つれづれの巻物・第三巻


(第十二段・近江の君(源氏物語)、トイレ係になる)  


こんにちは!あたし近江っていいまーす。
とうとう女御さまにお仕えするお許しが出たわ!もっとも、憧れの後
宮の尚侍じゃなくって、お宿下がりなさってる間の期間限定の行儀
見習いだけどね。お役に立てる働きぶりなら後宮でのお仕えも夢じ
ゃないかも!
エート私の役目はね、そう、御厠人(みかわやうど)のお仕事を頂い
たの。女御さまのトイレ係よ。それって下女の仕事だなんて指ささな
いでよね。生きてくうえで必要不可欠のお役目なんだからさ。がんば
ってお仕えしていれば、あたしだってきっと必要な存在になるはず。
そしたらおとうちゃ…もとい、お父上の大臣も兄の中将さんたちも、
あたしのことを認めて優しく声かけてくれるはず!
あーでも上流の人たちって大変よ。あたしなんてココに引き取られる
までは道端でだって平気、往来のあちこちに桶や大壷が置かれてて
そこでしてたもん。でも上流のお姫さまは違う。母屋の中に樋殿(ひ
どの)っていうトイレの部屋があって、隠れてするんだって。あたし、
人が歩いてようが見られようがぜんぜん平気だけどな。
しかもね、尿意や便意をもよおしたお姫さまが声をあげて「トイレ行き
たい」なんてはしたないコト言わないの。お姫さまの乳母君が、顔色
やモジモジ感をそれとなく察知して咳払いとかするわけ。そしたら控
えてる女房から女房へ、外にいる樋洗たちに伝わるってわけ。
樋殿の中には「しの筥(はこ)」っていう漆塗りのすっごいきれいな箱
があって、その中にンコをするの。シッコは虎子(おおつぼ)。だか
ら、ンコすることを「はこす」とも言うんだってさ。だったらシッコなら
「つぼす」?
箱の中には砂が敷いてあるんだ。でないと排泄物の汚れで箱が早く
傷むんだって。そのきれいな箱の周りを帳(とばり)で覆って見えな
いようにするの。でもお姫さまは自力で衣装をまくれないから、ここ
であたしたち御厠人の出番よ。樋箱にでっかい取っ手がついてて、
まずそこに衣装を引っ掛けて汚れないようにするの。それから、長袴
の股に切れ目が入った部分から樋箱を入れてンコするわけ。これで
「樋箱にンコしてる」状況が見えなくなるわよね。これってプライバシ
ーの保護ってことかしらん。
女御さまがンコしたあと、誰がお尻の穴を拭いたり木ベラでこそぎ取
ったりするかって?女御さまがご自分のお尻を拭くわけないじゃん、
当然あたしたち御厠人よ。あはは文字どおりの「他人の尻ぬぐい」係
よね。
お尻拭くの、そんなに大変じゃないわよ。ゴハンそんなに食べない
し肉食べないし、米の他にも雑穀とか食べるから、わりとコロコロと
したンコだもん、身ばなれいいわよ。木ベラでこそぎ落とすだけでじ
ゅうぶん清潔ね。
女御さまみたいな雲の上の方からしたら、あたしみたいな身分のモ
ンに袴の中を見られようが、ンコ見られようが、お尻の穴をいじられ
ようが、石か虫に見られてる程度?で、恥ずかしくもなーんともない
んだってさ。
お尻の始末より大変なのは、お姫さまが樋殿でブッ倒れた時らしい
わ。乳母の君が察知できなくて、お姫さまが尿意や便意をずーっと
ガマンし続ける、なんてことがたまにあるみたい。かわいそうよ、「お
しっこ(ンコ)したい」の一言が許されないなんてさ。そんで限界状態
で樋殿に着いた途端、ガマンのし過ぎで気分が悪いのとホッとした
のとで、プリプリ出しながら卒倒しちゃったって話を聞いたことある
わ。気の毒ぅ〜。
そんな超ホンモノのお姫さまが一連の行為のなかでする事といった
