※『死体』『ウジ』等の単語がわんさか出てきますので、そういう言葉に耐えられない方は即バックして下さい。










第五回直撃インタビューin検非違使庁


私は頭中将藤原斎信。私は今、検非違使庁の門の前に立っている。ここは大内裏の東、陽明門を出て少ししたところ。今日は、ここに詰めている検非違使佐(すけ)に用事があるんだ。本日のインタビューは「横行する盗賊の現状」だ。ずいぶんと堅苦しい話になりそうだが、人も歩けばどろぼうにあたるというのが常識の昨今、検非違使庁の職員はどのようにして治安の維持に努めているか、現場の声を聞いてみたい、というのが、さる高貴なお方の今回のご意向なのだ。くっ・・・感激ではないか!民の貧困を常にお忘れにならず、社会不安の実情を知りたがっておられる。これは、市井の裏事情をお知りになる絶好の機会だ。今回もはりきってインタビューするぞ。
相手は次官の佐(すけ)くんだしな。彼はいい奴だ、あんな神経質な公任の下で、苦汁をなめさせられてつぶれていくと思っていたが、なかなかどうして、ひるむことなくひたむきに犯罪捜査に食いついていっている。彼は、民衆に同情する正義漢だ。見ていて何かこう、すがすがしいものを感じる。さて、すけ君はちょうど東の市の巡回を終えて、さぞかし疲れているだろうが、私のインタビュー協力に、もうひとがんばりしてもらおう。




やあ、お疲れだとは思うが、ひとつよろしくお相手頼むよ。別当である公任の邸のほうがよかったかなとは思うが、こっちの方が忌憚のない意見を聞けそうでね。


「いえ、こちらでけっこうです。別当殿と中将さまの、個人的感情のやりとりが見られるのは楽しいのですが、時間が余計にかかって・・・」


?楽しい?見識にかなりの食い違いがあるようだが、まあいいか。まず、検非違使庁行政の誕生から、わかりやすく教えてくれないか。


「はい。まずは『検非違使』という名前の由来から
説明いたします。検非違使とは、゛非法゛や゛違法゛を専門的に゛検(しら)゛べる警察機関ですね。奈良時代『弾正台』という警察機関が始まりなのですが、定員が40人たらず。これでは都の治安を守りようがないということで、平城上皇反乱のあと、法を改正して検非違使庁を設けました。定員は・・・やはり百人にも満たないですが」


百人以下で、大都市京の治安が守れるのかい?犯人捜査も、いうなればハンコ行政そのものだということだが。


「う〜ん、痛いところをついてきますねえ。言われなくてもよ〜くわかっていますよ。事件発生から逮捕までに半年以上かかることだってザラですし、上層階級が事件に絡んでたりすると、検非違使のほうが保身のために、逃げ腰になりますからね。権力のカサとは恐ろしいものですよ」


庶民階級が、法律を知っているとは思えないが・・・。


「ええ、文字すら知らない下層市民は、法律の存在さえ知らないでしょうから、法を犯しても気がつかないでしょう。・・・いや、たとえ法を知っていても、犯さねば生きていけないというのが現実なんです」


オニより恐いと言われる検非違使庁だけど?


「嫌われている証拠ですよ、その言い方は。下っ端の放免(犯罪の刑期を終えて検非違使庁に雇われた下級庁員)などには教育が行き届いていませんのでね、ごろつきどもが、権力を振りかざしてばかりいれば、毛嫌いもされますって」


しかしその放免の存在がないと、汚れ仕事、もとい、実務処理ができないわけだ。


「ええ
―――まあ、そうですね。殺された遺体の番をしたり、川を堰き止めてしまったごみや死骸の群れを片付けたり。小路を巡回しているとですね、薄着でふるえている者たちが、一晩明けると、凍死しているという光景をよく見かけます。重病で死にかかって、路上に捨てられた病人が、数日後には、野犬に食い散らされているのも珍しくありません。それらを片付けるのもまた、彼らに頼らざるをえない仕事なんです」


放火や盗賊が、以前にも増して横行しているが。


「盗むために、最初に放火。あるいは盗んだ証拠を消すために、最後に放火。何かと言っちゃ放火。あとさき考えずに放火。とにかく放火は最悪です。いっさいの証拠も財産も失わせてしまうのですからね。被害にあった屋敷内の女人などは、いきがけの駄賃とばかりに暴行された挙句に殺されるのがオチですし」


盗賊稼業を専門にしているやつも、いるという話だが。


「そうですね、本当です。まったく、職業が盗賊なんて、犯罪史上はじめてだと思いますよ。知ってます?羅城門や清水寺の五重塔は、そんな盗賊の巣になっているという噂。あれ、本当なんですよ。大内裏の真正面の朱雀門にさえ、盗賊団の頭領が棲んでいるご時世なのですから。
あと、ココだけの話ですが、大邸宅をかまえている盗賊もいるということです。某所なんですがね、白昼公然と武装集団をしたがえて出入りしているのが、何回も目撃されていて・・・」


やり手の大盗賊集団か・・・取り締まったり、調査したりしないのかい?


