いどばた無名草子


             (その五)

老尼
「『夜半の寝覚』…とりたてて感慨深いという点もなく、さしてすばらしいと言うべきところもありませんが、物語の最初からひたすらに女主人公一人の事を書き、他を取り上げようとせず情緒深く心を込めて作り上げようとする作家の心意気が感じられ、しみじみと心打つ作品ですから、ご紹介致しましょう。
…何から何まで悲しみで一杯の作品ですわ。まず男君が、ある邸で逢った寝覚めの君を、その邸の娘だと思っていたのに別人だとわかり、しかも、結婚相手の妹君だと判明して、茫然自失する場面。寝覚めの君が、姉君をはばかって男君に逢おうとしないところなど、おいたわしいですわ。
寝覚めの君が、老関白との結婚が近づいてきたので、男君と無理をして対面し、二人の間にできた子供の話などをせつなく聞き入っている場面も、お気の毒だと感じます。
老関白のもとへ御輿入れなさった寝覚めの上が老関白になかなか打ち解けようとなさらないのも、寝覚めの上の結婚に傷心した男君が皇女様のもとに通い始め、寝覚めの上の姉君さまが悲嘆のどん底に陥るのも、胸がつぶれそうなほどです。
寝覚めの君と男ぎみ…お二人の仲も、不倫がましい結ばれ方をする運命こそ、残念といえば残念ですが、寝覚めの君の心ばえがしっかりしているのがとてもいいですね。あれほど固く約束しあってお互いに思いを交しながら、姉君さまにはばかって、一言も自分からはお返事をしまいと決心していたのに、老関白とご結婚なさってからのちは、男君の例えようもないほどご立派になっていく様子を見るにつけても、こらえきれなくて。でも、折々のお手紙には、『愛』などという言葉は書かないようにして、つとめて公的な内容に抑えているところなども切ないですわ。

その後、老関白との仲も愛情こまやかになり、姉君とも仲直りなどして、男君に物を申し上げにくくなったのも、当然のことです。老関白と寝覚めの君がご婚約なさった時、男君が千の言葉を尽くして寝覚めの君をくどこうとなさり、このまま駆け落ちしようかと頭に血がのぼった時も、寝覚めの君は心強くなびかず、自分も男君も世間体が穏やかなように処置なさった点は、すばらしい思慮深さを備えた心の持ち主と思われます」
中務
「なるほど。寝覚めの君はすばらしく思慮深い、心上手でいらっしゃるようですわね。
でも、相手が夢中でいる時は、たいそう冷たく我を張って情にほだされず、そのくせ相手があきらめようとすると、自分の愛情を見せようとするようですね。詠んだ和歌にその傾向が見られます」
小侍従
「そうではないでしょう。ただただ男君を深く愛しているのでしょう。苦しい恋を知った最初からのなりゆきを考えると、前世からの縁…というものでしょうね。寝覚めの君にとっての男君とは、愛するがこそ恨めしい存在でありましょうに、あなたはそこをちっとも理解していないわ」
少納言
「いずれにせよ、男君が寝覚めの君をなかなか思い切ることができないのが、みっともないのよね」

中務
「そもそもこの物語の大きな欠点は、寝覚めの君が一度死んで生き返った事件の不自然さです。その後あたりまえのように生活して子供の世話をして暮らして。あの虚死事件はストーリー上、まったく必然性のないものですわ」
少納言
「中務の君はこの物語に手厳しいわね。私は好きよ、このお話。
ひるめろみたいで。すっごく肉感的なストーリーよ。従来の物語と違って、女主人公の白くてムッチムチな肉感性が強調されて、男の触感に訴えてるのよね。それが、出逢った男たちを皆、狂わせていくんじゃないかしら。そのあたりがロコツに書かれてるわ」
右近「言うわねえ少納言の君。そろそろ私の知ってるお話をしてみたいわ。『浜松中納言物語』、いってみましょうよ。まず尼君さま、感じた事を思うままおっしゃって下さいな」


老尼
「『浜松中納言』…『みつの浜松』とも言いますわね。先に出た『夜半の寝覚』と同じ作者が書いたものですわ。この方、『更級日記』の人ですね。あと、『自ら悔ゆる』『朝倉』なども書いておられますわね」
右近
「えぇ〜!こんなのびやかで明るいお話と、ひるめろの『寝覚』を書いた人が同じなの!?」
老尼
「定家卿の研究結果ですから…。このお話、それほど評判を聞きませんが、言葉使い・話の有様など、とても新鮮で、物語を創作する人は、こういった初心が必要だと思います。男君の心配りや姿かたちなど理想的で、渡唐の決意のくだりは、読んでいてすがすがしくなります。
この物語のすばらしい点は、日本と唐の二つにまたがったお話であり、しかも、異なった二つの民族の心理描写や習慣に理解をみせていることですわ。外の世界を見ることのかなわない宮廷女性が書いたとは、とても信じられないくらいです――唐土の人間が、恋愛で和歌を送るとかいうヘンなあり得ない部分もありますけどね。

