狭衣物語



その十

飛鳥井の女君が仮に生きていたとしても、無理に探し出してあれこれ詮索するのはいかにも未練がましい行為ではないか・・・そうは思えども、二人の間にできた女の子がわびしい身の上で世間を漂うのは、いかにも哀れで仕方がない。狭衣は従者の道季を呼び、今姫君のところで聞いたことをすっかり打ち明けた。
狭衣は、道季を供にして、常磐の尼のもとをたずねようと決心した。場所はだいたいわかっている。たそがれどきに京を出発して、一条西京極のさらに西にある、母代の言った、ならびの岡あたりを馬で目指す。
探し求めていた人がこんなに近い場所に隠れていたとはなあ・・・と狭衣は感慨深かったが、生きているのか死んでいるのかさえわからないことを考えるとたまらなく悲しかった。遅い月がようやく顔を出す。夜空一面ぼんやりと霞みがかった中では雲さえよくわからない。そんな夜空の景色が狭衣の心をいっそう不安にさせる。
次第に山深くなり、やがて常磐の里に着いた。どこからともなく風に混じって念仏を唱える声が聞こえてくる。その声を頼って歩いていくと、粗末な小家にたどり着いた。門らしい門もなく、ただ木の柵が並んでいるような簡素な家である。
「ひょっとしたら、粉川寺で会った山伏がいるかもしれない」
狭衣はそう言って、道季に中を探らせようとすると、家の中からあのときの山伏の声で、
「開いてますのでどうぞ」
と聞こえる。二人が声のするほうに歩いてゆくと、少し離れた僧庵のようなところからあの山伏が顔をのぞかせていた。



