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狭衣物語


その九

深山に閉ざされた粉河寺の冬は寂しい。夜の間に固く冷たく降りた霜氷は歩み難く、神さびた苔に覆われた木々は魔性の物を宿らせているようで、その奥へと続く森の中へ狭衣を誘っているかのようである。誰に見られることなく枝葉を落としすっかり枯れてしまった木々が、自分の今の気持をあらわしているようだ、出家するつもりで参拝したが、やはり両親の悲嘆を思うとできはしなかった。源氏の宮ゆえに出家を思い立ったが、執着しすぎる恋心もまた出家の差し障りになるのではないか―――そう思いながら狭衣は、大勢の従者と共に山を下りている。
みんな堀川大殿の差し向けたお迎えの殿上人たちだった。大変な数のお迎えになってしまい、その騒ぎで狭衣は、昨夜約束した山伏のところに行けなかった。道季に「必ず会って、事情を聞いて参れ」と言い聞かせて、あまたのお供とともに下山した。
下山後、しばらく休憩をとっていると、遅れて下山した道季が参上した。狭衣は人払いをして道季をそばに召し寄せると、道季は、
「昨夜あの山伏の申したとおり、すでにあの三昧堂をひきはらったようです。狭衣さまが昨夜お与えになられた御衣装が、三昧堂の障子に掛けてありました。同じく三昧堂で修行をしていた何人かの僧に聞いてみましたところ、山伏の妹御が危篤になられたという知らせがあったということで、夜中に大急ぎで下山されたようです。どこに行ったのかは誰も知らない様子でして・・・」
と口上した。
「なんたること。あのとき、外聞がどうのこうの考えずに、最後まで問いつめて聞いておくのだった」
狭衣は、あと少しで飛鳥井の女君の居所がつかめそうだったのに、とくやしくてたまらない。京の都へ戻る気もなくなってしまった。お供の人々が心配して、「大将どのが参拝の旅に出られてから、大殿さまがすっかり食欲をなくしてしまわれて」「母上さまもご心配のあまり、不眠症になられてしまいました」と、帰京を勧める。狭衣は不本意だったが京に戻らざるを得なかった。
吉野川を船で渡るとき、若い供人が趣深く笛を吹きならし、よい声で俗詠を詠っても、狭衣の物思いは尽きない。船べりに寄りかかって目を閉じてじっとしている姿がじつになまめかしく、これが女だったら、と思うお供の殿上人もいなくはない。何一つ物思いする必要ないほど恵まれているお方なのに、なぜこのように心細げな様子でおられるのだろう、とお供の人々は首をかしげるのだった。


無事帰京し、狭衣は父大殿の御前を伺った。一人息子の帰りを今か今かと待ちわびていた大殿は涙を流して安堵する。狭衣は、道中雪で難儀したせいでむくんだ足を湯で温めながら、勤行した夜の普賢菩薩の御光を思い出していた。あの鮮やかに輝く御光をたよりに、潔く出家したいものだと思い、狭衣は以前にも増して勤行に身を入れていたが、斎院のもとに足繁く通う生活はやめられないのだった。とはいえ、源氏の宮が斎院に選定された後は、気楽には会えなくなりはしたが。そのことがいっそう狭衣の出家心を増大させていた。
なんて情けないありさまなのだ、こんなことでは来世にどれほど差し障りがあるだろう、と狭衣は思う。源氏の宮への喪失感に加えて、飛鳥井の女君に縁のあると思われたあの山伏が行方不明になってしまい、あと少しのところであったのに、と残念でたまらない。あれ以来、何度か粉河寺に人をやってはみたが、いずれも「見かけません」との返事。山伏が戻ってこないのは、もしかしたら飛鳥井の女君が亡くなってしまったからではないか、なまじっか消息が知れたために、いらいらしてしょうがない。生きているのか死んでしまったのか。山伏の不在が女君の死を宣告しているようで、やがて狭衣はひっそりと目立たないように、懇意にしている僧に申しつけて、女君の法要めいたものをとり行った。なんとしても気がかりなのは、二人の間にできた子供のことである。忘れ形見の子のことが狭衣の頭から離れることはなかった。


