×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



振り向けば奴がいる?

『・・・未来の夫が知りたいならば、夜中にアサの実をまきながら廃寺の周囲を回ればよい。「私はアサの種をまいた、アサの種を私はまいた、私をもっとも愛する人は、私を追いかけてきて刈り取れ!」と叫び、おそるおそる背後を振り向くと、幻の夫が現われ、足元に伸びた幻のアサを大きなカマで刈りながら追いかけてくるだろう。もし背後に何も現われなかったならば、その女は結婚できないであろう。そして幻の夫の代わりに怪奇な棺が現われたなら、その女は早死にするだろう・・・


「なんて不気味な妖歌だ。気分が悪くなったぞ」
「この手の妖言は流行り病とともに自然発生するものだ」
はしかのピークは過ぎたとはいえ、未だ悪疫去らず、病死者が往来に打ち捨てられ、京の都はすっかり荒廃していた。こうなると、さまざまな流言飛語が飛び交う。妖歌妖言のたぐいは、庶民の声なき声だ。本能的な不安が人心の動揺を増幅させる。
涼しげな風が殿上の間を通り抜ける昼下がり、最近洛中で流行っているこの歌について話していた。
「恋のおまじないにしては、ずいぶんとおそろしげじゃないか。幻のアサを刈りながら追いかけてくるなんて、まるで妖怪にでも襲われている気になりそうだ。ああいやだいやだ、いやなうわさを聞いてしまったものだよ」
「流行り病が下火になれば、勝手に消えていくだろう、そんなに気にするものではないと思うが」
行成はそう言いながら、腕を組んでじっと考え込んでしまった斎信を見つめていた。
今日の斎信はなんだかおかしい、と行成は感じていた。いつもなら、こんなたわいもない戯れ歌、「くだらない歌がまた流行っているんだな」の一言で片付けてしまうのに、今回は妙に引っかかっている様子だ。思いのほか真剣な表情の斎信は、黙り込んで眉を寄せてしまっている。
「斎信、どうしたんだ。何か思い当たるふしでもあるのか?」
だいたい斎信はこの時代にしてはリアリストだと行成は思っていた。病気の際の加持祈祷に付け加えて、薬湯も非常に重んじている斎信、あやかしの裏には生身の人間の醜い思惑が潜んでいる、と信じて疑わない斎信のどこに、こんな子供だましの歌が気にさわるというのだろう。
「伸びた幻のアサを刈りまくって追いつかれたら、最後には一体何を刈り取られるのかと思ってね・・・それに、もし、未来の夫ではないものが見えたときのことを思い浮かべたら、なんだか背筋が寒くなりそうだよ」
斎信は、心此処にあらずといった様子で目をつむった。
「そうまでして、未来を見る価値ってあるのかな・・・いや・・・あるのかも知れない」
「斎信?」
いったい何を気にかけているのか、言葉の裏が、今回はどうにも読めない行成だった。いつもは饒舌な斎信の唇が、やけに重々しい。馬鹿なことと一笑に附して終わりの話題だったはずなのに。
「気にかかることがあるのなら、遠慮なくいってくれ」
「何もない・・・何もないよ」
出た言葉とは裏腹に、おびえた目で行成を見つめていた。
「まさかとは思うが・・・こんな子供だましの妖言を信じているのか?いやそれとも、したことがあるのか」
あきらかに様子がおかしい。何かを思いつめているかのようだ。ため息をひとつついた後、「してないよ」と弱々しくつぶやいて、斎信は立ち上がった。
「将来の伴侶云々は置いておくとして、自分の未来が見えるというのは、実に誘惑的なまじないだと思ってね。鏡に映る自分の背中越しを覗き込むように、一体私の背後には何が浮かび上がるのだろうか。想像するだけで震えがきそうだよ。
試してみる価値はありそうだとは思わないかい?
では、私はこれで帰る。今日の仕事は終わったからな」
「斎信・・・君は、こんな、・・・おまじないだぞ・・・信じるのか?」
中腰のまま、雷に打たれたかのように固まった形で、斎信の後姿を見送る行成は、その姿がすっかり見えなくなった後、いやな予感でいっぱいになった。ひまつぶしにでもと、何気なく振った噂話だったが、すっかり取り憑かれたような顔つきで帰っていった斎信。話した本人が自分である以上、責任を持って最後までつきあうのがスジではないか。行成は確信をもっていた、彼は必ずまじないを実行する、と。それがいつなのかはわからないが、あれほど思いつめた様子なら早々にでも・・・生来真面目な行成は、後ろめたさも手伝って、ただならぬ思いに憑り付かれた頭中将を元に戻そうと、心に誓ったのだった。