「・・・取り締まれない盗賊団というのは、たいていバックに上流貴族のパトロンがいるものなんですよ。我々ではどうしようもないですねえ。貴族くずれの盗賊ほど、やっかいなものはありません。屋敷の中で、かなり厚遇されている地位のものが、頭領とかだったりするんですよ」


博打(ばくち)の取り締まりも、これといった良策がないようだが。


「うーん、そこそこの賭物(かけもの)で楽しんでさえいれば、何の問題もないんですがね、一日中博打で過ごして仕事をほっぽらかしなんていうのも困りますね。プロの博打うちもいるんですよ、サクラをはべらして、カモの身ぐるみはがすまで離さないんです。何度か禁止令も出されていますが、取り締まるのは至難のワザだと思いますよ。こればっかりは、いくらお上に止められても静まることはないでしょうね。「モノを賭ける」という行為は、心を虜にさせる魅力がありますから。ああでも、バクチに関しては、宮中でもかつて痛い事件ありましたね。洩れ聞いてますよ、某大臣のお二方と某中納言の、エラいさん同士の男皇子を賭けての争い。庚申(こうしん)の夜に、三すくみのにらみあい状態で、スゴロクのサイコロを振ったそうじゃありませんか。目と目の火花の散らし合いに、周囲の殿上人が、震え上がったとか。いやあ、東宮を賭けてのバクチなんて、どんなすさまじい真剣勝負だったのか、想像もつきませんよ」


いつの時代にも盗賊はいたはずだが、京の都発足以降、異常に目立っているね。どうしてなのだろうか。


「そうですね、遷都五十年後くらいから、急激に目立ち始めてます。新手の犯罪も確実に増えていますし、規模も大きくなっています。これは、京の都という都市が、成熟しはじめた証拠なんじゃないかと、ぼくは考えているんですけどね。政治はいつまで経ってもマンネリなのに、人口だけはどんどん膨れ上がる・・・整備が追いつかなくなれば、どこかにひずみが生じます。治安の乱れは、今、国家秩序を保てるギリギリのところまで来てしまっていると思いますよ」


盗賊の忍び込む場所も、かつては内裏だったのが、今では中流貴族の邸宅がメインになっている。


「ですね。百年くらい前までは、危険を承知で宮中の贅沢品を盗んでいくという、ある意味正統派の盗賊がほとんどでした。それが今では、汚職で稼いだ受領経験者の屋敷が標的になってますね。宮中より警備は手薄ですし、収穫も多いんですよ。しかし、不運にも一般市民がまきぞえをくらう場合がほとんどで・・・犯人に逃げ込まれたりとか、家を壊されたり放火の類焼とか」


詐欺行為も、年々悪質になっているという話だが。


「実際、タチ悪くなってます。海の幸どっさりの行商だと喜んで食べていたら、じつは雑木林で生け捕りにしたヘビのタテ裂きだったとか、高級造成住宅地だと評判の土地を購入したら、ヒザまでズブズブ沈む湿地だったとか。放置されている死体の衣服や頭髪をはぎとって売り、生計をたてる庶民も、最近では珍しくなくなりましたね。
・・・中将さま、犯罪というものは、大都市平安京の縮図ですよ。過去の犯罪史なんか読んでると、あらゆる犯罪は、大都市ゆえの「人間ドラマ」だと最近感じるようになりましたね」


スケ君、五位のおぼっちゃまだと思っていたが、なかなかどうして肝がすわってきたじゃないか。気むずかし屋の別当や、老練な大尉(だいじょう)、荒くれ放免をまとめる看督長(かどのおさ)たちに、もみくちゃにされて成長したようだねえ。


「なにか自分にしかできないものを、任された範囲内で見つけなさい、と、別当殿に言われまして、その視点で職務をこなしているつもりなんです。エヘヘ」


なるほど、公任にねえ・・・それでは、なにかこう、耳寄りな発見でもあったかい?


「それなんですけど中将さま、聞いてもらえますか。ぼくは、いろんな死体遺棄現場に連れ回されて、ひとつ発見したことがあるんですよ!」


・・・は?誰に?大尉(だいじょう)に面白半分に連れまわされたのか?


「そうです!最初は正気を保つのでいっぱいいっぱいでしたけど、だんだん慣れてくるとですね、死体から、いろんな情報が見えてくるんですよ。腐乱死体についている、数え切れないほどの虫が、死亡当時の大まかな様子を教えてく」


!ちょっと待てっ!私に何を聞かせるつもりだ。


「いえいえ、純粋に物的証拠をあげる手段ですよ、検死に関わった人間なら、誰でもすぐに死体とウジの関係に気付きます」


・・・Σ( ̄□ ̄;;;)(こっこいつ、放免らに、何を吹き込まれたんだ・・・)


