602段 若狭前司庄田頼度、八条院の変化を捕らえる事



後鳥羽院の御世、八条殿に障子内親王がお渡りになられることになったのだが、そこには夜な夜な化け物が出現するという噂が立った。困った帝は、前若狭守の庄田頼度という者を召し、
「内親王が怯えておられる。しかと正体を見あらわしてまいれ」
と命じた。
未だ六位という低い身分の頼度に、帝から直々の命令…俄然はりきった頼度は、さっそく八条院に参内し、寝殿の天井裏で化け物を待ち伏せすることにした。六夜ねばってみたが、怪しげな気配は何も無い。御所内も、特に変わった様子は無い。
七日目の夜、屋根裏で番をする頼度がうつらうつらしていると、素焼きの皿の欠片のようなものを投げつけてくる者がいる。頼度はハッと目を覚ました。
「来た」
化け物が近くにひそんでいる、と確信した頼度は、しばらくじっとしていた。するとまた何者かが皿の欠片をはらはらと投げつけてくる。何かの気配はするのだが、真っ暗で何も見えない。頼度がそのまま息を殺していると、何者かが頭の上を飛び越えようとした。かなり大きな鳥のようだ。サギか何かが屋根裏に棲み付いて騒がしくしていたのだろう、そう直感した頼度は、頭上をまたごうとするものの足をむんずと掴んで取り押さえた。頼度が獲物をよくよく見ると、それは鳥ではなく年老いた狸だった。頼度は指貫の裾からくくりを抜き、縄代わりにして獲物を縛り、翌朝生け捕りの古狸を帝へ献上した。
「内親王を悩ませていたものは、こやつめであったか」
悪賢そうな古狸を目の前にして、帝は感嘆の声を漏らした。
頼度の剛胆さにいたく感心した帝は、褒美として宿直用の衣装一揃えと太刀を与えた。これは、夜も身辺に侍ることを許可するという、最高の褒美ではなかろうか。
その後、八条殿に化け物の噂が立つことはなかった。




603段 薩摩守仲俊、水無瀬池にて変化を捕縛する事


昔、水無瀬山の山中に古い池があった。池には水鳥が数多く生息しているので、猟師たちがこの水鳥を狙ってやってくる。ところが不思議なことに、池にやってきた者たちがことごとく水死してしまうのだ。ある時、怪現象の起こるこの池に、後鳥羽院の北面の武士たちが遊びに行くことになった。
武士たちは三名で、源右馬允仲隆・新右馬助仲康、そして薩摩守仲俊である。この三名は兄弟で、昇殿を許された身分確かな武士たちだった。彼らが水無瀬離宮に伺候していたとき、ちょっとした狩り気分で古池に遊びに行こうと相談していた。ところがある人が、
「その池で水鳥を獲ろうとするものは皆おぼれて死んでしまう。絶対行ってはならぬ」
と言う。用意はすっかり出来ていたのに、出鼻をくじかれるようなこの忠告。仲隆と仲康はしらけてしまい、行くのをやめてしまった。ところが仲俊だけが、
「人におどかされて尻込みするとは笑止千万。二人とも怖いのだろう?ならば俺だけが行ってこよう」
と従者を一人だけ連れ、水無瀬の山奥に行くことにした。
深夜の山路は足元すら見えない。ましてや初めて行くところならなおさらだ。弓矢をもたせた従者の小冠者は、恐ろしさで足ががくがく震えている。仲俊自身も逃げ出したい気持ちだったが、尻込みした兄弟たちをせせら笑った手前、後にひけるはずもない。草を踏み分け踏み分け、おぼつかない足取りでようやく古池にたどり着いた。池の水面に松の木がうっそうと覆いかぶさっている、実に気味の悪い池だ。二人は松に木の根元に身を隠すようにして、じっと待つことにした。
しばらくすると、水面にさざ波が立ち始めるのが見えた。
「水の中にに何かがいる」
小冠者に持たせていた弓矢を引ったくり、矢をつがえた。そのまま目を凝らして見ていると、水中で何かが光った。とその時、池の中から飛び出してくるものがあり、二人の隠れている松の木の高い梢に飛び移ってしまった。あたりをつけた仲俊はキリキリと弓を引きしぼり、まさに射ようとした瞬間、怪しい光は池の中に飛び込んでしまった。気を緩めた仲俊が、つがえた矢をおろそうとすると、光は池の中から松の梢に再び飛び移り、あわてて弓を引きしぼり狙いをつけるとまた池に飛び込んでしまう。
「ちくしょうめ」
仲俊は弓をあきらめ、今度は太刀を握りしめ、怪しい光が近づくのを待った。松の木の梢でゆらめく怪しい光は、動かない仲俊にしびれを切らしたかのように距離を縮めて来た。すぐ近くまで来た光の中に、よくよく見ると老婆の顔がある。しかもニタニタと不気味にも笑っているではないか。仲俊はあまりの薄気味悪さに一刻も早く切り捨ててしまいたかったが、怪異の正体を明らかにすると他の兄弟たちに豪語した以上、出来れば生け捕りにして帰りたいと思いついた。そこで老婆の顔をした怪しい光を素手で取り押さえようとしたが、光の力も相当強く、結局、仲俊の腰刀で刺し殺してしまった。
光がすっかり消えてしまうと、毛むくじゃらの魔物が横たわっていた。よく見ると、年老いた大きな狸だった。この古狸が猟師たちを池の中に引きずり込んで溺れさせていたのだろう。仲俊は狸の屍を背負って山を下り、院の御所に戻って仮眠をとった。
朝になって、仲俊が寝ている局に兄弟の仲隆らがやってきた。
「おはよう。昨夜は、功名心にかられた奴めと、皆であきれていたんだぞ。首尾はどうだったかい」
「これが獲物だ。ほら」
仲俊は二人の足元に古狸の屍を放り投げた。
「ややっ」
毛むくじゃらの不気味な古狸に、仲隆らは声もでないほど驚いたそうだ。




