狭衣物語


その十三


その夜、堀川大殿は妙な夢を見た。
『・・・光失(う)する心地こそせめ照る月の雲かくれゆくほどを知らずは
(照り輝く月のように美しい狭衣が出家遁世するのを、誰も知らぬとは)
あの者は帝位にも昇ろうかという人物であるだけに、惜しいことよ。過日の琴の音は、あまりにも耳に心地よいものであった。余計な手出しとは思うたが、その礼じゃ 』
威厳に満ちた正装の貴人がそう告げるなり目が覚めた。大殿は、ここが斎院であることと、夢の中の人物があまりにも神々しい正装をしていたことから、
(きっと賀茂明神に違いない、いったいいかなるお告げをいただいたのか)
と、混乱してしまっている。が、どうも我が息子の狭衣のことを暗示しているのではないか、と思うと、何事かと驚いている堀川の上の言葉さえ耳に入らないくらい茫然自失の状態である。しばらくして、ようやく落ち着いて夢見の相談を上にしたところ、上は驚きと悲しみでうなされたようになってしまった。
「あの子が物思いに沈んでいるのはいつものこととはいいながら、あの夜はどう考えても普通の状態ではありませんでした。ああ、どうして昨夜の外出を引き止めなかったのでしょう!常磐(ときわ)の里で、普段している供養とかのためとか申して法服をたくさん作っているようでしたが・・・きっと常日頃から出家する覚悟ができていたんですわ!」
上はそう言ったまま、取り乱して突っ伏してしまった。
「いや、賀茂明神が我々を案じてお告げを下されたということは、まだあの子が現世に踏みとどまっている、ということに違いない。
早く、早く息子を捜すのだ!」
大殿は大急ぎで堀川の自邸に戻る。門のところに鞍をつけた数頭の馬がいるのが見えた。今すぐにも出発するかのような様子である。それもそのはず、狭衣は夜が明ける前に家を出ようと、今まさに出発する寸前だったのだ。お供の者が、大殿の御車を急に門の中に入れたので、その騒ぎに驚いた狭衣が、「何事か」と顔を覗かせた時の、息子の無事な姿を確認した大殿の喜びようといったらなかった。涙を流しながら、賀茂の御社(みやしろ)の方角を伏し拝み続ける。
「父君、こんな夜中に大あわてで戻ってくるとは、いったい何事が起きたのです?」
狭衣が問うと、
「そなたのことだ。まったく、大勢兄弟がいても、一番愛されていると感じたら、自分勝手なことはできないはずなのに、ましてやそなたは自分以外に親が愛情を分ける兄弟なぞいないであろう。上とわたしは片時だってそなたのことを忘れたことはないくらい、いつもそなたを愛しているのに、どうして親であるわたしたちを見捨ててゆこうとするのだ。百歩ゆずって父のわたしを見捨てたとしても、母君である上は、そなたがこの世に生まれおちた瞬間からそなたをずっと見守り続けてきたのだ。母君がお亡くなりになるその瞬間まで、出家の気持を隠しておそばにいて差し上げようとは思わないのか。御仏(みほとけ)も、孝養仁慈(こうようじんじ)が極楽往生への道しるべになると説いているではないか。両親を見捨てて出家遁世するような心がけは、きっと修行の妨げになるであろう。いったいなんの理由があって出家したがるのか、はっきりとした意思を一度も打ち明けた事はないではないか。わたしも余命いくばくもない身。今、一人息子に出家されたら、『子に捨てられても俗世に執着している老人よ』と、世間のいい笑い者だ。御仏も、私のことを不信仰者とお思いなされるだろう。母君もたいそう混乱している。あのようなお心のまま死なせてしまったら、その子ゆえの煩悩が障りとなって、同じ極楽でお逢いすることは難しいに違いない。見よ、そなたの出家心ひとつが、これほどまでに親の極楽往生を妨げるのだ。よく考えるがよい」
