513段 何かと要領が良く、立ち回りの上手い下野武正の事


法性寺殿(藤原忠通)が大坂四天王寺に参詣したときのこと。
お供の下野武正が、道中の山崎で落馬した。その時は特に何も言われなかったが、後日、同じ山崎をまた法性寺殿が通過したとき、今回もお供に加わっている武正がここで落馬したのを思い出し、
「そういえばこの地であったなあ武正よ。おまえの(落馬した)場所は」
と声をかけると、武正は即座に、
「まさしく殿のおっしゃる通りでございます」
と答え、何とその地を自分の領地にしてしまったのだ。主君の法性寺殿が、
『お前の場所はここ』
と仰せになったのだから何の異存もあるまい、と武正が主張し、本来の領主から取り上げてしまった。本当は、
『お前が落馬した場所はここ』
という意味のつぶやきだったのに、主君の言葉じりをうまくねじ曲げ、一帯を我が領土にしてしまった。今でもそこは武正の子孫が管理している。
この場所は現代の京都府長岡京市、丹波街道と西国街道が合流する調子八角という所。すぐそばにある池は落馬にちなんで馬ノ池と呼ばれている。今は水はない。
だいたいこの武正という人物、容姿も身のこなしもよく、礼儀作法の覚えもよかったので、主君がお供や御使いに重宝したらしい。おかげで、競馬(くらべうま)の神事にもたびたび参加できたのだが、見た目とはうらはらに実力はからきしダメ。一勝もできない。なのに、勝った騎手に酒肴がふるまわれる方屋に入っては勝者たちに混じって酒を呑む。
「おいおいおまえは負け組だろうが。入って来るな」
と非難されても、
「あんなに頑張ったのに、飲まず食わずでいろだなんて。俺に死ねとでも言うのかい」
と意味不明な言いがかりをつけ、とぼけた顔で平然と呑んでいたという。




514段 昇進した修理大夫・行通大蔵卿の和歌の事


修理の大夫だった藤原行通卿が大蔵卿に昇進した時、知人が、
「おめでとうございます。位階も上がったことですから、そろそろ蔵には財産がたんまりでしょうね。このたびの昇進に、この私の力添えがあったことをゆめゆめ忘れないでくださいよ。
まあ、察しの良いあなたはおわかりだと思いますが」
と暗に賄賂を要求してきた。行通卿はしれっとして、


建てそめてまだ物つまぬ大蔵はもとの修理にもまさらざりけり
(建ったばかりの蔵なので、以前の修理しなければならない古い蔵と変わりありませんよ。私も昇進したばかりで収入は以前と同じ。賄賂に山吹色の菓子なんてムリですねえ)


そう返事したそうな。




第515段 ある房官が、あがり馬・六の葦毛で落馬する事



ちょっと前の話だが、六の葦毛という名の荒れ馬がいた。
その六の葦毛が、某御室(おむろ)の行った大法(密教最大の修法)の引き出物として進上されたのを、ある房官*が賜った。
気性の荒い馬とは知らず、普通の馬と同じく乗り回していたのだが、ある日、京の町で出会った知人が、馬上の房官を見て、
「その馬は、非常に気性の荒いあがり馬として有名なんですよ。なんでまたそんな馬に乗ってるんですか」
と驚いた。荒れ馬とは知らなかった房官は、今まで何の気なしに乗っていた六の葦毛が急に怖くなり、手綱を引いて馬の歩みを制止しようとした。が、臆病な気持ちが手綱に伝わった為か、六の葦毛は思いっきり前足を高々と上げ、乗っていた房官を振り落としてしまった。
気性の荒い馬は、前足を高々とあげて乗り手を背中から振り落とすことから「あがり馬」と呼ばれ警戒される。
房官は地面に叩きつけられ、頭をぶつけて大怪我したそうな。


*房官=御室の社務を仕切った在俗の僧




516段 二条中納言実綱家に集まった侍たちの肝試しの事


ある嵐の夜、二条中納言実綱卿の屋敷に侍たちが集まって、怪談話をしていた。怪しげな話に打ち興じているうちに、誰かが、
「今からどこかへ肝試しに行こうぜ。そうだなあ、東三条殿の池なんか超ヤバいらしいから、誰か気合と根性ある奴居らんか」
と言って侍たちを見回した。すると、一人の侍が、
「俺は平気だ。行って来ようじゃないか」
と立ち上がった。行ける、いやビビって戻って来るに決まってるなどなど、皆がワイワイ言っていると、
「では賭けをしよう。行った証拠として、池の中の島に杭を打ち込んで来ればお前の勝ちだ。俺たちはあとでそれを見に行けばいいじゃないか」
と誰かが言った。その侍は、
「わかった。お前たちはあとでその証拠を見に来るがいいさ」
そう言って部屋を出て行った。
くだんの侍が出て行ったあと、部屋に残った朋輩の侍たちは、
「あいつは言うことは聞かないわ素直じゃないわの阿呆だから、ひょっとすると意地を張ってド根性見せて、池に杭を打って来るかもしれん。そうなれば俺たちの負けだ」
「それは面白くないな。ではひとつ先回りして、奴めが恐怖で逃げ帰るような計画をたてようじゃないか」
と話し合い、朋輩たち三人ほどが警棒一つと円座一枚を持って、くだんの侍の先回りをして、池の中の島の木に登り、侍を待った。
しばらくすると、闇の中からあの侍がやって来るのが見えた。
朋輩たちの予想通り、恐怖にもめげずに池の中島に渡って手にした杭を打ち込もうとする。
その時、木の上にいた朋輩の一人が円座を投げ落とした。侍はぎょっとして、杭を打つ手を止めて後ずさりする。かなりおびえているのか、
「南無帰依仏・南無帰依法・南無帰依僧…」
と経文を唱え始めたのが朋輩たちに聞こえてきた。彼らは侍にさらに恐怖の追い討ちをかけるべく、水面めがけて警棒を投げ落とした。大きな水音に腰を抜かした侍は、何かわめきながら逃げ帰って行った。
杭を打つ直前の侍をうまい具合に追い返した朋輩たちは、木から降りて、侍より早く屋敷に戻った。そして半狂乱で屋敷に駆け込んだ侍に、
「おおご苦労さん。首尾よく杭は打てたかい」
としれっとした顔で聞いてみる。
「くっくっ杭を打とうとしたら、いいいいきなり唐傘みたいなのが俺のそばに落ちてきて、なっなっ何かが水しぶきを上げて池の中からととと飛び出してきたんだよう」
それで命には代えられんと思って逃げてきた、侍はそう言った。
朋輩たちの計略にハマって賭けに負けた気の毒な侍は、仕方がないので皆に酒をおごったとか。






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