斉信君のおいでませ伊勢物語     〜第十七夜〜



昔、『男』が摂津国に所領する荘園に、兄弟や友人たちと一緒に遊びに行きました。途中、難波津という大きな港に立ち寄りました。浜辺に船がたくさん停泊しているのを見て、『男』は歌を詠みました。


難波津をけさこそみつの浦ごとにこれやこの世をうみ渡る舟
(難波の船着き場は初めて見るが・・・あっちの浦にもこっちの浦にも舟がいっぱい泊まっているじゃないか。この舟に、生きるのがイヤだの退屈だの悩みばかりだのって言ってる人が乗って生活しているのかい?ホントに?)


歌があまりにすばらしかったので後に続く歌を詠む者はおらず、一同はそのまま帰ったそうですよ。




昔、『男』が仲の良い親友たちと連れ立って、和泉国へ遠出に出かけました。
時は二月。河内国にある生駒の山を振り仰ぐと、曇ったかと思えばサァーッと晴れた青空になったり、めまぐるしく山の姿が変わります。雲は次から次へ湧き上がり、流れ、消え、とっておきの絶景がそこにありました。
今日は朝から曇り始めましたが昼には晴れました。山麓の木々の梢には雪が白く降り積もり、そぞろ歩きにはぴったりの気分です。一行の中でただ一人『男』だけが眼前に広がる雪景色を歌に詠みました。


きのうけふ雲のたちまひかくろふは花の林を憂しとなりけり(昨日も今日も、湧き上がる雲の舞いが、山の姿をなかなか見せようとはしてくれなかったが・・・なるほどね。こんなに美しい雪の花が咲いている林を人に見せるのがイヤだったというわけか)




昔、『男』が知人たちと連れ立って和泉国を訪ねました。その途中、摂津国にある住吉郡住吉の里住吉の浜を通り過ぎようとしていて、浜の景色があまりに素晴らしいものですから、「海を眺めながらゆっくり歩こうじゃないか」と馬を降り、休み休み行きました。
友人の一人が「君、『住吉の浜』を入れて歌を詠んでみたまえ」と乞われて歌を詠みました。


雁なきて菊の花さく秋はあれど春の海辺にすみよしの浜
(雁が鳴いて菊の咲く秋もとても良いものだが、こんなに気持ちの良い春の住吉の浜は、文字どおり住み良し!だなあ)