大殿が、耐えられないかのように一気に語り続けた。
狭衣は、泣きながらまだ説教し続けている父君を呆然と眺めながら、
「誰にも知られないように事を準備してきたはずなのに、何故」
と考えていた。ようやく俗世から縁を切ろうとしたその瞬間、実の父の取り乱しようを目の当たりにした狭衣は、母君はもっと嘆き悲しんでいるに違いない、と母の心中を思いやり、たまらなくせつなくなった。だが、表面上は強いて何でもないというふうに、父君の言葉にまるで合点がゆかないという様子で、
「・・・女院のお具合は、心配するほどでもないと伺いました。そのあと、常磐の里で懇意にしている尼君が体調を崩したのと話を聞きまして、お見舞いに行こうとしていたところです。・・・それが父君のところに間違って伝わったようですね。何が理由でこの私が急に出家など思い立ちましょうか」
とそっけない。大殿は、我が息子のつれない態度がたまらなく悲しく、
「我が息子は、実の父のこのわたしを、来世のことも考えない愚か者よ、と笑っているのだろうか・・・いっそのことわたしの方が先に出家してしまおうか。そなたの意志は固く、引き止めることはできないだろう」
と考える。見れば狭衣のいでたちは質素な旅装束姿。たとえ仏道修行のためとはいえ、こんなに美しくも才能あふれる我が息子に、粗末な僧衣を着せ、風の吹きすさぶ山の庵に置き捨てては、このわたしが仏になる時に迷いが残るのでは・・・大殿はそんなことを考えながら、夜が明けるまで一睡もできず、朝がきてもそのまま、げっそりとやつれ果ててしまっていた。
父君のこんな様子を見てしまっては、きっと自分は親不孝の罪を得てしまうだろう・・・狭衣は真剣にそう感じた。それで、出家など思いもしていないという事だけをくり返しくり返し伝えて、少しでも父君を安心させようとする。そのまま父君を寝殿の方に送るなどして、何事もなかったようにふるまった。
だがすっかり夜が明けると、大殿は斎院のもとにいる堀川の上のところに、
「かくかくしかじかの狭衣の様子だった」
と手紙を遣わした。手紙の内容に狭衣の無事を知り、上は嬉し涙を流しながら賀茂明神を伏し拝む。大殿は、見た夢の内容を斎院にだけはこっそりと教えた。そして、
「神殿にお入りになって、ご神託の夢のお礼を申し上げてください。そして、あの子の厭世の心が少しでも改まるように、どうかお願いをしてください」
と斎院に両手を合わせて、何度も重ねて頼むのだった。
一方、堀川家にお仕えしている人々は、いつもと違った大殿のご機嫌や、上のお悩みの様子などを心配していた。お二人のお考えになっていることはわからないが、今度の賀茂の社への参詣は物々しい行事になりそうだ、格別の目的もない普通の祈祷であっても殿はいつもきちんとなさるが、このたびは御自らが格別信頼なさっている僧侶たちをよりすぐっておられる・・・屋敷の使用人だけでなく、世間の人々もそのようにうわさしている。
祈祷を依頼された僧侶たちも、殿の口から夢見の話と狭衣の不審な行動を聞いてたいそう驚き、狭衣の厭世の心が治るように念入りに祈祷を始める。だが、しかるべき因縁があってこその出家の意思を思うと、厭世の思いを断ち切るなど、だれも自信がなかった。