(しかし、聞いたその晩に実行するとは思いもしなかったぞ)
今、行成は暗闇を歩く斎信のかなり後ろを歩いている。要するに、あとをつけているのだ。あのあと、行成は屋敷に戻るなり舎人(とねり)に言いつけて、斎信の屋敷を見張らせていた。亥の刻(午後十時)近くになって、見張っていた舎人が「頭中将さまが、外出の支度をなさっておられます」と知らせにきた。それを聞いて行成も手早く身支度を済ませて、用意させておいた馬であとをつけた。牛車は音がするので使わず、極力目立たないように供も二人ほど、馬の横を灯火もつけずに歩かせている。
このまま斎信が、どこぞのお屋敷にでも行くなら良し。胸をなでおろし、きびすを返して自邸に戻れるが、違うなら・・・そう考えながら後をつけていたのだが、キィ・・・キィと車輪をきしませて、斎信を乗せた牛車は、高級住宅街からどんどん離れて行く。
少し欠け始めた月が雲から顔を覗かせる深夜、とうとう西の京近くに来てしまった。人家のまれな、荒れ果てた場所に何の用事があるのかといえば、やはり昼間の一件しかないだろう。予感が的中したことを告げるかのように、まもなく行く手の向こうに、闇より黒い廃寺が、不気味な姿をさらすのが見え始めた。崩れかかった門は扉も無く、茫々に伸びた草やぼろぼろに落ちかかった屋根らしきものが、月の光に照らされている。
やがて門の近くで車は止まり、中から斎信が降りてきた。入り口でしばらく廃寺を眺めているようだったが、牛車のそばで、お互い手を合わせて震えている従者に何事か申しつけ、ザクザクと門の向こうの暗闇に消えていった。それを見た行成も馬から降りて、ゆっくりと牛車に近づく。唇に人差し指を寄せて、静かに、と、ふいに現われた行成に驚く斎信の従者たちを制して、やはり同じく暗がりの向こうに消えた。


普通の感覚の持ち主なら、恐ろしくて足もすくんでしまう暗闇。おまけにここは廃寺で、物怪(もののけ)の類がひそんでいてもおかしくないような場所なのに、今の斎信にはそんな常識など何の意味も無かった。行成が話してくれた、あの不気味なまじないが頭の中をぐるぐると回る。その表情はとてもうれしそうで、かつ輝いていた。
物怪も目を逸らして逃げていきそうなほどの締まりのない口元だった。本気の片恋を、それはもう慎重に温めている頭中将は、もう片方の蔵人頭の幻が現われてくれたら、いやきっと現われるに違いない、と信じていた。
アサの実をぐるっと一周まいて叫ぶだけで、恋人になる予定の人が浮かび上がる(伴侶なはずでは)。鋭いカマで、伸びた幻のアサの茎をザクザク切り倒しながら迫ってくるのなら、最後はしっかりと抱きしめればいいだけではないか。昼に行成からこの話を聞いた時、そんな都合のいい妖言が巷で流行っているのかと小躍りしたい気分になった。行成の手前、自制に努めてひきつった表情と物言いになってしまったようだが、彼は、それを明らかな動揺と受け取ったらしい。責任を感じている口ぶりの行成が、悪いとは思うが少々可笑しかった。斎信は、自分の背後に棺が現われる可能性など少しも考えていない。自分はきっと行成の幻を見るに決まっている!少なくとも自分の背後は、未来は、バラ色に輝いてるに違いない!あまりにも自信に満ちあふれたその考え方は、一体どこから湧いてくるのかと胸ぐらをつかんで問いただしたい気分にさせられるが、ともかく斎信は、暗く陰気な廃寺には不釣合いなほど顔を緩ませて、懐からアサの実のつまった袋を取り出した。


月明かりに照らされながら、斎信が何かに耐えるようにじっと立ち尽くしている・・・そんなふうに行成には見えた。気付かれないように、かなり離れたところで見守っているのだが、心配心配でたまらない。流言飛語まがいのまじないなど、信じるつもりも無いが、斎信は深刻に受け止め過ぎて、どうやら取り憑かれてしまったのではないか。
狂気に囚われた斎信は、やがてこの廃寺の周りを、アサの実をまきながら重い足取りで歩き始めるだろう。そして、あのくだらなくも恐ろしい呪文を唱えながら、そう、後ろを振り向くに違いない。その時、一体何が浮かび上がるのか。
斎信、一番大切な斎信。もしもあなたの命が危険に晒されるようなことがあれば、私はよろこんでこの身を身代わりに捧げよう。俊賢どのに導かれ、あなたと言葉を交わしたその瞬間から、私の人生は変わった。甲斐もなく人生を過ごしてきた私を生まれ変わらせたのは、あなただ、あなたとともに居られるからなのだ・・・!物怪ごときがさらうなど、絶対許さない!!
今が相方の危機と感じ取った行成の頭の中を、普段なら考えつかないような恥ずかしい言葉がすらすらとよぎっていった。


