606段 大納言泰通の夢枕に老狐が立った事


大納言泰通卿の邸宅は、父親の侍従大納言成通卿から譲られた古い屋敷である。屋敷の広い庭にはたくさんの狐が棲みついていたが、特に困った悪さをするでもなかったので、そのまま放置していた。
ところが年月が経つにつれ、狐は人を化かすようになり、放っておけなくなった。大納言は屋敷内の狐どもを一掃しようと家来を集め、準備万端整えた。
狐狩りを決行する日の明け方、大納言は不思議な夢を見た。
年取った白髪頭の寺男が、坪庭の柑子の木の根元に平伏している。大納言が「誰じゃ」と尋ねると、その木賊(とくさ)色の狩衣を着た寺男は顔を上げ、恐る恐る申し上げた。
「長年この庭に住まわせていただいている者でございます。
二代続いて住むうちに、子供たちがどんどん増えました。私の目の届く範囲では悪さをしないよう気をつけてきましたが、努力が足りなかったのでしょう、本日とうとうご主人さまから処罰されてしまうこととなりました。迷惑をかけたのですから、文句が言えるはずもありません。夜が明ければ皆殺しが待っています。ですがどうか、どうか一人でもよいので見逃してはもらえないでしょうか。こうやって命のあるうちに直訴に参りました。もう決して悪さは致しません。若い衆にもご主人さまの御意向を申し含めておきます。今後また悪さをするようでしたら、その時こそはどんな処罰でも受けまする。ですから今回だけはお許し下さい。
もし目をつぶっていただけるのでしたら、これよりはご主人さまの守護となりて、御身に吉事があれば必ずや予兆を告げましょうぞ」
目が覚めて、大納言が夢に出てきた寺男の居た場所を見ると、柑子の木の根元に毛のない老い狐が一匹いた。大納言に気付いた老い狐は、申し訳なさそうに縁の下に入ってしまった。不思議に思った大納言は、その日に行われる予定だった狐狩りを中止した。するとそれっきり人を化かす狐はいなくなり、以後、庭の狐の鳴き声は、屋敷にめでたい事が起こる吉兆となったのである。




607段 斉藤助康、丹波国に出かけた際、古狸を捕える事


ある年の冬、左衛門尉助康が丹波国に出かけて、狩りに夢中ですっかり日が暮れてしまったことがあった。助康たちは一晩雨露しのげる場所がないかと、古いお堂を見つけて中に入ろうとした。すると、通りがかりの人が、
「やめた方がいいですよ。このお堂には得体のしれない化け物が棲みついているって話です」
と言う。
「かまわぬかまわぬ。一晩くらい、何ほどのこともなかろう」
と助康は笑って、その夜お堂に泊まることにした。
夜が更けるにつれ、風とともに雪が激しくなってきた。助康は、やはりあの村人の言うとおりにした方がよかったかと思ったが、あとの祭り。柱にもたれていると、庭の方で怪しげな気配がする。助康は明かり障子の破れ目から外をこっそり見ると、雪が降りしきる庭に、とても背の高い法師が一人立っていた。背の高さはお堂の軒ほどもあろうか。助康は驚いた。その法師は、いつの間にか明かり障子のすぐ向こうまで近づいてきて、障子の破れ目から腕をヌッと差し込み、呆然とする助康の顔を気味悪くなでた。
なでられた瞬間助康はハッと我に返り、大立ち回りでその法師を捕り押さえた。馬乗りで羽交い絞めにすると、よほど苦しかったのか、大きかった法師はみるみる小さくなり、か細い声をキイキイとあげた。助康は家来を呼んで火に照らしてみると、法師と思ったモノは老いた古狸だった。
「こやつめが村人達に悪さをしていたのか。では朝になったら皆に正体を見せて安心させてやらねば」
助康はそう思い、生け捕った古狸を家来たちに預けて寝た。
ところが、夜中のうちに家来たちがその狸を焼いて食ってしまい、助康が目を覚ました時、古狸は食べ残しの頭だけとなっていた。せめて頭だけでもと、助康は村人達に狸の頭を見せた。
それ以来このお堂には、人に悪さをする化け物がいなくなったという。




