狭衣物語



その二十

成長するにつれ、兵部卿宮はますます今上によく似てゆく。容貌はもちろんのこと、ちょっとしたしぐさや嗜好が本当にそっくりで、まるで今上の寵愛の深さを反映しているかのようだ。兵部卿宮の美しい容貌と確かな将来性に、
「娘をぜひ東宮のもとへ」
と意気込んでいた有力貴族たちは、
「このお方をぜひ我が娘の背の君としてお世話したいものだ」
と思い直す者たちも多くいて、今上にもその旨をそれとなく申しあげる貴族や親王たちがたくさんいたが、その中に一人の大納言がいた。この大納言は現東宮大夫で、堀川院の北の方の一人である洞院上の兄弟だ。その昔、大納言がまだ若かった頃、洞院上が引き取った今姫君の寝所に忍び込んで、母代(ははしろ)にこれでもかというほど恥ずかしい仕打ちを受けた経験があるのだが、その大納言はのちに、この頭の少しぼんやりした今姫君を引き取り、子供にも恵まれきちんとした家庭を築いている。子供たちの中でも姉の大姫が美貌にすぐれ、大納言は最初、
「この姫を東宮に差し上げて、いずれはきっと后の位に」
と決めていたが、母である今姫君が、
「かつて親しくさせていただいた狭衣さまにうりふたつと評判の兵部卿宮を背の君にお迎えできましたら、心を込めてお世話したいと思います」
と珍しく意思をはっきりと申しあげたので、大納言は、
「北の方が意見をはっきりおっしゃるとは珍しい。ぜひ願いを叶えて差し上げたいものだ」
と考え直し、結局、兵部卿宮をぜひ婿君にと今上に願い出たのだった。
今上は、
「かつて私がただ人だった頃、今姫君を訪ねたとき、姫君付きの女房たちが私を覗き見しようとして几帳のほころびを奪い合いしていたことを思い出すよ。そうか・・・子供の結婚を相談するくらい年月が経ってしまったのだな」
と感慨深かったが、
「それはそうと、今姫君鍾愛の大姫とはいったいどのような姫君なのだろう。子供のしつけについては、父親である大納言はおおまかな指図をするだけだろうし、染物や琴、和歌や手習いなどのこまごまとした情操教育は、母親の今姫君が教えているはず。それを推測すると、申し分ない見事な姫だとはとても思えない。今姫君の奏でる、あの素っ頓狂(すっとんきょう)な琵琶の音色は今でも耳に残っている。それに、父親の大納言も、周囲のことを気にせず推し進める性格ではあるし・・・」
と娘を差し上げたいと言う大納言の申し出に対して、色よい返事ができなかった。いろいろ思案し、結局、
「早くから配偶者が決まっているのは、この私自身も非常に窮屈に思ったことだ。従って、今すぐに兵部卿宮の結婚をどうのこうの決めるつもりはまだないのだ。もう一、二年もすれば、兵部卿宮自身が将来のことを真面目に考え出すだろう。その時、改めて結婚の申し出を皆から聞こう」
そのようにおおやけに表明した。
兵部卿宮の宮中での住まいは桐壺である。今上はそこをまるで女宮が住まうかのように美々しく清らかに飾り立て、お仕えする女房も粒ぞろいの美女を集め、兵部卿宮を住まわせた。また、この宮の堀川院での住まう部屋は、かつて狭衣が住んでいた部屋だ。院は、あえて部屋を改築せず、できるだけ我が息子の狭衣が住んでいたときと同じにした為、今上とうりふたつの兵部卿宮が堀川に滞在している時は、まるでそこに息子の狭衣がくつろいでいるかのようで、院と大宮は大変なぐさめられた。兵部卿宮と一品宮(飛鳥井腹の姫君)の後見、そしてもちろん藤壺中宮腹の皇子の後見と、堀川院はこれから天下のことは思いのままにできそうな勢いで、たいそう頼もしいことである。