新斎宮となった女三の宮が、野宮(ののみや)に設けられた斎宮寮に渡られた。残された幼い若宮の周囲は、急に人少なく寂しいものになってしまった。
狭衣大将は若宮のことが気になって仕方がないが、前斎院(女一の宮)と結婚して若宮を引き取って養育してほしいという、嵯峨院の頼みが何とも気の進まないものだった。若宮だけならもちろん構わないのだが。狭衣は幼い若宮の住まいに常に伺候し、夜の宿直なども自ら積極的にした。すっかり慣れてまとわりつくかわいらしい若宮を、どうして狭衣が手放そうか。まるで若宮の住まいに狭衣が引っ越したかのようである。入道の宮(女二の宮)が狭衣を嫌って出家してしまった薄情さが、狭衣はつくづく残念だった。なんとかして、今一度入道の宮のご様子を知りたいものだ、と狭衣は、かつて手引きを頼んだ中納言内侍典侍を再びくどいてみたが、典侍からはひどくそっけない返事しか返ってこない。思えば、女二の宮の泣く姿しか自分は知らない、逢えばいつも泣いていた、そんなふうにさせた自分に、ついに一行の手紙さえ見せなかった宮。かたくな過ぎる態度を恨めしいと思ったこともあるが、とりかえしのつかない事態を引き起こしたのは自分なのだ
――と、とりとめもない恨み言を書いた手紙を入道の宮に送りつけるが、宮は狭衣の手紙を見るはずもなかった。宮は確かに尊い身分であらせるが、どうして宮は私に愛情のひとかけらさえ分け与えてはくれないのか、子までなした深い縁で結ばれているのに・・・狭衣は納得がいかないまま、月日は流れていった。


幼い若宮は日々めざましく成長してゆく。決して真実のことは言えないが、本来ならば我が子と呼べるこの若宮を、どうしてありふれた愛情でお世話できようか。若宮の住まいを常に美しく手入れさせ、堀川家のしかるべき家司などを呼び寄せ、しっかりと管理させた。


雪の降りしきる夕暮れ、狭衣大将は内裏より退出する際、「このような心細い夕暮れ、若宮はどのようにお過ごしであろうか」と気になり、若宮の住まいに立ち寄ってみた。鄙びた山里の山荘のように人少なで、幼い若宮のそばにいるのは乳母たちだけ。しばらくすると若宮の目が覚めて、ぐずぐずと泣き始めた。その声を聞いていると、狭衣は胸がいっぱいになって、ああ来てよかったと心から安堵する。乳母たちも、「いかに高貴な皇子とはいえ、狭衣さまのような高名な公達がお世話してくださるからこそ、私たちも気をしっかりともっていられるのだわ」とうれしく思う。
「狭衣さまのお越しにならないときは、若君はご機嫌がお悪いのですよ」
「御父君であられる嵯峨院を、時々こわがったりもなさいます」
など、乳母たちは狭衣のいないときの若宮の近況を知らせてくれる。それはそうだ、私は誰よりも若宮に優しくしているのだから。若宮だって私の気持を誰よりもわかってくれる、そう考えながら端近に座ると、若宮が寄ってきて狭衣の白い衣装の懐に入り込もうとする。こんな何でもない若宮の可愛らしいしぐさに、父としての幸せをひそかに感じる狭衣だった。
急にあられが降り出して、空が荒れ模様になり始めた。若宮はこわがって、狭衣の衣装を頭から引き被って震えている。狭衣はそんな若宮をたまらなくいじらしいものに思われ、
「私の家にいらっしゃいませんか。風の音も雨の音も響かない、大きく立派な家ですよ。大臣や人もたくさんいるので、ちっとも恐いことなどありませんよ」
と尋ねてみると、
「大臣は好きよ。嵯峨の院はね、頭に髪がなくてつるつるしててとても恐いんだ」
と返事をする。
「入道の宮も髪が短いですよ。恐いと思っておられるのですか?」
「ううん。だって入道の宮は、とってもおきれいだから平気なの」
若宮の言葉に、出家後もその美しさが少しも損なわれていないのだな、と狭衣は心がときめいたが、動揺を若宮にさとられてはいけないと思い、そばに置いてあった笛を手にして、
「宮さま、はやく大きくおなりあそばしませ。私が笛をお教えしましょう。大きくなられた宮さまはどんなにお上手にお吹きになることでしょうね」
とつぶやくと、若宮は狭衣の懐からもぞもぞと起きだして、狭衣の手にしていた笛を逆さまに持って、「ぼくの吹き方は大将に似ているかなあ」と吹くまねをする。こんなに可愛らしい若宮なのに、無常にも見捨てて仏道に身をゆだねた入道の宮のことを考えると、自分のせいとはいえ、あまりの冷淡さに涙がこぼれるのだった。
このようにして、狭衣は若宮を女二の宮の形見のように慈しみ、若宮の美しい顔立ちの向こうに入道の宮の面影を重ねていた。若宮の無邪気なしぐさを見ていると自然と笑みがこぼれる。そんなふうに若宮と遊びながら、いつしか御殿の燈火を灯す夕刻になった。ふと思い立った狭衣は、紙と筆を用意させて、燈火をそばに引き寄せ、この部屋そっくりの絵を描き始めた。調度品も装飾も、まったくこの部屋と同じ絵の中に、自分が物思いにふけっている姿と、笛を吹いている若宮の姿を入れ、そのそばに、

