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斉信君のおいでませ伊勢物語     〜第十六夜〜



昔、まだまだ現役で恋愛していたい老女がいました。「どうにかして私を好きと言ってくれる男性に出逢いたいものだわ」と思っていましたが、なかなか言い出すきっかけが見つかりません。それである時、「こんな夢を見たのだよ」とウソの夢語りを息子三人に相談してみました。いったいどんなウソの夢見を語ったのでしょうか、長男と次男はまったく無関心、三男だけが、
「なんて情けない兄さんたちだ。お母さんの気持ちを踏みにじって。お母さん、そのうちきっとお似合いの夫と呼べる人があらわれますよ」
と母親の味方をしました。有言実行派の三男は、当世一の風流男・在五中将にぜひ母親と逢ってもらおうと画策したのです。三男は中将の狩り遊びのお供に紛れ、
「実は私の母親がこう申しておりまして」
と話しかけました。狩りで開放的な気分になっていたのでしょうか、中将は心を動かされ、ある夜母親の家にやって来て共寝したのでした。
さて、残念ながら中将の好奇心はそれで終わり。それっきり母親の家へは通って来なくなったのですが、恋心に火のついた母親は我慢できません。わざわざ中将の家までやってきて、こっそり中を覗き見するのです。垣間見されているのに気づいた中将は、


百年(ももとせ)に一年(ひととせ)たらぬつくも髪我を恋ふらし面影に見ゆ
(白髪の女人が私を恋うているらしい。まぼろしが見えて仕方がないなあ)


そう詠んで外出する準備をし始めました。母親はその様子を見るや否や、脱兎のごとく我が家に戻り、何事もなかったように横になりました。やって来た中将は女がしたと同じように家の中を覗き込んでみます。女はしおらしく、


さむしろに衣かたしきこよひもや恋しき人にあはでのみ寝む
(今夜もあの人は来ないのね。わびしく独りで寝なきゃならないのねえ…)


とつぶやいています。中将は気の毒になって中に入り、その夜は泊まりました。普通の男女ならば、恋しい人とそうでない人ははっきり区別した態度をとるものですが、この中将は許容範囲が広すぎるというか片っ端から丸食いというか、とにかく広大無辺の色好みだったようですよ。


斉信
「この63段、一見したところ、対老婆のキワモノ系に見えるが、女をつくも髪に例えていても、実年齢が90才前後というわけじゃないはずだよ」
見習い
「つくも髪〜のせいでそのくらいの年齢をイメージしてしまいますね。でもその年齢だと、息子たちの年も70才以上になりそうだし、そんなおじいちゃんが狩りのお供ってありえないです」
斉信
「息子たちが20才前後と仮定すると、この老女はせいぜい40才を超えたくらいだったと思う。今の時代、40才はすでに老境だ」
見習い
「100年に1年足りない『99才』の容貌を、百から一を引いて『白』い髪に例えるとは、なんとも洒落た発想です」
斉信
「お。『九十九』に関してちょっとは勉強してきたようだな。じゃあ、九十九を『つくも』と読むのは何ー故ーだ」
見習い
「語源まではエート」
斉信
「次百(つぐもも=次が百という意味)という言葉があってね。この言葉は、『常に自分は完全(=百)ではないのだ』と戒めを意味してるんだが。この『つぐもも』が訛って『つくも』になったと言われている」
見習い
「そんな初老を過ぎた母親にエロい夢の話を聞かされて、息子たちどうしていいのか困ったでしょうね」
斉信
「この母親、普段から年甲斐もない流し目ばっかりしていたのかもしれないぞ。長男次男が『また始まったよカーチャンの男欲しい欲しい病が。やれやれ』とウンザリしたわけだ」
見習い
「狩りで高揚していたせいなのか、三男の親孝行心に同情したためか、はたまた老女の飽くなき好き心に感心したせいか、業平が女と共寝した理由ってなんなんでしょうね」
斉信
「最初は三男の孝心に心を動かされたんだろうね。文中でわざわざ『こと人はいとなさけなし』って嘆かせてるし。
その後、中将が女の家に行くと、さっきまで中将の家を覗き見してた女が自宅でしょんぼりと寝たふりしている。このシーンでの共寝は…そうだなあ、私がとてつもなく優しい男になったつもりで考えると、ここにきてようやく愛情が生まれたってことかな」
見習い
「自分の家の周りをウロウロ徘徊する老女ですよ?」
斉信
「この人(女)は私がそばにいてあげないとダメかも…という思いは恋愛心理の一種だって言うじゃないか」
見習い
「好きでもない女に我が身をくれてやっても平気さ!なんて業平より、そっちのほうがマシかも。では64段です」