「あなたが粉川寺からふいに姿を消してからずいぶん長い間探し続けていましたが、ようやくお会いする事ができました。今朝思いがけないところから、あなたをここらあたりで見た、ということを聞きましたので、その言葉をたよりにやってまいりました」
「お話しておりました妹が危篤になったと、あの夜連絡がありましたものですから」
狭衣の、多少恨みがましくきこえる言葉に山伏は淡々と返答する。
「そんな事情でしたので、どうかご勘弁ください。妹はずっと出家したいと申しておりましたので、危篤状態になった折に、本意を遂げずに死なせてしまうというのも哀れに思い、大急ぎで出立してしまいました。結局、妹は亡くなってしまいましたが、妹の追善供養だけはしようと思いまして、このように仮の供養堂にこもっている次第です。明日で四十九日になります」
その言葉を聞いた狭衣は、気が遠くなるくらいの衝撃を受けた。予想はしていたものの、身内から真実を突きつけられると、悲しいという言葉も足りないくらいである。
「粉川寺で妹君のことについて、家来たちに余計な話を聞かせたくないと真実を打ち明けられず、挙句にあなたの行方がわからなくなり、こんなことならむしろお会いしない方がましだ、と思ったものです。ようやく今宵あなたにお会いできた。聞いたところで、今更どうにもなるのもではありませんが・・・」
あとの言葉が涙で続かない。山伏は狭衣の様子に、これはただ事ではない、きっとなにか深い事情があるに違いないと思い、
「そこまで真剣に探してくださった妹の臨終の際に、たちあうべき縁(えにし)が何かございましたのでしょうか。出会ったとき、妹は入水をはかろうとしておりました。出家したいと口癖のように言っていたのも、よくよく思いつめた事情があったからなのでしょう。しかも妹は妊娠していた。だからこそ出家を先延ばしにしていたのですが。その後私は、土佐のほうへ修行に行ったのです。私が修行でさすらっている間、妹がどのように過ごしていたのか、詳しくは存じません」
と言った。
「共に暮らしていた尼君は、どこにいらっしゃるのですか」
「妹が死んで以来、毎日泣いていまして呆けたようになっていますが、お聞きになりたいことがありましたらどうぞ」
立ち上がり、尼君のいる仏間に狭衣を案内した。用意された御座に座り、尼君と対面する。かなり年取った様子の尼君ではあるが、なかなか由緒ありげな身のこなしである。
「・・・姫をたずねておいでくださいますとは、幻のようでございます」
「尼君さまから姫君の消息を聞いて、私の絶望が少しでも紛れることができるでしょうか」
お互いむせび泣きながら語り合う。姫を見初めた頃のこと、何気ない内輪のできごとなどを、少しずつ、狭衣は涙ながらに尼君に打ち明ける。
悲しみに堪えられず、感極まって嘆く狭衣の様子に尼君は、
「これほどまでに、かの姫はあなたさまに愛されていたのですね。あまりに短かった寿命が哀れでなりません」
と口惜しそうに嘆く。
「忘れ形見のかわいらしい御子がいると聞きました。どこにいますか」
「もう少し前にこの真実のことをお聞きする事ができていれば・・・と思いますよ。大変申し上げにくいことですが、あの子は人にあげてしまいました。もし事情がわかっていれば、人に差し上げるなどしませんでしたものを・・・。
入水しようとした原因を何度かたずねた事はありますが、ほのめかす事さえなさいませんでした。姫に検非違使別当の息子の某少将が通っていたとお聞きしていたものですから、てっきり姫のお腹の子は、その少将の子かと思っていました。生まれた御子は世にもめずらしいくらい愛らしく、故一条院皇女であられる一品宮さまがご覧になりたがり、御子の百日の祝いの折に一品宮さまのもとに預けられました。一品宮さまは御子をたいそうお気に召されたご様子で、乳母などもたくさん召し寄せ手放そうとなさらないと聞き、姫はこの御子をとても恋しがっていましたが、御子のためを思えばこんな山の中の賤家で育つよりは・・・と泣く泣く手放したのでございます。一品宮さまも本当に御子をお気に召され、この子の素性を知るものが現れる事を心配なさって、世間からこっそりと隠れるように御養育なさっておいでのようです」
二人の子が一品宮のもとに引き取られたと聞いて、狭衣は驚いた。
