狭衣物語



その八

大嘗会の女御代に選定されたあと、そのまま入内・・・そんな話を聞くにつけ、狭衣はいよいよ絶望的な気持になり、ああもう本当に今度こそ出家の志を遂げてこの憂さから解放されたいものだ、だが積年のくすぶり続けた想いをどうしてくれよう、いっそのこと契りを結んでめちゃめちゃにしてしまおうか、などけしからぬ心を持て余していた。狭衣がこのような想いでいることを少しも知らない邸の者たちは、皆この慶事の準備に浮かれている。
九月の終わりになる頃には、狭衣はいよいよ「今日明日にでも出家してしまおう」とまで思いつめるありさまとなった。自室の片隅で呆然と、木枯らしの吹く外を眺めていると、遠くから源氏の宮のつまびく琴の音が、風にまぎれてほのかに聞こえてくる。抑え切れない心に狭衣は立ち上がり、琴に笛の音をあわせつつ、源氏の宮のいる対の屋を訪ねると、部屋の中は女御代の準備で騒がしかったが、源氏の宮自身はゆったりとのどかにかまえ、数人の女房と共に廂の間に集まって、池の舟で遊ぶ女童たちをながめていた。
狭衣も勾欄に寄りかかり、笛を吹きながら琴との合奏に誘うが、源氏の宮は弾くのをやめ、琴をそばにいる女房の中納言に渡す。中納言の君はその琴を狭衣に差し出すと、狭衣は、

『・・・忍ぶ恋を琴の音に表せとおっしゃるならば、今宵はありったけの想いをこめて奏でましょうか』

と和歌をそれとなく口ずさむ。夜空を見上げれば霧が流れて月を隠している。あのまま天人御子とともに月の都に昇天していればこんな思いもしなかったのに、と口惜しい。
「琴はあなたのほうがすぐれていますよ源氏の宮。わたしは琵琶を」
と狭衣は琵琶を取り寄せて、催馬楽の「衣がえ」を一段調子を低くして、穏やかに弾きはじめた。心をこめて弾くその撥音があまりに愛敬があってすばらしく響き渡るので、邸中の者たちが、また天人が降臨してくるのではないか、と上を下への騒ぎになり、異様な雰囲気にのまれた源氏の宮も気味が悪くなり、「格子を降ろしなさい」と奥へ引っ込んでしまった。


新帝の御父君である一条院が崩御された。
この一条院は、先帝および堀川大殿と同腹の兄弟である。
一条院は少し前から体調を崩していたが、新帝の即位の儀式続きの中で、病気を発表する時期も悪いと、人目に知られないように静養されていたので、突然の臨終の知らせに皆一様に驚いた。父君の最期を見届けられなかった、と新帝の嘆きぶりは並みひととおりではなく、大嘗会後の諸儀も延期され、世間は諒闇に包まれた。
問題は賀茂の斎院と伊勢の斎宮である。先代斎院は、先帝の娘である女一の宮であったが、御世が代わるに合わせて一条院の姫宮が新斎院になるはずだったが、父院が亡くなられ、斎院の役を降ろさねばならなくなったのだ。「急なお話でいったいどなたがなられるのでしょうね」「源氏の宮の入内どころではなくなりましたわね」など、世間の人々は暗に源氏の宮が斎院になればよい、と言わんばかりのうわさぶりである。堀川大殿などは、こんなうわさに対して「なんとつまらぬ噂が立っているのだ。源氏の宮が内親王であったのは、まだほんのお小さいころだ。ただびとになられて十年以上経つではないか。いまさら斎院など、どうこうできないであろう」と強いて気にかけていないふうを装っている。
源氏の宮にお仕えする女房たちは、「このお話が現実のものにならないうちに、早く華やかな後宮に入りたいこと」と顔を合わせてささやいている。この頃の源氏の宮の容貌はますます美しさに磨きがかかり、これほど清らかな美しさの方は今の世どこを探してもいないのではないか、ともてはやされるほどである。