604段 大原の唯蓮房、法験に依って天狗の難を逃れる事


順徳天皇の御世のこと。大原寺に唯蓮房という僧がいた。この蓮房、五種の行(経を忘れない・見て唱える・暗誦する・人に説く・広める)を行おうとすると、たびたび天狗に邪魔をされていたらしい。
蓮房は書写を専門とした僧だった。ある日の昼、明かり障子の向こうから聞き覚えのない声で、
「唯蓮房」
と自分を呼ばわる声がした。
「どなたですか」
そう返事をしただけで、特に立ち上がろうとしなかったのだが、しばらくすると、後ろの戸が開き、のっそりと山伏が入ってきた。
不気味な容貌に、「さては天狗めがやって来たのか」と恐ろしく思ったが、一心に陀羅尼を唱え、決して顔を上げることなくひたすら写経をし続けていると、やがて天狗は、
「おう、何と尊い御姿じゃ」
と言って、いなくなってしまった。その日はそれだけだったのだが、何日かして、今度は見覚えのない中間法師(=雑用専門の下級僧)が蓮房の局にやってきて、
「ただいま僧正御房(=座主)入堂なさいました。疾く見参なさいますよう」
と言う。僧正のお越しならば出迎えねばならない。蓮房は怪しいとも何も思わず、すぐに僧正の元へ参ることにした。
本坊では、ずらりと居並ぶ多くの僧侶の向こうに僧正が座しているのが見えた。蓮房が平伏していると、僧正が、
「もっとこちらへ」
と呼ぶ。蓮房は顔を上げ近くへ行こうとするのだが、歩めど歩めどいっこうに僧正との距離が縮まない。それどころか次第に僧正が遠ざかってゆく。
(これはいったいどうしたことだ)
と蓮房がいぶかしんでいるうちに、先ほどまで整列していた僧たちにぐるりと取り囲まれてしまった。その中から一人の僧が飛び出し、手にした縄で蓮房を捕縛しようとする。
(さてはこれも天狗の仕業だな。私を捕らえてどうするのだ)
蓮房は護身用の腰刀をぬき、縄を切り捨てた。周りを見渡すと、いつのまにか僧正も僧侶たちも皆かき消えてしまっていた。
五種の行を行うと何故天狗が現れるのか、蓮房は不思議でならなかった。
またある日、いつものとおりに書写を行っていると、不気味な山伏が戸を開けて入ってきた。完全に警戒態勢に入った蓮房はひたすら陀羅尼を唱えていると、天狗が、
「ご案内したいところがございます」
と腕をつかむ。激しく抵抗しているうちに、蓮房は硯箱に隠してあった小刀をつかみ、天狗の腕に突き立てた。
「あくまでも抵抗なさるおつもりか。それならば」
驚くほどの強い力で抱え上げられ、蓮房はあっという間に空高く上がったかと思うと、恐ろしいほどの速さでとある山中に舞い降りた。天狗に引っ立てられ、しばらく歩くと竹の門が見えた。中へ入れと天狗が言う。逆らっても仕方がないと観念した蓮房は、門を通り家の明かり障子を開けた。家の中にはたくさん人がいて、どうやら酒宴の最中らしい。ざわざわとにぎやかで、酒や肴らしきものが並んでいる。
「おお、お客人が参られたか」
と法師の一人が寄ってきて、蓮房の前に酒の入った銚子と肴を持ってきた。しかし見たこともない肴である。気味が悪くなった蓮房は、僧の身にて酒も肴も嗜まないと伝えると、法師は、
「では」