608段 前右大臣実親の白河亭に古狸が礫を投げる事


三條の前右大臣実親が住む白河亭に、どこからともなく小石が、それも頻繁に投げつけられるという事件が起こった。
屋敷の人々は「何者の仕業だ」「不吉の前兆か」と騒いだ。しかも、回数は日に日に増えてゆく。不思議なことに、小石が投げられた音はすれども跡はなく、また小石が人に当たることもない。
直接の害はないが気になって気になって仕方ない…何とかしたいがどうしたらよいかと困っていると、ある田舎侍がおずおずと皆の前に進み出て、
「止めさせるのはわけのないことです。皆さまで狸を何匹か捕らえて下さい。それと酒を少々お願いします」
と申し出た。屋敷の者は、
「この侍は田舎の出だから、都人の知らない何か良い知恵を持っているのだろう」
と判断し、侍の言うとおりにした。
田舎侍は北の対の東の庭に焚き火をおこし、集まった狸を次々とさばいて料理した。狸を食っては酒を飲む。いつの間にか大宴会となった。酔った侍が狸の肉に向かってわめいた。
「やあやあ、どうしておまえは大臣の家に石など投げたのだ。そんなふざけた真似をする悪いヤツはこうしてくれる。どこぞで見ている狸ども、おまえたちもこうなりたくなければ、わかっているだろうな!」
食べ散らかした狸の骨は、築地など屋敷の周りに置いた。
「これで大丈夫のはずです。もう小石が投げられることはないでしょう」
田舎侍の言葉どおり、それ以降小石が屋敷に投げ込まれることはなくなった。ということは、侍の推測どおり、本当に狸の仕業だったようだ。




609段 観教法印が嵯峨山庄の飼猫が変化の事


観教法印が住む嵯峨山荘に、どこからともなく猫がやってきた。みるからに美しいこの唐猫を、観教法印はひと目で気に入って飼うことにした。愛らしいしぐさで玉と戯れる猫があまりにも可愛らしいので、法印は秘蔵の宝刀を取り出し遊ばせたところ、猫はその宝刀をくわえてそのまま逃げてしまった。あわてて追いかけたがとうとう捕まらなかった。
猫はどこへ姿をくらませたのか。ひょっとすると、あの可愛らしい猫は魔物が化けたもので、法印を油断させ、守護の宝刀を奪った後にさんざん罪を犯しているのではなかろうか。




610段 大嘗会にて外記廳内の木の梢に法師が臥せる事


仁治3年、大嘗祭の宴で人々がごった返す中、外記庁内のモチの木の梢に、髪を茫々にのばした法師がぐったりと引っかかっているのが見つかった。これはただごとではないと皆大騒ぎし、なんとか梢から法師を下ろしたが、とっくに死相が現れていた。
その法師は、どうやら春日万里小路あたりに住む者らしいのだが、天狗に瘴気を当てられたのだろうか。不思議なことだ。




611段 伊勢国書生庄の法師上洛の帰途に天狗に遭う事


これも仁治時代の出来事である。伊勢の国の書生庄から、百姓あがりの法師が、使役に従事するため京の都にやって来て、五條坊門富小路のあたりに滞在していた。京での任務が終わり、故郷へ帰る途中、偶然にも同じ地元の顔見知りに出会った。
顔見知りの男は山法師なのだが、
「どちらへ参られるか」
と訊ねるので、京から故郷へ戻る途中なのだと答えると、
「奇遇じゃ。わしもそうなのだ」
と言われ、二人は同行することになった。
帰途では法成寺や法勝寺などの前を通り過ぎた。藤原道長の愛した法成寺、同じく藤原師実が白河天皇に献上した法勝寺の、威容を誇った当時をしのぶ二人だった。そのうち七条高倉辺りにやって来た。山法師の男が、
「物見遊山で一日中歩いたのでのどが渇いてしまった。どうだろう、そなたが差している刀を売って、その金で酒を買おうじゃないか」
と誘うので、百姓あがりの法師は言うとおりに刀を売り払い、酒に換えてしまった。
のどを潤して良い気分になった二人は、三十三間堂近くにある今比叡神社の辺りにやって来たのだが、ここで怪しげな三人の山伏に出くわしてしまった。見るからに乱暴そうな山伏たちに、二人の法師は尻込みし、おどおどと通り過ぎようとすると、法師の頭領格と思われる一人が、
「挨拶もなしにわしらの前を通り過ぎようとは。おまえたち、無駄な抵抗はせぬほうがよいぞ」
と言い、あっという間に二人は山伏たちに囲まれてしまった。頭領格に名前を聞いても、
「ナニがいきり立つ者とでも名乗ろうかの。ガッハッハッ」
としか答えない。二人はそのまま清水寺へ引っ張って行かれ、鐘楼の天井と屋根の間に閉じ込められ、つる草でくくり付けられてしまった。
もし刀があれば、こんなつる草くらいすぐに切って逃げられるのに、いや、刀さえ売り払わなければ、あの山伏たちにこんな辱めを受けずに済んだかもしれないのに…と思っても後の祭りの二人だった。
どのくらい経っただろうか。鐘を突く時間になって、僧が鐘楼の下に立った時、何やら上の方で人のうめき声が聞こえる。あわてた僧は人を呼び、鐘楼の天井の板をこじ開けると、そこには息も絶え絶えな法師が二人、縛り付けられ転がっていたそうな。






 
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