そのことがあってから堀川大殿は片時も一人息子を離すことなく、夜歩きの類も一切禁止させた。「親の願いを振り切って出家などしてくれるな」との頼みは、今の狭衣にとってはひどく心苦しい。これほどまでに、父と母が思い乱れて嘆いているのを見捨てて出家してしまうと、世間の人々も自分のことをなんと非難するであろうか、きっと自分のことを、浅慮で気がふれてしまったのであろう、とうわさするだろうなあ・・・と考える。狭衣は努めて父母の前では何も考えていないように明るく振舞おうとした。確かに、表面上は晴れやかな様子が戻ったが、かえって心のうちに暗い思いが沈んでいく。俗世と縁を断ち切ることを許されない、そんな我が身を少しでも慰めたくて、ある日嵯峨院の入道の宮へ、手紙を出した。

『あなたの後を追って出家しようと思いましたが、不本意にも果たす事が出来ませんでしたよ。

・・・いそげども行きもやられぬ浮島をいかでかあまのこぎ離れけん
(がんばってみたところで、思うように離れられない憂き世を、あなたはどんなふうにして離れられたのでしょうね)

あなたのまえで、あんなにはっきりと「出家する」と告げたのに、たいそう恥ずかしい気持ですよ』

入道の宮は、この手紙を興味なさそうにちらりと見て、

・・・いかばかり思ひこがれしあまならでこの浮島を誰か離れん
(あなたが想像もつかないほど思い悩んで尼となった私・・・それくらいの悩みでなければ、誰がこの世を思い捨てられましょうか)

と口ずさみそうになったが、以前、ちょっとした筆のすさびにと書いた返歌を狭衣に見られてしまったことを思い出して、心の中だけにとどめた。


一方、一品宮とすっかり疎遠になってしまった狭衣の愛情の薄さをひそかに非難していた人々は、この出家騒動があってのちは、「狭衣さまはひょっとして、一品宮さまがたいそう煩わしく思われて、この世をお捨てになろうとされたのでは」と噂するようになり、一品宮のことは両親をはじめ関係者一同、表向き口に出すことができなくなってしまった。我が息子が昼間から堀川邸の自室に閉じこもりきりでいるのを、殿や上などはつらい思いで眺めているが、いつまでもこもりきりなのも世間体が悪い。とりあえず狭衣を一品宮の住む一条院に送り出すが、側仕えの女房たちもいたたまれなくなるような冷えびえとした時を過ごしたあと、帰邸する。気を紛らすような外出は全くしなくなってしまった。こんな狭衣の日常はすぐに世間に知れ渡り、当然一品宮に注進する者もいた。宮は、
「あの方がそんなことを・・・もともと、『愛する』ということについて、全く考え方の違う方なのに、堀川の大殿が無理強いして結婚生活を続けさせようとするものだから出家しようと思いつめられたのかもしれない。『一品宮は狭衣さまに全く愛されていない』と世間に公表するようなものだわ」
とたいそうつらく恥ずかしく思うのだった。ごくたまに、一品宮のもとに狭衣が訪ねていっても、宮は対面することもなく、ゆえに狭衣は自分の出家の噂話についての釈明もできずに、一条院で独り寝をしなければならなかった。ああ、あの時出家の本意を遂げてさえいれば、今頃はこんな物思いの独り寝なぞしないで、岩を枕に快適だったろうに・・・と昼はともかく、夜はこの上なく不安な気持ですごすことが多くなった。


一人息子の出家を引き留めさせてくれた賀茂大明神へのお礼の参詣が近づいたある日、大殿が見た夢のお告げの内容を、堀川の上は狭衣に詳しく伝えた。
「そうだったのか。賀茂の明神は、斎院への抑え切れようもない私の恋慕をお咎めにもならないで、お引止めくださったのか」
ご神慮はありがたいが、斎院を自分から奪ったり、出家の意思を挫折させられたりと、明神は少しこの私に対して思いやりがないではないか・・・そう恨みたい気持があるのも正直な気持だった。大殿の参詣の当日も、あまりに盛大な儀式次第に、社の神人たちは「どのようなお願いを、いつなされて、いつ叶えられたのか」と不思議がった。神主のおごそかな願文を聞きながら、狭衣は現世の栄光だけでなく、来世の事も考えていた自分のことを少しは汲んでほしかった・・・と思っていた。
参詣が終わったあとも大殿と上は心配でたまらなかった。狭衣と一品宮が結婚した当初は、ここ堀川の家にある狭衣の部屋を特にしつらえることもなく、強いて狭衣を宮のもとへ参るようにさせたものだった。だが、こんなことになった今では、狭衣の部屋を磨きたて、大切な娘を世話するかのように気配りしながら面倒見ている。少しでも出家の心をなくしたい、心を留める女人ができてはじめて、男というものは俗世にいたいと思うもの、まったく、私たちがこんなに心配を重ねているのに狭衣はといえばどこ吹く風・・・
そうためいきをつきながら、一人息子に合った姫君をさがす両親の姿はどこか哀れに見える。


