえさんの来るところじゃないぞ、しっし」
との声。見知った者がいるらしい。老女は首根っこをつかまえられて追い出されてしまった。
御室は、本物の化け物が現れたと思っていたらしい。




第524段 御室、ご執心の随身と同じ着付けを上童にさせた事


これも同じ御室の話。
御室は中臣近武という随身を好んで召し使っていた。袴さばきがとてもお洒落で格好よく、お供にはうってつけの風格だからだ。そんなお気に入りの近武だったが、何かの行事の時に彼の代役として上童(貴族の子弟)を使ったことがあった。御室は本番の前に近武を呼び、
「そなたの着物の着こなしはいつもキマっておるのう。一度あの者にお手本を教えてやってくれ」
と命じた。近武は「かしこまりました」と答え、上童の待っている控え室に出向いた。近武はどんぶり茶碗くらい大きい椀と酒を携え、
「まずこの椀で酒を五度がぶ飲みすること。眠たくなるから仮眠をとること。話はそれからだ」
と上童に言った。童とは言っても年もそこそこ、おまけにかなりイケるくちなので調子に乗ってがぶがぶ飲み、当然の如く酔って寝入ってしまった。
儀式直前、近武は大いびきで寝ている上童を起こし、用意された装束を着せたのだが、その着せ方の乱雑さといったら袴も破れんばかり。力任せに引っ張るわ広げるわで、華麗な衣装も台無しな有様になってしまった。嫌がらせの深酒を強いられた上童は自分の格好に気づかないほどだったのか、あるいは抵抗できないほど酩酊していたのか。
近武が散々な格好の上童を御室の御前に連れて行ったところ、
「こっこっこれは一体、何としたことか」
と御室は仰天した。
「仰せに従い装束を調えさせていただきました。彼の者の身のこなしぶりが(私くらい)見事であれば、どんな着付けでも上品な立ち居振る舞いができるでしょう。残念ながらこの上童は美しい姿勢も品のある身のこなしもまったくできていません。この近武に挙措動作が似ていないのであれば、同じ見映えの着付けなど、できぬ相談でございます」
この近武の正論に、御室は怒ることも追求することも出来ず、着付けのやり直しを命じることもなかったという。




第525段 一条二位入道能保の随身友正、人喰う犬を打つ事


一条二位の入道能保(よしやす)の随身下太友正は最古参の家来だ。幼少の頃から仕え、本人もそのことを誇りに思っていた。平家滅亡後、出世街道を突き進んだ能保だが、参議に就任した時、お祝いに駆けつけた多くの縁者や奉公人たちの前で、友正は、
「この中で一番古くからお仕えしているのはわしだけじゃなw」
と、さも一番の信頼を得ているように自慢したので、他の家来たちに大変嫌われることになってしまった。
さて、この能保の屋敷の近所には、前を通っただけで誰にでも噛み付きまくる犬がいた。家来たちが集まった時に、
「あの迷惑な犬を何とかつかまえたいなあ」
と話していると、それを聞いた友正が、
「このわしに任せておけ」
と自信満々に言う。すっかり鼻高々な友正にうんざりな家来たちは、日頃のうっぷんを晴らそうと一計を案じた。みんなで一様に「無理だ」「できっこないさ」「危ないぞ」と心配するフリをしてけしかけ、噛み付かれてひどい目に遭えばいいさ…と思ったのだ。
すると、友正の闘志にかえって火がついてしまい、
「お前たちなら無理だろうが、わしなら出来るぞ。首尾よく犬めを取り押さえられたなら、お前たち全員わしに褒美の品を置いてゆけ。もしわしが失敗したなら、皆に好きなだけ酒をおごってやる」
と強引な賭けをしたのだ。
友正はまず歩きやすいように粗末な袴をたくし上げ、犬の前をわざとらしく歩いた。犬はこの挑発に引っかかり、歯をむき出して飛びかかって来た。何と友正は、襲いかかってくるその犬の口の中に自分の握りこぶしを突っ込んだのだ。口に物を突っ込めば、どうやったって噛めないだろう、という発想か。友正は、空いているもう片方の手で犬の首根っこを引っつかみ、これでもかというほどしたたかに打ちつけてやった。
人に飛びかかったら死ぬ目に遭う…犬はよほど懲りたのか、その後人を襲ったり噛み付いたりしなくなった。友正の天狗ぶりをいまいましく思っていた家来たちも、彼のこの度肝を抜く攻撃に驚嘆し、褒美の引出物を友正の前に山と積んでいったという。






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