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斉信君のおいでませ伊勢物語    〜第七夜〜



昔『男』が、大和の国に滞在中、ある女を好きになって、逢う仲になりました。
この『男』は京の都で内裏にお仕えする人でしたので、そのうち都に戻らねばならなくなりました。ときは春浅い三月、『男』が京に戻る途中の道には、楓(かえで)の赤く鮮やかな新芽があちこちに見え、愛する女と離れてしまった寂しさを慰めてくれるかのよう。『男』は楓若葉の特に美しい枝を手折り、枝に手紙を添えて、大和に残した女のもとへ贈り届けました。


君がため手折れる枝は春ながらかくこそ秋のもみじしにけれ


けれど、女からの返事はなかなか来ません。
『男』が京に到着後ずいぶん経ってから、女からの返事を持った使いの者がようやく帰ってきました。


いつの間にうつろふ色のつきぬらむ君が里には春なかるらし


春先の明るい気分も吹っ飛んでしまうような、女からの湿った手紙でした。


見習い
「予想を裏切る新鮮な歌が欲しいと言ったり、今の心情に追従してくれる歌が欲しいと言ったり、殿方の気持ちを先読みするのは難しいものなんですね」
斉信
「裏切る展開だろうがお追従だろうが、状況判断というのは大切だろう、という教訓みたいな話さ21段は。『男』が女に飽きて、去っていくなんて話じゃないんだ。旅先で仲良くなった恋人を、都に連れて帰る習慣はないからね。都に戻る『男』もそりゃあ寂しいさ。そんな寂しさを慰めるかのような、目にも鮮やかな楓の新芽。その緋色の美しさに、『男』は自分の愛情を重ねたわけだ。
”ごらん下さい、この枝を。春なのに、燃えるような紅葉の色でしょう?まるで、あなたを想う私の愛情がそのまま移ったかのような…”
ってね。それが…」
見習い
「なかなか手紙が返って来ないうえに、
”いつの間にか心変わりなさって…あなたのいる所には飽き(秋)ばかり、春のときめきは無いのですね”
とすれ違いな返事」
斉信
「そうそう、まさにすれ違いだよ。『男』は楓の新芽の緋色を、愛情の深さの表れとした。ところが女の方は、その緋色を、飽き=秋が来て変色(心変わり)した、ととったわけだな。秋と飽き、定番だろう?『男』の方は、そんなつもりで歌ったわけじゃないんだ。おまけに、心がせく思いをくじくような返事の遅さ。待ち焦がれたかのようにすぐ返事を出すのは田舎者のすること。じらしてじらして、殿方の心変わりをひっそりなじるような歌を差し上げるのが雅びというものですわ!とでも教育されたのかな」
見習い
「楓若葉の珍しさを言いたかったのに、燃えるような緋色に自分の想いを重ねて見せたかったのに、『男』がなんだか気の毒ですね。ポイントに気づいてくれなかったなんて」
斉信
「『男』の想いを無視する定番な内容といい、タイミングをすっかりはずした遅さといい、この女はそれほど『男』のことを一途に想っていなかったようだね。『男』の方は、よばひて(慕って、恋心を訴え続けて)あいにけり(ようやく恋仲になった)の初心をずっと持ち続けてたと思うんだけどね。
次の21段は、熱愛カップルが別れる話だ。


昔、相思相愛の『男』と女がいました。まわりがよく見えてないほどの、それはそれは熱々カップルだったのですが、何があったんでしょうか、ほんのちょっとしたケンカがもとで、カッとなった女は、『男』のもとを飛び出してしまいました。女は出がけに、これ見よがしな歌を、ものに書きつけました。


出でて去なば心軽しといひやせむ世のありさまを人は知らねば


女が何を言いたかったのか、何で怒って出て行ったのか、『男』にはまるでわかりません。『男』は探しに出ようとしましたが、女が身を寄せる場所の心当たりがあるでなし、泣きながら門のところで引き返しました。


思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我や住まひし
人はいさ思ひやすらむ玉かづら面影にのみいとど見えつつ


と言って、日がな一日ぼんやりしています。
一方女の方は、怒りにかられて家を飛び出したはいいのですが、てっきり『男』が血眼で探してくれると思っていたのに、いつまで待っても動かないのに腹を立て、とうとうある日、しびれを切らして、『男』に歌を寄越しました。