と酒や肴を下げ、今度は色とりどりのご馳走らしき膳を運んできた。美々しい膳なのだが、食材が何なのかまったくわからない。それどころか、口にすればもはや人間界に戻れないような気がしてならない。
「ただいま精進潔斎の身ゆえ、お断り申し上げる」
と、どれほど箸を勧められても蓮房は決して口に運ぼうとしなかった。ひたすら陀羅尼を唱えていると、竹の門の方で人の気配がする。ふと見ると白装束の童子が二人、木のムチを手に持ち立っていた。童子に気づいた途端、蓮房をさらった天狗もこの場にいた大勢の法師たちも、たちどころに逃げてしまった。
「ああ、十羅刹がお守りくださったのだ」
天狗の幻術を追い払った仏の慈悲を、身にしみてありがたく思う蓮房だった。
「さきほどまで騒いでいた法師どもはどこへ行ったのだろう」
と蓮房が辺りを見回すと、縁側や長押(なげし)・柱に隠れるようにして、子ネズミほどの小さな法師たちがチョロチョロと逃げ回っていた。
「もう大丈夫です。戻りましょう」
蓮房を護るように童子たちが両脇に付き添った。天狗にさらわれここに連れて来られたときは、野山を眼下に高く飛ばされ、気が遠くなるほど恐ろしい思いをしたのに、今度はこの童子たちと共に立っていただけで、もと居た本坊の庭にいつの間にか戻っていたのだった。
これらは皆、嘘偽りのない実話である。末法の世と言われて久しいが、御仏に朝夕熱心に勤行すれば、必ずや大いなる霊験に救われるである。




605段 御湯殿の女官高倉の子法師が失踪の事


これも順徳天皇の御世の出来事である。
清涼殿の御湯殿に仕える高倉という女官に、七才のあこ法師という子供がいた。
ある日のこと。樋口高倉にある自分の家から近くの小六条の方へ、他の子供たちと連れ立って遊びに行った。夕暮れ時までそこで相撲の遊びをしていたのだが、築地の上から何者かが布を垂れ下げてきたかと思うと、あっという間にあこ法師が消えてしまった。その場にいた他の子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。子供たちは恐ろしくて、大人にこのことを言えなかった。
突然行方がわからなくなった我が子を心配して、高倉は思いつく限りの場所をあちこち捜し歩いたが、我が子はどうしても見つからなかった。
それから三日後の夜半、高倉の家の門を激しく叩く音がする。
「誰ですか」
「お前の子を返してやる。ここを開けろ」
しかし高倉は恐ろしくて開けられない。どうしようか迷っていると、家の外から大勢の笑い声がゲラゲラと聞こえてきた。その直後、外から家の中に何かが放り込まれた。高倉が恐る恐る見ると、なんと行方不明だった我が子ではないか。ひどく衰弱していてしゃべることさえできない。まぶただけがピクピク動くのみである。高倉は我が子をなんとか正気に戻そうと、修験者を呼んで祈祷を行った。すると、依りましにあやしいものが幾つも幾つも憑依した。みれば大量の馬の糞だった。だが、祈祷してもののけを追い払っても、我が子は一向に回復しない。死人のような状態で十五まで生きていたようだが、その後はどうなったことか…。
これは実際に見た人から聞いた話である。






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