『うき節はさこそもあらめ音に立つるこの笛竹は悲しからずや
(わたしを恨むのはもっともなことだが、音高く笛吹く若宮を愛しいとは思わないのだろうか)』

と書き付けた。

できあがった絵は、嵯峨院へと贈る。嵯峨院のもとには、ちょうど中納言内侍典侍が伺候していた。狭衣が若宮の後見をしているということで、女一の宮・女三の宮などは、親しく手紙など交わしてはいたが、やはり入道の宮は見向きもしない。嵯峨院は、
「若宮だけでなく、あなたがたの後見も狭衣大将にお願いしているのだから手紙くらいは差し上げるように」
と心配していた。
入道の宮が勤行をしていると、典侍が狭衣の描いた絵を持ってきて、宮の前に広げた。入道の宮は、
「まあ、一体どなたが描かれたのですか」
と美しさに目を見張ったが、狭衣の描いたものだとわかった途端、顔色を変えて、無視するかのように勤行の続きを始めた。典侍はそんな宮のかたくなな様子を眺めながら、何がお二人をここまでこじれた関係にさせているのだろうかと不思議に思う。こうまで宮を恋しがる狭衣の心のうちを、入道の宮はまったく知らない。いままで狭衣が差し出した手紙すべてに背を向けてきたから。
狭衣さまが若宮の後見をすすんでなさるなんて・・・女房の誰かが狭衣さまに若宮の本当の出自を告げたのだろうか、事情を知る女房など、信頼のおけるごくごくわずかの者しかいないはずだけど。もしそうだとしたら、きっと父院もすでにご存知かもしれない
―――今は亡き母君を懐妊させるというような強引な悪だくみを知られてしまったかもしれないと考えただけで、入道の宮は恐ろしさと恥ずかしさで心が震えた。心労で死なせてしまった母君が、あの世から自分を見ているかと思うと、恥ずかしさで早く死んでしまいたい・・・その事ばかりを願う入道の宮であった。それだからこそ、いくら狭衣が言葉を尽くして宮に訴えても、若宮出生当時の事情を許す事はできないのだった。むしろさっさと現世のうっとうしい縁を切って、誰にも知られない場所に隠棲したい気持であったが、どこにも安住の地がないこともまた事実だった。
そんなふうに苦しんでいる入道の宮の様子を見ている典侍は、ありのままを狭衣に伝える事もできず、
「いつにもまして、熱心にご覧になっておられました」
とウソをつくことしかできなかった。
返事がないのは今に始まったことではないが、どうしてもあきらめきれない。
幼い若宮の美しい顔と入道の宮の面影が重なる。後悔先に立たずとはいえ、悔やんでも悔やんでも悔やみきれない狭衣であった。