良い点はたくさんありますけど、余りに複雑な人間関係が整理できなくて、物語としては破綻してます。そこが、残念ですね。
最初から欠点だらけの物語は、あきらめもつきますけど、いいお話であるだけに、小さなたくさんの欠点が許せない…そんな感じです」


小侍従
「『玉藻に遊ぶ権大納言』のお話をしてくださいな」
老尼「…特に情緒深い話ではありませんが、『親はありくとさいなめど』で始まるあたりは、なんとなくすばらしそうな予感がして、期待を持ってしまいますね。
この作品は、主人公蓬の宮が身分低い生まれで、そこが口惜しいのです。ですから、身分が低い、それだけでこの作品自体が軽んじられているのではないでしょうか。最終的には蓬の宮は、尚侍になっていくんですけど」


少納言
「『とりかえばや(古本のほう)』は?」

老尼
「『とりかえばや』ですか?
言葉続きも悪く、話の内容も大げさな感じがしますが、たいそう新鮮な題材を選んだと感心しますね。以外にも、しんみりしたお話もあるようですし。和歌もたいへんよろしい。所々に『源氏』を真似したような箇所がありますが、真似しそこなっていて、見苦しくなっています。
女中納言はすばらしげですが、男髪を振り乱しての出産シーンはちょっとやりすぎです。月の障りのことも、汚らしいですし。
題材としては、たいへんおもしろいんですけど、子供に見せるような物語ではありませんわ」


中務
「『隠れ蓑』も教えてくださいな」

老尼
「これもまた、めずらしい題材を扱った作品ですね。蓑を着ると他人から姿が見えなくなるなんて。それを利用して、男主人公が垣間見をして、さまざまな悲喜劇がおきるなど。読みがいはありますが、そこまで書かなくてもよいような事が多く、和歌もちっともよくありません。同列に評される『とりかえばや(古本のほう)』に圧倒されているようですね。今は読む人も少なくなってきているのではありませんか?
そういえば、『今とりかえばや』なるものが、世の中に出回っているようですが、同じように、『今隠れ蓑』というものを誰か作ってくれればいいのですわ。題材としては、とてもおもしろいんですもの」
右近
「今お話に出た、『今とりかえばや』は、旧作よりすぐれているみたいよ。何でもかんでも、パクリ本は必ずもとの本に劣るものなのに、この改作本は、すごくおもしろくなってるらしいの。言葉使いも和歌も悪くないし、あの大げさなエグい表現もなくなってるって」

中務
「そうみたいね。男と女の逆転話も、いやらしく書かれてないし、前世からの因縁というものが前面に出てて、読者がなんとなく納得しちゃうのよ。最後、女中納言と男尚侍がもとに戻るくだりも、すごく自然にできてるわ。ここが旧作と全然ちがう。
宮の宰相が女中納言を襲ったり、四の君に迫ったり、全く理性がないわねぇ。まあ、そこがこの物語のドキドキするトコなんだけど。それに、最後大団円になってから、男尚侍がもとのフツーの男の中納言になって、宮の宰相ってば、近くで向かい合いながらも入れ替わったことに、露ほども気付かないなんて、バッカよねぇ〜」
少納言
「みんな、何だかんだと言いながら、宮の宰相がすきなんでしょう?作品内で、欠点の欠片もないような超人扱いされてないし、一番身近にいそうなイイオトコってかんじだもんね」
小侍従
「なんだか面白くなってきたわねえ。どんどんいきましょう」


右近
「では、『心高き東宮の宣旨』、さきほどもちらっとでた『朝 倉』、『岩うつ浪』の批評をお聞きしたいわ」
老尼
「『心高き東宮の宣旨』…理想の高い東宮の宣旨の、夢いったん叶ったのち破れるという話ですね。今ではすっかり古めかしい筋立ての類になってしまいましたが。誰とは知られるほどではない人の、この上ない幸せを書いたものですが、ま、理想は高く、ということですか。けれど、あれほど愛情を示された東宮よりも、内大臣のような多情な人と夫婦になる辺り、面白くないですね。
『朝倉』『川霧』も、同じような内容の作品です。『朝倉』は、はじめは情緒豊かでいったいこの先はどうなるかと楽しみにしておりましたのに、ある事件からはっきりと筋の展開がわかり、がっかりしました。
『岩うつ浪』…大将の君に辱められた女君がその後入内してお后になり、男を見返すというストーリーは、おもしろい筋立てだなと思ったのですが、とても平凡な書きっぷりでした。
これらの作品は、身分差や逆境に苦しみながらも、女の理想や意地を貫いた女主人公の姿が印象的ですわね。たとえ悲 劇に終わろうとも」