全く思うように行かない世の中であっても、この子だけは一品宮に任せたままでいるものか。一品宮は、子供があまりに愛らしいから素性などは気にも留めないだろうが、お側仕えの人たちはどう思うだろう。幼いときはともかく、成長して大人になるにつれ、きっと一品宮のまわりに侍る女房どもと同列にされてしまうだろう。そんなことは絶対に許さない。かといって、『御子の父親は私です』とも堂々と言えない。ああどうしたらいいのだ・・・さまざまに思い悩んだ狭衣は、
「さてもさても、胸がいっぱいで何を申し上げていいのか・・・」
と打ちひしがれて言うのがやっとだった。尼君は、こうなったのも自分の判断が悪かったからのような気がして、
「そのうち自然な親子の形にきっとおなりになられるでしょう。一品宮さまも、御子を並々のお扱いにはなさっておられないくらい大事にしてらっしゃるようですし、御子の将来も心配ないでしょう。私自身はもう長いこと、一品宮さまのもとへは参上していませんが、これからは時々でも、御子の様子を伺いに参上いたします」
そう語った後、しばらくして尼君は勤行の誦経を始め出した。そのうちに山伏も側にきて、一緒に誦経を始めた。
「もうお帰りになられますか。もしまだお帰りになられないのでしたら、勤行が終わったあと、お話したい事があるのですが」
と山伏が尋ねる。狭衣は、
「それでは勤行が終わるのをお待ちしましょう」
と答えて、尼君には、
「形見の子が一品宮に引き取られて今更どうしようもありませんが、今はその子以外の誰をなぐさめに生きていけばいいのでしょう。けれど、どうかお願いします、一品宮やお側仕えの人たちに、御子の父親は狭衣だと、決して決してお話にならないでください。秘密にした上で、何とか工夫して人目をさけて、私をその子に会わせてください」
と言い聞かせた。
二十日過ぎの細い月影が霞みがかって見える。四方の山々に暁を告げる寺の鐘の声がさびしく響き渡る。ひなびた山里のこんな風景を、飛鳥井の女君も毎日見て暮らしたのだろうか・・・そんなふうに狭衣が女君のことを思いやっていると、隣の部屋に若い女房たちの声が聞こえる。どうやらその女房たちは、狭衣がもう帰ったと思いこんでいるようだった。
「なんて良い匂いがするんでしょうね。お帰りになられた後でもこんなに香りが満ちているわ。枕にも良い匂いが移ってるわ。こんなふうに、時々でもお越しをお待ちできたらねえ。あの姫が生きていらしたら、とつくづく思うわ。あの御子も、並々の美しさではないとひと目でわかったけど、狭衣さまの御子でいらしたのね。それなら納得できるってものだわ」
「あらどうして?亡くなられてよかったのよ。だって、北の方になられるならそりゃ結構な事だけど、そんなのになれる身分ではあるまいし。美しい思い出だけを狭衣さまの胸に残せてよかったじゃない」
遠慮もなくずけずけと女房たちの噂話は続く。たまらず狭衣は、声を大きく念仏を唱えた。五障ある女人がどうしたら成仏できるかといった念仏だった。狭衣の声が聞こえた瞬間、女房たちは、
「まだいらしたのだ、あさましい噂話を聞かれてしまったわ」
と急に押し黙ってしまった。


まもなく夜が明ける。約束どおり山伏が狭衣のもとへやってきた。
「・・・私は世をのがれようと思い始めてから、もう何年にもなります。そんなときにあなたのような尊い僧に出会えたのも、仏のお導きではないかと思っているのです」
しみじみ狭衣が言うと、山伏は、
「恐れ多くも、然るべき前世の宿縁があるのでございましょうか」
と淡々と答えた。山伏の目に曙の光のような美しい狭衣の姿が映る。
まぶしそうに目を細めながら、
「まことにあなたさまはこの五濁悪世にはもったいのないお方です。なぜ、一時的とはいえ、この世に生をお受けになられたのか・・・」
とため息をつく。
「そうれはそうと、あなたはこれからどうなさるおつもりなのですか」
狭衣が尋ねると、山伏は、
「ここの尼君に、『自分が臨終の際は必ず立ち会ってくれ』と言われていますので、その約束は守るつもりです。ですから、あまり遠くへは行けません。さしあたっては、和泉国や竹生島(琵琶湖北部)などで来年あたりまで修行しようかと思っています」
と答える。その物言いがさっぱりと清々しいので、狭衣は羨ましくて、思わずついて行ってしまいたい気持ちになる。それなのに、
「夜が明けてしまいます。出立の準備をお急ぎください」
と、従者にせかされるのだった。