そうえいば以前話題にのぼっていた、堀川大殿の洞院の御方のもとに身を寄せている今姫君は、今どのような暮らしぶりであろうか。二十歳をとうに過ぎた今姫君はなかなか美しい容貌をしているが、何事にも派手なことを好む洞院の御方は、
「今姫君をこのようにお世話しているからには、わたくしも狭衣大将の御母君や中宮の御母君の仲間入りをしたいというもの」
と、ひたすら堀川の上や坊門の上に負けまいとして、こともあろうに今姫君の入内を考えついた。さっそく堀川大殿に、
「このように考えておりますの」
と伝えたが、大殿は、
「私の子とも思えないが、まあ養女だと思えば、入内させる事は悪いことではあるまい、源氏の宮の一件も流れた事だしなあ。しかし・・・今姫君の生母は内裏の女房だったから、すこし気がとがめるな。身分の低すぎる養女を入内させるのも見苦しいことになりはしないか」
とあまり積極的にはなれない。折にふれて今姫君の様子を聞いても、入内して宮中でうまく交際してゆけるような才覚を持ち合わせているとはとても思えないような生活ぶりだ。
「入内したはいいが、恥をかくような事態にでもなったらたまらない。とりあえず入内は見合わせることにしなさい。今姫君のことは、狭衣に後見させることにしよう。万事、狭衣を頼りにしていれば心配ない」
と大殿が言うと、洞院の御方は、
「そんなことをおっしゃって、本当は、堀川の上のお世話している源氏の宮以外は後見なさるおつもりがないのでございましょう?どうか入内させてやってくださいませ。あなたさまの御子ではございませんか。あちこちの御方(堀川上や坊門上)をうらやましいと思いながら日々を過ごすよりは、この姫を入内させて無聊をなぐさめたいと思います」
とうらめしげに言う。
そのことが洞院の御方の御姉君に当たる女院(故一条院皇太后宮で今上の母君)に伝わり、そのまま帝の耳に入ったが、
「なるほど。源氏の宮の一件が取り止めになったことでもあるし、太政大臣にしてみれば、源氏の宮の縁つづきの姫君を入内させることなぞすぐにでも思いつきそうだが、何も言ってこないのは何か理由があるからだろうね」
と噂に聞く今姫君の風変わりな生い立ちを気にしている様子である。女院はそれを察して洞院の御方に、
「父君であられる故一条院の崩御以来、今上は物思いにふけりがちで、入内のことはまだ・・・太政大臣が正式に奏上されてからお考えになられるのがよろしいかと思いますよ」
やんわりと、それとなくお断りの意志を告げた。が、洞院の御方は、
「わざわざ大殿を通してではなくて、女院から今上に申し上げていただきたいのでございます」
とかなり強気である。女院も再三、帝に申し上げてみたが、
「その話は太政大臣が奏上してからですよ。何も言ってこないのにこちらで早合点してもね。それに大臣から申し出がないのは、案外、大臣の腹の内は違うのかもしれませんし。それならば、こちらから積極的に動いても、かえって気まずくなるのではありませんか」
と、明らかに今姫君のことはお気に召さない様子である。洞院の御方は、女院からこれらのことを聞いて、
「今上は今姫君のことをあまりよくは思ってはいらっしゃらないご様子ではあるけど、私がこんなに大切にお世話しているんだから、姫をご覧になれば必ず気に入ってくださるはず。大殿は入内に反対しておられるようだけど、入内させてしまえばこっちのもの。まさか中宮や源氏の宮以下のお扱いはしないはずだわ」
と我がままを通し、今姫君の入内を独断で三月に決めた。