その源氏の宮の夢に最近、不思議で妖しいものがたびたび現われるようになった。だが「不必要に騒ぎ立てても」と黙って過ごしているうちに、今度は屋敷内に不思議な出来事が起こりだした。屋敷の木に時ならず花が咲いたり、聞いた事もないような鳥の声がきこえたりと、まるで何かを予兆しているかのようである。思い余って陰陽師などに占わせたところ、今年は源氏の宮にとって大変な年に当たるので厳重に謹慎しなければならないという結果が出た。それを聞いた源氏の宮は、夢のこともあってことさら恐ろしく感じ、念入りな祈祷など始めだした。同じ頃大殿も、賀茂の神官らしき者が現われて手紙を結んだ榊の枝を渡していく夢を見た。恐ろしくなった大殿は、その夢を堀川上や狭衣に話して聞かせると、上はたいそう驚いていたが、狭衣などは内心「源氏の宮はひょっとしたら入内せずに済むかもしれない」と気が楽になる思いである。
幼い頃からこの胸ひとつに秘めてきた源氏の宮への想い、焦がれる恋心のままに宮を奪いとって、ひっそりと山里に二人きりで暮らせたならと思ったこともあったが・・・もし今、父母に黙って強引に密会をすれば、事態はどうなるだろうか。後悔することになるだろうか。親たちはもちろんびっくりするだろうが、「そうなったらそうなったで仕方のない事」と冷静でいてくれるだろうか。
それにしてもいったいどうしてここまで源氏の宮に執着し思い嘆くのか。得ようと思いつめれば思いつめるほど宮は遠のいてゆく。ついには斎院の話まで

このように、いつまでも鬱々と心の晴れない狭衣であった。


新帝の夢にも、源氏の宮の斎院にせよとの暗示をただよわせる、あやしの者が現われて、水面下でささやかれていた斎院の話はいよいよ現実味を帯びてきた。入内の話もあったので、堀川大殿などは心の中で口惜しく思っていたが、夢占でも、源氏の宮が賀茂の斎院にたてばこの御世が安泰であるとの結果がでたため、異を唱えることもできない。いざ源氏の宮が斎院に決まると、それまで噂していた人たちが「まあ意外なこと」と白々しく驚くそぶりをするのもくやしい。


伊勢の斎宮には、先帝であった嵯峨院と共に住んでいる女三の宮がたつこととなった。
斎宮決定の話を聞くと、狭衣はいつもの優柔不断さから、急に女三の宮が惜しくなる。まことにけしからぬ物思いなのであった。


三月になった。
入内の準備とうってかわって、今度は初斎院に入る準備に忙殺される堀川家である。
源氏の宮の入内を長年思い定めていた大殿であったが、この意外なあまり機嫌は良くない。堀川の上は、自分がかつて斎宮になった時のことを思い出し、付き添いとはいえ、仏道からまた神域に立ち戻ることになってしまったと、やはり口惜しく思われている。
狭衣はといえば、入内こそせずに済んだとはいえ、まもなく神域に迎え入れられてしまう源氏の宮をあきらめきれないでいた。今まで共に一つ屋根の下で暮らしていたときは、恋心に耐えかねて、源氏の宮のいる対の屋に出向いては、苦しい想いをほのめかしたりできた。いつも美しい姿を眺める事もできた。けれど斎院となられたら、そんなことさえできなくなる。
苦しい胸の内をくどくどと打ち明けられる側の源氏の宮としては、神意で斎院になることでかえってすっきりとしたようである。狭衣の気持を少しも知らないそぶりを通しているのが狭衣にとってはたまらなくつらい。
源氏の宮がいよいよ明後日から潔斎に入るという日の夕暮れ、狭衣は源氏の宮に逢うために対の屋に出向いた。