京の屋敷に戻った狭衣は、亡くなった飛鳥井の女君への供養を前にも増して心をこめて行った。心細い暮らしの常磐の尼君のためにも、日常のこまごまとした必要品や布施物をふんだんに贈ったりまめに消息をたずねたりする。尼君は、あまりのもったいなさに恐縮するとともに、これほどまでに親身になって世話してくれる狭衣に対して、ああ軽々しく御子を一品宮に譲るのではなかったと、後悔するのだった。


さて、洞院の上が入内を画策している今姫君である。
二月に入内の予定ではあるが、世間の人から、
「なんてお幸せなのでしょう。もとはといえば一介の女房の産んだ、物の数にも入らない方なのに、洞院のお方に引き取られて後宮入りとはねえ」
「結構なご身分になられましたのね」
と聞きにくいほどにささやかれている。そのせいか、あるいはもとから気に入らない話だったからなのか、堀川大殿は、入内の世話をまるでするつもりはないらしい。そのうえ狭衣も、先日今姫君を訪問して以来、
「このような不出来な者を、我が一族の者として今上にお見せしなければならないのか」
と非常に決まりの悪い思いを持ち始めていた。なんとかして洞院の上に、入内を思いとどまっていただく方法はないものか・・・そのように悩んでいると、あるとき、洞院の上の兄弟で宰相中将と呼ばれる人が、どうした機会を見つけたものか、今姫君に懸想して、熱心に口説き始めた。この姫君が入内予定であるということも中将の恋心に火を注いだようで、
「堀川大殿も、この入内には賛成しておられぬご様子。かまうものか」
と入内を明後日に控えたある夜、宰相中将は今姫君の寝所にこっそり忍び込んでしまったのだ。
今姫君の、あまりに子供子供しく呆けたように眠っている様子を、中将は世間ズレしていないかわいらしい方と思い込み、このまま契ってしまいたい衝動にかられたが、姫のすぐ近くで寝ている母代に勘付かれ、
「んまあ!ここに男が忍んでいるわ!何という恥知らずな男でしょう。ここにおられる姫君は、おそれおおくも今日明日には帝さまのもとへ御輿入れなさる高貴なお方。どこの痴れ者が忍び込んだというのです!」
と、あたりは大騒ぎになった。
「女房たち早く灯りを!盗っ人がここにいますよ!」
そう叫ぶ母代の声に、女房たちが次々に起きだして飛んでくる。母代は、
「男を外に出してはいけません。私はすぐに洞院の上の御前に行きご相談申し上げるので、お前たちは私が戻ってくるまでこの男を見張っているように!」
そう言い放って、ドスドスと足音も荒らかに行ってしまった。西の対の屋から洞院の上の母屋へと続く渡殿のあたりから、もう大きな声で、
「申し上げます!姫の寝所に男が忍び込みました、忍び込みました!」
と聞き苦しいほど叫びながらやってきた。その下品な様子に、目を覚ました洞院の上はあきれてものが言えない。
「ああやかましい、とにかく静かにしなさい。一体なにごとですか」
そう言いながら、上が姫君のいる西の対の屋にかけつけると、姫付きの女房たちが御帳台のとばりを高くさし上げ、その中で衣を頭から被って座っている男をさらし者にした。
「んまあ、なんて不躾な女房たちでしょう。こういう時は、忍んできた殿方をこっそりと逃がしてさしあげるものなのですよ。どうしてこんなに女房が集まって、誰もそのことに気がつかないのですか」
と洞院の上は、女房たちのしつけのなさにあきれてしまった。
上のあきれ顔にもかまわず、母代は男が引き被っている衣をはがそうとする。そのあまりのみっともない様子に、上は女房たちの持っている紙燭をひとまず消させ、闇の中、男を外に出してやろうとした。ところが母代が男にすがりつき、
「名を名のられよ!さもなくば、ここから出しませぬ。そしてひどい目に会わせましょうぞ!」
と叱り飛ばしている。さらに、
「さては、どこの馬の骨ともしれない受領ですね!んまあ、たかが受領ふぜいが姫さまを妻にしようだなどとは笑止。こいつめをどうしてくれようか」
と、くやしそうにじだんだを踏んだ。その隙に男は転がるように逃げてしまった。あまりの見苦しさに洞院の上は、
「静かにしなさいと言うのに。こういうことは、人目をはばかってこっそりと取りつくろうのが一番なのですよ。この事件が世間の人の口にのぼらないようにね。物笑いのたねになる事だけは避けねばなりません」
そのように母代に言い聞かせた。母代は今姫君のもとに駆け寄って、
「姫さま、あなたは、あんなに心を尽くして入内の準備を進められてきた上さまを裏切ったのでございますよ。あんな受領ふぜいを通わせるなど。入内は目の前だったのですよ。このザマは何事ですか。もう、どこへなりと出て行きなさい!」
ものすごい剣幕で姫を非難する。一体なにごとが起きたのかさっぱり理解できずに、ただ泣いている今姫君が哀れで、洞院の上は、
「もうおよしなさい。姫は受領ふぜいと結ばれる前世からの約束があったのでしょう。入内するはずのない運命だった姫君を、無理に入内させようとした私は、きっといい笑い者ですわ。大殿が全く乗り気でない話をこんな形で失敗してしまって、この事をお聞きになられたら、いったい私の浅はかな考えをどのようにお笑いになられることか」
とため息をついた。そう考えるのも仕方がなかった。母代が、忍び男を「受領ふぜい」とすっかり決めつけていたため、まさか上自身の兄弟である宰相中将だとは夢にも思っていないのだった。だから上は、事件をしでかした姫のことがだんだん不愉快になって、押し黙ったまま、不機嫌に母屋の方へ帰ってしまった。女主人のそんな様子を見て、母代は姫に向かって、
「あんたは一刻も早く尼法師になっておしまい!だれが受領の妻の後見なぞするものか!わたしはまっぴらごめんだよ。こうなってはもう、この屋敷には居られないね。どうして男が忍びこんだとき、すぐに大声で叫ばなかったの。そうしたらあんたの体面だって保てたんだ。あんたが馴れ馴れしくあの男に寄り添っていたからだよ。ああ恥ずかしい」
と言いながら、姫の前髪を上げて「さあさあ」と髪を切るマネをして詰め寄る。これだけ悪態をついても母代はまだ腹の虫が収まらず、女房たちの集まっている北面の部屋へ走って行き、
「いったいどの女房が手引きしたんだい!?誰だって中をよく知る女房の手引きなしには部屋へは入れるはずがないんだ。犯人をお言い、お言いったら!」
と女房たちを責める。女房たちは母代の剣幕に恐れをなして、神仏に誓って手引きなぞしてはいませんと泣きながら母代に訴えた。その様子の一部始終を今姫君は見ていたが生きた心地がしない。身に覚えのないことでここまで言われ気が遠くなりそうなほどの恥ずかしさの中、櫛の箱の中からはさみを取り出し、夢を見ているようなぼうっとした顔つきで、姫は泣きながら髪にはさみを入れ、ここかしこと乱雑に髪を削ぎ落としてしまった。腹立ち紛れに悪口雑言を吐いた母代がハッと気がついたときにはもう遅かった。そして、ことの次第を聞きつけた洞院の上は、
「母代が、『尼になれ』などと言ったからこんなことになってしまったのですわ。今となっては、一番恥ずかしいのはこの私なのですよ!」
とひきこもってしまった。