ある日の昼下がり、狭衣は洞院の御方に呼ばれた。
「狭衣さまは常日頃から、中宮さまの御母君であられる坊門上とお親しくされておられますが、私どもの方にはちっともお顔を見せては下さらず、おいでをお願いした次第です。私も年をとるにつけ、だんだんと心細くなってまいりまして、あなたさまだけをお頼み申し上げているばかりです。そのあなたさまにお願いしたいことがあるのですが、今姫君を入内させたいのです。実は、女院を通じて今上からひそかに申し出がございました。
あまりにももったいない仰せでございます。その事をご相談したくて、お越しいただいたのです」
との洞院の御方の申し出に、狭衣は、
「私はどなたをも分け隔てなくお付き合いしてきたつもりですが、心細いと思っておられるとは、大変失礼致しました。中宮のことは、参内のついでに立ち寄る程度ですので、そのようにお心を煩わすことではありませんよ。
今姫君が本当に入内なされるのでしたら、私もよろこんで中宮と同じ気持でお世話いたしたいと思います」
そう当りさわりのない返事をした。
「今姫君は現代風のしつけをしていますので、たしなみ深くしっかりしています。が、宮中ともなれば話は別。心配しておりましたところ、この今姫君の直接のお世話をしている母代わりの者が、どこからか琵琶のたいそう上手な者を連れて参りまして、ただ今琵琶の手ほどきを受けさせております。ですが同じ習うならやはり、どこに出しても恥ずかしくないように習わせてやりとうございます。狭衣さまは琵琶の極めたる上手、どうか姫の間違えて覚えている箇所を直してやってはもらえませんか」
「私は人の師匠になれるほどの腕は持っておりませんよ。きちんとした方から手ほどきをお受けになっているのなら、間違いはないでしょう」
「まあご謙遜を。あなたさまのように、何事もすぐれたお方はめったにいらっしゃいませんものを。
普通の子でいいから、自分の子が欲しかったですわ・・・本当にねえ、我が子のいないことが、これほど情けなく、他のお方が羨ましく思えるなんてねえ。だからこそ、今姫君の入内などという、無理でわがままな夢を見たくなったのです」
そんなふうに洞院の御方はしんみりと話す。明るく青いのどかな春の空が部屋の向こうに広がって、洞院の御方は、霞の合間からこぼれる満開の桜の美しさにみとれていた。
「こんなに美しい景色には、きっと楽の音も聞きばえがするでしょう。狭衣さま、どうか姫のいる西の対の屋に出向かれて、少し姫の琵琶を聞いてやってはくれませんか」
狭衣は、こんなに洞院の御方が熱心に頼む今姫君なら、入内してもきっと見苦しくない程度には成長したのだろう、いや、お目にかかったあと、今までの自分の物思いも消えてしまうくらいの美しい様子になっていたら・・・と半分期待しながら西の対の屋に出向いた。


