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いどばた無名草子


             (その四)
  

中務
「優れた心ばえの紫の上はまた、いたましい方でもあられたと思うわ。ご境遇を考えるとねぇ。実の父宮にもあまり顧みられず継母にも嫉妬され、源氏の君に心から愛されていたとはいえ、女性関係に悩み、正妻の地位も与えられず。心労で亡くなられるなんてねぇ…」
少納言
「夕顔もあまりにあっけない急死でいたましいことだけど、とても鮮やかに読者の心に記憶されるわ。私としてはね、あんな立派な娘(玉蔓)を残さずに、その身ひとつで消えてしまった方が、思い出をそそるでしょうに。ホラ、『死人は無敵』っていうし。
それとは対照的に、雲井雁…。あれは、あれは、優艶さも何もあったもんじゃないわね」
小侍従
「宇治の中の君も、背の君が夕霧の大臣の六の姫君と結婚したのがお気の毒ね。『こういうことで、夫婦仲はだめになるのかしら』って嘆いてるところは、涙でそうになるわ」

少納言
「女三宮は一見いたましいと見えそうだけど、年相応の思慮もないのに、妙に色めかしいところが気に入らないわ。源氏の君が泊まろうとしていても、帰らせる気配りがない上に、りこうぶって同情心をかきたてること言って、あんなことになっちゃったもの。でも、作者はスゴイわ。それらを全部、女三宮の『天然不思議ちゃん』として、表現してるもの」
中務
「浮舟は?ある意味二股だけど…。入水はやはり一番気の毒かしら。匂宮との仲を薫大将にバレて、シラをきってそのまま手紙を返したあたり、しっかり してると思うけど…」
少納言
「そんなとこ」
右近
「男性陣はどんな方々がいるの?」
中務
「光源氏の君は、この際おいときたいんだけど、『源氏の君、そうまでしなくても』と言いたいところは、ふしぶしに見えるのよね。
まず、頭中将からいきましょうか。

幼いときからお互いに分け隔てなく過ごして、雨夜の品定めや源典侍の太刀抜き事件、源氏の君の須磨流し…その都度その都度の友情の深さは、忘ることはできないわ。でもね、それを忘れたかのような源氏の君のふるまいが許せないのよ。例えば秋好中宮の入内の件。血縁関係もないのに、政治家として実権を握るために養女に迎え、弘徽殿の女御と対抗させるところとか。絵合巻で、切り札みたいに須磨の絵二巻出して、弘徽殿方を負けさせるところとか。
須磨に流されたときも、都では紫の上が胸もつぶれる思いで毎日暮らしていたのに、源氏の君は須磨で念仏三昧してるかと思いきや、明石の君とまったり過ごしてるなんて、話の展開としては仕方がないけど、女の心理としてここは許せないわ。
また、すべて騒がしかったことが収まって、やっと落ち着いた生活ができると思われた晩年になって、若い頃に戻ったかのような女三宮の降嫁…。しかも、自分 のプライドが傷つけられたことだけで、柏木を睨み殺すなどと、どう考えても良いことではないわ」

少納言
「蛍兵部卿の宮、特に長所短所はないけれど、風流な立ち居振舞いが奥ゆかしいわね。源氏の君とも仲よかったし。玉蔓の一件、もうちょっと押していればね」
小侍従
「頭中将。いい男よね。須磨へ源氏の君を訪ねていくとこなんかは、勇気があってすっばらしいわ!颯爽としてて、カッコよくて、漢を感じる!」
少納言
「夕霧。色好みじゃないのは若者らしくなくて全然物足りないけど、慎重で心長くて、それはめったにないことで、現実にこんな人がいたら、妻としては安心よ。あ、でもまじめオトコが女に狂ったらコワイのとおり、落ち葉の宮との一件は、男女の仲の無知丸出しで、ホントに見苦しかったわ」
中務
「さっきもでたけど柏木。最初の頃の印象はすごくよかったのよ。親友の夕霧と妹の雲井雁との仲が許された後、機転を働かせたりして。何であんなに女三宮に入れ込んじゃったのかしらね。魔物にとりつかれた様に。頭冷やせば、女三宮は思慮浅くて、女房たちを束ねることすらできない幼稚な人だってこと、わかるのにね。死の間際も、滑稽なほど身分の違いを案じ、今更何をってかんじよ。…その弟の紅梅の大納言。…まあ、どうでもいいわ。知りたい?右近の君」
右近
「えーと」

少納言
「割愛しましょう。あの方に割く行数はないわ。ポッと出てきて、薫大将の降嫁に不平を言ってるだけでおわりじゃない。
匂宮…あきれるほどの色好みね。気に入れば誰でも見境いないトコがすごく見苦しい。しかもババコンだし。あれだけ女漁りしてるのって、自分の理想である紫の上をさがしてたのかしら。だとしたら、ちょっとしんみり」
中務
「薫大将は?私の中では理想的なんだけど。欠点もみられず、鳴り物入りの身分なのに、こまかいところにも手が届くような気配りで、こんな方はめったにいないと思うのよね」
小侍従
「でもね、親しみやすくて女を引きつけようとする熱い心…こういう点では劣ってるんじゃないかしら。だから、そういうところが匂宮と比べて軽く思われたんじゃないの?」
中務
「それは薫の君のせいではないわ。浮舟の、色欲におぼれやすい心のせいよ」
右近
「登場人物はだいたいわかったわ。ありがとうね。今度は、それぞれみんながイチ押しする『名場面!』を教えてくださいな」
小侍従
「欲の深い知りたがり屋さんねぇ(笑)。ではまず、老尼君様からおっしゃってくださいな」

ああ〜、やっと、やっとアタシの出番がきたわ〜!!