昔、『男』に好きな女がいました。けれどその女は人目をしのんで逢ってくれるわけでもなし、そもそも住んでるところも教えてくれないのです。『男』は、


吹く風にわが身をなさば玉すだれひま求めつつ入りぬるべきものを
(私が自由な風だったらいいのに。そうすれば部屋を仕切る美しい簾のスキ間からあなたのもとへ入ってゆけるのになあ)


この歌に女は、


とりとめぬ風にはありとも玉すだれたがゆるさばかひま求めむべき
(あなたが風だったとしても、スキ間を探していても、中に入ってくるなんて誰も許しはしないわね。おあいにくさま)


と応えたのでした。


この段が、宮中に上がった二条后・高子と業平中将のやりとりだとの見方もあるそうですが」
斉信
「どこかのお屋敷(後宮も可)の片隅に部屋を持つ普通の女房と、彼女に恋する『男』の問答だね。そんなに難しく微妙な立場の男女じゃないよ。とある局をいただいている女房と、一歩踏み込んだ関係をつくりたい『男』。けれど女は二人っきりの時間をつくってくれないし、部屋の中には入れてくれないし、実家の場所も教えてくれないし、周りの者もぜんぜん協力してくれそうにない。我々殿上人の、そのまんま日常シーンだよ。こんなやりとりの時期ってけっこう楽しいけどね。
女の返歌が若干上から目線なのが気になるな。恋愛ゲームの手練れっぽいね。
さて、65段は、とある『男』のいと若かりける頃の話らしい。


昔、帝が思いをおかけになって召され、禁色を許された女がいました。この女は、御息所と呼ばれている御方のいとこでした。殿上を許されたばかりの在原という若き『男』とこの女はお互い知り合いでした。
『男』は後宮への出入りを許されていたので、この女の所へ来ては、何のためらいもなく向かい合って座るくらい、親しい気持ちでいます。困った女は、
「幼い子供ではないのですから…まともなへだても置かずに向き合うなんて、たいそうみっともないことですわ。お互いの名誉のために、もうこんなことはしないでください」
と訴えると、『男』は、
「これがみっともないことですか?


思ふには忍ぶることぞ負けにける逢ふにしかへばさもあらばあれ
(恋しさがつのって、がまんする気持ちのほうが負けてしまいました。逢いたい想いが叶うなら、それ以外はもうどうなってもかまいません)


逢いたい。ただそれだけが私の望みなのです」
と言い切ったのです。
女はあきれてしまい、自分の部屋に戻ってしまいました。ところが『男』の方も、人目があるにも関わらず女の部屋に行くのです。なんのためらいもなく。
思い悩んだ女が実家に宿下がりすると、『男』は好都合とばかりに今度は女の実家に入り浸るのです。
女が恐れていたとおり、世間のいい笑いものになってしまいました。
女の実家に入り浸っている夜は、宮中での自分の仕事も怠けがちになる『男』。宮中の宿直をさぼったことがばれないように、殿上人の沓(くつ)が並んだ奥のほうにサッと放り投げます。一番手前に沓を置くと「こいつ今来たばかりか。さては宿直を怠けたな」と言われそうだからです。奥に沓を置けば、夜中から宮中に詰めているようで、サボリがばれないとでも思うのでしょう。
何て愚かでぶざまなんだろう…と『男』自身もわかっているのです。自覚しつつも抑えることができないのです。神仏にお願いしても、治まるどころかますますつのる恋心に、『男』は陰陽師を呼んでお祓いをしようと思い立ちました。「恋せじ=恋心をなくして下さい」と祈り、賀茂川に流した祓えの具を川原でぼんやり見ているうち、『男』は万感胸に迫り、


恋せじと御手洗河にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな
(もう恋なんてしないと誓って流した祓えの具なのに・・・どうやら神さまはお受け取りになる気はないらしい)


とつぶやいて帰ってしまったそうなのです。お祓いしてもなお消えない恋心だったのでしょう。
女がお仕えしていた帝はご容貌が立派でいらしたので、その帝が仏の御名を心に銘じながら唱えているのを聞きながら、女は泣き続けていました。
「こんなにご立派でお美しい帝にお仕えもせず、私はあの『男』とのつたない宿世を断ち切れないでいる・・・なさけないこと」