現東宮は嵯峨院の一の皇子で、母君は堀川院と坊門上の娘の皇后宮(かつての中宮)である。この東宮は以前から飛鳥井腹の姫君に執心で、姫が一品宮として引き立てられてからは、ますます熱心に手紙を遣わされ、入内の希望を示されているが、今上は、
「お気持ちは大変うれしいのですが、仮にも一品宮という身分を得たからには、独身で一生を過ごすほうが無難だと思われます。恥ずかしながら、私の北の方であられた故一品宮は薄命であられ、幸せな人生を送ったとは言えませんでした。もし奥ゆかしく独身を通されたなら、と思うこともあります。つらい人生を送るくらいならば、いっそ独身で過ごした方が姫宮のためにも良いのでは」
と丁寧に、だがきっぱりと入内の申し出を断った。しかし断ったはいいが、一品宮は、母方のすじには頼もしい後見もなく、将来が不安なのがおいたわしい。そんな不びんさも手伝って、一品宮の姫君付きの女房たちには、しっかりした身元や気立てのよさ、気配りできる者などを選び抜き、世間から軽んじられないようにと今上みずからが姫を重々しくもてなす。故一品の宮が、物の数にも入れない扱いだったのに比べ、掌中の珠のごとき扱いの今上の態度にお付きの女房たちは、
「故一品の宮さまとはあんなに冷え切ってましたのにね」
「だからこそ、宮さまのもとに預けられていた姫を大事になさろうとしておられるのではないかしら」
「でも今上御自身が姫さまの裳着に立ち会われたのでしょう?もしかするとあの姫さまは、今上がただ人であられた頃の・・・」
「そうねえ、それならあれほど熱心にお世話なされるのもうなずけるわね」
などいろいろ推測しあっている。


さて、その一品宮の母君であった故飛鳥井の女君を、遠い筑紫へとさらっていった道成であるが、主人すじの狭衣にその事が発覚してからというもの、表面上はおだやかに過ごして道成への官位も与えていた狭衣だったが、道成への乳母子としての信頼はすっかりなくなり、道成自身もまた、女君をさらった事を後悔し続けていた。今では狭衣のおかげで太宰の大弐に昇進した道成だが、おりにふれては女君が稀に見るほど美しかったこと、打ち解けることなく契りを結ぶことなく入水させてしまった罪深さを忘れ切れないでいた。このたび京の都に上がった際も、帝となったわが主人が掌中のごとく大切に扱っている姫が、どうやらあの女君とわが主人の御子であるらしいとの噂を聞き、道成は自分のすじ違いな横恋慕を思い知らされ、申しわけなさから狭衣の御前に出ることなく謹慎し続けている。


あわや入水の危機から救われた飛鳥井の女君が身を寄せた常盤の里の尼君は、残念ながらつい最近亡くなったが、いまわの際に、小さいが由緒ありげな小唐櫃(こからびつ)を出させ、
「この中には、姫さまにとって大切なものが入っています。姫さまがお生まれになったときの御産衣(うぶぎぬ)や母君のお描きになった絵日記や手習い・・・いずれも捨てるに忍びなかったものばかり。姫さまがご成長なされて母君の事が何もわからないなどという事があってはあまりにもお気の毒。いつの日か、姫さまにお見せしてもよい時期になりましたら、これらを姫さまにお渡ししてください。それで私の思い残す事は何もありません」
と言って娘の小宰相・・・今は中将といって後一条院に仕えている女房に渡していた。
その尼君の四十九日も明け、中将の君はちょうどよいおりを見て、あるのどかな昼下がりに一品宮の姫君と対面した。御前の人が少なくなったのを見計らって、中将の君は、尼君が姫を恋しがりつつ亡くなった事などを語りながら、形見の小唐櫃を差し出した。
「この唐櫃の中には、姫さまがお生まれになった時の御産衣や母君の遺品が入っているそうでございます。姫さまの御母君は、それはそれは絵がお上手であられたとか」
一品宮はたいそうおどろき、ぜひ中身を見たい、せめて母君のお描きになった絵日記だけでも今拝見したいと、几帳近くにその小唐櫃を寄せ、中将に中身をとり出させた。
まず唐櫃から出されたのは、粗末な我が産衣。なんて小さくて頼りない・・・と、一品宮は思う。こんなみすぼらしい衣を着ていた小さな時に、手許から赤子を引き離さざるを得なかった母君の哀しさを思いやると、一品宮は胸が張り裂けそうになる。