狭衣の出家騒動が嵯峨院にも伝わり、嵯峨院がたいそう自分のことを恨んでいると聞いて、狭衣は
「やっぱりなあ。外聞の悪い事態になってきたものだ」
と肩を落とす。ある日、狭衣は若宮を連れて嵯峨院に参上した。
「会うたびに美々しくなってゆくそなたのことを、父君にもまけないくらい愛しているつもりだったのだが、そなたにはそれが伝わっていなかったようだね、大将。だからこそ、わたしの係累である若宮や女三の宮などの後見を譲って、このまま安心してこの世を去ろうと思っていたのに、全てを見捨ててそなたが出家しようとするとは・・・なるほど、たしかに出家の意志は尊いものに違いない。今回の事は、私にとっては恨めしいものだがね」
狭衣は、かたじけない思いで控えていた。
「どのようなつくり話をお聞きなされているのかは存じませんが・・・こんな思いがけない冗談がまことしやかに世間で取り沙汰されて、『山がえる(出家しそこねて山から戻った者、の意)』などというあだ名でもつきましたら、はしたなく思われます。それに、こんなにお可愛い若宮をお見捨てしては、たとえ死出の旅もためらわれるでしょう」
そう言いながら、狭衣は悲しそうに笑う。
そのあと、いろいろなつれづれ話をねんごろに語りあい、いつしか外は夕暮れになった。狭衣は、嵯峨院の御前を退出したあとすぐに入道の宮のもとに参る。念誦堂にいる宮の御座所近くの御簾のそばに控えて待っていたところ、ちょうど中納言内侍典侍が伺候している時間でもあり、
「あなたさまが外出を全くなさらなくなった、とお聞きしていますが、こんな思いもかけない場所に、どうしておいでになられたのですか」
と声をかけてきた。
「どんな困難があっても好きな人のもとへは必ずくる、というものだからね」
そういいながら狭衣は、御簾をひょいと引きかぶって体を簾の中に入れた。
狭衣の気配に気付いた入道の宮とお側仕えの女房たちは、とっくに奥の部屋へ衣の音も立てずに移っていた。
几帳を隅の方に押しやって室内を見渡すと、お経を入れる箱が開いている、中にあるのはたぶん法華経だろう。いろいろたくさんの巻物が、読経し終わって巻き寄せられていた。数珠は脇息に掛けられている。仏前に供えられたしきみの抹香の香りが入道の宮の移り香らしき香りに引き立てられ、しみじみと心ひかれるにつけても、法華八講の終わったあの夜、入道の宮に無理に逢い、手に触れた切り下げ髪の感触が思い出されずにはいられない。
「・・長年出家を望みながら、宮にもう一度逢えたら、と願う一念にせかれながら生き長らえてきたよ。あの夜(法華八講の終わった日)、宮に確かに逢えた。宮が出家してしまったのも、ひとえに我が故と思い知らされ、ますます一途にこの俗世を捨てる気になったのだが、未だにこのありさまだ。
思うままにならないつらさは、いつまで我慢すれば終わるのだろうね。在俗の姿をお目にかけるのは、まったく恥ずかしい事だよ」
内侍典侍が応えた。
「あなたさまのお心次第でございますわ、狭衣さま。若宮を愛しくお思い申されるかぎり、出家するほどのことは何もないはずですわ。私はそう思います。将来あなたさまが若宮の後見をなさることはすでに決まっている事。あなたさまが出家を志されたのを、本当に意外でつらいことだと、宮さまは考えておられるに違いありませんわ」
そんな内侍典侍の助言に狭衣は、
「そうか・・・。宮へのどうしようもない想いは今さら言っても仕方のないことかもしれないが、宮が将来にわたって若宮の後見をこの私にしてほしいと願っておられるのなら、どうして急に出家などを思い立とうか。今回の噂はたいそう聞き苦しく、世間で勝手に決め付けている事。真実そんなことはない、と入道の宮に知ってもらいたいんだ。私の恋だけでなく、出家に関してさえも入道の宮の思し召しに沿わない、私の運命だな」
世間で噂されている、一品宮との結婚生活に絶望して云々というデマを、入道の宮だけには信じてもらいたくはなかった。
狭衣は、薄鈍色の扇が置いてあるのに目をとめ手に取った。宮のなつかしい移り香が鼻をくすぐる。いかにも尼の持ち物らしい落ち着いた下絵を見ても、涙が出そうだった。香りは昔のままなのに、こんな地味な尼の持ち物を持たねばならないように仕向けたのはこの私・・・狭衣は激しく自分を責めるのだった。


