322段 後白河院において、小侍従が懺悔する事


ある日ののどかな昼下がり、後白河院の御所で、院が気の置けない人たち相手に、まったり雑談していました。
「皆の者。忘れようにも忘れられない、そんな過去の思い出はないかな。ちょうど良い機会だ、懺悔の意味も込めて、一人づつ隠し申さずに話して聞かせよ」
と院の仰せがございましたので、皆は順番に――もちろん院が最初です――心に残る思い出を披露していき、小侍従という女房に順番が回ってきました。この小侍従という者、「待つ宵の小侍従」とも呼ばれていて、往年のプレイガールと申しましょうか、若い頃は数多(あまた)の男たちを泣かせた奔放な歌人です。
「おお、次は小侍従の番ですか。あなたのことですから、さぞや艶なる思い出がおありでしょうな」
とその場にいる人たちが皆注目しますので、小侍従は、
「はい。わたくしの拙(つたな)い生涯の中でも、ひときわ美しく、そして忘れられない思い出がございます。院の御前で懺悔できましたら、わたくしの罪も軽くなりましょうか」
と微笑みます。
「その昔、とある高貴な御方から御車をさし回して頂いたことがございましたが、わたくし、身の程もわきまえぬほどその御方をお慕い申しておりましたので、夢中で車に乗ったわけです。
風は少し寒うございましたが、美しい月夜でした。
夜更けにその御方のもとに到着しますと、御簾の内よりかぐわしい香りが漂い、お慕いしている御方が出てこられます。衣装ごしに抱きすくめられ、『遅かったではないか』と耳もとでささやかれた時など、わたくし天にも昇る心地でございました。
はかなくも夢のような一夜を過ごし、鐘の音が聞こえ始める頃、まだ逢瀬の名残も尽きないのに帰りの車の音が…。迎えの車が来た時は、その音を聞くのももどかしいほど気が急いておりましたのに、帰りの車の音が聞こえてきた時は、魂も消え果てるほどでございましたわ。
戻ってみても、目に浮かぶのはその御方のことばかり。夢でもいい、その御方にもう一度お逢いしたい、かぐわしい香りに包まれたいと思うばかり。その御方のお召し物を取り違えて着て帰ってしまったのですが、早朝御使いの方が来られ、つれなくもお召し物を持って帰られ、とても悲しゅうございました」
情緒たっぷりの小侍従の告白に、院一同、
「耐え難いことであったな。だがそなたが悪いのではない。そなたが懺悔する必要などないぞ。悪いのは、そなたを呼びつけた男ではないか。ぜひその男の名を明かすように」
と強く仰せになりました。
「それだけはお許しくださいませ」
と小侍従が懇願しても、院は聞き入れません。小侍従、ここで(してやったり!)と心の中でほくそえんだかもしれませんな。院をしっかり見つめて、
「では申し上げましょう。憶えておられないのですか?院が御在位でした頃のことを。ある年のある月、あるお方を御使いにして、わたくしのもとへ迎えを出されたことを…まさかお忘れになったわけではございますまい。それとも、わたくしの記憶違いなのでしょうか」
と優雅に答えます。この時の院のお顔はさぞかし見ものだったでしょうな。その場に居た者たちはどよめき、笑い、院は居たたまれなくなって、こそこそどこかへ隠れてしまったとか。




323段 仁和寺の童千手参川が事


仁和寺門跡の
覚性法親王には、千手という寵童がおり、大切にされていました。ルックスも心ばえも良く、かつ笛を上手に吹き、今様もよくたしなみ、パトロンである覚性法親王にとても愛されていました。
ところが、この仁和寺へ参川(みかわ)という童がやってきてから、風向きが少しづつ変わってきます。この参川、筝の琴と和歌にすぐれていましたので、
覚性法親王は参川も寵愛するようになりました。かわいそうに千手は、パトロンの心移りを感じ取り、仁和寺から退出して、某所に引きこもってしまったのです。
ある日仁和寺で酒宴が行われ、色々な催し物がありました。覚性法親王の弟子の守覚法親王が、
「千手の姿が見えませぬな。召し出して笛を吹かせたり今様を歌わせれば、座もさらに盛り上がるでしょうに」
と千手の不在に文句を言いました。
「体調が思わしくなくて」との実家からの返事にも関わらず、無理に千手を参上させました。千住はたいそう華麗な水干(すいかん)を着せられ、ぱっと見は華やかですが、すっかりふさぎきった様子。酒宴にはべる人々が今様を勧めるので、千手は、
「過去無数の諸仏にも 捨てられたるをばいかがせん…」
と、せつなくも哀れに歌い上げるので、一同は涙を流し、酒宴は興ざめ、千手を哀れに思った覚性法親王は、その場で千手を抱いて寝所にこもったのでした。
覚性法親王の行為に一同大騒ぎの酒宴が明け、翌朝、覚性法親王が目を覚ますと、紅の薄様を破いて歌が書きつけてありました。


尋ぬべき君ならませばつげてまし入りぬる山の名をばそれとも


よく見ると参川が書いた手蹟。とてもよくできた和歌でしたが、どうやら参川は、覚性法親王が千手に心を戻したと思い込んでしまったようです。
歌を残して姿をくらました参川は、その後、高野山に上って僧になってしまったとか。




324段 ある宮腹(みやばら)の姫が上達部に歌を贈る事


宮ばらの姫君――とても美しい響きの言葉ですね。生まれながらの高貴な血筋、薄幸あるいはその逆で超深窓の令嬢、憧れの高嶺の花など、男たちの心を妖しくかき立てる存在ですが、そんな某宮ばらの姫君に、密かに通う公達がいました。誰にも知られないよう、ひた隠しに隠していた恋だったのですが、何があったのでしょうか、ふとしたことから二人は次第に疎遠になってしまったのでした。
そんなある日、当の公達のもとへ、本当に久しぶりに姫君から手紙が参りました。


しのぶかなたかまの山のみねにゐる雲のよそにてありし昔を
(いつの間にこんなつれない間柄になってしまったのかしら…わたくし、お互いのことを何も知らなかった昔を思い出していますの)


しっとりとした和歌に、忘れかけていた思慕がよみがえった公達。その夜は必ずや姫君のもとへお出でになったことでしょうね。




325段 頭中将忠季(ただすえ)、督の典侍に絵を贈る事


内大臣忠親殿のご子息忠季殿がまだ頭中将だった頃、当時督の典侍だった法勝寺能円の娘に懸想して、長年口説き続けていましたが、典侍はなかなか心の扉を開いてくれません。
雪の激しく降るある夜、忠季殿が内裏に馬で参内する途中、雪で白く輝く道や木々の梢に積もる雪があまりにきれいなので、忠季殿はその幻想的な光景に誘われるまま墨絵にして、典侍の局に差し入れておきました。
絵が置いてあるのに気づいた典侍は、想像して作ったような絵ではなく、リアルな実感の雪景色の墨絵にとても感心し、ようやく対面する気になったそうです。
それ以降、二人はたいそう睦まじいカップルになり、太郎君がお生まれになったそうですよ。






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