『・・・人知れぬ入り江の沢にしる人のなくなく着する鶴の毛衣
(秘密の隠れ宿(入り江の沢)で、この子の本当の身分が誰にも知られることなく、泣く泣く着せる産着であることよ 』


古びた紙に書き付けられた歌を見つけた一品宮の様子に、そばに控える中将の君は言葉もない。衝撃を受けた一品宮の様子に、「亡き人の遺言とはいえ、早まったことをしたかしら・・・もっとお年を召されて、世の中の分別もお分かりになるまで待った方がよかったかもしれない」と、中将は半ば後悔した。
一品宮は涙で目を曇らせながら、亡き母君の描いた絵日記を少しづつ広げて眺めていたが、そのとき、何の前触れもなしに部屋に今上が渡ってきた。
「こんなにのどかな昼下がり、執務も落ち着きましたので、あなたの琴でなぐさめてもらおうとやって参りましたよ。・・・おや、どうされました?」
あわてて下がっていった中将の君と何やら話し込んでいた一品宮が、すっかり沈みきってうつむいている。
「どうしました?どこかご気分でも?」
まぶたに露を含んで、ますますうつむく一品宮。頬や肩にさらりとかかる豊かな髪が、亡き飛鳥井の女君の面影そのままだ。
「先日亡くなられました常磐の尼君の遺品を、ただ今ご覧になっておられたところでございます。中には、宮さまがしみじみもの悲しくなるような御品もございまして・・・お許しくださいませ」
少し離れた所に控えている中将の君が奏上する。
「そうであったか。常磐の尼君がお亡くなりになっていたとは・・・せめてひと目でも、立派に成長した姫に会わせるべきだった」
とつぶやきながら、今上は一品宮のそばに置かれている小唐櫃に目をやった。
「これは、昔の人の歌ですね。この絵に日付けが・・・ああ、絵日記なんですね。ここにも。これは・・・」
今上の目に止まったのは、自分と飛鳥井の女君が逢瀬を重ねていた頃の絵日記。絵の中にこまやかに描かれた自分の容貌や女君の動作、情緒深い景色・・・それらが日付けをつけて何枚も残っている。眺めているだけで、かつて一緒に眺めていた月の光、暁の空の景色、通り抜ける風の音がよみがえるようで、今上の胸を甘く哀しく締めつけた。あわや入水から救われたあとの、常盤の里での手習いもいくつか見える。


『・・・かの君に、私が生きている事を伝えたい。でも無理。あまりに身分が違うもの。あのお方は私が海に身を投げたと、きっとそう思ってる。そうして、もう私のことなどお忘れになっているのだわ。

・・・忘れずは端山繁山分け分けで水の下にや思ひ入るらん
(もしも愛しいお方が私を忘れていないとしたら、私は海の藻屑となったと思い込まれていることでしょう) 』


頼りにしていた乳母には裏切られ、病気がちになり、産んだ子の父親は身分が違いすぎて連絡する事すら叶わず、人生に絶望した女君が「赤子を引き取りたい」と差しのべられた手にすがりついたのを、いったい誰が非難できようか。


『・・・聞けばそれはそれは高貴な御方が可愛がってくださるとか。本当は手放したくない。この子の笑顔を見ると、苦しい気持も飛んでいってしまうのに。ああ、病気くらいで気弱になって、どうしてこの子を引き取られる事に承諾してしまったのか。生きてさえいれば必ず会えると、尼君はおっしゃるけれど・・・。