さて、今上に入内して、ほどなく懐妊した弘徽殿女御(女一の宮)は、十一月に行われる新嘗祭の神事のため、宮中を退出しなければならなくなった。
里邸は親代わりの堀川邸である。斎院となった源氏の宮が使用していた部屋に移ったが、大殿が心を込めてかしづく様子を聞き、嵯峨院はたいそう感謝しているという。皇子のいない今上のためにも、できれば男子を産んでいただきたい・・・皆が皆そのように祈り続けている。行く末はどうなるかは誰にもわからないが、開け始めた弘徽殿女御の幸運な宿縁を見るにつけ、狭衣は「同じ御姉妹でありながら、かたや日陰の尼君。お気の毒な運命に落としてしまったのは、この自分なのだ」と心苦しさが離れない。弘徽殿女御は堀川大殿の娘分として入内したので、これを里下がりを機会に斎院と親しく手紙のやりとりができることを何よりの楽しみとしている。斎院の方でも、女御のお手蹟のすばらしく美しいのを見て、不自由な斎院の身分から離れて早く親しく交際してみたいと、昔ながらの親友のような気持でいた。


年明けて三月初めのたいそうのどかな春の日、斎院は御前の桜が見事に咲き誇っているのを御髪上(みぐしあげ)の間で眺めていた。のんびりと明るい空の春景色、霞は御垣近くまでたなびいているが、それでもやはり桜は霞の中から盛りの花をのぞかせ、あたりいっぱいに満ちている。こんなに美しく匂う桜のかたわらには青々とした榊(さかき)が生い茂り、その青さが引き立てられているさまは他では見られない珍しい光景だと、斎院は楽しい気分に浸っていた。
「・・・一枝(ひとえ)づつ匂ひおこせよ八重桜東風吹く風のたよりすぐすな
(なつかしい家の八重桜よ、東風に乗せてその美しさをこちらに送ってください)
なつかしい堀川の家の桜は今頃どんなに美しいかしら・・・今では一枝も見ることが出来ないのがさみしいわ」
風まかせにするのも待ち遠しいので、斎院は弘徽殿女御に手紙を書く。


『・・・時知らぬ榊の枝に折りかえてよそにも花を思ひやるかな
(いつも青々と、季節の移り変わりを知らない榊の葉を、堀川家の美しい桜の代わりに手折って眺めています) 』