ら、あたしたちの「しゃがんで下さい」の声かけでしゃがむことくらい
かしらね。衣装を動かすことも自分の出した排泄物を見ることもない
し、用を済ませた後の樋箱を長袴の中から引き出すことも、衣装を整
え直すこともしない。ぜーんぶ人任せ、御厠人の役目。女御さま、自
分のお尻から何が出て行ってるかなんてマジ見たことないんじゃな
いかしら。うーん興味すらないかも。
ああ匂い?そうそう、ンコしたら当然匂うわよね。立ち込めるわよ
ね。だいじょーぶ、樋殿の中はちゃあんと薫香が焚かれてるのよ。
何のニオイかなんてアタシにはわかんない。悪かったわね庶民の教
養しかなくて。
衣装を整えたら樋殿からのお出ましよ。樋殿の外で控えていた女房
と一緒に、何事もなかったみたいにもと居た部屋に戻ってゆくのよ。
樋殿に残された「しの筥」を樋洗童(ひすましわらわ)に渡す前に、し
なきゃならないことがあるの。女御さまくらい格の高い御方のシッコ
やンコは、医師(くすし)に診せる決まりがあるのよ。いわゆる検尿
検便ってやつ?じっくり見たり、紙を浸してどんな色が着くか点検し
てる。ンコで健康状態がわかるなんてスゴイことよね。
それと超大事なこと、箱の中の血のある無しで妊娠してるかどうかも
わかるんですってよ、ひゃー知らなかったー。
そういう一連のチェックが済んだらようやく樋洗童に樋箱を渡すの。
中のンコやシッコは、このひろーいお屋敷の庭の林に捨てたり、家
庭菜園の肥料にしたり、庭に引き込んでる川に流したりするんだ。
捨てて洗ってそんでおしまい。
お姫さまってホント不便よお。一回のトイレでこれだけの手間ひま。
町に住んでた頃のあたしなら、道端のその辺や置いてある大壷にパ
パッと出しちゃうだけだもん。え?その辺て?その辺つったらその辺
よ。したいと思ったらその場にしゃがめばいいだけだもんね。
樋箱も虎子もいらない、要るのは高足駄くらいかなあ。アレがないと
着物の裾がンコで汚れちゃうしさ。
あら、呼ばれてる。出番だわ。さてと、弘徽殿の女御さまを樋殿でお
待ち申し上げなくっちゃ!


       参考文献:日本トイレ博物誌 荒俣宏他著 INAX出版



(第十一段・三途の守、後深草院二条の父雅忠を乗せる)

俺さまの名前は黄泉の国三途の守。ここに登場するのも久しぶりの
ことだ。死者を三途の川の向こう岸・・・あの世の入り口に引き渡す
のが俺さまの仕事。さてと、今日も亡者がやって来た。俺は本日の
乗船予定表に目をやる。

久我雅忠。1272年死亡。享年45歳。死因は黄病(黄疸)か。
大酒飲みがよくかかる病だな。
「エート確認させていただきますよ。久我雅忠さんですね。1272年
 死去。原因は黄病・・・っと。うん?ちょっとお尋ねしますが、亡くな
 ったのは今から15年以上も前ですな。あんた本当に久我さん?」
「いかにも本人であるぞよ。確かに死んだのは1272年じゃ。そうし
 て15年以上も人間世界をさまよっておったのも事実じゃ。
 ささ、はようまろを船に乗せよ」
なんだこいつは。俺は召し使いではないぞ。
「生前どれだけエライさんでも、亡者に身分の上下はありませんよ。
 とっとと自分で乗って下さい」
15年以上かかってようやく成仏する気になったのか。まあいい、三
途の川を無事に渡すのが俺さまの役目。立ち尽くしたままの亡者を
催促して、俺は船をこぎ始める。
「人間界の何に心残りがあったのか知りませんが、ようやく三途の
 川を渡る気になったのはけっこうなことですな」
「恥ずかしながら、ふた親なしの身となった我が子があまりに不憫
