第一回直撃レポート in大学寮


私は頭の中将藤原斎信。私は今、朱雀門を出て南にすぐの、大学寮という所の門前に立っている。ここへ来たのは近衛府の仕事でもなければ蔵人としての仕事でもない。とある筋からの依頼で、大学寮の職員にインタビューにやってきたのだ。え?誰の以来かって?…それは、さる高貴な血筋の御方とでもいっておこうか。その高貴な御方はなかなか自由な外出もかなわない身で…いや、気ままな外出は不可能、といってもいいかな。周りを取り囲んでいるのは常に高級女官か超高級貴族。市井のホンネを語るはずもない者たちにいつも監視され、若気を少々持て余しておられる。おいたわしいことだよ。とにかくその御方が、一般公務員の実情を知りたい、と仰せられてね、公卿たちのフィルターがかからないレポートが見たい、との仰せを承った私は第一回目のレポート対象として、『文章生』直撃インタビューを選んだわけだ。今日の私は笏のかわりにマイクを持ち、衣装も相手をビビらせないようにことさら地味にした。
さて、インタビュー開始だ。中に入るとしよう。


兼時さんですね。
「はい、お話は承っております。頭の中将様ですね。よろしくお願いしす」


固くならないで下さいね。今日はごく非公式なモノですから、気楽に。私のことも某(ぼう)の中将くらいでいいですよ。
「ボーさん、ですか?ハハ」


あなたのことも、報告書にあげるときは、文章生Aにしますから、忌憚なく答えてくださいね。
「はい」


まずは「省試」合格、おめでとうございます。何年目の春ですか。
「あっありがとうございます。「寮試」の合格から数えて13年…13年めにしてようやく、ようやく文章生になることができました」


それでは、「大学寮」の概要をすこし詳しく…
「はい。現代は五位以上の一応貴族とそれ以下大勢とに別れてますよね。三位以上の高級官僚ならともかく、我々のような五位以下ともなると、中くらいの公務員職につくこともままなりません。ですから、大学寮で勉強して試験にパスしてから、なんとか中央官庁に少しでも近い職に就こうとするわけです。高級貴族は黙っていても、家柄の力で中等以上の官職に就けますからね。
ところが、この大学というのが、全国にただ一つ、ここ京にある大学寮だけ。平安国立大学とでも申しましょうか。ですから、この大学寮は全国各地から殺到する中流以下の貴族志願者で、とんでもナイ受験地獄になってるんです」


なるほど。入学案内のようなものはありますか。
「これです。どうぞご覧下さい」




『平安京国立大学寮 入学案内』


【学部】
明経道(論理学専攻)、文章道(中国史・中国文学専攻)、明法道(法律学専攻)、算道(経済学専攻)
【入学手続き】
入学願書、束脩(そくしゅう。授業料)
【受験内容】
(例:文章道の場合)
一、寮試 = 一般教養。おもに中国古代史
一、省試 = 文学。おもに作詩
一、対策 = 論文テスト




これだけを見ると、簡単なように見えますが…。
「何いってるんですか。まず第一の難関「寮試」ですけど、これは百二十巻もある史記その他を丸暗記して、どこが出題されてもスラスラ答えないと合格できないんです。合格してようやく”擬文章生”になれるんです。
第二の難関「省試」に合格してはじめて”文章生”となります。しかしですね、省試の合格定員は、たったの二十人。天才学生でも、大学寮に入学してから最低7、8年かかるといわれてます。ですから、学生のほとんどは、文章生になるまでに脱落していきますね」


あなたは猛勉強して、その数少ない居残り組から、晴れて”文章生”の資格を勝ち取ったわけですね。
「そうです。そのうえやっと文章生になっても、さらにさらに猛勉強して”文章得業生”の資格をとって、そのワンランク上の「対策」という最難関テストに合格しないと、人様のまえで言えるような官職にありつけないんです」


あなたも次は「対策」を目指してる、と…。
「いえ、それはわかりません。勉強はしますが、文章生でうまいコネがあれば、なんとか食っていける程度の職にはつけますから。文章生のあらかたが、そうやって大学寮から離れていきますネ。「対策」目指す人なんて、文章博士になりたい人だけじゃないですか」