「源氏の宮。私は気の遠くなるほどの長い長い間、本当の心をを抑えて過ごしてきました。ところがあなたときたら、私を、あったこともない知らない人のように思っておられる。私はそれが口惜しくてたまらない」
一度口を開いて本音が出れば、もう我慢できない。
「よくも長年我慢ができたものだと我ながら感心しますよ。あなたが好きだ。好きなのだ。私が今まで抑えてきたからこそ、あなたは清らかな身のまま斎院になれるのですよ。もういいかげん私の気持には気付いておられるでしょう?あなたのその反応のなさに、私はどうしようもなくやるせなくなってしまうのです」
これほど思いのたけをぶちまけても、源氏の宮はただただ恐ろしい物を見るような顔つきで、その美しい瞳に涙を浮かべて狭衣を眺めているだけであった。
「・・・そうですか。そこまで私はあなたに嫌われているのですね。ただ一言のお言葉もないとは」
そこまで狭衣に言われて、思い余った源氏の宮が何か言おうとしたその時、衣ずれの音がしてドヤドヤと女房たちが入ってきた。いつのまにか夜の食事の時間になっていた。これ以上はもう源氏の宮を責め立てることはできない。狭衣は舌打ちしたい思いだったが、何気ない顔で立ち上がって退出していった。
これが、おのれの恋の運命・・・将来の望みもなく、ただ胸に秘めるだけの恋。想い人が神の供物になるのは前世からの因縁だったのか。女二の宮に惑わされたのも前世からの因縁だったのか。身分が違うとはいえ、飛鳥井の女君が入水して二度と逢えなくなったのも前世からの因縁なのか。形見となった扇を見るたび涙があふれてしまう。どうして私の恋は並みひととおりではなく、こうも複雑で悲しい結末になってしまうのだろうか
――――
本人にも行方がわからない恋に、打ちのめされている狭衣であった。


とうとう源氏の宮が初斎院移居の日がきた。
朝早くから、あまたの殿上人たちが堀川邸に集まってずいぶんと賑やかな出立となりそうである。見送る女房も付き添いの女房も、容姿・衣装の色目や匂いなど、並みひととおりでない美しさで、「ああこれが入内であったならどんなに晴れがましい事か」と口にこそしないが誰もが感じていた。
源氏の宮はといえば、少し光沢のある桜の織物の表着に色々重ねて着て、桜萌黄の細長、山吹の小袿など何枚も重ねてきているが、不思議とそれらをすんなりと上品に優雅に着こなしてゆったりしている。そんな源氏の宮を几帳のほころびから覗く人々は、「光る、というのはまさにこのことを指すのだわ」と大騒ぎである。
狭衣はといえば、源氏の宮の晴れ姿をまともに見れるはずもなく、部屋にこもって臥せっていたい心境だったが、父母などが心配してうるさく騒ぐのも面倒なので、用意をして皆のところへ行くと、源氏の宮・・・もう今この時からは斎院と呼ばねばならないが、宮の姿をひと目見るなり、その美しさ可憐さとこれからは離れて生きてゆかねばならないと考えただけで、その場に倒れてしまいそうになる。
源氏の宮はそんな狭衣の恋心から一刻も早く離れて、身を清めて禊(みそぎ)をしたいものとばかり思いつめていた。
いよいよ出発の時間がきた。車が寄せられる。狭衣は、今生の別れがきたような気持になって、
「二度と逢えない。私も今宵のうちに出家して姿をかえてしまおう。私が姿を消してしまって誰が泣いたとしても、私のこの嘆きに比べられる悲しみなどあるはずがない。ああどうして今まで忍ぶ恋に甘んじてきたのだろう。望めばすぐにでも、いとも簡単に手に届くところに宮はいたのに。我慢に我慢を重ねてきた結果がこれだ」
といくら後悔してもし足りない思いに打ちのめされていた。ふらふらと幽鬼のように源氏の宮のそばに立ててある几帳に紛れ込み、何も知らずに座っている源氏の宮の衣装の裾をつ、と引き押さえた。おどろいた宮が振り向くなり狭衣が強く抱き寄せる。

『今日さやはかけ離れぬる木綿襷(たすき)などそのかみに別れざりけん
(・・・ほんとうに私から離れていくのですか。斎院になることをやめようとは思わなかったのですか)』

