427段 盗賊は刑獄の法たる事


ものを盗む者は、法律に基づいて厳しく罰せねばならない。次から次へと罪を重ね、あぶく銭を求めて闇を徘徊するような輩はどこに居ようとも決して放置してはならない。


・「盗」はスリ的な行為、「賊」は人の命まで巻き込まれるような深刻な犯罪を指す。




428段 琵琶の名物『元興寺』


元興寺(がんごうじ)という琵琶は並ぶものなき宝物である。眺めてよし、弾き鳴らしてよしの、まこと逸物とはこういう琵琶を指すのだろう。もとは元興寺という名の寺が所有していたが、寺を修理するときに売りに出され、それを当時東宮だった後朱雀院が買い求められた経緯がある。
その琵琶を修理するため、保仲という職人に預けたのだが、お使い役の女房の夫が、こともあろうに紫檀の艶めく甲(琵琶の胴の背面)の先を三寸切り取って盗んでしまったのだ。切った跡には適当な木の切れ端を継ぐだけという、なんともずさんなごまかしで済ませた。これは名品を名品とも思わぬ所業である。取り返しのつかない行為でわずかな金銭を得ようとは、盗みを働く者は何と愚かなことか。




429段 盗人が博雅の篳篥(ひちりき)を聴いて改心する事


管弦の名人の源博雅の屋敷に、ある夜盗人が侵入した。
博雅たちは床下に逃げたので命は助かった。盗人が出て行った後、邸内をぐるりと見渡すと、金目のものも何もかも盗まれていた。ただ一つ、厨子の中に篳篥だけが残っていた。幸運にも盗人の目を逃れたのか、はたまた盗む価値もないと捨て置かれたのかそれはわからない。
博雅はその篳篥を手に取り吹き始めた。すると博雅の吹く音色が逃げる盗人の耳に届き、あまりの美しい音色に盗んだものをすべて返しに戻ったそうな。
「あなたさまの吹く音があまりにも尊いので、邪心がことごとく消え去ってしまいました。盗んだものはすべてお返しいたします」
昔は、盗人といえども風流を理解する者もいたのだ。




430段 用光の篳篥で海賊が涙する事


篳篥吹きの和邇部(わにべの)用光が、四国方面への船旅の途中に海賊に襲われた。今にも殺されそうなとき、用光は海賊に向かって、
「私は楽人だ。篳篥を吹くことに人生を捧げてきたのだ。どうか頼みがある。この世のお別れに、一曲だけ吹かせてくれないか」
と懇願した。海賊が許したので、用光はこの世とのお別れに、「臨調子(あがじょう)」という曲を泣きながら吹いた。
よほど美しく切ない曲だったのか、海賊は感動の涙を流しながら用光に向けた刃をおろし、なんと淡路近辺まで船旅を守護してくれた。
一芸に秀でた者は、このように人や自然の心をゆさぶる何かを持っているのだ。




431段 澄憲法印、奈良坂の山賊を悔い改めさせる事


ある高名な人物が五部大乗経を写経し、奈良の春日大社に納めるため、説法名人と世間で評判の澄憲(ちょうけん)法印を招いた。
澄憲法印の供養があるとの噂を聞きつけた衆徒(東大寺や興福寺の僧)は、
「われらをさしおいて、(比叡)山から猿法師を呼び下ろすとは」
と激怒。大騒ぎとなり、供養会は中止になってしまった。
すると春日大明神より、
「我が国第一の説法上手を聞ける楽しみを奪うとは何事じゃ」
との御神託が下った。衆徒たちは恐れをなし、妨害した供養会をあらためて自分たちで執り行った。
当日の澄憲の見事な説法に感動の涙を流さぬ者は無く、最初妨害を仕掛けた南都の僧どもが興奮冷めやらぬうちに臨時の仏事に励む始末。澄憲の名をエサに、非常識なほどのお布施を巻き上げることに成功した。
さて仏事も終わり、その澄憲法印を比叡山へ送り届ける途中、山の中で盗賊に出くわしてしまった。お布施で得た金品はみな略奪され、南都の荒くれ坊主どもは、無慈悲にも澄憲法印を一人置き去りにして散り散りに逃げてしまった。周りを恐ろしげな山賊どもに取り囲まれ、澄憲は逃げるすべもない。やがて山賊の頭領とおぼしき男が現れ、
「おぬし、南都の悪僧どもに何の用があった」
と聞いてくる。澄憲法印は素直に、
「説法を頼まれましたので」
と答え、山賊どもを前に、得意の説法を始めた。人間の苦しむ十二の因縁とは何か、その苦しみから逃れ自由になるにはどうしたらよいか。万人の魂を打つ澄憲の巧みな話術は、恐ろしい山賊たちの心の奥に眠っていた善心を目覚めさせた。驚いたことに、彼らは略奪したものを持ち主のもとへ次々に返しに行ったのだ。
おのれの説法で山賊たちが仏性に目覚めたことにまったく気がつかない澄憲は、彼らが金品を返しに行き、さらに自分を宿坊のある法性寺まできちんと送り届けてくれたことを不思議に思ったが、次の日、小童が持ってきた小袋を開けて全て納得した。
小袋の差出人は昨日の山賊の頭領で、中には髪を束ねた『もとどり』が3つ、手紙と共に入っていた。手紙には、
『昨日のあなたさまの教えで仏教に帰依することを誓った3人のもとどりです』
とあった。
なんとも不思議なことだ。澄憲の説法は、良心のかけらもないような盗人たちも帰依させてしまうほど巧みであったのだ。




第432段 朱雀門の上に女賊が病臥する事


昔、いつ頃のことだったか、西の京に住む男が、夜更けに朱雀門の前を通ろうとして、門の上に明かりがぼうっと浮かぶのを見かけたことがあった。そういえばこの朱雀門には鬼が棲むと聞いたっけ…鬼の話を思い出した男は恐ろしくなり、そびえ立つ門の前を大急ぎで通り過ぎた。それからしばらくしたある夜、その男がまた門の前を通った時、やはり門の上にはこの前と同じく明かりがぼんやりと浮かんでいる。
不審に思った男は付近の住民たちに相談した。その中の血気盛んな男たち数名が明かりの正体を暴くべく、門の楼上に上ってみた。驚いたことに楼上にいたのは恐ろしい鬼ではなく、若くて美しい女だった。女に事情を問うと、なんとこの女は盗賊で、以前からこの門に住み、夜な夜な人の屋敷に忍び込んでは物を盗んで暮らしていたのだが、つい最近追っ手に追いかけられた際に負傷し、ずっと臥せっていたそうな。






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