榊の枝に結ばれたその手紙を見た女御はたいそう喜んだ。女御自身もかつては斎院というきゅうくつな身分であったため、源氏の宮の不自由な生活はよくわかった。


『・・・榊葉になお折りかえよ花桜またそのかみの我身と思わん
(桜の代わりに榊を手折ってくださいな、その榊を見て、私は斎院であった頃の事を思い出すでしょうから) 』


女御は、榊の代わりにひときわ美しい桜の一枝に手紙を結び、返事を斎院に送り届けた。
宮中から退出して帰邸した堀川大殿はまっすぐに女御のもとへ参上し、今上の様子やことづてなどこまかに女御に奏上する。ふと大殿は、先ほど届けられた斎院の手紙が結んであった、榊の枝が置いてあるのを見つけた。
「榊の枝・・・はて、あなたさまが斎院であられたころを思い出させるようなものが置いてあるとは、何かございましたか」
「あら、いいえ。さきほど斎院からお手紙をいただいたのですわ」
「おお、そうでしたか。それで、そのお手紙にはなんと?」
「こちらでございます。どうぞご覧下さい」
「これはこれは・・・相変わらず趣のある風情のお手蹟ですね」
春の空にふさわしい、なごやかな会話が続いてゆく。
「源氏の宮が斎院になられてあなたさまのあとに移られ、あなたさまは女御となられて源氏の宮のあとに住まわれるとは、思いもかけない運命でしたね。源氏の宮は、あそこに見える桜・・・あの桜の木をことのほか贔屓になさって、盛りになっては喜び、散り始めては心配し、それはそれは大切に世話していたことを思い出しますよ。たいそう優れた資質のお方であるのに、幼い頃から寄る辺ない身の上になられたのがお気の毒で、私が親代わりにお世話して、いつかは入内・・・と思っておりましたが、予想と現実はやはり違うもの。多少は不本意な思いも残っています。しかしまあ、これも無難な運命と言えるかもしれません。なぜなら、女人の運命は高きも低きも、男との関係によって、非難されたり悪口を言われたり、どのようにでも世間に噂されてしまいます。自分から好んで軽率な言動をする女人などいませんが、自分を生活させてくれる人がいなくなっては、最後には、我が身を持て余して嘆くような結果になるのは目に見えています。源氏の宮は斎院として、生涯このような煩悩とは縁のない生活が送れるのです。
その点では私が死んでしまっても安心です。ただ、斎院という身分は、仏道に背く事になり、後世の差し障りになることだけが気がかりですが。
女人は生まれながらに罪障が多く、変生男子の法をもってしてようやく仏になれるといいます。なかなか難しいことです。幸い、源氏の宮は仏の三十二面相をちゃんと身に備えておられ、仏になられる運命なので安心しています」
大殿の女人観ともとれる話を聞いていると、女御は自分の行く末が心細くてならず、このたび新しく斎院となった源氏の宮をうらやましく思う。
そんなふうに話していると、やがて狭衣が訪ねてきた。大殿は斎院からきた手紙を見せながら、
「ちょうど今、斎院からの消息を拝見させていただいていたところだ。見てごらん、これほど風情のあるお手蹟を書かれる女人はそうはいまい。式部卿宮の北の方などは能書家で知られているが、文字の若々しさ繊細さは斎院にはかなうまい。どうかね」
言われるまでもなく、狭衣は斎院を最高の女人と信じているので、久々に斎院の手蹟が見られると思うとうれしくてならない。宝物を扱うような手つきで手紙に見入り、
「昔も今も、これほどすばらしい筆跡の女人はなかなかいないでしょうね」
と感嘆のため息をつく。
「では、この屋敷の八重桜を斎院に差し上げなさったのですね。ご返歌はどういうふうに詠まれたのですか」
