いどばた無名草子


        
(その八)

少納言
「そうよ、何度もぐちぐち言うようで悪いけど、この気持ちだけは何回言っても言い足りないのよ。その昔、大斎院様(村上天皇皇女選子内親王)が上東門院様(彰子)に物語を頼みし時、紫式部を召して、新しく『源氏物語』を作らせたっていう話、ハラが立つくらいうらやましいわけよ。」
中務
「紫式部の話?彼女はまだ宮仕えもしていなかった頃、源氏物語をつくって、その評価が高かったから彰子中宮のもとに出仕したんでしょう?式部の『紫』という呼称だって、源氏からきてるんじゃない?」
小侍従
「どっちが本当なのかしらね。『源氏物語』は宮仕え以前につくられたのか、以後なのか…。
彼女の日記も残っているわよね。ええと、『…出仕し始めの頃は、私のことを、”頭でっかちで物知りでつきあいにくそうな人だと思ってたのに、実際出仕してみたら、ウブでぼんやりしてる人で、ハナシが違うじゃないのォ!”とみんな思ってたんだって』と書いてあるわ。
殿(道長)のことを慕いつつも、馴れなれしい態度をとってないところが立派ですね。
皇太后宮(彰子)の御事を、かぎりなくめでたく書きあらわしているのは、式部の内気な性格には似つかわしくないわねえ。道長殿のご気性が陽気だから、日記も明るく親しみやすいものになってるんでしょうね。」
右近
「彰子中宮・定子中宮、いずれがひときわ優美でいらっしゃったのかしら。」
小侍従
「定子中宮の方がご容貌もかわいらしくいらしたようですね。一条天皇も定子中宮の方に愛情を深くもってらしたみたいだし。定子中宮の絶世の句とか一条帝の返歌とか、胸がしめつけられそうよ。その後の一条帝のご様子をみても、定子中宮に一生愛情を持ち続けられたようね。なんだかうらやましいわ。
定子中宮のお父様(道隆)がお亡くなりになられたり、お兄様(伊周)が流罪になったりなどして、世の中の時勢がすっかり変わってしまっておいたわしいご境遇になられても、つとめて風流を忘れないお暮らしぶりだったというのもすばらしいことよね。」
老尼
「そう!そうでございますよ!定子中宮…あのお方は、命こそ短く本当にお気の毒な晩年でございましたけど、帝という至高のお方にあれほど愛され続けたのは、女の果報というものではありますまいか。逆境にもめげずに、生活に風雅の支えを失わぬ気高さ…あのお方に、私は生きる強さを見る思いがします。」
中務
「尼さまは、定子中宮びいきなのですね。たしかにあの方には『女のこころの持ち方』のひとつの理想を見る気がします。
上東門院彰子様の方は、今更申し上げることでもないですね。何事につけ、めでたい例(ためし)に引き合いに出される方ですし。寿命が長すぎて、何人ものお子様の帝に死別なされたのがおかわいそうといえば、おかわいそうですが…。
上東門院様には、才能ある女房が大勢いらしたわね。先ほどの紫式部、和泉式部、小式部の内侍、伊勢の大輔、赤染衛門など…。」
右近
「上東門院様の御妹の妍子中宮(三条天皇中宮)のもとには、華やかでちょっと変わった趣味人が多かったみたいよ。季節ごとの女房装束も、禁制を守らないこともよくあったみたいだし、法華経の供養もものすごく豪華だったし。
上東門院様ご自身の所は有名な女房が多かったけど、衣装や催し事などで人の目を驚かすようなハデさはなかったわよね。女院みずから慎み深くされていたのは、すばらしいことよ。」
小侍従
「では先ほど出た大斎院選子様…。五代の天皇在位の間、斎院であられた方ね。その時その時のお后さまはすばらしいお暮らしぶりは当然のことながら、大斎院様は、人目稀なる常盤の蔭のお住まいでありながら、いつも気を許すことなく過ごしていらしたのが、とてもすばらしいわ。」
少納言
「それにしても、お若かったときには優雅な生活ぶりだったのもうなずけるけど、すっかりお年を召して、めったに人も訪れなくなってからも、心憎いまでの風雅なるお暮らしぶり…。時めいていたころとはまた違った別の、自然な老いの静けさと安らぎていうの?こういう晩年のみごとな生活ぶりも、ある意味女の理想よね。」
中務
「小野の皇太后宮(教通三女歓子・公任孫)様は?
出家して後、小野の山荘で隠遁生活なさっておられたとき、急な白河院の御幸にもあわてることなく、万事優美に気転を働かせてもてなした心配り…。これもめったにできないこころ使いというものよ。」


そうよね。不意の訪問者にもあわてることのない日常生活の風雅なたしなみ。大斎院も老いに左右されることはなかったし、定子中宮もみじめな晩年の境遇に左右される事はなかったわ。どちらも、己の内面のあり方に支えられていたのよね。どんな立場であっても美意識を磨き続ける…最期の時までそんな気持ちでありたいわ。


まだ、女房さんたちが、「女性論だけで終わらせるってテはないんじゃない?男性論がないと」とか「物語だって栄花物語や大鏡のことがゼンゼンよ」とか、いろいろ華やかに話してるけど、こんなおしゃべりを聞きながらウトウトして夜明かしすることも、もう何十年ぶりなのかしら。後宮のサロンにいた頃のようだわ、ホント。なつかしさと共に、残りの人生、どんな風に生きていったらいいのかがおしゃべりの中で少しわかりかけてきたような気がする。明日の朝起きたら、煙のように消えていなくなっててもおかしくないような、そんな不思議な人たちだけど、ありがとうね。
なんだかホントに眠くなっちゃってきた…。聞きごこちのいいおしゃべりを子守唄にして、みなさん、おやすみなさい…。


参考文献:
新潮日本古典集成「無名草子」桑原博史校注(新潮出版)
「王朝物語」中村真一郎著(新潮文庫)