315段 イザナギ・イザナミ二人の神様の婚姻の事


イザナギという男神とイザナミという女神が、世界初の地・オノコロ島に降り立ち、夫婦となった経緯を申しましょう。
まず女神の方が、「まあなんて良い男でしょう」と誘いかけましたところ、男神もそれに応えまして、それで両神は夫婦になろうとしたわけです。ところが、初めての交わりですから、やり方がわからない。困ったお二人、近くにいたカササギのつがいの交わり(交尾)の様子を見て、『交わり』とはどうすればよいかを知り、首尾よく結ばれたというわけです。
神さまによる初のセックスは、まぎれもなくバックスタイル。神さまの子孫である人間もそれにならい、バックスタイルを王道としたわけですな。




316段 中関白道隆殿、高内侍のもとに通う事


中関白道隆殿がまだ若かりし時、高内侍に密かにお通いになっておられました。ところが、高内侍の父親である高階成忠卿が聞きつけ、
「そんな顔もろくに見た事もない若造に。ワシャ認めんぞ」
と不満に思っておりましたところ、愛娘の交際相手を見かける機会がございまして、その若造の人相をいたく気に入り、
「ウム。必ずや位を極める人物だ」
と大評価。その後交際を認めたといいます。





317段 伊周、女房を暁に送り届ける事



一条帝の御世、三條后宮(道長の二女研子)のもとに参上していた大納言伊周殿が、夜半にどこかから退出しようとする女房の声を聞きつけ、自分の退出のついでに、女房を局までわざわざ送られたそうです。その際、
「佳人尽(ことごと)く晨粧(しんそう)を飾る
 魏宮(ぎきゅう)に鐘動く
 遊子なほ残月に行く
 函谷に鶏鳴く
かの国の官女達は、暁の鐘の音とともに化粧するというが…月がまだ明るいから前は見えるだろう?さ、気をつけて。転ばないようにゆこう」
と口ずさみながら送られたとか。その女房というのが、かの清少納言なのですが、
「もうね、その時の伊周さまのお姿ったら最高といっても足りないくらいでしたのよ!月の光に照らされたたたずまいといい、情景にピッタリの漢詩といい、吟ずるお声のうるわしさといい、「ころぶなよ」と私の袖を持ってくださる優しさといい、完璧な殿方とはこんな御方のことを指すのですわ!」
と興奮して言いまわったので、皆もまた感動したそうです。





318段 道命阿闍梨、和泉式部の問いに歌で答える事


道綱卿の息子に天台宗の僧侶となった者がいました。通称は道命阿闍梨。この阿闍梨、たいそううるわしい声で名の知れた歌人でございまして、おまけに不謹慎なほどの色ボケ僧侶。いつでしたか、同じく男性遍歴華やかな和泉式部とひとつ車に同行したことがありまして…ま、常軌を逸したカーセックス逢引きとささやかれても弁解できませんな。
「え。私、そんなつもりじゃありませんのに…」
とはにかみながらの式部に、阿闍梨はデレデレしながら、
「いやもう、栗のイガがぱっくり割れるように微笑まれると、誘惑に負けて、戒律を破ってしまいたくなりますね」
耳元でそうささやき、式部を陥落させてしまったとか。