この事件を聞いた堀川大殿は、
「まあ、今姫君の入内の準備はそううまくはかどらないだろうと思っていたが、まさかこんな事態になってしまうとは。世間の人たちが喜んで飛びつきそうな恥ずかしい話だ。堀川家に泥を塗るようなものだよ」
と複雑そうな顔で苦笑している。狭衣は狭衣で、不安に思っていた入内話が取り消しになってほっとしていた。しかし、入内を目前に控えた姫のお相手が受領だったなどというのは世間の物笑いになりそうで恥ずかしい。こんな醜聞が露見してしまい、狭衣は、姫の愛敬ある顔を思い浮かべると、多少かわいそうな気もした。
帝も今回の件は、もとより全く乗り気でなかったので、今姫君の入内は今度こそ完全に消えたのだった。


帝は、亡くなられた御父君である故一条院を忘れられないでいた。発病後、あまりにも早く崩御され、子としてお見舞いも満足に出来なかったことをいつまでも後悔していた。そのせいもあって、残された母后と妹の姫宮をことのほか大切にしていた。この妹宮は、新帝即位の際に斎院に立たれたが、直後に一条院が崩御されて呼び戻された宮である。その代わりの斎院として、源氏の宮に白羽の矢が当てられたのだった。
帝は姫宮の里邸である一条院の他にも、藤壺の御殿を二人が住めるように整え、さみしい思いをしないようにいつも気を配っている。この姫宮に一品の位階が与えられ、一品宮と呼ばれるようになった。この一品宮こそが、飛鳥井の女君と狭衣の間にできた子を引き取った宮なのである。もしや、藤壺に忘れ形見の女の子が来ているのではないか・・・常磐の里から戻って以来、そんな思いで狭衣は一品宮が参内するたびに藤壺のまわりを気にかけ、子の気配でもないものかと様子を見ていた。さっそく手引き用の女房にと、一品宮付きの女房で少将の命婦という中搶蘭[を味方につけた。暇さえあれば狭衣は、少将の命婦の局をたずね、忘れ形見の子のことを探ろうとしている。常磐の尼君も自分の娘を、女房として一品宮のもとに上がらせ、小宰相の君という名前で宮に仕えさせていた。飛鳥井の女君のことを小宰相の君と少しでも語り合えたら・・・と狭衣は考えるが、いかんせん小宰相とは身分が違いすぎる、小宰相自身もまわりの女房たちも不審に思うだろう、そう気にして、なかなか小宰相に話しかけられないのだった。
ある夜、忍び歩きからの帰り道、狭衣は一品宮が里居している一条院の横を通りがかった。すると、見なれない牛車が門の近くに泊まっていて、いかにもわけありである。きっとこの屋敷の女房のもとに通っている殿上人の車であろう、母后(女院)も一品宮も昨夜のうちに参内しているはず、ひょっとしたら忘れ形見の女の子のまわりは人少かもしれない・・・そう考えた狭衣はサッと庭に入り、開いている戸口を難なく探して屋敷の中に入ってしまった。
もしかしたら忘れ形見の女の子を連れ戻す事ができるかもしれないと、どきどきしながら探してみたが、女房たちがあちこちに寝ている姿はあっても、幼い赤子がいるような気配はない。あまりに長く探して、女房の誰かが目でも覚ましたら面倒な事になる・・・狭衣はとても残念だったが屋敷を出ることにした。すると、先ほどのわけありげな牛車の中に、直衣姿の男がいるのにいきなり出くわしてしまった。これはまずいところから出てきたのを見られてしまったかもしれない、私だとわからなければいいが・・・袖で顔をかくしながら狭衣は通り過ぎたが、普通の殿上人とは明らかに違う容貌とまぎれもない薫りに、牛車の男は、目の前を通り過ぎようとしているのが「狭衣」だとはっきりとわかったようだ。牛車の男は、洞院の上と姉弟の権大納言であった。彼は以前、狭衣のもとへ天人が降臨した際に、帝の御前でともに楽を奏でた権大納言である。以前から一品宮に懸想していて、宮の御乳姉妹の中納言の君に近づきつつ、すきあらば宮の寝所に入り込めないかと画策していたのだった。中納言の君も、彼の押しの強さにはいいかげんうんざりしていた。昨夜は予定が変わり、母后である女院だけが参内し、宮は一条院に残ったことを権大納言が聞きつけ、大喜びでやってきたのだった。そして一晩中、中納言の君を、「宮の寝所に案内せよ」と責め続けていたのだ。元来この権大納言は、何でも思うとおりにふるまわないと気がすまない性質で、不遜なものの言い方をしたがる人物だった。狭衣は、これはまた油断ならないいやな人物に見られてしまったものよ、と舌打ちする思いで前を通り過ぎて行った。


それから数日後、その権大納言は中納言の君のもとをたずねた。
「あの夜、この屋敷から出て行く狭衣の君を見かけましたよ。そういうわけだったんですね。たしかに一品宮と狭衣の君がそういったご関係ならば、私は邪魔以外の何者でもないですから。しかし、このことが帝や女院のお耳に入ったら、決して愉快な気持にはなられないでしょう。畏れ多くも、今上の妹宮に対するまじめな行為とは言えませんからね。お付きの女房たちなどが、狭衣に金品でも握らされて手引きしたのであろうよと、問いつめられるに決まっています」
