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第四回直撃レポートin賢所(かしこどころ)

行成だ。
先ほどまで私は、寒風吹き込む左近の陣に詰めている左近衛府の武士たちと、火鉢にあたりながら世間話をしていたのだが・・・本音を言えば、もっともっとぐだぐだと皆にすがるように長話をしていたかった。これからしなければならない仕事のことを考えると・・・やはりキッパリ断ればよかったのか。いや、お断りできるはずもない。
しかしきっとこの勅命のウラでは、ハードプレイ困難な仕事をさせたがる斎信が、今上にまたおもしろおかしくたわごとを吹き込んだに違いない。憂鬱だ。だが、この仕事をとっとと終わらせないと、憂鬱に別れをつげることなどできないのだ。
本日の私の仕事は、またもや直撃インタビュー。依頼内容は、「福祉厚生面から見た女官勤めの実態を聞く」というものだ。はやい話が、「すさまじきものは宮仕え」を証明して来いという仰せを頂いたのだ。それで私はこうして女官頭にあたる内侍司がある賢所に向かっている。賢所は左近の陣を出て、宣陽殿のすぐ東。
ここは、今上への奏上担当の尚侍や典侍・内侍という、超高級女官たちの詰所だ。今日は弁内侍という女官に話を聞くことになっている。もともと今上への奏上・伝宣は、尚侍という女官の職掌だったのだが、尚侍の君が帝に召しかかえられる習慣がつくようになって以来、女官頭は典侍や内侍があたるようになった。典侍には今上の御乳母がつくことが多い。従って実務上のNo.1は、この内侍ということになる。帝付き総合職の筆頭。現在、この内侍は四人。権内侍は二人。いずれも修羅場をしのいできた、経験値の高そうなつわものぞろいだ。特にこれから話を聞く弁内侍は、四十路をそろそろ越えようかという老女官だが、女童のころから宮中に出入りしているたたきあげの方。老巧な指導で大奥を束ねている。そんな彼女たちの詰所にこんな用件でひとり乗り込むなど・・・足が震える。ハッそういえば前回も足が震えていたような記憶が。斎信も、インタビュー前は緊張したりするのだろうか。それとも、私が弱気者なだけなのか?ひょっとしたら、よってたかって内侍どのたちにいじめられて、泣いて逃げるはめにでもなったら末代までの恥だ。このインタビューが内侍どののお気に召さなくて嫌われでもしたら、蔵人頭としての仕事に大きな支障をきたす。心してかからねば。


お邪魔致します。弁内侍どの。お忙しいところを、時間を割いていただいてありがとうございます。


「あら、あら。ようこそおいでくださいました。そのように、改まった態度でごあいさついただきましても。いつも後宮でお会いしているではございませんか。今日もねえ、このインタビュー希望者の倍率が高くて、決めるのにそれはもう、大変でしたのよ。文句をいう命婦どもを黙らせるのがね」


眼で黙らせた、というところですか。さすが当局No.1の有能内侍どのですね。大変気の張るお仕事をなさっていらっしゃる方だけあって、迫力もおありですし。


「ずいぶんくだけた言い方ですこと、行成さま。そうですの、忌憚なくぶちまけてよいということなのですね。ではこちらも遠慮なく発言させてもらいますわオホホ」


(しししまった!)なごやかにお願いしますよ。
女官の勤務状況はどうですか。なにかご不満とかは。


「いいえ特には。一応建て前は、365日連続勤務となっていますが、交替勤務制なので、非番の日はお休みをいただけます。それは殿方も同じですわね。あと他には、女には『一週間の生理休暇』が、非公式ですけど認められていますし」


ゲホンゲホンッ(のっけからシモネタか)!す、すみません。そうでしたね。生理休暇。規定には何も書かれていませんが、公然と宿下がりできますし。


「女の体をいたわってのお休みではありませんけれどね。宮中の『穢れ』を避けるために追い払われてしまうのですわ。大きな声で生理、生理と連呼できませんので、わたくしたちは生理休暇のことを、スラングで『手なし休暇』と呼んでいます」


て、手なし休暇??