扇を持っている宮の手に手を重ね、狭衣は泣きながら訴える。
「あなたの身の行く末を見届けるために、強いて出家を思いとどまっていましたが、もうそんな必要もなくなった。もう再びお目にかかることもないでしょう。今生の思い出に、「哀れな」とひと言だけでも仰ってください」
狭衣がかきくどいても、源氏の宮は「今はこれほど取り乱しておられる狭衣のお兄さまだけど、私が斎院になったら心が落ち着かれるに違いないわ」と思うだけ。心を表す良い言葉が見つからなくて、美しい顔を曇らせるほかなかった。
突然、父大殿の声が近づいてきた。
「どうした。遅いではないか。大将(狭衣)はどこにいる」
その声に目が覚めたように、宮からさっと飛び退く狭衣。気は動転していたが、それでも背筋をしゃんとのばして冷静な顔で、もとの御供の列に加わった。
やがて禊所に到着し、初斎院のもとに賀茂神社からの宮司が参上して、しきたりどおりの禊(みそぎ)を行う。青々とした榊(さかき)、を斎院御所内の井戸や寝殿などあちこちにさす様子が、いかにもわずらわしい作法に見える。狭衣は、一刻も早くこの場から逃げ出したいと思っているのに、
「大将が、斎院の潔斎の間、宿直所にいつも伺候してくれれば、これほど安心なことはないだろう」と父大殿が言う。
「私の気持も知らないで、よくもまあそのようなつらいご命令をなさるものだ。もし私が今宵のうちに出家して様変わりしたらどれほどお嘆きになるだろうか」
狭衣は一方では出家を決意しながら、また一方では姿を変えることで生活が一変してしまうことへのおそれも残っていた。こんな気持のままでは、たとえ出家して野にさすらうとも山にこもろうとも心は迷うに違いない、と。


そんな迷いもあって、何日経っても出家のふんぎりがつかず、ぐずぐずと心沈んだ日々を過ごす狭衣だったが、源氏の宮がかつて住んでいた対の屋を眺めれば涙があふれ、まるで亡き人を恋うる思いである。宮中に出仕する気になどとてもなれない。新斎院(源氏の宮)のもとに出向いても、斎院はことさら狭衣を避けるようにして幾重にも几帳を立てる。あまりのよそよそしさに、狭衣は幼かった頃の隔てなく親しく遊んでいた記憶がたまらなくなつかしく、そして悲しかった。「お気の毒ですがどうぞ私のことはお忘れください」といわんばかりの斎院の冷ややかな態度がうらめしかった。こんな情ない心を一体賀茂の神はどうご覧になるだろう、賀茂の神への供物をこうも忘れ切れないようでは、私はそう長くは生きられないだろう、
とそらおそろしい気持でいる。