・・・行く末を頼むともなき命にてまだ岩根なる松に別るる
(こんなにはかない私の命なのに、生えたばかりの小松(我が子)に別れるとは) 』


めくってもめくっても、悲しいことばかりが続く我が母君の絵日記。娘である一品宮の心境は、いかばかりであろう。


『・・・遅れじと契らざりせば今はとて背くもなにか悲しからまし
(死が二人を分かつまでと誓いさえしなければ、尼になろうが未練などない命なのに)
・・・永らえてあらば逢う世も待つべきに命は尽きぬ人は問い来ず
(生きていれば、いつかは恋しいあの方に逢えるだろうが、もうすぐ消えゆく私の命。私の生涯の終わりに、訪ねて来てくださるはずないのに)
・・・消え果てて煙は空にかすむとも雲の景色を我と知らじな
(私が死んで空にのぼる煙になろうとも、それは私の火葬の煙だと、あのお方は気づきもしないでしょうよ) 』


これらの歌は、女君の最期の歌なのだろうか。じっとみている今上の目から涙があふれて止まらない。ひっそりと、本当に誰も気がつかないくらいひっそりと、心の底から愛しくてならなかった恋人が死んでいったことを、今上は今まさに感じていた。あんなにうちとけ合った恋人は後にも先にもただ一人。青春の情熱を注いだ恋人の、はかなすぎる寿命があまりにも哀しくて、今上はいつまでも肩をふるわせて泣き続けた。


『・・・かすめよな思ひ消えなむ煙にも立ち遅れてはくゆらざらまし
(火葬の煙が空にかすんでいるのなら、私もあとを追っていきましょう。立ち遅れてくすぶるようなことはしません)
・・・落ちたぎる涙の水脈(みお)は早けれど過ぎにし方にかへりやはする
(あなたを思う涙の流れは、あふれる水流のごとくだが、どれほど嘆いても過去に戻ることなど出来はしないのだ) 』


今上は飛鳥井の女君の歌の横に、悲しみに耐えがたい思いで歌を添えた。
「さあ、宮・・・。これらの絵日記は御覧になるたびに、かえって涙のもととなりましょう。生き続けていたかったという、現世への執着が残る形見ばかりですね。これらは、かの人の極楽往生のためにも、きちんと供養しなければなりませんね。お心を乱すことなきよう、もうお嘆きあそばしますな」
今上はそう言って、形見の歌や絵日記などを取り上げ、部屋から出て行ってしまった。もっともっとゆっくり見ていたかった一品宮は残念でならず、ひどい、ひどいとその日一日嘆き続けたのだった。


今上は清涼殿に戻り、人払いをし、故飛鳥井の女君が描いた絵日記をあらためてじっくり眺めた。
筑紫への道中の海の景色、波、山、風・・・どれをとってもとても女人が一人で描いたものとは思えないほど見事で、それはそれは流麗な手蹟も、このまま誰にも見せないでおくには惜しい、誰か情趣を分かち合える風流人に味わってもらいたいほどだ。しかし事情が事情なだけに、これら遺品をいつまでもこのまま放っておくのも気がかりなこと、早く絵日記だけでも供養しなければ。まあ、飛鳥井の女君は、成りゆきまかせでもなんとか生きていけただろうに、信心からではなく、私のためだけにこの世を捨てて、そんな気持ちで軽々しく髪をおろすなど、この世ばかりかあの世での成仏の妨げにもなるだろうに・・・


 ・・・過ぎにける方を見るだに悲しきに絵に描きとめて別れぬるかな
(女君と過ごした過去を思い出すだけでも悲しいのに、その情景の一瞬一瞬を描き残して逝ったのだ、かの人は)


