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いどばた無名草子


登場人物 ・・・・・・ 老尼(桃源郷(?)に迷い込んだ人)

                                                小侍従の君
                                                右近の君
                                                中務の君
                                                少納言の君

                                   ・・・さるお屋敷にお仕えしている女房たち


           (その一)


もうアタシも83歳。考えてみれば、この歳までたいしたこと、なーんにも無かったわねえ。人間と生まれたからには一つくらい、ここ一番のハイライト!ってのがあってもよさそうなもんだけど、そんな思い出になるようなものもなく、トシとっちゃったから出家しちゃったけどさ、カタチだけよぉ。
精神的にはまだまだ若いモンには負けてないつもりなんだけどね。こうやって、お経となえて日々過ごしていても、やっぱりねえ、若かりし頃のことは忘れられないのよ、昔なじみもだんだんいなくなっちゃうしさ、そんなことばっかり考えてると、墨染めの袖もしめっぽくなっちゃったりしてね。

今日もいつものように、仏前にお供えする花をかごに集めながら、その辺の野原をウロウロしてたんだけどね、なんかねえ、仏様にお仕えする弟子の一人として、長いことがんばってきたんだけどさ、白髪も増えて顔のシワも増えて、鏡を見るのもイヤになるくらいのこの顔、人様に見せるのも気がひけて、人目につかないように目立たないようにこっそり花摘みしてたんだけど、黙って下ばっかり向いてたらさ、知らないうちに高級住宅街の方に行っちゃっててさ、気が付いたら、日もとっぷり暮れかかってきたわけよ。アチャーってかんじ。
帰るのもめんどくさくてねえ、雨露さえしのげるあばら家があったらいいやって思って、法華経をハナ歌がわりにあてもなくブラブラ歩いていたわけ。そしたらさ、向こうの方に、最勝光院の大門が無用心にも開いてるのが見えたわけよ。ラッキー!
勝手に入っちゃって悪いかなって思ったけどさ、院のお庭をあっちこっち見てたんだけど、極楽浄土ってこういうものかしらってヤツ?羽振りのいい皇族さまのおつくりになるお寺は、さすがにちがうわ。キラキラしい飾りを施した御堂といい、仏様のありさまといい、障子の絵といい。眼福よ、眼福。
まあ、現世で寺院にこれだけ金かけりゃ、死後も極楽往生をとげられるでしょうよ、きっと。フン。

ちょっとくらいはあやかれるかなって仏様の前で手を合わせ、それからお寺を出て、また歩きはじめたわけ。…都からそんなに離れたわけでもないのにずいぶんと山里ふうなのねえ、このあたりは。でも、ひなびたかんじもしないし、さすが高級住宅街ね。

考えてみると、今日は五月十何日かで、ここんとこ毎日雨が降ってるのに、めずらしく美しい晴れ間の日だったんだわ。さっきも、歩きながら、くっきりとした夕焼けをみたんだっけ。ホトトギスだって鳴いてたし。
あとどのくらい現世にとどまれるかしら、なんて思ってホトトギスのうたを口ずさみながら歩いていると、気が付けば不思議なところを歩いていたわけ。
桃源郷っていうの?青々とした田んぼ、気持ちのいい風、古風なかんじの檜皮ぶきの屋根の屋敷。
こんなバーサンの足でいくらも歩いてないのに、こんな気持ちのいい山里に入り込むなんて妙だわ…なんて思いながらも、その檜皮ぶきのお屋敷の方に歩いていったわけ。なんだかとっても風情のあるお住まいだったし。
そこはひどく荒れくずれて、庭なんかも人の住むようには見えなかったんだけれども、建物の様子がね、上流階級の人々がいかにも質素に暮らしてますってかんじなのよ。上品で、奥ゆかしくてね。庭も荒れまくってるようにみえて、よくよくみりゃ正面の庭は広いし、呉竹も卯の花垣根も前栽の植え込みも若木の桜も、実に質素に優美に配置されて。
いいわ〜、好みだわ〜、ドンピシャリよ!
だって、清少納言だっていってるもんね。「女の一人住まいはどこも欠点がなくきちんと手入れされた家より、適度に荒れてしみじみとさみしそうなのがよい」って。

母屋の中もスッゴクいい感じなのよ。一番イイトコに仏間があってさ、いい香りが漂ってるってのも、仏に仕えてる身としてとってもうれしい。
もっと近づいてみてみると、中から筝の琴の音がほのぼのと聞こえてきたの。
しかも若い女性に尋ねられちゃった、かいま見がバレちゃったわけ。

少納言
「なんだかしみじみと切ないかんじの人が、こっちをみてらっしゃいますわ。その花かごを見ると、ずいぶん修行をなさっているようですが」
右近
「あらゆる修行をおこなったお釈迦様よりも、老尼さま、あなたの心がけの方が貴重だと思いましてよ」

ハッと気が付くと、同じような年頃の美しい女房がワラワラと3,4人、縁の方にでてきたのよ。色とりどりの生絹の衣、練貫をやわらかく着て、こんなに質素で神さびた仏間には似合わないくらいの若やいだ女房たちが、アタシに口々に聞くわけ。

中務
「どちらからいらしたのですか?」
少納言
「一体、どういう身の上を送ってこられたのですか」

アイタタタ。初対面でいきなり「身の上」問われてもねえ。まあ、親しい口ぶりでもの尋ねてくれるのはいいけどさ。

老尼
「こんな見苦しいありさまの年寄りに、口をきいてくださってありがとうございます。まだお若いご様子なのに、信心深いお暮らし。御仏のご加護を目の当たりに見るようでございます。こんな、ものの数にも入らぬような年寄りの繰り言、だれも聞いてはくれませぬが、ただ歳をとったおかげで、いままで見聞きしたしみじみとしたお話やめずらしいお話には事欠きません。が、情けないことに、物忘れがひどくなっておりますので、あまりはっきりとは…」
小侍従
「あら、いいのですよ。そんなおはなしこそ私たち聞きたいですわ。
あなたが今まで見聞きしたさまざまなお話、こちらにおられる御仏のお前で、全て懺悔するおつもりでお話してくださいな」

そこまで言われると、自分の経験値が急に誇らしいものになったような気がして、もっていたものを縁において勾欄に寄りかかって、はなしはじめたわけ。