堀川上は、そのまま初斎院の付き添いとして、禊所に滞在する。なかなか堀川邸に戻ろうとしないのを、大殿は「心配なのはわかるが、そのようにいつまでも斎院にばかりいるのはいかがなものかと思うが」と帰邸を勧めたので、上は仕方なしに堀川邸に戻ったが、その後も往復の毎日である。それにあわせて殿上人なども動くので、禊所のある大膳職を通っている大宮通りと堀川邸のある二条大路のあたりが大変騒がしくなった。
このような初斎院の諸行事で忙しい中、大殿や上の気がかりなのは狭衣の気うつな様子である。食欲も細り、沈みきった狭衣をことさら大げさに心配する母堀川上が、
「結婚なされば心も落ち着いてこられるでしょうに。女三の宮の件は残念なことでした。やはりふさわしいお相手を早く見つけなければ」
と言うが、狭衣は、
「前世からの縁がなかったということでしょう。なんでしたら、蓬莱山で仙女でも探してきましょうか」
とまったくその気がなさそうだ。
「くだらない冗談はおやめなさい。あなたくらいの身分や年齢の公達がいつまでも独身でふらふらしていることをわたくしは心配しているのです・・・そうですね、急遽斎宮になられた女三の宮の一件は残念な事でしたが、前斎院であられた女一の宮などは、あなたにちょうどつりあうのではないかしら」
「女二の宮の次は女三の宮。それがだめなら今度は女一の宮ですか。そんなに皇女さまがたばかりを選んでいては世間から何といわれるでしょうね。ですから今度はあまり高貴でない方から選びたいと思います」
「高貴な女人がなんであなたをお嫌いになられましょうか。あなた自身の方が破談にしておしまいになるのでしょう?女二の宮との縁談の時は、母宮さまが頑固に承知されなかったということですが、どうしてだったのでしょうね。これも前世からの宿縁だったということでしょうか」
女二の宮の話題がのぼり、狭衣は表面上嵯峨院の皇子となっている若宮のことを思い浮かべた。母堀川上に、あの皇子が我が子であるとの真実を聞かせたら、どんなに驚かれるだろう、と。
若宮が恋しくてならない折りに嵯峨院のもとに出向くと、狭衣にすっかり慣れている若宮は、まとわりついて離れようとしない。あまりの愛おしさに涙がこぼれそうになるが、人が見咎めはしないかとドキドキしながらごまかす。
若宮の後見に、とも思っている狭衣の、仲睦まじくしているさまを眺めている嵯峨院は、たいへん頼もしく思っていた。
斎宮に立つこととなった女三の宮は、この八月には潔斎のため、野宮(ののみや)に移ることが決まっている。入道となった女二の宮は若宮の世話をまったくしないため(表面上は嵯峨院と故大宮の子であるため)、若宮の世話は、ずっと女三の宮がしてきたのだが、斎宮になるからには、もう世話はできなくなる。狭衣はその事を案じて、自分の邸である堀川邸に、若宮を移そうと考えていた。若宮は愛しくてたまらないが、女一の宮との縁談にはまったく気乗りのしない狭衣である。いつも出家のことが頭から離れないのに、縁談など、しかも女一の宮は浮世離れした前斎院で、特に美人だとの噂も聞いていない、おまけに花の盛りをすっかり過ぎた年齢では、まったく魅力ないも同然ではないか・・・しかし、一度堀川の上の口から出た縁談は、嵯峨院の耳にも入り、どんどん具体化していった。狭衣が若宮見たさに嵯峨の院に参ると、お付の女房たちなどは女一の宮との話について、何か仄めかしはしないかと期待に満ちた雰囲気でいるが、狭衣にとってはまったくいい迷惑なことであった。


この憂き世をただただ目的もなく生きている・・・そんな自分がみじめで、少しでも人生の道しるべを見つけようと、狭衣はある日、高野山にお参りしようと思い立った。ごく親しい人にこっそりと御供を頼み、参拝する寺に献上する法衣・袈裟などの法服をたくさん用意する。明日には出発しようと決意し、父堀川大殿のもとへ挨拶に行った。
「鬱々とした気分がいつまでも晴れませぬゆえ、お寺詣ででもすれば治りますかと思いまして。明日は暦では吉日に当たりますので早朝になるべく目立たないようにして出発します」
突然、高野山参拝の話を聞いた堀川大殿は、
「どうして急にそのようなことを思い立ったのか。もしや高野山で出家する気ではないのか」
と涙を流して引きとめかねない勢いである。
「そんなことはご心配ありません。前もってお知らせすると、我も我もとお供の行列が大げさに騒々しくなりますので、ごく親しい人のみをお誘い申し上げました。高野山や粉川寺にはそれぞれ一夜ずつおこもりします」
「遠い旅は一大事、しっかりしたお供が少ないのでは、安全な旅などできないであろう。そなたが計画したことを、父である私が止めるつもりはないが、私が生きている間には決して出家などすることは許しませんぞ」
「私が出家するなど、どうしてご心配することがありましょうか。ただ、有名な参拝寺をめぐりたいだけでございます。それほどまでにご心配でしたら、いっそ参拝をとりやめましょうか」
そこまで言われると、堀川大殿としても中止させることなどできない。しかたがないので、自分の信頼できる腹心の者を数人、お供の列に加えさせたり、安全な旅ができるよう紀の守などに船の手配をさせた。
出発当日になって、うわさを聞きつけたあまたの殿上人たちが、「お供に」と押しかけて、門の周りは大変なありさまになっていた。
「申し出はありがたいが、なるべく目立たないように旅したいのです。それにあらかじめ身を清めて精進した生活をなさってないと寺詣でには行けませんよ」
そのようにお断りしたが、残った殿上人もかなりの数にのぼる。その残った人の中に、洞院の上のもとに身を寄せていた伯の君という女人の息子が混じっていた。この息子は今は三位中将となっていて、常日頃から、他の誰よりも堀川大殿の信頼を得たいと思っていたのでまっさきに志願していた。そんなこともあって、狭衣もこの三位中将だけはむげに断る事も出来なくて、旅のお供の列に加える事となった。