今はとて忘るる草のたねをだに人の心にまかせずもがな


それに対して『男』は、


忘草植うとだに聞くものならば思ひけりとは知りもしなまし


こんな調子でしばらくやりとりが続き、二人のヨリが戻るかとみえたのですが、結局、『男』と女の、


わするらむと思ふ心のうたがひにありしよりけに物ぞかなしき


なかぞらに立ちいる雲のあともなく身のはかなくもなりにけるかな


という歌が最後だったのでしょうか、それぞれ新しい恋人をつくり、二人は別れてしまったのでした。


見習い
「へええ、雅びな大宮人にもガマンのきかないバカップルっていたんですね」
斉信
「”家を飛び出すなんて軽薄な女だと、私だけが悪く言われるわね!みんな何もしらないくせに!”
と捨てゼリフをモノ(壁や柱)に書きつけて、衆人にさらしていくというやり方もけっこう激しいなあ」
見習い
「あなたしか見えない状態の女は思いつめやすいんですよ。それで、相手の言い分も聞かずに出て行ったと。何かのカン違いかもしれなかったのに。だって『男』の方は、
”好きだったのに、こんなにあっけなく終わるものなのか?まじめな気持ちで暮らしてきたのに…”
って泣いていますよ。しかもけっこう長い間ヘコんでるじゃないですか。
”まだ少しは好きでいてくれるのかな、彼女の面影がちらついて仕方ないよ”
夢や幻に意中の人が出てくるのって、その意中の人が自分のことを考えていてくれるからだって、以前聞きましたよ」
斉信
「あの人ったら、いつになったら謝りに来るのよ!って四六時中考えていれば、そりゃあ幻になって出てくるさ。ヘタしたら、彼女の生霊だったかもしれないぞ。『男』が迎えに来るのをイライラしながら待っていたのに、とうとうキレてしまったんだな。
”あなたは私のことを忘れたいみたいだけどね、そうはいかないわよ!”
おおこわっ」
見習い
「もうちょっと、こう、勝手に忘れ草の種を蒔くつもりなの…?くらいに抑えて解釈しましょうよ」
斉信
「そうだね。思慮の浅い女がキャンキャン吠えていると考えるよりは、恋に一途な女が、短気を起こして家を出た事に後悔している、ととった方がいいね。それに対して『男』の返歌は、
”俺が君を忘れようとしているとでも聞いたのかい?
忘れ草を植えなきゃどうしようもないくらい、君の事を忘れられないんだよ。それがわからないんだね…”
うーんさすがだな。うまく切り返してる」
見習い
「こっこれは、女にとってはかなりの殺し文句かも(〃▽〃)」
斉信
「ははは。ここで女の怒りが静まる理由がわかるだろう?おまけに、もとのさやに収まりそうなメールラリーが始まった、と」
見習い
「『俺の不実をまだ疑っているのかい?悲しいね』
『だって、不安で仕方なかったんですものぉ…』
早い話がイチャイチャメール。あー時間がもったいない。手紙を行き来させるヒマがあったら、チャチャッと彼のトコに帰ればいいのに」
斉信
「こんな手紙の交換しているけどね、なんとなくお互い冷めたんじゃないかな。恋に恋する時期が終わったというか」
見習い
「ああ、わかります!まわりが見えなくなるほど熱かった時には、短所なんて気にならないくらい好きだったのに、もうホントに些細な食い違いから、憑き物が落ちるように冷めちゃう時ってあるですよ実際」
斉信
「一度そうなったら、もとのテンションまで上げるのは相当難しいな。心の許容量があれば、一歩退いて譲り合えるだろうけど、お互い若すぎて、特に女の方はガマンがきかなかったんだな」
見習い
「それでなんとなく自然消滅」
斉信
「ま、次の恋で同じ轍(てつ)を踏まなきゃいいんだよ。男は精神的に自立した女を選ぶとか、女はムカッときても一呼吸おいてからモノ言うようにするとかさ」
見習い
「そうですね、お互い若いんだから、挫折も人生の大事な肥やしですもんね。
次の22段は、21段とは反対ですね。破局の危機を回避できた話ですよ。


むかし、ほんのささいな出来事から疎遠になってしまった男女のお話です。
女のほうは、なんだかんだいっても、『男』のことが忘れられなかったんでしょう。しばらく経ってから、こんな歌を『男』に寄越しました。


憂きながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき


「ほら、だから言わんこっちゃない」そう思った『男』は、


あひ見ては心ひとつを川島の水の流れて越えじとぞ思ふ


と返事しました。冷静に書いたはいいのですが、自分を頼みにしてくれる女のことが、愛しくてたまらなくなったのでしょう。ガマンできなくなって、その夜、女のもとへ訪ねて行きました。その夜の『男』の歌は、


秋の夜を千夜(ちよ)を一夜になずらへて八千夜し寝ばやあく時のあらむ


女の返事は、


秋の夜の千夜を一夜になせりともことば残りてとりや鳴きなむ


『男』は女がいっそう愛しくなり、今までのこと、これからの二人のことなどを語らいながら、夜明けまでしっぽり過ごすのでした。


うーん、やっぱり譲り合いや心づかいの精神っていいもんです」
斉信
「前段の二人と同じ道を歩んで、違う結果になったっていう見本だ。女も、うまい具合に『男』を立てているね。
”つれない方だと思うけどやっぱり好きなの、どうしても忘れられないの”
ここで『男』が『さればよ=ほ〜ら見ろ』ときたもんだ。何のいさかいがあったかはわからないけど、思いっきり男の自尊心をくすぐってる。
前段の女は意地を張り通して失敗したけど、この女はとても素直だね。『男』の方も寛容的だし。ま、性格がもともと一致したカップルだったんだろう。片方が謝っていても、もう片方が意固地なままなら長続きしないからね。『男』の歌は、
”夫婦なんだからさ、長い人生、細く長くやっていこうよ”
良い男だね。精神的に大人だ。だが、大人らしい余裕を見せたはいいが、下半身には余裕がなかったらしいな( ̄m ̄)」
見習い
「いやこういう切羽詰ったカンジって、うれしいもんですよ。おまけに、その後の『男』の歌がいいじゃないですか」
斉信
「”千の夜を一夜に束ねて、束ねた一夜を八千回、そなたと共に過ごしたら、そうしたら満足できるのかな?”
そうだね。どれだけ君と一緒に居ても、飽きる事なんてないよ、と言ってる。その後の女の返歌も負けないくらいいいね。
”それでも話足りなくて、すぐに一番鶏の鳴き声がするのですわ”
あーいいよな。ケンカした後の仲直りHって情感たっぷりでさ」
見習い
「なんかもう、ハイハイハイごちそうさま!って言いたくなります」
斉信
「双方丸く収まったんだからいいじゃないか」
見習い
「次の23段は、初恋を貫き通したっていう話ですね」
斉信「純情路線まっしぐら→ハッピーエンドなんて単純な話じゃないぞ。山あり谷ありの奥の深い段なんだ。きちんと予習するように。以上!」






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