「生理期間中は、実家にいても、食器や調度品などに触ることを禁じられているからですわ。表向きは、ですけれどね。何にも触れずに生活するなんて無理ですもの。穢れている身ですので、一週間室内にこもって、生理終了後に入浴、次の日からようやくお勤めに戻りますの。ですから、一週間明けたあとのわたくしたちは、身も心もさっぱりなのですわよ〜」


(かえす言葉が見つからない)・・・・・・。


「あなたさまごひいきの少納言の君だって、手なし休暇の最中に、実家でせっせせっせと草子つくりに励んでいるのですわオホホ。だって穢れの身で出来る仕事なんて、そうそうありませんものね。ヒマでヒマで仕方ないのですから。頭のよく回る女人は、手なし休暇が稼ぎ時。これですわよ」


他にも女官には、『沐暇(もっか)』もありますね。


「洗髪休みのことですか?大事なお休みですわ。髪は女の命ですからね。長髪だけに汚れやすくて、お手入れが大変なのですよ。洗うのも乾かすのも一苦労。洗髪するときは、丸一日分の特別休暇をいただけます」


こうしてお聞きすると、我々男性より休みは多いようですが。


「確かにお休みは多いかもしれませんが、拘束、という点では殿方より厳しいのではないかしら。勤めはつらいですわよ。労働時間は、早朝から夜まで十時間が普通ですし。じっとしてるのもこたえますわよ。柱と柱の間は、広い吹き抜けの空間みたいなものでございましょう?真冬など、板敷きに座っていますと、こう、下から冷え込みが襲ってくるようでねえ。円座(わろうだ)なんて、寒さ対策には何の効果もありませんわ」


下級女官たちは、どうされていますか。


「わたくしたちよりはよく動いていますので、少しは・・・いえ、そうでもありませんわね。燃料代を相当節約させられていますので、火鉢も満足に使わせてもらえませんし、灯明の芯もケチッているので、蔀(しとみ)を下ろせば室内はほぼ真っ暗、という生活ですね」


そうなると、宮中も座敷牢ですね。


「冬は特にトイレがつらくて。寒くて寒くてこらえかねて、何度もトイレに立つんです」


(ブッ!)ま、真冬にひすまし女が増員されるのは、そのせいなのですか。


「屋外トイレじゃなくて、ほーんとによかったですわ。室内のすみっこにある『おまる』で十分。寒風吹きすさぶ中で、裾をめくってしゃがみこむなんて、痔になってしまいますものね。生活のチエですわ」


そのあたりには、大いに共感できるものがありますよ。


「夏は夏で、これまた大屋根の熱気と庭の白砂の照り返しがきつくて。風がそよとも部屋の中に入ってこない日などは、もうもう、暑さのガマン比べですのよ」


暑さ寒さの環境は、我々男性とそう変わらないですね。なにか、我々の気付かない要望点とかはありますか。


「夏は嵯峨あたりに、冬は出湯(いでゆ)のあるところに内裏が移動すればいうことなしなのですけれど。ま、そんな冗談は置いておいて、この国で、御所より住みよい環境なんて、そうそうありませんわね。食べ物も、時々贅沢なものをいただけますし、武士たちがいるので夜盗などの心配もそれほどせずにすみます。そうですわね・・・節約しなければならないことはわかってはいますが、もう少し、冬用のトイレットペーパーを考えていただけないかしら」


よ、用を足したあとの、アレですか。


「あなたがた高級貴族は紙もそこそこ自由に使えるかもしれませんが、わたくしたち一般公務員は、ハナ拭く時も袖や手だし、アレだって木片(へら)や草の葉で代用していますの。夏はいいんですけど、冬はもう痛くて痛くて・・・なにか良い代用品でも考えてくださいな」


(もう帰りたくなってきたナー)涙の玉に濡れる袖、ではなく、違う玉でゴワゴワになる袖ですか。たしかに冬は若草など見つかりませんし、木の葉でハナをかむと、鼻の下がすりむけて痛いでしょうね。あっちの方の痛みもお察ししますよ。わかりました、もう少し柔らかな葉の常緑樹や草を植えるように、検討してみましょう。


