394段 琵琶玄象の撥面の絵の事


名器『玄象』の撥面の絵柄は早くから消えていたのでその絵柄を知る人はいない。騎馬で打毬をしつつ舞う姿が描かれていたとの説がある。名器『良道』の撥面はこの絵柄を模して描かれたと聞く。しかし現在の良道の撥面はそのような絵柄ではない。
誰かが描き改めたのか。現在の絵柄は、水瓶を担いだ総角姿の童子が竜にまたがり、瓶から水を注いでいる図である。
後高倉院の時代、琵琶の名手藤原孝道が勅命にて琵琶をつくることとなった。その際、「琵琶の名は製作者の名とする」との仰せがあったとか。
そうであれば『良道』も製作者の名か。しかし、琵琶の名には所有者の名をつけるという説もあり、いったいどちらが本当なのか、一度きちんと調べたいものだ。




395段 鳥羽僧上覚猷、上納米の食品偽装を風刺する事


鳥羽僧上覚猷(かくゆう)は近来まれに見る絵の達人で、白河法皇が建立した法勝寺の金堂の扉絵を描いたことでその名が知られている。
いつの頃だったか、荘園から寺院への上納米で不正なごまかしがあったとき、たいへん面白い風刺画を僧上は描いた。つむじ風が米俵を吹き上げ、まるで塵芥のごとく空に上がろうとするのを必死で押さえようとしている法師たち。そんなこっけいな場面をさまざまに描いたのだが、その絵のうちのいくつかを院に見せた者がおり、院はそれらにたいそう興味をもった。僧上を御所に呼び出しその絵の心を問うたところ、
「上納米の不正があまりにひどうございますので。実は米俵にはまともな米は入っておらず、もみ殻や米ぬかばかりで軽くなっているとすれば、こんなおかしな光景もアリではないかと」
と僧上は答えた。院は感心するとともに、上納米の偽装の実態を知り、以後は寺院への上納米の監視が厳しくなり、不正がなくなったという。




396段 鳥羽僧上覚猷、侍法師をいびって反撃にあう事


これも同じ鳥羽僧上覚猷のエピソード。
僧上のもとに絵が描ける侍法師(警備の僧)がいた。絵を描くのが何より好きで、次第に僧上の描く絵に勝るとも劣らないほどの腕前になったのだが、当の僧上はこの事が全く気に入らない。「どうにかして奴めの欠点を見つけてやろう」と常日頃からいびることばかり考えていた。
ある日、その侍法師が『短刀を突きつけ合いながら争う人』を描いて大切にしていたのを僧上が見、突き刺した短刀を握る拳(こぶし)までもが刺された人の背中から出ていることに気付いた。
僧上は「しめたwwww!」と思い、
「お前さんこんな常識的なこともわからんのか。人を刺したとて、自分の拳が相手の体を突き抜けるわけがない。『深々と鍔(つば)まで刺す勢いで』と激しい表現をすることはあっても、さすがに拳はありえんぞ。こんな間違いに気付かんとは、もう絵描きをやめた方がよいな」
とけなした。するとこの侍法師、居ずまいを正し、
「畏れながら、これは絵の故実に倣ったものでございます」
と切り出した。が、僧上は相手の言葉をさえぎるように言った。
「このヒヨッコめが。笑わせるな。お前に絵の故実云々を説教されるいわれなぞないわ」
僧上の思いっきり見下した言葉にも動ずることなく侍法師は、
「そんなことはございません。いにしえの名人たちが描いた『おそくづ(偃息図=春画)』の絵に描かれた男根を思い出してください。どれもこれも実寸より大きく見栄えよく描かれているではありませんか。現実どおりの寸法で描けば、これほどつまらない春画はありません。これがホントの絵空事。誇張してこそ迫力やおもしろさが伝わるのだと私は思います。あなたさまの描かれた絵の中にも、すばらしい誇張表現の絵がたくさんおありではございませんか」
と堂々と述べた。
侍法師の正論に、僧上は返す言葉もなかった。




397段 後白河院の年中行事絵巻に松殿が押絵する事


後白河院の時代、年中行事絵巻を制作した際にその美しい出来栄えを見せるべく、松殿(藤原基房)に絵巻を貸した。
松殿は絵巻を隅々までじっくりと見、訂正せねばならない箇所に付箋をつけた。もちろん、どう直すのかの指示も書いて。
付箋付きの絵巻が院のもとに返ってきた時、院は驚いて、
「本来ならば、付箋の指示に従って再点検するところだが、博識家で名高い松殿自筆の指摘が書かれた付箋をどうしてはがせようか。この付箋が付くことにより、絵巻物はいっそう価値のある宝物になったと言える」
と喜び、後白河院ゆかりの御物が収められている
蓮華王院(=三十三間堂)の宝物蔵に秘蔵されることとなった。
その付箋は今でも存在するという。素晴らしいことである。




398段 絵難房はどんな秀画にも難点を見つけた事



その同じ時代に『絵難房』というあだ名の人物がいた。
名の由来は、どんなによく出来たすばらしい絵でも、必ず一言難癖をつけずにいられないという困った性格からである。
ある時後白河院が、昔の一流絵師による絵本の中の一場面を彼に見せたことがあった。その絵は、抵抗して踏ん張っている犬を縄で進ませようとしている人間や、大木を切ろうとしている木こりの姿を描いたものなのだが、進みたくないと嫌がる犬は本物のように生き生きと描かれ、木こりがもろ肌脱いで斧を振り上げているさまは躍動感に満ちていた。
「さすがの絵難房もこの名画にはぐうの音も出まい。ふっふw」
そう思いついた後白河院は、すぐに彼を召し出し絵を見せた。
ところが絵難房は、
「よく出来た絵ではございますが、まことに惜しい箇所がございます。まずこの犬ですが、本当に嫌がっているのを表現するなら、首縄をこんな風に単に引っ張り合いしている図ではなくて、犬のお腹の下から後ろ足の間に縄が引っかかってピーンと引っ張られたのを、人と犬とがウンウン引き合って難儀しているさまを描けばよろしかったと思います。その方が犬の『そっちに行きたくない!』感じがよりいっそう出せます。
次に木こりが伐採している絵ですが、本当にすばらしい絵でございますね。ただし、こんな大木に斧を半分以上入れて切っているにも関わらず、地面に散らばっているはずの木屑はどうしましたか。今打ち込まれた斧の木屑が飛び散っているだけで、それまでの斧入れで出来たはずの木屑が地面のどこにも見当たりませぬ。これは合点がゆきません」
と申し上げた。この合理的な意見に院はぐうの音も出ず、絵を引っ込めてしまったという。






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