437段 所衆行実のからめ取りたる盗人、北陣にて詠歌の事


承久年間のある年、某お屋敷に忍び込んだ盗人を内裏に追い込んで捕らえたことがあった。蔵人所の下級武士の行実という者が記録所付近で取り押さえた。行実はその盗人に水干用の袴に紅の衣を着せ、略奪した品々をその首にかけさせ、北陣に連行し、そこで検非違使に盗人を引き渡した。盗人を引き渡す側も受け取る側も全員武官としての正装をしており、実に物々しくも威厳のある光景だった。
受け取り側である検非違使判官佐々木広綱の部下方に盗人が連行される時、盗人が「少々待ってもらいたい。言いたい事があるぞ」と言う。そして、


あふみなる鏡の山にかげみえてささきのへとてわたりぬる哉
(近江の鏡山に映るの雲の影が、佐々木の庄に動いてゆく=お上や院の味方である佐々木広綱方が、どうも負けるらしいぞ)


と歌を詠んだ。言い放ったときの憎々しげな様子といったらなかったそうな。事件の詳細を聞いた主上は真っ青になり、ものも言えないほど怖気づいておられたとか。




438段 木幡にて捕へられたる盗人詠歌の事



とある年の四月、宇治の木幡で捕らえた盗人を尋問すべく縛り付けておいたところ、


はさまれて足はうづきの郭公(ホトトギス)なきはをれどもとふ人もなし
(逃げるときに足を痛めてしまい、うずいてたまりません。なのに誰も気付いてくれなくて…)


と盗人が泣き言を言っていたそうだ。




439段 弓取の法師が臆病の事


あるお屋敷に強盗が入った。一味は見張り役として、弓取りの法師を立てた。法師が見張りに置かれた門には柿の木が植えてあった。晩秋のこととて柿の木には柿の実がなっていて、下で見張っている法師の頭に熟しきった実が落ち、べっちょりと飛び散ってしまった。法師は柿の実が当たったところを触ってみた。冷たく濡れている。彼はこれを、
「矢で射られて血のりがベッタリ」
とカン違いしてしまった。
「もうだめだ。屋敷のやつらにやられた。このまま苦しんで死ぬくらいなら、仲間のおまえがひとおもいに殺してくれ」
法師は息も絶え絶えに、そばにいる強盗仲間に頼んだ。仲間が「どこをやられたんだ」と問うと、「ここ、ここだ」と頭のてっぺんを指す。
仲間が法師の頭に触れると確かに冷たく濡れ、触れた手を見れば赤く染まっている。仲間も柿の実の汁を血とカン違いしたが、
「きっと大丈夫だ。早く手当てを」
と言って法師を肩に担ごうとすると、
「いやもう絶対ダメだ。早く殺してくれ」
と言ってきかない。しょうがないので仲間は言われたとおりに法師のくびを落とし、殺してしまった。
仲間は法師のくびを持って(法師の)実家のある大和国に出向き、ことの経緯を家族に話した。家族は泣き悲しんだ。だがくびを見ても致命傷となったはずの矢の跡がどこにも無い。不審に思った妻は、
「夫は身体(胴体)の方を射られたのですか」
と訊ねたが、法師の仲間は、
「違うと思います。頭をやられた、としきりに言っていましたから」
そう答えた。妻はいっそう悲しくなったが、いまさらどんなに文句を言ったところで夫の命が戻るわけでもない。
法師の情けないほどの臆病さが引き起こした不幸な話である。




440段 強盗空腹に耐え切れず灰を喰いて悪心を翻す事


あるお屋敷に盗人が押し入った。屋敷の主人が異変に気づき、盗み終わったところを討ち捕らえてやろうと待ち伏せした。
主人が障子の破れから盗人の動きを見ていると、金目のものをごっそり盗るわけでもなし、少しだけ盗って帰りかけていた。
その時、棚のところに屋敷の者が鉢に灰を入れて置いていたのを、盗人は何を思ったのか、手づかみでムシャムシャ食べ、その後持っていた袋の中から盗んだ金品をもとどおり置いて帰ろうとしていた。その一部始終を見ていた屋敷の主人は何だかよく判らなかったが、とりあえず盗人を捕まえ、わけを訊ねた。
「盗みたくて盗んだわけではありません。昨日今日と何も食べてなくてあまりのひもじさについ…初めて盗みを働きました。戸棚に麦の粉があるように見えましたので、夢中で一口食べたのですが、何口か食べるうちに灰だとわかり…食べ物を食べたわけではありませんが、お腹に物が入ると飢えが少し満たされたのでしょうか、盗んだことが恥ずかしく思われて。それでもとに戻した次第です」
主人はこの盗人が根っからの悪人でないと判断し、ほどこしを与えて帰してやった。帰りぎわに、
「今後も、空腹でどうしようもなくなったら遠慮せずに来なさい」
と言ってやったとか。






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