588段 人をたぶらかす変化(へんげ)にだまされない事


変化(へんげ)や妖かしなるものたちは、際限なくその姿を変え、見る者の心を惑わす。
従って、如何に摩訶不思議を見せつけられようとも、決して信じてはいけないものだ。




589段 仁和3年8月東松原に変化が出現した事


仁和3(887)年8月17日亥の刻(午後10時)ごろ、武徳殿の東に広がる宴の松原の西を、三人の美しい女房がそぞろ歩いていた。17日の月といえば立待月、時刻も10時とあらば、明るく輝くまるい月に松林も美しく照り渡り、女房たちの夜歩きもさぞかし楽しかったことと思われる。ところが、通り過ぎようとしていた女房たちを呼び止める者がいる。見ると、松の林の中からみめ麗しい若者がこちらに近づいて来る。その若者は一人の女房の手を取り、松林の中に連れて行った。残った女房二人は、しばらくすれば戻ってくるだろうと待っていたが、若者と女房の立ち話はなかなか終わらないらしく、いつまで経っても女房が戻ってこない。そのうち話し声も聞こえなくなってしまった。
「おかしいわね」
二人の女房は松林の中に分け入り辺りを見回すと、女のものと思われる血まみれの手足が、地面にバラバラと散らばっているのだった。胴体はあれど頭は見当たらない。二人の女房は腰を抜かさんばかりに驚き、一番近い右衛門の陣の当直の者たちへ助けを求めた。詰め所の役人が女房たちと共に現場へ急行すると、既に死骸すら消えてしまっていたという。
結局、鬼が若者の姿となり、女をたぶらかして喰い殺してしまったのだろう、ということとなった。大内裏に鬼が出現する騒ぎに、翌日諸寺から多くの僧侶が呼ばれ、お祓いの読経が行われた。僧侶たちの宿坊には朝堂院の東西の回廊が使われたが、夜中に宿侍していると外の方から騒がしい声が聞こえる。大勢の者たちが何やら叫んでいるようだ。不審に思った僧たちが外に出てみるとピタッと声は止み、辺りは何事もなかったように静まりかえってしまう。何かにたぶらかされたのだろうか。
この事件が起きた月は、宮中だけでなく京中でも不気味な出来事が多々あったとか。




590段 延長7年4月、宮中に鬼の足跡の事


延長7(929)年4月25日の夜、後宮(常寧殿)から玄輝門の内外・中央官庁に到るまで、鬼とみられる足跡が多数見つかった。足跡の大きさは大きな牛のひづめほどもあり、赤黒いものや青黒いものなど、不気味な色をしていた。足跡は12日ほどで自然と消え失せてしまったという。
北陣の衛士が目撃したところによると、大きな熊が陣中に入ってそのまま消えてしまったらしい。
鬼の足跡に混じって、子供とおぼしき足跡も残ってそうだが、本当に恐ろしい事である。




591段 延長8年6月、右近の陣に妖かしが出現した事


同じく延長8年6月25日、宇多院の随身が近衛右衛門の陣を通り過ぎようとしたとき、三位と五位の装束を着た男の幻に遭遇した。見る見るうちにぼうっと消えてしまったそうだが。
これも鬼の仕業だろうか。とかく世の中が不安になると、このような噂が飛び交うものだ。




592段 延長7年7月、下野長用が鬼神と遭遇する事


同じく延長7年7月5日夜、右近衛府衛士の下野長用が、大内裏の一番西の殷富門(いんふくもん)から武徳殿へ向かう途中、黒い装束に太刀を携えた怪しい男に出遭った。高位の公達にも見えるが、死んだようにぐったりしている人を肩に担いでいる。
不審に思った長用は、男に気づかれないようにこっそり後をつけると、男は長用の気配に気づいたのか、くるりと後ろをにらんだ。片手には白い笏を持っている。再び歩き出した男の後を追う長用。やがて、男は宴の松原を通り過ぎ、右衛門陣までやって来た。そこには、三位の装束を身に着けた者が、すり模様の衣装を着た随身と共に立っていた。随身は松明のようなものを持っている。どうやら、長用が尾行していた男が来るのを待っているようだ。随身と何やら立ち話している。長用は、黒い装束の男たちが発散する恐ろしく異様な空気を感じ、これは鬼神の類(たぐい)ではないかとおののいて、大急ぎで逃げ帰った。宴の松原を走りぬけ、ようやく殷富門まで来たとき、ほっとして後ろを振り返った。
男たちがいるとおぼしき右衛門陣には、無数の鬼火がゆらめいて、なんとも恐ろしい光景だったそうな。






 <<< 戻る