と、彼は中納言の君を下品な考えで責めた。
「めっそうもない。確かに以前は、ちらりとほのめかしたりもなさった事はあるかも知れませんが、宮さまがきっぱりとお断りなさいました。狭衣さまもそれ以来、何も仰りません。ましてや宮さまは、今上のお許しさえあれば、今日にでも髪をおろして仏道に進みたいお気持でおられるほどなのです。
私たち女房が必死でお止めしているくらいですのに・・・そのような中傷はおやめくださいませ」
「ははは。そなたが知らないだけなのではないのかね。私は見たのだよ。この目でとても興味深い現場をね」
自信たっぷりな物言いで帰っていった権大納言に、中納言の君は不安な気持で母親の内侍乳母のもとに行って、かくかくしかじかだと相談してみた。
「少将の命婦が、狭衣さまは最近また宮さまにお手紙をさし上げ始め出したとか申しておりましたが・・・。嵯峨院さまが女一の宮・二の宮・三の宮と次々お引き合わせしようとしたのに、狭衣さまは興味を示そうとはなさらない。そんな狭衣さまが、失礼ながら女盛りをとうに過ぎたここの宮さまにどうして心を動かされたのか。少将の命婦の局へ立ち寄った狭衣さまのお帰りを、権大納言さまがお見かけしただけなのですよ。お側に仕える女房ひとつでどんなまちがいが起きるとも限りません。このことは絶対に口外してはなりませんよ。少将の命婦にもきつく言っておかなければ」
一品宮の乳母である母親にそのようにしかられた中納言の君だが、事態は心配していた方向に進み、権大納言は、かの夜に目撃した話を宮中のいろいろな人たちに言いふらしていた。一品宮と今上の母君である女院に、その噂が伝わるのに時間はかからなかった。一品宮に仕える女房たちは、
「困った噂が立ってしまいましたわねえ」
「そしらぬふりをするしかないですわね」
と言い合っていたが、一度立った噂はどんどん膨らんで、
「いついつの夜明けに、狭衣さまのお車がどこそこにありましたのよ」
「女院さまがご不在の時に、里邸でこっそりとお会いなさったんですって」
など、もっともらしく皆が言い合っている。
ある日、一品宮の乳母が女院に呼びつけられた。
「こんなに世間の噂になってしまって・・・おまえは一体何をしていたのですか。
根も葉もない噂ならすぐに消えようが、いずれにせよ、こんなよくない噂が立つ理由をおまえが知らぬわけがないでしょう」
厳しく問いただす女院に、乳母は、
「このたびの不始末、お許しくださいませ。実は・・・」
と先日の権大納言の話を女院に打ち明けた。
「まあ、そういうことだったの。狭衣さまが一品宮の寝所に忍び込んでいたのを、あの権大納言に見られてしまったというわけですね。少将の命婦の手引きで」
と、女院はあきれてしまった。
「しかし、忍び込んだのはともかく、それ以降、狭衣さまのほうから何の音沙汰もないのは一体どういうことなの。一品宮はそのように軽々しく扱ってよい身分の者ではありません。今上の御妹宮なのですよ。仰ぎ見るべき立場の女人なのです。まったくけしからぬこと」
狭衣の冷淡さに、女院はすっかり腹を立ててしまった。少将の命婦はこのことを聞いて、まったく自分には身に覚えのないことではあるが、たしかに狭衣から一品宮あてへの手紙は何度か取り次ぎしたことはある、それが原因で、このようなことを言われるのではないかと、少将の命婦は申しわけなさに一品宮への出仕も滞りがちになってしまった。この噂はついには帝の知れることとなり、
「お側仕えの少将の命婦が手引きしたそうではないか」
とまで非難される始末。少将の命婦は申しわけなさと恥ずかしさで、ついに宿下がりをしたまま実家にこもってしまった。一品宮自身も、自分の身に覚えのない醜聞が世間に取りざたされているかと思うとたまらなくつらく、母君である女院にまともに顔を合わせることもできない。そのことがまた女院に誤解を与えることとなり、「ああやはり、うしろぐらいことをされていたのだ」と失望されてしまうのだった。
肝心の狭衣大将は、これらの女院の怒りや今上の失望・命婦や一品宮の嘆きを聞いて、
「やはり私のとっさの行為から、皆に迷惑をかけてしまったなあ。どうしていつもこう、望みもしない結果になってしまうのか」
と思い、特につらいめに遭われているだろう一品宮に手紙を書いて、少将の命婦に託した。
『・・・女院さま方は、今回の事件を引き起こした私を、どれほど冷淡ではしたない者と蔑まれておられるでしょうね。いかに非難されようとも私は我慢だけを通しますから』
この手紙を見た少将の命婦は、今までの狭衣からの手紙と一緒にして母の内侍の乳母に見せ、身の潔白を訴える。事実無根であることを、乳母も女院の御前で説得しようとしたが、
「今回の醜聞が事実かどうかは、この際問題ではないのです。こうした軽薄な浮名が世間で言いふらされていることが問題だと言っているのです。重々しく扱われるべき今上の妹宮が、全く・・・」
と不機嫌極まりなく、相手にもされない。