世間にひそひそと広まっていた『男』と女の醜聞は、ついに帝にも知られるところとなってしまいました。帝とその母后・御息所の逆鱗に触れた『男』は都から追放され、女は里邸の蔵に閉じ込められお仕置きを受けたのでした。
女は一人ぼっちの蔵の中で、


海人の刈る藻にすむ虫の我からと音をこそなかめ世をばうらみじ
(今回の出来事は誰のせいでもない、すべて私の身から出たサビなのだと声をあげて泣こう。彼のことを恨むつもりはありません)


と言って泣き続けています。
監禁された女を心配するあまり、追放された『男』は夜ごと都にやって来ては、女の実家近くでたいそう風流に笛を吹き歌を歌い続けました。屋敷のどこにいるかもわからない女をなぐさめようとしているのでしょうか。女は『男』がすぐ近くにいるのがわかりましたが、それ以上どうすることもできません。


さりともと思ふらむこそ悲しけれあるにもあらぬ身を知らずして
(生きているとも思えないような今の惨めな私を知らないあなた。いつか必ず逢えると信じているそのあなたが悲しい)


女はそう思うよりほかないのでした。何も知らない『男』は、女に逢えないのでこうやってただ笛を吹き歌を歌い、追放された土地に明け方戻って来ては、


いたづらに行きてはきぬるものゆえに見まくほしさにいざなはれつつ
(あの人に逢いに行ったとて、むなしく帰るだけなのに・・・だからこそ
どうしても逢いたい気持ちに駆られてまた出かけてしまうんだ)


とつぶやくのです。
これは水の尾の帝(清和天皇)の御世の出来事。そして御息所というのは、染殿のお后だとも五条のお后だとも言われています。


露見すると身の破滅をまねくような悲恋、というのは宮廷人の大好きな題材なんだが、いかんせん少年に毛が生えた程度な「いと若かりける男」の青臭い行動には感情移入しづらいな」
見習い
「あとさき考えずに情熱の突き進むまま高貴な女を追いかけるななんて、青春を超エンジョイしていてちょっとうらやましい気もしませんか。あ、ひょっとして、分別ついちゃった今この段を読んでいると、はるか昔の記憶が思い出されて恥ずかしくてたまらないとか?」
斉信
「そうそう。大人になった今なら「あいつ沓を奥に投げ入れて、朝帰りをごまかそうとしてる。小細工丸出しだぜプププ」と笑えるけど、私だってそのくらいの年は、何でも自分の都合のいいように思い込んでは彼女の実家に忍び込んで…って、君なあ、男には自分の理性ではコントロールできない煩悩の時代が必ずあるものなんだよ。笑うな笑うな」
見習い
「突っ走っている自分がぶざまだなあと判っているだけ、この少年はまだマシなんですね」
斉信
「恋せじと御手洗河に〜の歌だってそうだ。恋しい気持ちがぜんぜん消えないということは、神さまが『その禊、受け取らないよ』と言ったってことだ、つまり『このまま彼女に恋しててもいいんだよ』と神さまも認めてくれたってことなのかなあ…と少年は複雑なため息をついたかもしれないね」
見習い
「未熟な激情をぶつける少年に比べて、この女性は大人の思慮深さでもって少年をいさめてますよね。この二人を在原業平と二条后高子としていいんですか」
斉信
「史実にはまったく合ってない。以前も説明したとおり二人の年の差は17だ。高子姫が25才で女御になったのだから、業平はそのとき42才。いと若かりけるどころかどこから見ても申し分ない中年男だ。こってりした大人の男の愛は似合っても、神さま仏さまに恋の悩みで祈る姿は、幼稚な少年という設定でないと相当カッコ悪いよ」
見習い
「じゃあ業平の方をいと若かりける年齢に設定してみては」
斉信
「彼は23才で蔵人として出仕している。わずか6つの幼女の尻を追っかけていたとしたら、世間の笑い者どころじゃなくなるよ。
結局、宿命の恋に振り回される男女のキャラクターイメージはあの二人にして、破滅してゆく哀れな恋の話を作者は描こうとしたんだろう」
見習い
「話の終わらせ方はとても美しいですね。笛の音が静かに寂しく流れるさまは、ひとつの宿命の恋が消えていく場面にピッタリだと思います」
斉信
「そう。そんな風に素直に味わいたい話なのに、水の尾の御時だの在原だの染殿后のいとこだの、こういう思わせぶりな後世の注記で興ざめにさせられるのが本当に残念だ」






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