319段 刑部卿敦兼北の方、夫の朗詠に感動する事


刑部省の長官であった藤原敦兼殿は、世にもまれなるブ男だったのですが、妻に迎えた女性というのがなかなかの美貌の持ち主で、この妻が先だって五節の舞いを見物に行った際、宮中のいたるところにたむろしているイケメン公達たちを見て、
「あああ、美男に囲まれるのって気分いいわねえええ。それに比べてウチの人って」
と自分の夫の醜さに心底ウンザリ。イベントが終わって家に戻っても、夫と口もきかず顔も合わせず、ぷいとそっぽを向いたまま。この北の方、世間知らずのお嬢様でしたので、「殿方の容貌とはこんなもの」と思い込んでいたのに、宮中でのイベントで気分が高揚し切っている上に、いきなり大量の美男子たちの群れを目の当たりにし、我が夫が相当に難アリのご面相だと知ってガッカリ。
まあ、その気持ちもわからないではありません。
一方、夫の敦兼殿は、妻の豹変の理由がさっぱりわかりません。ですが、毎日毎日、容赦ないほど不機嫌そうな妻を見ていると、次第に妻に嫌気がさすのも道理。とうとう家庭内別居状態となってしまったわけです。
いつものように仕事から帰った夜、庇の間は明かりもつけず、衣装はたたむ人も出てきません。大事な夫に何もそこまでしなくてもいいでしょうに、北の方の不機嫌をはばかって、誰の出迎えてくれないのです。敦兼殿は仕方なくご自身で車寄せの妻戸を押し開け、独りでぼんやり外を眺めていました。
夜が更けるにつれ、外は月の光や風の音がしんしんとしみわたるよう。しんみりとした気分になった敦兼殿は、篳篥(ひちりき)を取り出し、季節にふさわしい音色で吹き鳴らしたあと、
ませのうちなる白菊も
うつろふみるこそあはれなれ
我らがかよひてみし人も
かくしつつこそ枯れにしか
(垣根の内の白菊が/移ろいあせてゆくように/私の妻も同じように/枯れて離れてゆくのかな)
とくり返しくり返し歌っているのを北の方が聞き、不満だらけだった心が次第に解けていったのでした。篳篥の腕前では右に出る者のいない敦兼の美しい音色に、彼女はもとの素直な気持ちを取り戻したのですね。
その後、以前よりもいっそう仲睦まじい夫婦になったとか。





320段 左大弁宰相経頼卿が婿選びの事


行成卿の娘婿だった参議左大弁源経頼卿には、目の中に入れても痛くないほど溺愛する娘がいました。
経頼卿はある日、行幸を見物する牛車に娘を同乗させ、
「供奉の公達たちは、いずれも立派な身分の者ばかりだ。さあかわいい姫や。婿にするならどの公達がよいかね?」
と問いかけてみましたが、姫はどの人が通り過ぎても首を横にふるばかり。ところが、行列の中にいた源俊賢殿の息子・源隆国卿をひと目見るなり、
「この方がいいわ。この方しか考えられません」
目を輝かせてそう言いましたので、「よっしゃ!」っとばかりに速攻で縁談を取りまとめてしまいました。
それを見た今北の方(現在の妻)は、
「どうか私の娘には、隆国殿よりもっと家柄の良い殿方を選んで下さいませ!(継子なんかに負けてたまるものですか←心の叫び)」
と嘆願しましたが、隆国殿よりも良い家柄で、しかも我が家の身分と釣り合う者がなかなか見つかりません。経頼卿は選びに選んで、小野宮流の藤原資仲殿を婿にしました。
「かたや醍醐源氏、かたや小野宮流藤原氏、資仲殿は仕事のできる、才覚あふれる男ぞ」
と今北の方を納得させましたが、実際のところ、隆国卿を越えて昇進することは難しく、後々の子息の時代には、位階は相当隔たってしまったということです。



321段 尾張守藤原孝定、朗詠にて曙を知らせる事


宇治左大臣頼長の子息師長殿が、懇(ねんご)ろになった女人と自邸で逢引きする夜、控えの間に居る孝定殿に、
「朝になったら迎えに参れ」
と告げ、女人と一晩しっぽり過ごしたことがありました。
師長殿と孝定殿は身分の差こそあれ、片や筝の名手、片や琵琶の名手と、共に音楽をこよなく愛する仲間。たいへん気安い間柄だったのでしょう。
そろそろ夜明けという時刻、孝定殿はひそやかな声で、
「酒軍、座にあり
兎園の露いまだ乾かず
僕夫庵(いおり)に待ち
鶏籠山明けんと欲す」
と漢詩を口ずさんで曙時を知らせました。
秀句の情趣で暁(あかつき)を伝える即妙の才、これこそ理想的な宮廷人、我々もかくありたいものです。




 <<< 戻る