いどばた無名草子

             (その七)

小侍従
「それにしても、これは、という語り甲斐のある方ともなると…なかなか難しいわね。でも、世間一般に、ひとかどの方と言われている女性の真似でもして自分を奥ゆかしく見せたいものですわ」
少納言
「モノマネをするなんて、くだらない事よ。小侍従」
中務
「女御・お后の位は古今東西女性の望み得る最高の地位ではあるけれど、その地位にあった人の中にさえ、理想像はめったにいません。ましてや、それ以下の身分の者ともなると…。
いにしえの、あまたの歌人の中では、やはり小野小町こそが容貌・態度・心遣いなど、全てにおいてすぐれた方と思うわ。詠んだ歌だって、「女とは、かくあるべき!」とつくづく思わせる歌ばかりで、わけもなく感激してしまうもの」
少納言
「でも晩年、すごーく悲惨だったって話が多いじゃない。そんなみじめな晩年すごしたくないわ」
中務
「それは、若き日の美女がいきながらえて老婆になる変容が、仏教の教理を説くのに都合がよかったからよ。まあそれにしても、川の流れのような憂き世が思い知らされて切ないわね。成仏できない小町の死骸の話とか。
小町以外の誰が、死後もこれほどまで話題にのぼりましょうか。情緒の色もにおいも深く味わおうとするならば、死後もこのようにありたいものだわ」
小侍従
「一つの物事に執着しすぎた人が、平穏無事に人生をまっとうする例はめったにないことのようね。清少納言は一条帝の中宮定子にお仕えになってその才能を存分に発揮したことは、『枕草子』でもよくわかることよね。詩歌の方は、清原元輔の子にしてはもうひとつだったようだけど。清少納言自信もそれはよくわかっていて、定子中宮にお願いして、和歌を詠む席にはあまり出席しなかったみたいだし。それなら、残ってるお歌があまりに少ないのもうなずけるわ」
中務
「その『枕草子』、あれはステキねえ。優美な古の宮廷生活を残すところなく書きあらわしていて、一条帝の定子中宮が後宮で一番輝いていた頃のことを、恐ろしいほどまざまざと記録のように残しているわ。父君関白道隆様がお亡くなりになったこと、兄の内大臣伊周様が失脚なさったことなどの没落ぶりなどをおくびにも出さず、定子中宮に対してあれほどの行き届いた心配りをした人が、晩年はしっかりした縁者などもいない様子で、田舎に引きこもってしまうなんて。
晩年の清少納言を話を聞くと、なんだかもう…、涙がでてくるわ…。長い人生を美しいままに完結させることって、本当に難しいのね…」右近
「和泉式部の娘、小式部の内侍はどう?私は、とてもすばらしい人だと思うけど。清少納言の晩年の様子などを聞くにつけても、命みじかく盛りのときにはかなくお亡くなりになったことなどは、少しうらやましいと感じる。中宮彰子に目をかけていただき、亡くなる際、中宮から御衣を賜るなんて、これこそ宮仕えの本意、これに勝るものはないわ。それにたいそう魅力的で多くの男性にいいよられたけど、上手にあしらって、関白太政大臣の藤原教通殿にたいそう愛されて、子供を何人ももうけるなど、こんなに幸せな方は他にいらっしゃるかしら」
小侍従
「そうねえ。歌人としての評判は、母君の和泉式部におされがちだけど、でもやはり母君の血は受け継いでいると思うわ。たいそう気の利いた歌がたくさん残ってるものね。小式部の内侍は多くの男に愛され、名歌を詠み、充実した人生を燃焼しきった…。そんな生き方も、いいのかもしれないわね」
少納言
「その和泉式部、これほどまでにすぐれた歌人はいないわね。彼女の歌は、現世だけの巡り合わせとは思えないくらいの才能とセンスにあふれているわ。