「私が斎院であった頃を思い出し、送られた常葉の木である榊にばかり気をとられて、桜の美しさについてはどのように申し上げたか、よく思い出せません」
と女御は上手に言い紛らわせてしまった。
狭衣はそのあと、美しい枝ぶりの桜を一枝、斎院に差し上げるために参上した。斎院はのどかな昼下がり、琴を弾いているところだった。几帳の端から桜萌黄の衣装と、樺桜(かばざくら)の小袿が重なって見えているのが美しい。
「女御さまのもとに、堀川の桜をなつかしがるお手紙が参ったのを拝見しましたので」
見苦しく心弱く書いた手紙を狭衣に見られたかと、斎院はたいそう恥ずかしく思う。桜の一枝を受けとろうと、扇をかざして小首をかしげる斎院を見つめながら、狭衣は「ほんの少し見ないうちに、また一段と美しくなられたものだ」と、扇の上に花を置く手も止まってしまうくらい、じっと見とれてしまう。硯(すずり)の横に、女御からの手紙らしきものが置いてあり、文字の様が格別優美な様子が見て取れたが、こうして斎院の側にいるときの心の動揺は、やはり女御の手紙くらいでは紛らわすことはできないのであった。
「ご姉妹であられる弘徽殿女御(女一の宮)さまと斎宮(女三の宮)・・・どちらのご筆跡がすぐれているのか、私には判定できかねますね」
「まあ、どちらのお方もたいそうゆかしくうるわしいご筆跡ですわ」
こんなやりとりをしながら、入道の宮(女二の宮)のことに触れないのが狭衣にはもどかしく、
「女御さまのご姉妹がたは、どなたも欠点のない良い方ばかりです。その中でも入道の宮さまは、嵯峨院が特に目をかけておられた格別なお方。
そのお方がこの世を甲斐のないものと思い尼となられたのは、実に残念なことでした。しかし出家の功徳で、来世はさらにすぐれた身の上となられましょう。宮には何か深刻なお考えがあられたのでしょうかね。あのように思い切り髪をおろされるようなお悩みが・・・。それに比べてこの私は、『山がえる』などという笑えないあだ名をつけられてしまいましたよ。おまけに、あなたからは「殿はどのような夢をご覧になられたのですか」との心優しいひと言すらないですし。
この私は将来最高の位を極める、と賀茂の大明神が仰られたそうですね。最後は思い通りの人生になると。はたから見ると、親バカもいいところとしか言えませんね。どんなにしたって、私の心のうちから物思いが消えることはないのですから。本当に神慮があるなら、父の解釈とは違った面でその夢が叶うべきではないですか?あなたが恋しくてならない・・・その夢が叶わないのはどういった神慮なのでしょうね」
狭衣が言い終わらないうちに、斎院は気分がすぐれないふうを装って、脇息に体をもたれかけて突っ伏してしまう。狭衣は苛立ちを隠しきれない様子ですっと立ち上がり部屋から出て行く。東の隅の間に花びらがたくさん吹き込んでいて、女房たちが集まっていた。
「侍女のあなたたちまでが神慮とやらにはばかって、私に顔も見せてくれないのかい?」
と、軽くすねた様子で言うと、新少将という年かさの女房が、
「過ぎし日の夢よもう一度・・・と皆思っている年寄りばかりでございますが、ここはなんといっても神前でございます。あなたさまを艶めいた目で見る女房は、残念ながらいないようですわ」
「なんだ、そうなのかい。霞が神垣だけでなく、桜の花たちまで守っているとはね。契らせてもくれないなんて、やれやれおかたいことだ」
と誰に対するふうでもなくつぶやくと、新少将は、
「霞の間の桜を手折らず過ぎてゆくなんて、野暮ったいことですわ。皆手折れる枝ばかりでございます。どんなに守りがかたくとも、遠慮しないのが恋の道というもの。斎院の侍女と契ることくらい、神もお咎めにはなりませんわ」