のどかな住吉の浜にぴったりの歌でしたので、他の人たちはそれ以上詠めなかったそうですよ。


斉信
「66段-67段−68段と並べたのか。うまく流したな」
見習い
「旅路の楽しさや開放感がはっきりわかるようにと思いまして」
斉信
「確かに。目的地に到着しても、うっとうしい仕事や気が重くなるような案件がなさそうな、そんなのどかな段だと言えるからね」
見習い
「66段に出てくる『難波津』って、西国や外国からの船も入港するような、規模の大きい港なんですよね」
斉信
「そうだな。『津』はそのまま『港』的な地名だと思ってくれたまえ」
見習い
「こんなに広大な海の上で暮らす船人たちが、やれ鬱陶しい人生だのもう飽きただの言いながら航海しているのか?狭っ苦しい京の都に住む我々から見たらゼータクな愚痴だよな!と詠ってますね」
斉信
「若干ズレているぞ。『これやこの』の掛かる言葉を理解してないから、ヘタにごまかした訳になってしまったんだな」
見習い
「これやこの〜は、『おぉ〜』と驚いたり、『まさに!』と感心する時に使う言葉だと」
斉信
「それは正しいよ。では質問だが、『これやこの』はどの言葉に掛かるかい?」
見習い
「エート、わ、わかりません。でも私の訳仕方だと、船人たちに感嘆していることになります…」
斉信
「船、に掛かるのさ。これやこの船=まさしくこの船なのか!だ。
”難波の港に今朝初めて立ち寄ったが・・・船、船、船。入り江ごとにずらりと船。これが世に名高い船か。(こんな広大な海を毎日眺めながら)人生に飽きただの鬱陶しいだのとゼータクにボヤいている人たちを乗せている、あの船というものかw(゚o゚)w オオー!”
無数に並ぶ船に目を見張るほど驚いたんだ。君の訳だと船人が歌の内容の中心っぽいが、本当は船が歌題の中心だよ」
見習い
「港の壮観な眺めに言葉が出ない一行の様子が思い浮かぶような秀歌ですね」
斉信
「難波津は、人も荷物も常に流通していて、大和第一の賑わいの地だ。加えて河口付近には、天下第一の歓楽地・江口の里があるねぇ」
見習い
「この世にある享楽の全てがそろっている里だとか」
斉信
「遊女と腰の入った外交が大っぴらにできる場所とも言うw遊女の中には、都のいいとこのお嬢さまが混じってることもあるけど、今はその話は関係ないな」
見習い
「夜盗にさらわれて売り飛ばされたり、没落の果てに江口に流れてきたり、哀れな話も多いです」
斉信
「蛇足だけど、平安時代の難波津は、1000年後の心斎橋あたりかな。江口は東淀川区に同地名がある。太古では生駒山のすそに海岸線があったのに、河口から土砂がどんどん堆積していったんだ」
見習い
「67段も物見遊山性の強い段ですよ」
斉信
「冒頭の、『思ふどちかいつらねて』に一行の仲良しぶりが表現されているね」
見習い
「最初、どこで切ったらいいか悩みました。「どち」も何のことやらわからなくて(マジ)」
斉信
「思うどち=思う+どち。どちって言うのは、同士がなまったとも、共がなまったものとも言われている。どちらも意味は「仲間」だけど、「思う」がついているので、親しい…というよりは、「もっと心が通い合っている仲間たち」と一緒にってことかな。「かい」は接頭語「かき」がイ音便してなまったもので」
見習い
「イ音便て…」
斉信
「君は文法に本っ当に弱いな。かき食らう=かっ食らうとか、かきつみて=かいつまんでとか、かき飛ばす=かっ飛ばすのように接頭語の強調を意味する「かき」がイ音便(=なまった)して「かい」になったもので」
見習い
「う…かいつらねてを要略してくれませんか」
斉信
「かき+つらねて=書き続けてじゃないぞ。「皆で一緒に」とか「ひとかたまりに集まって」が適当かな。だから、
”昔『男』が、気心知れた仲間たちと集まって、ワイワイガヤガヤ賑やかに遠出をしようと…”
くらいの楽しい行楽気分が欲しいところだ。早春の光に満ちた片田舎。潮の香りももうすぐだ。山側に目をやれば、生駒山のすそ野を這うように雲が山旗雲がわき上がったり消えたり」
見習い
「生駒山と和泉国って相当離れていますよ。直線距離で10里くらいはありそうですけど」
斉信
「さか井(堺)くらいまでなら普通に見えるさ。たぶん『男』とその仲間たちは昨日の夜明け頃に都を出立したんだ。そして生駒山麓のすぐ西側、つまり交野や玉川の里・蒲生の辺りを行く間、冬山の湧き雲が見えそうで見えない演出をしていた。その日のうちに目的地に到着、一夜明けて昼ごろになって、やっと青空がすっきりと広がったと。
実際、遠くの山の木の枝ひとつひとつに咲く雪の花なんて見えやしないが、常緑樹や落葉樹全体がうっすらと雪化粧したさまは凛として清冽で、この上なく神秘的な景色を隠している雲の動きに、大いなる自然の意思を感じたんじゃないかなあ。
静寂に包まれた雪の生駒山をはるかに臨んで、都では体験できない壮大な冬景色を満喫しているのがよくわかる秀歌だ。曇りみ晴れみ、生きてるように湧いては消える雲の動きはさぞ珍しかっただろう。
その昔、都落ち同然で東北に旅した時に詠んだ歌のトーンとはえらい違いだ」
見習い
「てっきり、眼前に広がる幻想的な霧氷の林の枝ぶりに立ちすくんで詠んだ歌だと思ってました。東北や高山帯じゃあるまいし、一面の銀世界や水晶の枝はないですよね(ちょっとガッカリ)。
ところで、「曇り晴れ」と「曇りみ晴れみ」の違いって何でしょう。どちらも曇ったり晴れたりの意味じゃないんですか」
斉信
「状態を強める意味を持つ接尾語「〜み」をくっ付けて、文体の調子を整えているんだよ。晴れては曇り、また晴れて…こんなカンジかな」
見習い
「深み浅みとか、赤み青みとか」
斉信
「お、発想はいいね。だがぜーんぜん見当違いだな。曇りみ晴れみは動詞「曇る・晴れる」の連用形「曇り・晴れ」に「み」がついたもの。深みや青みは形容詞「深い・青い」に「み」がついたもの。言葉の成り立ちがそもそも違う」
見習い
「お互い違う道を通って同じゴールにたどり着く、みたいな」
斉信
「そうそう、結果的に同じ「状態を表す名詞になった」みたいなね」
見習い
「難波津めぐり→和泉国めぐりで、行楽のラストは68段の住吉詣でしょうか」
斉信
「住吉詣は、早春の泉州路ツアーの締めくくりにはふさわしいが、そうなると相当大がかりな旅になってしまうからなあ。普通に風光明媚な住吉の浜を堪能しつつ帰途に着いた、という流れなんじゃないか」
見習い
「寄り道先は摂津国住吉郡住吉里住吉浜ですか。鹿児島県志布志市志布志町志布志には、志布志市役所志布志支所があるそうですよ」
斉信
「志布志には大隈半島第一の港があるが、ひとつ西向こうの薩摩半島には坊津という港があって、そこは遣唐使船の発着港だったんだよ。憧れの中国大陸への玄関口というわけだ」
見習い
「ヘェヘェヘェ〜」
斉信
「この歌は説明要らないな。思ったままを口にしただけみたいだ。気分上々の早春お泊り旅行で、『男』の頭の中も春うらら、陽気でゆるーくなった気持ちがそのまま口について出た、と」
見習い
「この3つの段て、恋の悲哀とか男女間の悩みとか全然なくって、のどかで平和そのものですねー」
斉信
「次の段で雰囲気ガラリと変わるぞ。落差に驚かないでくれよ」






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