 …物思へば 沢の蛍も わが身より あくがれいずる 魂かとぞ見る

貴船神社の百夜参りで、この歌に貴船明神が返しのお歌を詠んだっていうじゃない?すばらしいわ。彼女の歌はどれもこれも、魂に訴えかけるような気がするのよね。人間の本能に語りかけてくるっていうのか…。

 …とめ置きて 誰をあはれと 思ふらむ 子はまさるらむ 子はまさりけり

 ・・・親の親と 思はましかば 訪ひてまし わが子の子には あらぬなりけり


 …暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月

和歌の力の偉大さを一番感じる人よね。ほんとに羨ましいわ」

中務
「宮の宣旨の君(平惟仲の娘。大和の宣旨とも言う)はどうかしら。和泉式部と同じく、内なるものを燃焼しつくしたすばらしい歌人だと思うわ。やっぱり、深い悩みや大きな挫折を一度は経験しないと、人を感動させる和歌はつくれないってことかしら。確かに、絶望も挫折もしてない人は、情緒も生きがいもないような気がするし」
小侍従
「つらい経験から立ち上がったすばらしい歌人は他にもいるわよね。中でも、伊勢の御息所…この方ほどお手本にしたい歌人はないわ。醍醐天皇皇子の御元服のときのお話…屏風に使う歌を、伊衡の中将を使いにして、伊勢の御息所に求めたお話、あれはほんとうに風流よねえ〜。すっかり時の権力者とも無縁になった生活なのに、風雅な日常生活を送り、作歌の心ももち続け…女流歌人の生活は常にこうあるべき、という理想を見る気がするわ」
右近
「歌をよく詠み物語も読み、情緒を愛することばかりがすばらしい、とはいえないんじゃないかしら。音楽はどう?特に筝の琴をとても上手にかきならせる女性はとても魅力的よ。でも、不慣れな女房や子供・侍までが、物馴れた風に爪弾くのでそれが聞き苦しいわ。琵琶は大体、弾く人が少ないわね。ましてや女性は、習ってる人自体がそういないから、練習しているのが聞こえるだけで、「ラッキー!」って思ったりするし。
博雅の三位(源博雅)が、百夜通ったといわれる逢坂の関の蝉丸の話…。名人に直伝してもらえる博雅の三位の話もたいそうめでたいものだけど、同じく琵琶の名人の兵衛の内侍の話もすばらしいわね。村上帝の御時の、『玄上』を賜りて演奏したときの音色が、遠くは陽明門まで響き渡るなど、神がかったようなすばらしさね。『博雅の三位でさえ、これほどの音は弾けないだろう』と、当時の人々が褒め称えるほどで、女の身でこれほどの栄誉はないんじゃないかしら」


同じ物語を読んでも、同じ歌を聞いても、人それぞれ感じることは、微妙にちがうのねえ。聞いてて飽きないわ。口はさみたいトコだってあるんだけどさ、そこで話は腰折れになってもつまんないわよ。でもね、楽の音色も人の心をなぐさめてくれるすばらしい芸術だけど、やっぱりアタシは『和歌』が一番でいてほしいのよ。
このまま音楽礼讃で話が続きそうだから、寝たふりしながら聞いたり聞かなかったりしてたら、

小侍従
「でもね、音楽方面のことは、自分が生きているうちだけのことで、末の世まで伝わっていかないのが口惜しいわね。秘曲の伝承ならともかく。男性でも女性でも、管弦に関しては、それぞれの折にすぐれた技量をもった名人がいるけど、同じ音色がそのまま後代まで続いてはくれないのよね。
和歌を詠んで漢詩を作り、それに自分の名を書きとどめてこそ、百年千年たった後でも、今その作者と向き合っている気持ちがして、感慨深いものですよ」

ああ、小侍従さんとやら、いいこというじゃない〜!


少納言
「そうね。ただ一言でもいいから、末の世にまで名を残すほどの作品を書いてみたいわ」
右近
「少納言の君、さっきも同じようなことを言ってたわね」