大学寮の金字塔に耀く人物としては、菅原道真がいるようですが。
「あの方の前にあの方なし。あの方の後にあの方なし。道真公は、わずか16歳で文章生になり、二十歳すぎで「対策」にパス、33歳で文章博士になった、例外中の例外です」


『源氏物語』の夕霧のようにはいかないというわけですね。
「ぷっ。ボーさん、たわけたことを言わないでくださいよ。あれは物語だからこそ、ことがスラスラ運んでるんでしょ。夕霧さんが12歳で元服して、大学寮に放りこまれる話、読みましたけどね、第一関門の「寮試」に備えて史記を四,五ヶ月で読み終えてあっさり合格、擬文章生に昇格して、翌年「省試」に合格して文章生、ですか。ハハ、笑っちゃいますね。現実にはありえない誇張ですよ。まあ、貴重な青春時代を勉強ばかりに費やしたせいで、女心を逆なでするような口説き方しかできないってのは、当たってますけどね。あれは心理的にリアルですわ」


相手が迷惑がるのも構わず押しかけてますからね。
ここだけの話ですが、公卿の中で、『こんなヤツがトップにいるなんて許せない!』と思う人物はいますか。
「え。わ、私の名前は本当に文章生Aにしてくれますよね」


大丈夫です。このレポートも公にさらされる事は絶対ありません。安心してください。
「…そうですね。右大臣の顕光さまなどは、我々のような下々の間でも、『生き恥右府』と陰でささやかれていますけど」


痛烈ですね。どのようなウワサが?
「大事な儀式を指揮したがるくせに、式次第をことごとく飛ばすそうじゃないですか。笏のウラにカンニングペーパーをつけても、順序や作法をまちがえてばかりで、しかもペーパーがみんなから丸見え…。下っ端は現場を見ることはできませんが、居合わせた貴族さまがたはたまらんでしょうね。出世は能力より家柄だけなんだな、とつくづく感じます」


顕光殿は、儀式をコッパみじんにして、進行係を逆上させる、というはなしですからね。他には。
「これは絶っ対に極秘にしてくださいよ。…道長公は、ずいぶん大ザッパな方だそうですね。日記が誤字・脱字だらけだというウワサがあるんですけど、ほんとですか?書き方もスペースもそろわず、書いたり消したり加えたり。これでは寮試はおろか、子供と一緒に書き取りしても負けるでしょうね。公務員トップの方でさえ、この調子ですから、やはり下っ端がやりきれなくなる時もあります」


『公卿は皆、腐ってもいてもタイ』、というところですか。いや、どうもありがとうございました。こちら取材の謝礼です。
「あっ料紙♪…うれしいです。貴重な紙をありがとうございます。また何かありましたら、いつでもご用をお申し付けください。でもボーさん、重ねてお願いしますけど、本っ当ーに匿名で頼みますよ」


…こんなものかな。うん。なかなかいい出来ばえのレポートになりそうじゃないか。彼もけっこう腹を割ってしゃべってくれたみたいだし。
就職レース、ピラミッド・クライマーの悲哀か。それは我々も同じだけど、裾のほうとトップのほうとでは、事情が違ってはくるもんだね。いずれにしろ、『すさまじきものは宮仕え』という点では一緒みたいだな。
あの御方もこういったノンキャリア組に少しでもふれる機会があればいいのだが。そうすれば、今上…げふっごほごほっごほっ…げほげほ、さる高貴な血筋の御方も、一般職員に慕われる存在になれると思うのだけど。よし、これを『所感』にしとこう。
次の直撃インタビューは行成の番だな。さる高貴な御方をなんてそそのかそうか。女官の寝起き突撃インタビューなんてどうだろう。『女官の素顔をごらんになりたいと思われませんか』なんて申し上げたら、面白がって実現しそうだな。
あるいは、空也上人の弟子と一緒に『ゴーゴー念仏踊り』体験なんてのも面白いぞ。くすくす。大体アイツは固すぎる。真面目なばかりじゃ蔵人頭は勤まらないからね。ああ、次の勅命が楽しみだ。


(おわり)


2003.3.29


熾烈な就職レースを学者の視点から。


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