「あとですね、白粉(おしろい)がぜんぜん足りませんの。もっともっともっともっと支給してくださらないと。コッテリコッテリ真っ白に塗りたくって出勤するのが、当世の流行なのですよ。米粉を溶いた白粉なんてダサダサなものではなく、鉛を酢で蒸した上等品を支給してくださらないと。あなたがた公達も、やぼったい容貌の女官と仲良くなんていやでしょう。贅沢を今上が好まれませんので控えめにしていますが、顔のつくりだけは、これだけは絶対に譲れませんわ!」


とりあえず申請してみます。
女御付きの私的後宮女房も、同じような境遇ですか。


「女御さまのご実家で用意される私的女房の福祉厚生は、我々よりはマシでしょうね。今のスポンサーは、なにせあの大金持ちの関白さまですもの。ご自分の娘の住む御殿に今上を引き止めるためには、金に糸目などつけませんことよ。うらやましくない、といえばウソになりますわね。衣装といい、調度といい。ただ・・・」


ただ?


「今上にただいま女御さまはおひとりですが、普通は3人4人と上がられるもの。そうなると、女房たちの世界も厳しくなりますわよ〜。まず、女御ごとに派閥ができますでしょ。そして、同じ派閥内でも、それぞれの競争はたいそうえげつないと聞いておりますわ。”内ゲバ”に悩みぬいて、結局お勤めを辞めてしまう女房も多いとか。ま、女房個々が、しのぎを削る付き合いに終始するのは、女御さまがおひとりであっても同じですわね」


・・・弁のおもとのおかげで、女官に普段絶対聞けないシモの話が聞けましたよ(げっそり)。いや今日は本当にありがとうございました。


「あら。女房同士の陰気なツノのつつきあいや、いちびってるお話、聞きたくはございません?」


べべべ弁のおもと。それは、福祉厚生とはなんの関係も・・・


「すさまじきものの実態、という点では、ぴったりですわ。それに何ですの行成さま。さっきからおもと、おもとって。おもとは年増の女房に使われる呼び名。あたくし、まだまだ最前線で番を張っていましてよ。それに、女官のすさまじきものの実態、まだまだぜんぜん話足りてませんわ。もっと腰を落ち着けてじっくりと聞いていただきませんと。誰か、行成さまをズズッと奥に案内して差し上げて。それから御菓子と白酒の用意もね。行成さま。手厚いおもてなしをさせていただきますわ」


(命婦たちだ。どこに隠れていたんだ・・・うわいきなり羽交い絞めか!)もうこれだけで十分すさまじきものを体験できましたから、カンベンして下さい!
って、うわわ・・・わっわあぁぁーーっ! ← 怪鳥声




 ―――  暗  転  ―――




(よろよろ)はあはあ、はあ。よ、ようやく解放してもらえた。ああ恐かった。命婦たちがやってきたときは、機動隊にふみ込まれたかと思ったぞ。ヤジ馬め。
ワナにはまった、という感じのインタビューだったな。あんなにがっついてる女官たちは初めて見た。きょうはもう、報告書をまとめる気力がない・・・待てよ、まとまるのか果たして。一体何から書いてよいのか。用を足したあとの拭くものを、もっと柔らかくしろ?真夏の、帝の食べ物保存用の冷却氷を、冷房用にまわせ?回し読み用の写本をもっと作らせろだと?アバタづらを隠す白粉をもっと上等にしろだと??これを、これをどうやったら今上にお見せする文面にできるのだ。女人の実態をかいま見ただけで、じゅうぶん「興ざめなもの」だ。すさまじきは、宮仕えに慣れきった女官。今回の所感は、もうこれ以外には考えつかんぞ。
両腕をとられて羽交い絞めされた時は、喰われるかと思った。しかし誰も今日の体験を信じてはくれないだろう。トホホ。


(おわり)


2004/1/15


「源氏物語」だって手なし休暇中にも書き散らしていたと思う。


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