と笑う。狭衣もつられて笑い、
「ああ、私を心配してくれてありがとう。さて、どうしようかなあ・・・昔の物語に、あの東の対の屋でそんなことがあったと書いてあったような気がするな」
「あなたさまとひとときの逢瀬が迎えられるのでしたら、たとえ神罰をこうむりましてもどうして惜しいことがありましょうか」
新少将がそのように、いかにもわざとらしく戯れかかっているのを見て、他の女房たちは恥ずかしさでいっぱいだ。
そうこうしているうちに、遠くで先触れの声が聞こえた。「誰だろう」と狭衣が思っていると、例の一品宮との噂を吹聴して回った、口さがない権大納言の来訪だった。狭衣は、彼がこの斎院の別当であったということを今思い出した。以前宮中で帝の御前で管弦の宴が催された際、彼の弟で左兵衛督だった者は、今は宰相中将と呼ばれている。その彼らが、若公達たちを連れて、遊びに来たのだった。鞠などを手に持っている。
「蹴鞠は花が散る。桜の精ががっかりするだろうが、我々の威勢のよさに免じて許していただこうか。さあさあ、はやく始めてくれたまえ」
機嫌よく狭衣が声をかけた。
直衣姿の公達たちのしゃれた着こなしがたいそう若々しい。後宮と違い、ここでは風流ぶる必要がなく、公達たちもそれを見る女房たちも、のびのびした気分で蹴鞠に熱中していた。
「あなたの蹴鞠上手は聞いているよ。さあ、仲間に加わっていただこうか」
狭衣の勧めに宰相中将は、
「若者の遊びに混じるなどきまりが悪いですな」
と言いながら、それでも生き生きと飛び出して蹴鞠の輪の中に加わる様子は、見ていてとてもさわやかだ。
「ああ愉快だ。庭に降りて、一緒にしたくなるくらいだ。もう少し若い身分だったらねえ」
「まあ狭衣さま。『源氏』の夕霧大将でさえ、蹴鞠をされていたではありませんか。あなたさまもなさってはいかがですか」
「狭衣大将さまがなさるのでしたら、たとえ蹴鞠のために桜が散ってしまっても、惜しくはございませんわ」
御簾の内から女房たちが、狭衣を蹴鞠に参加させようと、口々に言う。
「まめ人の大将ねえ。あまりぱっとしないあだ名だね。私にはぴったりだろうけど。夕霧の蹴鞠と私の蹴鞠の腕前を比較しようとしているんだろう?その手には乗らないよ」
桜の花びらの舞う勾欄(こうらん)に寄りかかりながら笑って答える狭衣は、まるで「風は桜をよけて吹けばいいものを」と花の下で逡巡していた柏木の幻を見ているかのようだった。
やがて日も暮れ、夕月がほのぼのと昇り始める。蹴鞠でほどよく体を動かしたあとは、管弦などが用意された。狭衣は、権大納言たちから琴(きん)の琴(こと)を強く勧められるが、「斎院の御前でもう弾き尽くしていますので、女房たちは退屈でしょう」と辞退する。その代わりに、扇で拍子をとりながら、格別に美しい声で、催馬楽の「桜人」を謡う。この声にかなう琴の音は、その夜はついに聞かれなかった。


それから十日ほど経ったある日、一品宮を訪問した狭衣は、例によって冷酷にあしらう宮にうんざりして、たいそう味気ない気持で自室に引きこもっていた。ひまをもてあましていると、最近なじみになった女房の一人がやってきて、
「たまには楽しい思いを見つけられてはいかがですか。今宵などは、忍び歩きにはちょうど良い機会ではございませんか」
と誘いかける。
「さてどうしようか。どこへ行けばこのくさくさする気持も慰められるかな」
半分気のない返事をしながら狭衣は車を出させ、朧(おぼろ)に淡くかすむ月に照らされた桜の道をゆっくりと進んで行った。

この、たまたまの夜歩きで、狭衣はたいそう優美で可憐な姫君を垣間見ることになる。