狭衣の父である堀川大殿にも、もちろんこの噂は伝わった。しかし、
「そうであったのか。狭衣が長年思いを懸けていたのは一品宮さまであったのか。それで合点がゆく。女二の宮さまや三の宮さまをすすめても、縁談を嫌がっていた理由が」
とカン違いしてしまった。狭衣を御前に呼び、
「狭衣や。どうして今まで黙っていたのだね?」
と笑顔で尋ねる。大殿はどうやら、我が息子の思い人がようやくわかったと思い込み、たいへんご機嫌な様子だ。父君までもがこのような、一品宮に迷惑のかかる噂を信じておられる・・・がっかりした狭衣は、
「お側仕えである少将の命婦という女房と、少し知りあいだ、というだけのことです。時々局に寄って話をするだけの間柄ですが、どこからどのようにねじ曲がった噂になってしまったのでしょう。もしこの噂を今上がお聞きになられましたらと思うと、たいへん恥ずかしい気持です」
そう訴えた。
「そうそう照れるでない。一品宮さまと深い関係であったとしても、なにを恥ずかしがる必要があるのだね?そなたの身分からいっても、胸を張って皇女さまをお受けできるではないか。今上も、そなたなら釣り合うと思われるはず。だいたいそなたが、いつまでたっても北の方をお迎えしようとしないのが悪い。もしこの噂が本当ならば、私が女院や今上にお願いして、一品宮さまの御降嫁をお頼みしようではないか」
「お亡くなりになられた一条院は、一品宮さまの御降嫁など望んではおられなかったでございましょう。女院さまも同様の意見だと思われます。私も無理強いはいたしたくありませんし、望んでもいません」
狭衣は、きっぱりと父君の前で断った。
そのはずであった。
あるとき、大殿にお仕えしている女房の誰かが、
「殿。ひょっとしたら狭衣さまは、『こんな噂がたってしまい、もう手紙をさし上げることさえできないだろう、これで一品宮さまとの縁も終わりなのだ』と、おつらい気持でいられるのではないでしょうか。狭衣さまが宮さまを、おあきらめなさったことを、女院さま方は嘆いておられるのでは」
と主人である大殿に、さしでがましく進言した。大殿は、
「おお。そういうことかも知れぬ。狭衣はいつものクセで、何事もあきらめようとするからな。そうであれば、女院さまや一品宮さまが大変お気の毒であることよ。こちらからなんとかしなければ、重々しい身分の宮さま方の顔に泥をぬることになろう。よし、女院さまにお願いしてみよう。狭衣に任せたままではいつまでたっても埒(らち)があかん」
とさっそく女院に対面を願い、一品宮の降嫁を申し出た。女院は、こうして実父である大殿が出てきたことで、
「これが縁談のしかるべき手続きなのです。ようやくこれで、宮の体面も保てるというもの」
と一安心した。しかし、はいそうですかと承諾することには抵抗があった。
一品宮はかつて斎院であった身。女盛りはとうに過ぎている。結婚などは考えた事もないし、本人の宮も出家の決意が見られる。いつか折を見て剃髪させようとしていたその宮に汚らわしい醜聞が。このまま大殿に宮を任せるのは、こちらが噂を認めたようでいかにも悔しいではないか。大殿の熱心な申し出は、こちらのプライドが保てるのでよいとしても、できることなら結婚などさせずにひっそりと仏道に入らせたい
――――そのように心を悩ませる女院であった。
堀川大殿は宮中にも参内し、今上に一品宮の降嫁を申し出た。今上は、
「やはり噂は本当であったか。狭衣ならば身分も十分釣り合う。財力もなんの心配もない。大殿が動きだしたことで、宮の体面も保てる。降嫁の件、許可いたそう。しかし宮は自分の年齢を恥ずかしがるのではないかな。狭衣に比べてかなり年上であるから。大変尊い身分とはいえ、結婚後、すぐに若い女人に狭衣が心を動かすようなら、あまりに宮がかわいそうである。そういえば彼は、入内の話が持ち上がっていた斎院(源氏の宮)に執心であったと聞く。あのような絶世の美女と比べられては宮がお気の毒だ。だが大臣は息子を溺愛していて、息子の嫌がることは少しもしないらしい。とするとこの縁談は、狭衣の承諾済みということか」
そう考えて、女院にもこのことを相談した。あまり乗り気ではないこの縁談だが、これも二人の前世からの宿縁なのかもしれない・・・そのように今上と女院は判断し、狭衣との醜聞からではなく、あくまでも堀川の大臣からの申し出に許可を与えた形にして、宮の体面を保つことに配慮したのだった。
「ああ、ようやく狭衣も落ち着くことができる」
との大殿の喜びように比べて、狭衣の嘆きようといったらなかった。源氏の宮以外の女人と結婚することなどありえないと思ってきたからこそ、女二の宮も女三の宮も知らん顔をしてきたのだ、その源氏の宮が斎院に定められてしまった今、せめて独身で過ごしたい
思うようにならない世の中に絶望したい気持だった。こんなことになったのも、あの飛鳥井の女君とのあいだに出来た女の子が見たかった、ただそれだけのことからだった。そう考えると、その子すらうっとうしい。あの子に惑わされたせいで心にもない結婚を強制される、と。非常に身勝手でわがままな考え方だが、それほどまでに狭衣はこの縁談がいやだったのだ。
それ以来、一品宮への訪問はぱったりと途絶えてしまった。