そんなふうに、長い間ひとりで物思いにふけっていた今上だったが、前に道成から半ば奪い取るように受け取った(女君の)扇だけを残して、形見の絵日記などをことごとく破り、経紙をつくる材料の一部として、全てをすき返すことに決めた。出来上がった金泥の経文紙には、今上みずからが涅槃経を書き、かつて飛鳥井の女君が身を寄せていた常盤の宿は、尼君と女君の菩提を弔う寺として建て直し、その後長きに渡って、今上はその寺で供養を続けたのだった。


それからほどなく嵯峨院が体調を崩し、病に悩みがちになった。病気のことなどを周囲にはもらさなかったが、ここしばらくはずっと一日一食、それもほんの少量を召し上がる程度で、風邪をひいた時でも養生などは二の次で、念仏を唱えるばかり。病の体を無理に起こして阿弥陀仏に向かい、ひたすら念じている。ついにここ十日あまり、起き上がる事さえ困難となった。院御所は大騒ぎとなり、御子たちが枕元に呼び寄せられる。かつての女一の宮で後一条院の后、それに(表向きは嵯峨院の御子である)兵部卿宮なども院御所に駆けつけた。皆が院の容態を人心地もないありさまで心配している。今上も、我が身内のように、
「どうか御命を取り留めてくださいますように」
と祈り続けている。院側からも、
「命のある間に今一度、今上との対面を叶えていただけないか」
と正式の申し込みがあり、九月一日、急遽嵯峨院への行幸が執り行われることとなった。
院は容易に起き上がることの出来ない体だったが、強いて体を枕に預け、今上と対面する。以前対面した頃よりますます男盛りの今上は、非の打ちどころもない立派な様子で、ただ眺めているだけで、今日明日の命も延びようかと思えるほどだ。
「ここ何ヶ月か体調が思わしくなく、自分でもどうしてこれほど病が重くなったものやら心当たりがなくてね。惜しくもない身、いつ死んでもいっこうにかまわないのだが。それでも、このような行幸をお待ちして、どうやら今日まで生き長らえていますよ」
たいそう弱々しく、息も絶え絶えに語る嵯峨院。
「どうしてこれほどご病気が重くなるまで黙っておられたのですか。親しくさせていただいていると私は思っておりましたのに、こんなひどいことがあっていいものでしょうか。もしお苦しいのならば、私は御前を離れずに朝夕にお世話しとう存じます」
今上は泣く泣くそう答えた。
「心配なさらずに。それほど惜しんでいただくほどの年齢でもなし、自然の理(ことわり)というものですよ。ただ、この世と別れるとなれば、いろいろ言い残しておかねばならない事が・・・」
「何ごとであろうとも、必ずや仰せのままに取り計らいましょう」
「私が亡くなりました後に、遺された宮さま方を時々は見舞って差し上げてください。見苦しくないようにお世話していただきたい。兵部卿宮の処遇については、帝の御愛情の深さもよく存じているので、何も心配していません。入道の宮(女二の宮)は、私の死出の旅を共にする覚悟のようです。私も、そこまで宮が思いつめているのなら・・・と思ったこともありますが、やはりもう少し生き長らえてもらいたい。私の死後は、特に入道の宮をいたわっていただきたいのです。帝となったあなたに、このような寂しいむぐら宿を気づかうこと自体が煩わしいことでしょうが、あなたのなさけ深さを信頼してどうかお願いしたい。いつか御位を降りたあとも、この嵯峨院を荒らすことなく、末永く見守ってください」
涙にむせびながら最期のお言葉にうなずく今上。何事も、嵯峨院の御遺志に背くことは決してしないと誓った。