対の屋の御簾のもとで、「大将が参りました」と狭衣自身が告げると、蚊の鳴くような声で女房が何か言い、バタバタと逃げる音がした。こうして逃げ隠れするのは洞院の御方のしつけなのだろうかと思い、御簾を引き上げてのぞくと、たくさんの女房たちが重なり合うようにお互いの裾を踏みつけ、将棋倒しのようになっているさまは、まるでまき割りの木を積んでいるかのようだ。そんな女房たちの端っこに今姫君はいた。いろいろな袿の上に赤い桜の織模様の小袿を着た姫の後姿は、なかなかに美しい。髪もうるわしくそれほど多くない量が、さっぱりとしていて優雅な感じである。
狭衣の来訪におどろいた今姫君は、すぐにも座れないでとまどっている。
美しくはなっているが、ちょっとしたことでこのように走っていきそうな、軽々しい習慣が身についているらしく見苦しい。しかし姫君の生まれ育ちを考えると、これを欠点といっては気の毒だ、そう狭衣は同情した。扇がどこへ行ったかもわからずあせって突っ伏している姫を間近でみた狭衣は、
「あなたが私をよそよそしく思っておられるようで、なかなかこちらにお伺いする決心がつかず、疎遠になっていたことをお許しくださいね」
など愛想よく言ってみたが、今姫君はいいようもない恥ずかしさで汗が流れるのみ。姫は、以前狭衣が来訪した時の母代の罵りようなども思い出され、また今回も母代になんと言われるかと考えただけでも恐ろしい。
その母代は自分の局にひっこんでいたが、女房の誰かが狭衣の来訪を教えたらしく、今姫君のいる部屋の御帳台の後ろに足早にやって来た。
「さあ、洞院の御方に謂われて、あなたの琵琶の音を聞きにきましたよ。どうか弾いてくださいな」
と狭衣が言うと母代は、
「姫さまの琵琶は、普通一般の人が聞いてもお分かりになることはできません。そのくらいすばらしい音なのでございます」
とひどく得意顔で姫君に琵琶を差し出し、
「ささ、ご用意なさって」
と姫に準備させると、姫はたいそうゆるゆるに弦をつなぐ。
「さあさあ、はやくお弾きなさって」
と母代にヒジでせっつかれ、姫は風俗歌などを弾きはじめた。母代は、それを大変上手に弾いていると思い、愉快でたまらない様子で、扇を打ち鳴らしながら踊りだした。その様子が御簾を透かして見え、狭衣はあまりの滑稽さに大笑いしそうになり、日頃の物思いもどこかに飛んで行きそうなくらいだ。転げ回って大笑いしたい気持を抑えるのに一苦労である。今姫君が琵琶を弾くたび、母代が無茶苦茶な声を上げ下げして歌い、姫はさらに弾きたてられ、いつまでたっても終わろうとしない。二時間近くも弾き続け、狭衣はもううんざりしてしまった。母代は恥ずかしいほど軽々しいし、女房たちは品がなさすぎる。物の道理もわからない全くの役立たずの者たちに囲まれて、今姫君も調子に乗るだけで落ち着きがなさそうだ・・・狭衣はそう判断した。白痴にも近い今姫君の素振りにがっかりだ。こんな姫君を入内させようなんて洞院の御方もどうかしている、なんと非常識な御方だろう・・・と狭衣はたまらなく恥ずかしくなった。
きっと今姫君は、洞院の御方の前ではひたすら恥ずかしがるばかりで、御方もことさら姫君の資質を怪しまなかったのだろう、御方は琵琶に興味がなさそうだし、だから姫の弾いているところなど見た事もないに違いない。カン高く話す姫の大声を聞けば、御方にも姫の白痴ぶりがお分かりになるのに。もし分かったら、いくらそこそこ美しくても、入内など大それたことは思いつきもしなかっただろうになあ
―――と狭衣は味気ない気持でいっぱいだった。
他人の言われるままにしか行動できない、判断力のまったくなさそうな姫君ではあるが、手蹟のほうはどうだろうか。わずかな期待をもって姫の手習いも見てみたが、続けて書くことも満足に出来ていない不明瞭な文字があきれるほど下手で、これはいったい何と読めばいいのかと首をかしげるほどだ。祝言の和歌のようだが、

『母もなく乳母もなくてうち返し春の新田(あらた)に物をこそ思え
(母も乳母もなく、苗のような私が、春の荒田を耕すように繰り返し繰り返し悩んでいる事よ)