それからしばらくたった六月のある暑い昼下がり、狭衣は嵯峨院の御子である若宮(真実は狭衣と女二の宮の子)と、住まいである一條の宮で遊んでいたところ、急に荒れ模様になったことがあった。雨に打たれる柏の木を若宮と二人でながめていると、入道の宮(女二の宮)への未練が今も残る自分に気付く。夕立に濡れて倒れた撫子の花を手折り、結び文をつけて、嵯峨院に住む入道の宮に贈った。

『恋わびて涙に濡るるふるさとの草葉にまじる大和撫子
(私の涙に濡れているこの撫子は、あなたもなじんだ一條の宮の撫子ですよ。あなたとのかわいい御子といっしょにいる、私のことを思ってはくださらないのですか) 』

そのような和歌がかいてあったが、宮からの返事などあるはずもなかった。


狭衣と一品宮との結婚は八月十日に決まった。堀川大殿と女院が表面上取り繕ったため、世間の人は「今までずっと狭衣大将が独身なのが不思議だったけれど、このような身分の高い御方をのぞんでおられたからだ」と、誰もが納得した。狭衣はすっかりイヤ気がさして、若宮のいる一條の宮にこもりっきりだ。入道の宮が自分を見限ってさっさと出家してしまったから、こんな望んでもいない結婚を強いられるのだ・・・入道の宮の出家が全て自分の責任である事などすっかり忘れて、うらめしく思い続ける狭衣だった。
「このたびの一品宮との結婚を入道の宮はどのように思われていることだろう。今すぐにでも入道の宮に対面して、『こうなったのも、全てあなたが出家したせいなのですよ、私を捨てて』と、言い苦しめたい気分だ」
そう思えば思うほど、だんだん気持が抑えきれなくなり、中納言内侍典侍を呼びつけた。典侍が参上した時、狭衣は不機嫌そうに廂(ひさし)の間の柱にもたれかかっていた。
「この世がイヤでイヤでどうしようもないからあなたに来てもらった」
「なんと申してよいやら・・・若宮はお元気でいらっしゃいますか」
「その若宮がいらっしゃらなかったら、私は何に寄りかかって生きていったらいいんだい。うっとうしい話も持ち上がっていることだし、もう本当に今度こそ、出家しようかと考えている。ただ、この若宮だけが心残りでね」
「たしかに、以前はつらい事もあったとは存じますが、今はこの若宮のお可愛らしいらしいご様子に気も紛れてお心を慰められましょう。出家なさるなど、まったく心外なことでございます。このたびの一品宮さまとのご結婚もひかえておりますのに」
「ああうるさいね。世間では以前から関係があったとか言われてるけどね、そんなことあるはずないってことはあなたが一番知っているはずだ。忘れてしまったかのような冷たい言い方をするんだな」
確かにお気の毒だとは思うものの、またいつものくよくよなさるお心よ、と典侍は少々あきれていた。
「このたびの結婚を入道の宮はどのように思われていることだろう・・・何か聞いてはいないかい?」
「つい先日入道の宮さまにおめもじいたしましたが、特には・・・宮さまは我慢強いご性質でいらっしゃいますので」
「ねえ典侍、私は入道の宮のお姿やお声はおろか、わずかな琴の音しか聞いていないんだ。情けないことだよ・・・こうなったら最後の手段だ。朝に夕に、勤行されている宮の仏間に忍び込んでしまおうかな」
「まあ、なんて恐ろしいことをお考えでいらっしゃいますか。それに、なまじ宮さまにお会いになると、さらにつらいお気持になられるかもしれません。こう申してはなんですが、ひどい仕打ちで入道の宮さまをお見捨てなさったのは、狭衣さま、あなたさまの方なのですよ。今となってはあなたさまがどのように望んでも、宮さまがあなたさまにお逢いなさるはずがございません。ですから、あなたさまを宮さまのもとへご案内することはご勘弁くださいまし」
「情けない物の言い方だねえ・・・たしかに言い訳はできないし、自業自得だと言われたら返す言葉がないけれど、入道の宮に一度でいいからお逢いしたいという気持だけで生き長らえているわが身なんだよ」
「情けないと仰られましても・・・本当に、あなたさまが入道の宮さまとご関係をもたれた頃に、今のようなお気持でいてくださいましたらどんなによかったことでしょうか。皇太后さまだってお亡くなりにならずに済みましたものを」
そんなふうに恨んだりなだめたりしながら夜は更けていった。明け方に狭衣は入道の宮への手紙を書き、典侍に渡して、
「典侍がわたしを見捨てずにいてくれるなら、必ずこの手紙のお返事をいただいてくるように」
と念を押す。典侍は、
「まあ困りましたわね。けれど・・・これが最後のお使いになるんでしょうねえ」
とさみしそうに苦笑しながら受け取った。
嵯峨院にさっそく参った典侍は、朝の勤行に専念している入道の宮のいる御堂に向かった。返事があるとは思えないが、とにかくお見せすることだけはしなければ。ようやく昼ごろになって、入道の宮が硯をお召しになったついでに、狭衣からの手紙をそっと置いた。宮は、「誰かがこの手紙に気付いたら」と迷惑なことこのうえなかったが、はっきりと苦情を言える人ではないので、だまったままその手紙を広げて見た。

『・・・一品宮御降嫁のお話をお聞きになられていることと思います。
私が今何を考えているのか、あなたは何も聞いてはくれないのですか』

みごとな手蹟でそんなことが書いてあった。そばで典侍が、昨夜の狭衣の嘆きようや語った言葉、若宮をいつくしんでるさまなどを伝える。
「どうか一言だけでもお返事を。もし下さらないなら、世をお捨てになられるおつもりでございます」
たしかに胸がいっぱいになるような手紙だ。若宮への配慮も、正直言えば大変ありがたいと思っている。心残りな若宮の後見なのだから、嵯峨院の手前、本当は誠意を見せる言葉のひとつもさし上げねばならないのに・・・なのに、どうしても許せないことだってある。
そう思った宮は、狭衣からの手紙の端っこに、

『・・・夢かとよ身しにも似たるつらさかな憂きは例もあらじと思ふに
(私ほどつらい思いをする人はいないと思っていましたが、あなたさまは今度は一品宮さまをおなじ目にあわせるおつもりなのですね)
・・・身にしみて秋は知りにき荻原や末越す風の音ならねども
(あなたがわたしに飽きたこともよくわかったのです)
・・・下荻の露消えわびし夜な夜なも訪ふべき物と待たれやはせし
(露の命も消え入るばかりに嘆いた夜々も、ついにあなたは私をかえりみようとはしませんでした)』

この三首を汚く書き重ねて、こまごまに破ってしまった。しばらくして典侍がやってきて、それらを「捨てよ」と命じた。典侍はひとまとめにしてかたづけたが、どんなにひどいことが書かれてあっても狭衣さまは返事をもらって来いと仰ったんだもの、と、そのこなごなになった紙くずを狭衣のもとに持って行った。狭衣は、今朝別れたときのそのままの姿でぼんやりとしていたが、典侍の持ってきた紙くずを、あわてて貼り合わせようとする姿がたいそう痛々しかった。


なんとかして、一品宮との結婚からにげられる手立てはないものか・・・といろいろと願をかけていた狭衣だったが、その効果もなく、どんどん結婚の日は近づいていった。出家遁世する気力も持ち合わせていないのを、「そんなことをすれば、親や一品宮側に迷惑がかかる」という理由でまぎらわせてしまうこの当代一の貴公子にも、ついに八月十日、結婚の夜がやってきた。