日暮れが迫り、まもなく内裏に戻らねばならない。今上は嵯峨院の御前を離れ、入道の宮が居るはずの部屋の障子口に近寄り、ほとほとと扇を鳴らした。
中納言内侍典侍
・・・かつて女二の宮と狭衣の間を取り持った女房が扇を鳴らす小さな音を聞きつけ、障子口のそばにやって来た。
「ずいぶんと久しい気がしますね、典侍。すっかり宮中には顔を見せなくなってしまってさびしい限りでしたよ。まあ無理もない、この秋の季節、こんなに美しい野辺の景色を捨ててまで宮中に参るなど、思いもしないでしょう。
・・・本日は、嵯峨院のお見舞いにこちらに伺いました。まもなく内裏に戻らねばなりません。このようなついでにでも女二の宮(入道の宮)と直接お話申し上げなくては、こんどいつ機会に巡り合えるか・・・」
今上がやきもきと気を揉んでいる様子が中納言内侍典侍にはたいそう珍しく、また久しぶりだったこともあり、今上の仰せをそのまま入道の宮に告げた。常日頃から避け続けている今上の申し出に、それでなくとも父院の病で気が動転している宮は、
「そうですか、父院がそのように今上に・・・ですが、今上に何事を申しあげたらよいのやら・・・」
としか答えられない。
「何でも良いのですよ。御自分で直接お話申しあげなさい」
との院の言葉もあったが、やはり気がひけて仕方がない。今上の御座所は入道の宮の居るところに近いので、宮が少し近づくと、そのゆかしい香りが漂ってくる。今上の心を妖しくそそらずにはおかぬ芳ばしさ。
事情が事情なだけに、風流めいた態度は慎まねばならないが、嵯峨院を誠実に看病すれば、宮はこの私に少しは御心を開いてくれるだろうか・・・と考え、今上は嵯峨院の御病気のことを几帳面にお見舞い申しあげる。御言葉をじっと聞いている入道の宮は、例えようもないほど打ちしおれ、おいたわしさは筆舌に尽くしがたいほどだ。自分のせいでこのような尼姿にさせてしまった過去を後悔する今上。
「今まで、雲をつかむように頼りないあしらわれ方ばかりでしたが、考えてみると、それも当然のことですね。(過ちを犯した)自分以外に恨めしい人などいないのですから。
ここは勤行にはとても良いところですね。私も御位を降りたら、煩悩とは無縁のこんなところで日々念仏を唱えたいものですよ。私はそう考えているのですが、いくらそう願っても、あなたからこんなに憎まれている身では、どうなることやら。

 
・・・消え果てて屍(かばね)は灰になりぬとも恋の煙は立ちも離れじ
(たとえ私が死のうとも屍が灰に散ろうとも、私は恋の煙となってあなたのそばから離れはしません)

・・・私はあの世でも、恋に身を滅ぼしてしまうのでしょうか」
そうつぶやきながら今上は、宮と自分をさえぎる御簾を半ば引き上げ、そうっと半身を御簾の中に入れてしまう。そのまま宮の袖の端を自分のほうへ引き寄せた。今は帝と入道の宮ではなく、若き日の狭衣と女二の宮になっていた。
初めて女二の宮を垣間見たあの頃。身ごもらせてしまった事実から目を背けたと罵(ののし)られても、反論できないくらいの仕打ちをしてしまったあの頃。今なら・・・今ならば、あの時の懺悔ができるのではないか。時間を戻して、私を拒絶する前に戻れるだろうか。愛してくれるだろうか。今ならば、私の謝罪を受け入れてくれるだろうか。後悔も何もかも、今この瞬間を逃したら、掛け違えた錠前は、二度とはずせないに決まっている・・・!
女二の宮はこれ以上ないほど涙にむせ返り、不憫(ふびん)さがひしひしと伝わってくる。ほんのわずかでも手荒に触れることなど出来そうにない。それでも、宮の腕をそっとつかんだ狭衣の袖に、宮の涙がこぼれ落ちる。宮は悲しみと驚きで、目を見開いたまま身動きすら取ることが出来ない。
狭衣が、女二の宮をようやくその手に抱きしめようとしたその時