袋からアサの実を一掴み、前かがみになってネコのような忍び足で、パラ、パラと地面に散らす斎信の姿を、行成は恐怖の目で見つめていたが、斎信としてはスキップしながら回りたいとでも思っていたに違いない。努めて厳粛な気持でコトにあたらないと、恋人(になるはず)の幻は機嫌を損ねてお出ましにならないだろう、そう考えつつ、ついに斎信は闇の中、廃寺の周囲をまわり終えた。歩いた跡にはアサの実が点々と落ちている。
さあ行成(の幻)出て来い!そして、私のまいたアサの幻を刈って刈って刈りまくるんだ!刈りながら私を追いかけて来い!私がこの腕でしっかりと抱きとめてやる!
斎信は背筋を伸ばし、腹の底に力をこめた。
「私はアサの種をまいた、アサの種を私はまいた。私をもっとも愛する人は、私を追いかけてきて刈り取れ!」
まもなく背後にあらわれるであろう気配、忍び寄る音のない足音を聞き逃さないように、斎信は神経を研ぎ澄ました。
「・・・・・・ただのぶ、どの・・・」
現われたか!まさか幻がしゃべるとは!斎信は行成の姿を思い浮かべ、恐る恐る後ろを振り向いた。
そこには、宣方権中将が立っていた。
しかも幻ではなく、本体だった。
「こんばんは、斎信どの。よい月夜ですね」
突然、思いもかけない人物が思いもかけない場所に現われて、頭の中が真っ白になっている斎信だ。
「や、やあ権中将。こんばんは。どうしたんだい、こんな寂しい場所で君に会うとは思いもしなかったよ」
「それはわたしのセリフですよ。こんな人気のない荒地で、見覚えのある牛車を見かけたので近づいてみると、従者どのたちが、門の向こうに主人が入っていかれた、と言うじゃありませんか。驚いて入ってみると、なにやらあなたの叫ぶ声がして・・・何をしていらしたのです」
「・・・・・・」
「言いたくないお気持ちわかりますよ。最近巷ではやっている、アサの実のまじないをしておられたのでしょう?あんなくだらないまじないごときを、頭中将ともあろう方が大まじめに実行なさるなんて、思いつめた片恋でもしておられるとしか・・・」
斎信は頭をフル回転させて、返事を考えた。言質(げんち)を押さえられるような返事はできない、あなどられてたまるものか。
「・・・それはどうも。心配してくれてありがとう。立ち寄ってくれたお礼に、悩みが解決したら、きっと君に報告するよ」
だからさっさとこの場から立ち去ってくれ、と言わんばかりの冷ややかな声で宣方を突き放したつもりだったが。
「何をおっしゃいます。この近くの別荘から戻る途中、偶然にもあのまじないをしている最中のあなたに出逢えるなんて、これこそ、長年のわたしの想いを憐れに思われた観音さまのお導きにちがいありません」
「へ?」
「あなたのまねをして朗詠しようとしたり、宴で楽器の共演したさにコネを使ったり、近衛武官になる為に、ワイロ戦術に励んだのも、いつもあなたと共にいたいからなのです。女御お抱えの清少納言がうらやましい。あなたといつも幸せそうに話している。けれどわたしは、あなたのまじないの場面に呼び寄せられた。これが偶然であろうはずがない。この事は、斎信どの、あなたがわたしと同じ気持でいてくれたと考えてよいのですか。夢ではないのですね・・・ああ感激です!!」
「離せ!!」
「離しません!!」
狩衣の袖にしがみついて離れない宣方を、必死で振りほどこうと格闘している彼の背後から、
「斎信・・・」
と声が聞こえた。
「ったくややこしい場面で今度は誰だ!・・・・・・って、ゆ、行成??」
現われたのは、アサの実をまき始める前から一部始終を見つめていた行成である。もちろん、幻なんかではなく本体だ。
「そうだったのか・・・そういうことだったのか。私は、あなたが物怪にでも取り憑かれたのではないかと思って・・・幻などより実体が現れるほうが、きっとお互いの想いも強いというものなのだろう。邪魔をして申しわけない、宣方どの。私は帰るから、心ゆくまで二人きりで過ごしてください。この辺は物騒だから、気をつけて・・・」
かなり狼狽した声でそう言うと、行成はフラフラした足取りで門の方へ歩き出した。
「ちょっと待て行成!おまえいつからどこに隠れていたんだ!誤解だ!これには訳が!私の話も聞いてくれ!!」
「まあまあ照れないで下さい斎信どの。デバ亀が隠れているとは思いませんでしたが、これでようやく二人きりになれますね。うふふ。あ、行成どの、お気をつけてお帰りください」
「私を置いて帰らないでくれ!くそっ何でこんなことになったんだ〜!!」
すでに姿の見えなくなった行成のいた方向に向かって、空しく絶叫を続ける斎信であった。


(おわり)


2003/10/22




 
 >>>戻る