十一月の中旬ともなれば紅葉も散り果て見所など何もない。雪あられなどが風に混じり、ずいぶん心細い旅路である。一行のために用意された吉野の川の渡し舟がたくさんあってそれらに乗る。冬の吉野川は水勢もにぶり、汀は冷たく凍っているので、浅瀬などは渡るのに時間がかかる。ようやく渡りきって一安心すると、心にも余裕ができて、狭衣はふと飛鳥井の女君のことを思い出した。この程度の深さでさえ水に飛び込むことなどおそろしくてたまらないのに、あの女君は海・・・どれほどの悲しみと絶望感で入水していったのか
―――と思いやる。数珠を持って水底を深く眺める狭衣の姿の清らかさ。澄みきった水の上では、狭衣の美しさはまた違った様相を見せている。飛鳥井の女君のために法華経を声を出して唱え始めると、野山の鳥や獣も耳を立ててしまいそうな厳かさである。三位中将などは、感動で泣き出している。


ようやく粉川寺に到着した。松山の景色や谷川の流れなど、石山寺に似ている。修行僧など、身分のよろしそうな者も怪しい者もみな同じように参拝していて、ものさびしく勤行している姿が狭衣には少し羨ましく思える。
狭衣は一睡もせずに一晩中勤行するつもりだった。心の中は悩みが募る。法華経を唱えていると、深山おろしの荒々しい風が音を立てて吹き、おのれの心に悲しく響き渡る。ただひたすらにお経を読み上げていると、荒くれ修行者もしみじみ悲しい声に涙を流さずにはいられない。今宵は皆、狭衣の誦経を聞きながら過ごそうと思っていたところ、夜半に突然、御燈(みあかし)のほのかな光の中に、普賢菩薩にも似た異形の御光が一瞬輝いて、そして消えた。
狭衣はうれしかった。今生で、人とは違った極めて優れた生を受けながら、常にもの煩わしさからぬけだせない情けない宿縁、そんな自分を普賢菩薩の御光が照らしてくれるということは、少しは自信を持っていいということなのか。
そんなことを考えながら、狭衣はうつうつと寝たり起きたりしながら、お経をあげていると、向こうのお堂で、たいそう修行の年功を積んでいるであろうと思われる声が聞こえてきた。「いったいどのような素性の僧だろう」と使いをやって確かめさせる。使いの者が帰ってきて、「独眼の山伏と見受けられます」と返事した。その山伏を呼びにやらせて暁の月のもとで見たところ、山伏はひどく痩せていて、薄い袈裟一つのたたずまいである。
「そなたの声が聞き捨てがたくて。ここでお経をあげてくれませんか」
と三位中将が言うと、山伏は
「このような高貴な方々の前でお聞かせするようなものは持ってはおりませぬ」
と遠慮しながら、しかしひかえめに誦経し始めた。すばらしく尊い声に、狭衣はしばしうっとりとなった。
この山伏に素性を聞いたところ、百日ほど参籠しているという。親たちが死んで後は、山の中の大木の根元が洞窟になっている所に暮らし、苔を寝床とし、松の葉を食べ虎や狼を友として生きているらしい。
「親は何という方でしたか」「これからどうなさるおつもりか」などの狭衣のお供たちの質問に困りながらも山伏は、
「私の親は、帥平中納言(大宰府長官と中納言を兼ねた平氏)と申しました。幼い頃に目の光を失いまして、親たちは私を比叡山の僧にさせるつもりだったらしいのですが、除目で筑紫に行くことになりまして、親たちが死んでからは、わたしはそのまま筑紫の安楽寺に住む事になりました。
妹が一人いましたが、乳母とともに行方不明になり・・・。筑前の守の北の方が縁続きにあたるものでございますから、その方を頼りにして京の都へのぼって参りました。北の方に、私の妹が無事に京の都で生きていると聞いたのですが、妹に付き添っていた乳母というのが冷淡な者だったようで、夫は主計頭もしていたというのですが、この乳母にずいぶんとつらいめにあわされたらしく、とにかく妹を窮地から救い出し、それから念願だった比叡山に上がるつもりで、ここで修行をしているのでございます」