「お上。日がすっかり暮れてしまいますと、たいへん危のうございます。お早く内裏にお戻りくださいませ。院の御病状も、一刻を争う事態となりつつありますゆえ、大事に至らぬうちに(死者の穢れに触れないうちに)、疾く疾くお戻りになられるよう」
静かな、だがはっきりとした強い口調の声が御簾の向こうから聞こえた。まるで、狭衣の長年の色めいた気持に有無を言わせずとどめを刺すかのような女房の声だった。ハッと我に返る女二の宮。その瞳は絶望と困惑で憔悴しきっていた。女房の催促の声で正気に戻った宮を、父院危篤という悲しみにつけこんで抱きすくめたら、困惑はきっと憎しみに変わってしまうだろう。狭衣は、宮の悲しみを解きほぐすつもりで抱きしめようとしたが、女二の宮はそんな行為を、長年狭衣との対話を拒絶し続けたゆえの無体と思うに違いない。いまだに好き心を隠そうとしない不誠実な御方となじられるのが怖くて、狭衣はそれ以上何をすることもできない。狭衣は、女房の声にはじかれたように体を離し、そのまま女二の宮から後ずさっていった。


「御車の用意が既に整っております。お急ぎくださいますよう」
ほどなく左大将が今上の御前に参上し、還御を促す。院御所の南面に寄せられた御車の方へ渡る今上の、心に思い描くのは入道の宮の事ばかり。逢えずに過ごした長い年月よりも、お目にかかれて中途半端に触れた後の方が、よりいっそう辛く切ない・・・庭をふと見ると、美しく手入れされた花々が思いのままに咲き乱れ、夕露のしずくを光らせて一面に広がっている。女郎花(おみなえし)が夕霧の切れ間から恥ずかしそうにこちらをのぞいている。捨ててはおけない風情ある庭の姿に、


『・・・立ち返り折らで過ぎ憂き女郎花なほ安らはん霧の籬(まがき)に
(手折らずにはいられないほど風情ある女郎花のように、手に入れずには帰れそうにない女二の宮。やはり引き返して、霧にまぎれてこのまま仮寝してしまおうか) 』


とつぶやく。空を見渡すと目も眩むほどの夕映えが、野辺の山々を見事なほど赤く染め上げていた。
今上は考える。
くよくよ悩んだ挙句に前へ進まず、何もせずに済んだ事を後悔ばかり・・・一生の間、こんなふうに物思いにふけるのみの人生。一体、私の前世とはどんな因縁だったのだろうか。世間の人より多少は神仏の御加護に恵まれたおかげで、才知や美貌を与えられ、その果てに帝位を天から賜った。だがその代償は何だったか。幼い頃から愛してやまない源氏の宮との恋は叶わず、帝より賜った女二の宮からは逃げ、低い身分をあなどった飛鳥井の女君は死んでしまったではないか。
今上は自分に問い続ける。
望まぬ結婚を強いられたとはいえ、一品の宮が一度でも笑顔を見せたことがあったか?幸福な夫婦というものを、一度も味わわないまま寂しく死なせてしまった責任が、私にないと言い切れるか?
結局私に残されたのは、源氏の宮に生き写しの中宮のみ・・・私はいつまで源氏の宮の面影を求め続けたら気が済むのか。成就できなかった恋の人形(ひとがた)を、中宮を通して見つめていると知ったら、いかに優しい中宮も傷つくに違いないだろうに。
何か一つでも自分の意思を貫いたことがあったろうか。迷ってばかりの人生。
この先もずっと手に入れられないものばかりを慕って生きてゆくのだろうか





さて、世の中の風流あるお人たちが、「これぞあはれなる心地」「いつまで見ても身飽かぬ情景」「考え尽くした典雅」と評されていることばかりを集めて物語にしてみました。単なる架空のお話だと思われますか?いえいえ、これらはみな世間に知れ渡った事実を物語り風に仕立てたもの・・・降り積もる落葉の下の朽木のような、見る価値すらない物語になってしまったでしょうか。
男と女の間にある、越えることの出来ない深い川のお話は、すべてこの物語に書いてあるとか。 (完)




参考文献:日本古典文学大系「狭衣物語」(岩波書店)
「王朝物語」中村真一郎著(新潮文庫)