 での。娘の行く末を見届けるまでは死んでも死に切れんかったの
 じゃよ」
「すると娘さんも最近亡くなったんですか」
「いや、出家しおったのじゃ。出家は俗世と縁を切ったのも同然。
 ならばこれ以上まろが気をもむことも何らあるまいて」
この亡者、残した娘の暮らしを草葉の陰で見つめていたわけか。
「過保護な、と笑われるだろうが、まろの今わのきわに念仏の邪魔
 をしてしまった、と娘はずうーっと悔いておっての」
人が死ぬ時は坊主を呼んで、こと切れるまで本人に念仏を唱えさせ
ると正しく往生できるという考え方が、俗世の常識らしい。
「重病人が唱える念仏の邪魔を、普通しますかね」
「まろが生者としての意識を失う直前、娘に揺さぶり起こされたのじ
 ゃよ。そこでつい、本音が口をついて出てしもうた。『おまえはこれ
 からどうなってゆくんじゃろうなあ・・・』とな。息絶えるまで子への
 執着に迷わせた、と娘は激しく後悔しての」
「それで本音が出た申し訳なさに、草葉の陰から17年も見守ってた
 わけですか」
何とまあ。指をくわえて見ているだけで、何がどうできるわけでもあ
るまい。
「あれにはずいぶんと重き荷を背負わせてしまったからの。女御にも
 なれる家柄であるのに、父親であるまろが大臣になる前に死んで
 しまったばかりに、御所にあがった娘は・・・」
「父親が死んでしまうと、御所での暮らし向きは相当きびしくなるら
 しいですね。で?」
後ろだてがいなくなると、御所での生活を維持するのが難しくなるば
かりか、他の女御グループにも侮られて非常にキツいとか。
「認めたくは無いが、結局、愛人扱いの域を出なかった・・・しかも、
 表向きは女院付きの女房としての待遇のみ。
しかし!!
うわビックリした。
「まろは久我家祖先の代表として、家の繁栄と存続を託し、あれを
 富小路御所の院のもとへ奉公させたのじゃ。幸い、院は我が屋敷
 に婿として渡って下さった。わざわざ臣下の屋敷にじゃぞ?童女
 の頃より富小路の御所で暮らしていた我が娘を、いったん里帰り
 させ、わざわざ足を運んで下さったのじゃ。単なる召人(めしうど=
 御手付き女房)扱いではなく、正式な結婚の手順を踏んで下さっ
 たと信じておる」
「このご時世の院と結婚するなんて、将来を保障されたも同然です
 よ」
「よくもまあ長い間待っていただけたものよ。18歳の青年の院に引
 き取られたとき、我が娘はわずか4歳。それから10年・・・よくぞ
 御辛抱いただけたことだ」
「これで皇子でも生まれれば、お家は完全に安泰ってことですか」
「首尾よく身ごもってくれた時はガッツポーズをとったぞよ。腹の御
 子の行く末をまろが後見せんでどうする!とな。
 じゃが、生来の酒好きがたたってか、肝臓がすっかりやられての、
 とうとう孫の顔を見ることなく死んでしまったのが何とも無念。もっ
 とも、その孫も早世してしまったが」
「酒を控え気味に生活していれば、お家がこれからという時に死な
 ずに済んだでしょうに。ま、今さら言ってもしょうがありませんな」
「御子が生まれても、肝心の後見するまろが死んでもうてはのう・・・
 せめて御子やお家の名を汚すことのないようきつく遺言しておいた
 のじゃ」
「遺言には何と?」
「院の寵愛が衰えし時は尼になれ、と。生活苦なら尼になれ、と。
 院以外の夫を持つことはまかりならん、尼になれ、と」
「人生に行き詰まったら何が何でも出家せよとは気の毒ですな。再
 婚もしてはならんとは、ちときつく戒め過ぎでは?」
「何を言う。女としての最高の幸せは、院や帝との結婚ではない