と語った。
親が帥中納言、主計寮頭であった夫をもつ乳母・・・入水した飛鳥井の女君の素性と一致するこの山伏に、狭衣は目の覚める思いだった。几帳の奥から飛び出してしまいそうな勢いで山伏の前に出てきて、
「もっと詳しく話して聞かせてくれないか。その妹御については、私もほのかに伺ったことがある」
と言った。貴人が自分の目の前に出てくる事に少々おどろいた山伏であったが、月影に清らかに映える狭衣の姿に、ただの貴人とは違う何かを感じ取った山伏は畏まって、
「救い出してのち、妹は我が身を厭う気持が強くて出家したがりまして…」
と、全てを打ち明けようとはしない。そんなかたい表情の山伏の様子に、狭衣は続きが聞きたくてたまらない。しかしすぐそばに、何も知らない三位中将が控えている。あやしまれるようなくどくどしいことを山伏に尋ねるのは避けねばならない。とにかく、飛鳥井の女君は入水直前に救出されて、生きているらしい。このことを聞いて、狭衣は心の底から安堵した。
「その妹御は、お子など連れていたのだろうか」
このことだけはどうしても知りたかった。しかし山伏は、
「・・・聞いてはおりません。行方知れずで過ごしてきた長年よりも、出会えてからの方が悲しい事が多くございまして・・・ああ、すっかり話し込んでしまいました。お勤めをなまけてしまったようでございます」
と言葉をにごしながら立ち上がる。薄い袈裟に月影も透けて見えそうな痛々しい姿に狭衣は、
「ひとまずこれをお使いください。夜風が荒々しく吹き荒れていますので」
そう言って、自分の着ていた白くて柔らかな衣装を山伏に与えた。あたたかで、狭衣の香ばしい移り香がいっぱいに薫っている。
「私は法師となって以来、紙衣や袈裟以外に着たものはございません。このような立派なものを粗末な僧衣に重ねることができましょうか」
と、山伏は衣装を触ろうともしない。
「お願いだから、そんなよそよそしい事は言わないでください。次に対面できる日までの形見だと思ってほしいのです。私は長年出家の願望が強いのですが、世のしがらみからなかなか抜け出せなくて、未だ成就できずじまいなのです。あなたのような方に出会えたのも前世からの宿縁かもしれません。このまま私を仏道にお導き下さい、とお願いしたいくらいです。いや、ふざけた気持で出家出家と言っているのではないのです。
ところで、ここにはいつまでお籠りされる予定ですか?京にはいらっしゃるのでしょうね」
と狭衣が聞くと、
「都にあがる予定はございません」
との返事。この粉川寺でのお勤めもあと数日で終わり、その後は近江の湖(琵琶湖)の竹生島に渡るという。こんな行方知らずの勤行の旅の山伏相手では、飛鳥井の女君の消息はろくにつかめそうにない。
「私は今夜はここで過ごして、明日の朝出発する予定なので、そのときに今夜のお話の続きを伺いたいのですが。私はこのままあなたの弟子にしてもらいたいくらいの心地ですよ。これも前世からの因縁なのでしょうか。あなたは、私の心に深くしみとおる何かをお持ちのようだ」
など心を込めてかきくどくので、山伏もむげに立ち去る事もできない。
「では出立なされる朝に、拙僧がお勤めに使っております法華三昧堂に、お越しください」
山伏はそう言って戻ってしまった。
狭衣はとりあえず安堵したが、山伏が戻ったあとも飛鳥井の女君のことが気がかりでたまらない。
その後は仏前で飛鳥井の女君のことばかりを考えながら、誦経の夜を明かした。
祈願の効験はどうであろうか。