「ご存知ですか?ウジがサナギになって、ハエに羽化する日数。季節や天候によって、もちろん差がありますけど、死体の表面とか衣服のウラに、サナギがびっしり付いていれば、死んだ後、何日経っているか推定できるんです。あとウジの孵化後の大きさでも・・・その他、死体につけられたキズなども、死因に直接関わるキズが推定しやすいですね。死亡時につけられたキズのほうが出血が激しいので、ウジが好むんですよ。だから、腐敗し始める前の死体で、ハエやアブやゴキブリがたかっているキズが、死亡時につけられた致命傷のキズ、それほどじゃないのは、死んだ後につけられて出血がそれほどじゃなかったキズ、そんなふうに分類される場合がしょっちゅうです。放免たちの体験をもとに調べているんですが・・・知ってます?死んだ後10分もしないうちに、ハエは死臭を嗅ぎ付けてくるんですよ」


・・・(気持悪い・・・これ以上聞きたくない・・・)


「野ざらしの死体なんかは、すごい光景が見られるんですよ〜。死体にたかる虫をエサにしようとやってくるクモやハチ、巣を張り巡らすのに死体の一部をつかうクモだっています。腐乱しつつある脚に付着した、クモの巣の上で、白露が朝日にきらめく光景・・・シュールここに極まれり、と言いますか何と言いますか」


・・・(黙れ、吐きそうだウプププ・・・おもしろがった放免どもに、許容量以上のものを半強制的に見せられたようだぞ)


「アリの巣近くに死体が放置された場合なんかもそうですねえ。死体を少し遠くから眺めると、白粉で地面に線を引いたようなものが、死体から延びてるんです。近づくにつれて、それが白粉なんかじゃなくって、アリの行列なんですよ。アリが、白いウジを一匹づつ、死体から巣まで運んでいたんですねえ。いやはやけなげなアリたちですよ」


(だいじょうぶかなこいつ、これ以上おかしなことを口走ったら、精神的に危ないかも)・・・うんうん、そうかいそうかい、よくわかったよ、仕事に賭ける、君の熱意。それでいったい、どんな有意義な調べものを?


「聞いていただけますか!ぼく、ウジの成長過程が知りたいんです。何回目の脱皮が孵化後何日目なのかとか、この大きさなら、孵化してから何日目なのかとか。天候によって、どれくらい成長が進んだり遅れたりするのかとか。もっと詳しい生態がわかれば、採取したウジの羽化を待たずして、死亡日時がわかりますから。青虫に関しては、だいぶわかって来たんですけど、群がる個体で言えば、やはりハエが主役なもんで。なんかいい方法ないですかねえ、この間、木箱でウジを育てていたら、ちょっと目を離したスキに、急激に成長しちゃって、厨子(ずし)のまわりがひどいありさまに」


うんうんそうだね、スケ君。ウジたちにお行儀の良さを求めるのは、少し難しいかもしれないね。さてちょっと別件で用事があってね、話を聞きに行かなきゃならないんだ。貴重な意見をありがとう。おかげでいろいろ新しい発見があったよ。じゃあ失礼する。・・・ああ、見送りは結構だ。気をつかわせて悪いね。


「あれ、もうですか?ぼくの研究内容もっと披露したいのに・・・。じっと聞き入ってくれたのは、中将さまが初めてなんですよ。また来てくださいねー・・・あれれ?お酒でも召し上がってらっしゃったのかな、足が妙にヨタヨタと千鳥のように・・・」




・・・この忙しいのに、わたしは一体なにを聞かされていたんだろう。彼は私が熱心に耳を傾けていたと感動していたようだが、途中からきっちり金縛り状態になってしまっていたんだ、誤解してお仲間と間違われていたらどうしよう。まったく、たった一刻でげっそりだ。しかしあのスケ君、若いのに、芸域が広いなー。死体の死亡時刻を、群がっている虫で推定しようとは、たまらんな。そのうち実検の為だとか称して、どっかからさらってきた猫や犬を、ウジのエサに突き出すんじゃないか。そんな研究はともかく、横行する放火や盗賊に関しては、ずいぶん真剣に憂いを訴えていた。
あらゆる犯罪は、大都市に住む人間の「縮図」だとはねえ・・・おぼっちゃんだと思っていたが、なかなかどうして、冷静な目をもってるじゃないか。
しかし、路上放置の死体の実態とか詐欺や放火の話は許容範囲だろうが、高級貴族をパトロンに持っている盗賊軍団とか、過差(ぜいたくのこと)がエスカレートする一方で、死体の頭髪や衣服を売って生きる人間、その人間を殺して稼ぎを横取りする輩(やから)の話なんかは、さる高貴なお方のお耳に入れて良いものなのだろうか。心神ご不例で引きこもり、なんてことになったら、私が責任取らされてしまう。おまけに、京中の膨れ上がる人口に対して、何も整備できてないことへの庶民の社会不安もそのままお伝えしてもよいのか。今回のインタビューは、報告書の作成に難儀しそうだなあ。なにしろ問題点ばかり定義されて、解決策が誰にもわからないのだから。いや、くさいものにフタする事しか頭にない私たちも悪いんだけどね。


(おわり)


2004/9/21


登場したすけ君とは、「仮面の女」でチョイ役だった検非違使佐くんです。



 
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