■それぞれの矛盾Part2


「最初はね、よく似ている人を好きになればきっと忘れられると思ったんだ。顔立ちの似ている人、心ばえの似ている人…違う、と感じたらすぐに乗り換えた。でもね、とてもよく似ていても、一部分でも違う面を見てしまえば、たちまち醒めてしまう。それでね、今度はまるで似てない人を好きになればあきらめられる、と思ったのさ。姿かたちも性格も、全く正反対なら比べようがないからね。比べる気持ちが起きなければ、そのうち忘れられる、とね。
もう、次から次にさがしたよ。
でも、だめだった。なんでこんなムダな時間を過ごしているんだろうって、逢瀬の最中にそんなことばっかり考えてさ。それも失礼な話だよね。
あの女房もね、逢瀬のなかで、
『誰を想うておられるのですか、私は私以外にはなれませぬ』
と泣いていたよ。
最低だな。皆の前でなじられても仕方ないことを、この私はしたわけだ。」


突然あふれだした言葉を不審に思い、行成は斎信を見ると、彼は泣きそうな顔で行成をみつめていた。斎信のこめかみから首筋にかけて、かなり朱に染まっている。


「それほどに好きな方がいるのですか」
「いるね」
「・・・私には、よくわかりませんよ」
「なにが」
「酒の力を借りて弱音を吐いているあなたが目の前にいることが、ですよ。あなたを厭う女人など・・・一度でも打ち明けたのですか?」
「いや。言えばその人は私を拒むに決まってるのさ。それを想像するだけで恐ろしい。私を信頼してくれている人だから。
清廉で慎み深い人でね。私はずっとそばに居たいし、そのためならどんな努力もする。その人の目指す高みを共に目指したい。
私はね、私は
―――ようやくここまで築きあげた関係をつぶすのが恐くて仕方ないんだよ」
斎信は一気にしゃべるとふうっと息を吐いた。行成はふと、いつも強気な斎信の心の奥をのぞいた気がした。きっと酔いも手伝っての本音なのだろう。こんな心細そうな物言いの斎信を、行成は見たことがない。
「・・・」
「なんだよ」
「それほど好きなのか、と思って」
「好きだ。好きすぎて、触れられるほど近くにいても触れられない」
彼にここまで言わせることのできる女人、いったいどれだけ魅力的な人なのだろうと、行成はなんだか複雑だった。


行成は立ち上がり、斎信の横に座り直した。
「斉信。悩んでいないで打ち明けてみませんか。きっと大丈夫。結果、自分は何を恐れていたんだろうかと馬鹿馬鹿しくなりますよ」
「取り返しのつかなくなる場合だってあるよ」
「では思い切って、一度壊してみてはどうです。壊して、新たな関係作りをしては」
「簡単に言ってくれるよな。その勇気が
―――
「確かに、最初の一歩を踏み出すのは勇気の要ることですが、あなたはそれが出来る人だ」
「・・・」
「それとも
―――踏み出すのは恐いですか」
その一言が斉信をひどく惑乱させた。行成本人は単純に励ましているつもりなのだろうが、その屈託のない物言いとまなざしが、まるで斉信を挑発しているようだった。自分の目の前に行成の喉がある。斎信ほどではないが、酒でわずかに桜色に染まった行成のそれから目が離せない。至近距離にいる行成のあたたかな体温が、二人の間の空間を伝わって斎信にたどりつくと、斎信は、己の理性が急激に崩れていくのを感じ、思わず行成の首筋に唇を寄せていた。
「た、斎信?」
「・・・好きだよ」
腕をとられてそのまま床に倒される。あまりの突然の斎信の行動に、行成はあっけにとられて簡単に引っ張られた。
「斎信!・・・ちょ、ま、待ってください!」
「・・・いやだ、待たない。待てないね」


馬乗りになって、行成を見下ろす赤く充血した瞳。斉信の強張った微笑が仰向けの行成に近づいてきて、彼は思わず顔をそむけた。
「さっき、『あなたを厭う者など』と言ったよね。ならどうして顔をそむける?ほら、君は私のことを、こんなに拒むんだ・・・」
そう言いながら斎信は、顔をそむけた行成の耳朶に唇を押し当てた。その熱さに行成の体がよじれる。斎信に押さえ込まれてはいるが、逃げ出せない力ではない。なのにはねのけられない。それでも、抗議の言葉を出そうと正面を向いた途端、今度は唇をふさがれる。声を出そうとしていたため、口を少し開けていた行成の口腔内に、温かなものがすばやく侵入してくる。
行成は、目にうつっているもの、この身が感じているものすべてが信じられなかった。斉信に押さえ込まれている自分も、彼の甘やかな舌の感触に抵抗していない自分も。


頭の中が陶然となっていく行成を我に返らせたのは、斎信の手の動きだった。手が行成の襟を広げて侵入しようとしたとき、ようやく我に返った行成は、口の中をうごめいている斎信の舌を思わず噛んだ。
「っ・・・!」
顔をしかめて斎信が離れる。行成の口の中にかすかに血の味が残った。
「やめてください、私はその人じゃない!」
「行成
―――
呆けたような、斎信の声。
「私を・・・その人の代わりになど、・・・しないで・・・!」
「・・・・・・ごめん。ごめんよ・・・」
「酔いすぎです!」
「そうかもしれない。すまなかった・・・」
斎信は、緩慢な動きで行成の上から離れた。組み敷かれていた行成は、逃げるように立ち上がる。
「・・・すまなかった。行成、すわってくれ
―――どうかしてた」
促されるままに、行成はその場に腰をおろした。正気に戻ったらしい斎信を確認して、ようやく行成は安堵した。
「・・・もうしない、本当にごめん・・・」
そう言いながら、今度は斎信の方が床に倒れこんだ。
驚いた行成が覗き込む。寝てしまったのか。だが、顔の上に両腕を乗せているので、どんな表情をしているのかはわからない。
しばらくすると規則正しい寝息が聞こえはじめた。顔を覆っていた腕が、ズルズルと床に落ちる。


行成は近寄って、斎信のはずれかかった烏帽子をととのえてやった。呼吸を楽にしてやろうと襟の部分をゆるめると、酔った熱い寝息が手にかかる。


無体をふるわれたのに、はねのけられなかった。
そんなふるまいよりも、誰かの代わりのように抱かれたのがくやしかった。
その『誰か』が、斉信をここまで惑乱させている。
その『誰か』をうらやましいと感じる自分に腹が立つ。


行成はゆっくりと大きく深呼吸をし、頭をふった。
斉信と同様、自分もきっと酔っているのだ。とても醜く。そうでなければこの暗い嫉妬の理由が思いつかない。はやく追い払ってしまおう。彼が目を覚ますまでに。


(おわり)


2009/10/4
行成の無意識誘い受けとか。


 
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