老尼「思い出すままに言わせてもらえますならば、桐壺更衣の死の場面。帝の嘆き悲しむさまは、胸打たれますわ。
夕顔の死の場面も、やはり情緒たっぷりで。
葵の上の死の場面も。
父大臣の悲しみにくれる様子や源氏の君の独りごちているのも、心打たれますわ。
須磨に隠棲する時に、親しい方々と別れを惜しむくだりも、やはり心打たれます。須磨でのわびしいお暮らしぶりなどは、すべてすべて『あはれなり』ですわ。
柏木の臨終の場面、紫の上の死にゆく場面、宇治の大君の臨終の場面など、人の死別生別にまつわる情景は、すべてすべて涙を誘われる描きっぷりで、感動的だと思います。
『花宴』はたいそうすばらしいですわね。朧月夜の君の登場シーンも美しいですけど、後年、源氏の君が紫の上と女三宮の間で気を使う苦しさから彼女にひと時の慰めを求めるくだりなどもいいですね。

須磨から帰京した源氏の君が、末摘花の邸を訪ねるシーンで、惟光が先立ちて蓬の露を打ち払う場面などは、ため息出そうですわ。
『乙女』での夕霧と雲居雁の幼い恋は可憐ですね。
『宿木』で匂宮に、薫大将の香りがすると疑われた中の君は、たいそうお気の毒です。
いい意味でも、悪い意味でも、いろいろな心理感情が見られる名場面が、『源氏』にはホントにたくさんありますわね。でもそれら全てを申し上げようと思えば、やはり手元に本文がなければ。いずれまた機会があれば、本を片手にお話させていただきたいですわ」


右近
「今、世の中に出回っている多くの物語の中で、すばらしいともいやだともお感じになっている事を、おっしゃって下さいな」
老尼
「まあ、私ごときが物語の良し悪しを?そうですわね…『狭衣』は、『源氏』の次によい作品だと思います。白楽天の『少年の春は』から描き始めた最初から、言葉使いも艶で、いかにも上流貴族ぶってますけど」
少納言
「尼君さま、ホメてるんですか、オトしてるんですか」
老尼
「持ち上げてばかりでもだめでしょう。

一品の宮は、容姿・性格はそれほど魅力的ではありませんが、皇女らしくとても上品に描かれてますね。狭衣の子を産んだ女二の宮も、不実な狭衣に絶望死した母大宮の為に出家した、その潔さを誉めたいですわ。
主人公狭衣の愛した源氏の宮は、一見すばらしく見える女性ですが、肩を持ちたい点はちっともありません。内面性があまり描かれてないので、何と申してよいやら。
飛鳥井姫は、たいそういたましいですわ。狭衣の愛を信じきないところを、彼の乳母につけこまれて誘拐され、入水自殺など…。自ら望んだことではないにせよ、狭衣にお仕えしていた人にあざむかれるなど、残念な彼女の運命です。
残念ついでに言えば、狭衣の笛の上手に誘われて、天人が天降り、狭衣を天上界に誘おうとしたところなんか、虚構すぎると思います。あと、狭衣が法華経を唱えると普賢菩薩が現れたり、斎院の神殿が狭衣の美貌を讃えるかのように音をたてて揺れたり。しまいには、帝位につくなどとは。狭衣の超人性を強調させようと、ちょっとやりすぎですわ。
『源氏』の読後感を、違う話で味わいたいっていう読者の要望に応えたつくりですけど、ちょっと設定が甘すぎです。真似してるだけとしか思えません。私はこれでも『狭衣』を手にした時、すごく期待してたのですよ。それが、狭衣の超人性だけをあげつらうような筋立てで、皇位に就いてめでたしめでたしと終わる、安易で非現実的な結果を見たとき、女流文学者の限界すら考えてしまいました!ううっ…」

少納言
(中務の君、尼君さまキレちゃったみたいよ)
中務
(マズイわね。話の方向を変えなきゃ)
小侍従
「尼君さま、たしかにその通りかもしれませんわ。この作者は、『源氏』の偉大さに圧倒されて、話の大筋が露骨な物真似になってしまったのですわ。もうひとつ独創的作品になりきれないのを責めるのは、大きすぎる壁のことを考えれば気の毒というもの。では、同じく、明らかに『源氏』の影響を受けた作者によって描かれた『夜半の寝覚』について、お話して下さいな」
中務
(うまいわ小侍従!話のコシの折りかたが絶妙だわ!)