荒くのみ母代風(ははしろかぜ)に乱れつつ梅も桜もわれうせぬべし
(荒々しい春の突風のような母代のつらい仕打ちに、私はもう死んでしまいたい)   』

今姫君は母代の虐待を感じているのだろうか、祝いの歌とも思えないような歌が、墨色黒く、空白の部分もなくいっぱいに書かれていた。
「どうです。姫さまは本当にきちんとお書きあそばしておられるでしょう?現代風の文字は、墨つきを濃く薄くとごまかして、よろめいたように書くようですけど、この姫のしっかりとした文字は古代風です。あなたはこういう昔風の良さがおわかりになりますか」
と、母代はたいそう得意げだ。
「私には筆使いなど、はっきりとは存じませんが、あなたがこんな風に書かせようとしたことだけはわかりますよ。琵琶の手ほどきも、あなたが呼んだ方が教えられたのですから、私が直すとかえってゆがめてしまいそうですね。
ですからお断り申し上げます」
狭衣がそう言うと、母代は、
「まああ。あなたが直さなくてもいいと言うほど、姫さまは本格的な上手になったんですねえ」
と鼻高々で、その様子がとても不愉快だ。
「おお、そういえば意外な人が、あなたさまのお手紙を持っておりましたのを存じてますよ」
と急に思い出したように母代が言う。
「私は、めったなことでは手紙は書かないのですが・・・」
「いえいえ、あの手紙の様子では、相手の女人とあなたさまはとても普通のご関係には思えませんでしたよ。おほほ。
『いますぐ恋しいあなたに逢って話したい事がある』
ってねえ」
いかにも猫なで声でやさしいように見せかけている母代が言ったその言葉は、かつて狭衣が、筑紫に連れ去られる直前の飛鳥井の女君に送った手紙の中の一言だった。物忌みでどうしても家を抜けられない狭衣が、女君が懐妊したことを告げる夢を見て、矢も立てもたまらず送った手紙だった。あの直後から女君は行方知れずになってしまったのだ。
「・・・そんな執念めいた恋文を、私が書いたという証拠をはっきりおっしゃってごらんなさい」
怒りを押し隠して狭衣がそう言うと、母代は、
「あなたさまは以前、二条大路のあたりで、
『飛鳥井に映る美しい木陰のようなあなたに逢いに来たら、隠れているかもしれないあの法師が出てきて文句を言うでしょうか』
と言いながら、賤家に入って行かれましたねえ、美しい言葉を並べ立てて。わたしはようく知っていますとも」
と言う。
「何のことでしょうか。私にはまったく思い出せもしないことですが。証拠をはっきりとおっしゃってください。なぜそんなことをあなたは言うのですか」
「おやおや、そうまで食い下がってこられるとは、やはりわたしの思ったとおりなんですね。実はあの賤家の姫君のお母上というのは、父君であられる故平中納言の異母妹で、お母上の姉君は、女院にお仕えしていた中納言の君と申したのですが、筑前の某朝臣にかどわかされてしまったのです。その後、その某朝臣が死んでから尼になって、今は常盤(ときわ)という所に住んでいらっしゃいますよ。その尼君のもとへ、あの賤家の姫君が身を寄せておられることも、わたしは存じておりますよ」
「・・・・・・」
「あなたさまの側近の者にかどわかされた姫が、筑紫行きの船に乗せられて、絶望のあまり身を投げようとしたところを姫の兄に救い出され、その法師の兄が姫を常磐の尼君のもとに隠したことも、わたしはみんな知っておりますとも。そのうえ姫が、それはそれは美しい子を産んだこともなにもかも知っていますのよ、おほほ」
母代のこの独壇場のようなひとり語りを、狭衣は夢を見ているような思いで聞いていた。もっと聞きたい。この母代はまだまだ知っていそうだ、しかし、品のない目でこちらを見上げている母代に、弱みなど握られたくない。
「長々とお話くださってどうもありがとう。でも私には思い出す事ができそうにありませんよ。間違った噂を聞かれたのではないですか」
そう言い捨てて、狭衣は西の対の屋をあとにした。
あんな思慮分別のない、浅ましい物言いをする者もいるのか
――母代の、今姫君の琵琶の音にあわせて揺れ踊る滑稽な姿を思い浮かべながら、狭衣は飛鳥井の女君とその御子が心配でならなかった。



                       


どうして母代がこんなことまで知っているのか。見つけられないだけかも。
ここらあたり、どなたかご存知の方いらしたら、教えてください。