 か。古今東西これだけは不変のセオリーじゃよ。たとえ院に見捨
 てられても、久我ともあろう者が臣下と再婚するなど絶対許さぬ。
 久我の名にふさわしい生き方をせよとは言わぬが、汚すことだけ
 は断じてならぬ。その一点のみに心を砕けばよい。
 オールオアナッシングなのじゃよ」
死んで15年以上経ってもなお家の名を連呼するか。三途の川を越
える亡者に家の名など無価値だというのに。
「・・・なるほど。それであんたの思惑通り、いや失礼、望む方向に
 娘さんは歩んでいったのですか」
「うむ。院の倒錯趣味にも見事に耐え抜いた。女院の嫌がらせに
 も踏ん張った。出家したのを見届けてからここにやって来たのじ
 ゃ。もう未練はないぞよ」
少しくらい健全な恋愛をさせてあげてもよかったんじゃないですか」
「院と新枕を交わす少し前から、家柄のよい男が密かに通ってきて
 おった。今でもつかず離れずの仲を保っておるが。御所時代の院
 とのゆがんだ関係のストレス発散には、ちょうどよい相手だったよ
 うじゃ」
「ほどほどに釣り合う男とおだやかな結婚をさせるのが、親の自然
 な願いだと思ってましたがねえ」
「先も言うたが、我ら上流貴族の女の第一の幸せは、帝や院の御目
 に止まり、后妃となってお仕えし、皇子を産むことなのじゃ。それ
 以外は許さぬ。俗世のしがらみに巻き込まれ、没落して久我の名
 を汚すくらいなら、いっそさっぱりきっぱり世を捨てるべし。適当に
 堅実な男と結婚して一生を終えるなど、並みの身分の女と同じコ
 ースを歩まれては困る。
 村上源氏の血をひく久我一族の一員ならば、尼となって孤高を保
 ったまま死んでゆくくらいの覚悟がなくてどうする」
血も涙も無い男だな。こいつ、本当に実の父親か?久我久我久我
久我とやかましい男だ。俺が苦虫を噛み潰したような顔をしても、一
向に気づいてないようだ。
「娘さんは今は院とは?院の庇護のもとでの出家なら、さぞや安楽
 な勤行生活ができるでしょうな」
「完全に放逐された上での出家だったがの。まろの遺言どおりとな
 ったわけじゃな。これからは廻国修行するらしいぞよ」
「それは・・・娘さんの残りの人生はきびしいものになるでしょうな。
 御所のぜいたくな生活しか知らない女人が、庇護の手もなく突然
 世間に放り出されるんですから。蒙古の襲来も自然災害も、御所
 の中までは入ってこない。そんな現実を知らない娘さんが、院に捨
 てられて無事に諸国を旅してゆけますかねえ」
「なに、心配要らぬ。あれは何も気づいておらぬが、実は院はとっく
 に配慮くださっておる。一人旅のお供に屈強な護衛をつけてくださ
 るらしい。それに、どこへ行っても院のゆかりの尼なら、それなりに
 もてなされるはずじゃ」
「院の人脈や援助をアテにしてるわけですな」
「尼になったとはいえ、我が娘を野垂れ死にさせたくはないからの
 う。建前上『一人で生きよ』と言うたが、親としてできるだけのこと
 はしてやりたいではないか。院は少々常軌を逸した愛情表現が
 お好みでの。表向きはどれだけ冷淡であっても、自分の支配下か
 ら逃げることは許せない・・・そんな院の嫉妬深さが、娘の今後の
 生活の『頼みの綱』となろうぞ。まずは満足じゃ」
「難儀なことで・・・。ああそろそろ向こう岸ですよ」
早くこいつを船から降ろそう。打算な思惑に鼻が曲がりそうだ。
「やれやれ、苦節17年。これでとうとう本当にこの世ともお別れか」
この亡者の娘も気の毒に。尼になってようやく自由になれたと思っ
ているだろうに。これまでも、これからも、上皇の人脈の中だけを旅
して行くのだろうか。