小侍従
「最近の作品の中では、『海人の刈藻』が何と言っても骨太なしっかりしたものですわ。優艶なところはないですけど。
男主人公の失恋と出家が主な筋ですが、言葉使い等が『栄花物語』を真似した年代記風になっていて、わかりやすいですわね。その種の物語にしては、しんみりとした点もありますわね」
少納言
「男主人公の大納言の正妻をお持ちでないのが惜しいわ。いくら潔癖症でも、いなくてもよいというものではありません。主人公が身分の高い北の方をもっていらして、出家した後その北の方を嘆かせてみたらば、もっと情緒深くもなるでしょうに。
それに、主人公大納言の子を生むほどの関係にあっった藤壺の中宮の、大納言に対する愛憎いずれの面についても描かれてないことが不満だわ。中宮のお産の折、安産祈願で造仏しまくった、あれもわざとらしいし」
中務
「何よりも、主人公の大納言が出家後、即身成仏になり…しかも、出家した大納言のもとに多くの仏が来迎し、雲に乗せて去ったなどと、ふざけるのもたいがいにしろ、と言いたいですわ。出家までの、読者の感激が醒めてしまって、『夜半の寝覚』の女主人公の虚死事件にも劣らぬほどの口惜しさ」

右近
「中務の君は、理屈に合わない不自然さを、許さないのね」
中務
「あたりまえよ!男主人公を理想化するあまり、不自然も度を超えてるわ。そんな理想化よりも、人間感情の内面にもっともっと目を向けて欲しかったわ」
小侍従
「世間一般に、『末葉の露』と『海人の刈藻』を同列に評価するようだけど。『末葉』…右大臣と、密かに愛する女院との叶わぬ恋の空しさのお話。やはり私としては、言葉使いなどを比べても、『海人』の方が圧倒的に上だと思うけど」
右近
「『露の宿り』などは、言葉使いや和歌など悪くないと思うけど。
この世の無常を語るお話とはいえ、余りに人がどんどん死んでいくのは不吉な気がするわね」
少納言
「『三河に咲ける』は、主人公と契る多くの女人がそれぞれ不幸に終わるというお話だけど、この作品、けっこういい和歌がたくさんあるのよね。
『宇治の河浪』は、宇治に住む帥の宮家の姉妹をめぐるお話ね。
『海人』の物真似のような作品だけど、二番煎じとしては悪くないわ。宇治の姉妹を設定した辺り宇治十帖を思わせるし、新しく創造したところはないわねぇ」

小侍従
「『駒迎へ』は、優雅な文章が並べたてられている純愛物語だけど、がっかりさせられる結末ね。
『緒絶えの沼』は、当世風の描きぶりね。登場人物がたくさん出てきても心理描写の使い分けがきちんと出来ていて、おもしろい作品だと思うわ。
どちらも男主人公の純情さがウリだけど、作品全体の魅力となると、さてどうかしらね」
老尼
「駄作が乱発気味の当世ですが、やはり、『寝覚』・『狭衣』・『浜松』ほどの力作は見当たりませんわね。
藤原隆信作『うきなみ』も、ずいぶん熱心な執筆だったそうですが、言葉使いなど稚拙でとてもとても満足など出来ません。
また、定家作『松浦宮物語』は、雰囲気だけで、真実味のない作品ですわ。ただ作中の和歌は『万葉集』の風情があり、筋立ては『宇津保』などを見る心地がして、凡人の及びもつかない仕上がりになっています。

『有明の別れ』・『夢語り』・『浪路の姫君』・『浅茅が露』などは、なめらかな文章でわかりやすく、どんどん読み進んでいくうち、内容もどんどんエグくなっていくのですわ。嫉妬に狂った貴女が二人の恋敵に物の怪となって取り憑いて、挙句の果てに狂い死ぬなどと…どれもこれも、若年層に見せられるモノではありません」
少納言
「まあでも、長い間女流作家の独壇場だった物語創作に、男性が進出してきたことは意義があると思うわ。
しっかしまあ、よくもこれだけ物語の批評がでたわね。20篇以上?語れば語れるものなのね。結論としては、『源氏』ほど読み応えのある内容を持つものはなかった…てこと?でも、それぞれ必ず一つはすぐれた場面があるってことは忘れないでおきましょうよ。
次、歌物語や歌集について、いってみない?」