斉信君のおいでませ伊勢物語     〜第十四夜〜



昔、『男』が、自分の妹がとても可愛らしい様子でくつろいでいるのを見かけ、こんな歌を詠み掛けました。


うら若みねよげに見ゆる若草をひとの結ばむことをしぞ思ふ
(寝転がったら気持ち良さそうな若草だから、誰かがさっさと取ってゆくんだろうなあ)


おどろいた妹は、


初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなく物を思ひけるかな
(思いもよらない言葉…今まで、裏も表もないお心でいらしたと思っておりましたのに)


と返事したとか。


見習い
「異母妹ですよ絶対」
斉信
「ははは。それは読む人の判断に任せよう。たとえ同母妹でも、裳着を済ませたら姿を見せる機会はめっきり減る。だから、たまにかいま見ると新鮮に映るんだな。
場面設定としては、ぽかぽか陽気の昼下がり、手枕でうたた寝をしている妹姫に、
『油断している姿もすごくかわいいですよ。くすっ』
と声をかけている風流な兄君ってとこか。少なくとも、真面目くさって手習いしてたり、お付女房たちとおしゃべりしている時の光景じゃなさそうだ」
見習い
「ねよげに見ゆる=抱き心地がよさそうだね〜、ってストレート過ぎやしませんか。どう見ても妹相手にセクハラですよセクハラ」
斉信
「こういう際どい歌を詠みかけて、まだまだ初心(うぶ)な妹君が顔を赤くしてうろたえる様子が見たかったんだな」
見習い
「きれいにまとめてますけど、それっておっさんが若い子をからかってる図…」
斉信
「そうそうそういうこと。若くて可愛い女の子が当惑してる姿は、見ていてとても微笑ましい…って私もおっさんになったのかな……
あ、今の聞かなかったことにして。…次行こうか、50段」
見習い
「…(頭の中将しっかりして!)」
斉信
昔、『男』がいました。『男』のことを恨んでいる女のことを、同じように恨んで、


鳥の子を十づつ十は重ぬとも思はぬ人をおもふものかは
(鳥の卵10個を10段重ねるような芸当が仮にできたとしても、自分のことを好きじゃない人を好きになれないだろう?)


と言いました。女からの返事は、


朝露は消えのこりてもありぬべし誰かこの世を頼みはつべき
(はかなさの代名詞の朝露だってわずかに残るものだけどね。でもあなたとの仲を頼みにする気持ちなんてどこにも残ってやしないわよ)


でした。これに対して『男』は、


吹く風にこぞの桜は散らずともあな頼みがた人の心は
(去年から咲き残っている桜の花びらが今年の風にも散らずに残る…なぁんて奇跡が起きたとしても、君との仲は二度と戻らないよ、あ〜あ)


すると女は、


行く水に数かくよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
(流れる水に文字を書くのと同じくらい意味が無くてむなしいことは、自分のことを好きじゃない人を好きになることよね)


『男』は、


行く水と過ぐるよはひと散る花といづれ待ててふことを聞くらむ
(流れる水・過ぎてゆく年月・散る花…「行かないで」という願いがどれか一つでも叶うかな?それと同じさ。君がいくら仲直りしたいと願っても、もうもとには戻らないのさ)


と返しました。
互いが浮気をしつつ、互いがそれをなじり合う…こっそり夜遊びしてたのがお互い発覚したときの、とある色好みな男と女のやりとりです。


『逆立ちしたってできっこない』例を並べ立てて、もとの男女のさやに戻るのはそれぐらい難しいんだよ、と言ってるんだが」
見習い
「確かにそれだけの話なんですが、聞いていると、
『ヨリなんて戻らないよ』
『そうねこれぐらいありえないわね』
『イヤこれぐらいありえない』
『あらこのくらいムリよ』
『なんのなんの。これぐらいもっともっとムリさ』
もうエエやろキミらたいがいにしろ!って怒りたくなりますね」
斉信
「清少納言の君も言ってる。見た目も良く毛もよく抜ける毛抜き・主人の悪口言わない家来・生涯連れ添う男女。皆々絶対ありえないものなんだってさ」
見習い
「それはありえない、じゃなくて、あり難きもの、ですよ。第一、男女の和歌のやり取りに、毛抜きが出てきてどうするんですか」
斉信
「一生添い遂げる男女はありえない。約束の時間通りにやって来る恋人も。下ネタを言わない女房もだ。噂どおりのルックスだった姫君なんて見たことないね。加えて、我々下っ端を待たせない上司。そして本日中に降りる決裁…そう、みんなみんなありえない、ありえないものなのさ」
見習い
「(愚痴ってる、何か色々愚痴ってるよ)縁を切りたい相手に対して、普通は「はいはい私が悪かった」と穏便に収めて一刻も早く別れたいものでしょうに、延々と手紙のやり取りし続けてるのは何故なんですかね。意地ですか」
斉信
「平安人はとにかくダラダラと引きずりたがるものなんだよ。どっちに非があるか白黒決着つけるより、終わったのか終わってないのかわからない状態でぼかした方が、いつの日か美しく再開できることだってある」
見習い
「51段は第三夜で教えてもらったんで、次52段いきますね。


昔『男』がいました。知人が飾りちまきを贈って寄こしたので、お礼に


あやめ刈り君は沼にぞまどひける我は野に出でてかるぞわびしき
(美しいちまきをありがとう。君が沼であやめを求めてさ迷い歩いていた頃、僕は獲物を求めて野原をさ迷い歩いていたよ)


と歌を添えて、獲物のキジを贈ったのでした。


新緑と薫風の端午の節句にふさわしい、明るい歌にはとても感じられないんですけど」
斉信
「見習い君はいつの時代のことを言ってるんだ?私たちの暦で端午の節句といえば五月雨の時期だぞ。アヤメの花の季節到来だ。と同時に、高温多湿の季節始まる悪月でもあり、身を慎まねばならない物忌み月でもあるんだ。ちなみにここで言うアヤメとは、本当はショウブを指している。アヤメは沼には育たないからね。香りもないしさ」
見習い
「雨ばっかりでうっとうしい季節の歌なんですね」
斉信
「香気をふりまき長く真っ直ぐぐんぐん伸びるアヤメ(=ショウブ)の葉は、生命力と不浄退散の象徴なんだよ。邪気を祓うために軒に葺き、身につけ、ちまきに結う。飾りちまきって言うのは、ちまきの結わえた部分にさらに五色の糸を掛けたものなんだ。
ここに書かれてある飾りちまきは、そのアヤメの葉で巻かれてあるから、食用よりむしろ神前にお供えするためのものと思われる」
見習い
「飾りちまきのお礼がキジですか。すっごいご馳走です」
斉信
「ちまきと同じように神に捧げる供物にふさわしい鳥なんだ。なにしろ国鳥だしね。この歌のちまきとキジは、『神饌(しんせん)』つながりなんだ。両方とも神が喜ぶ供物とされている。
ところで知ってるかい?キジはどんな料理でも本当に美味しいんだよ。干物・脚の焼いたの・汁物…最高の珍味はキジ酒」
見習い
「キジ酒?」
斉信
「キジのササミに塩をパラパラッとまぶして、火であぶる。あんまり焦がしちゃいけない。そうしてほどよく焼けた頃を見計らって、温めた酒にそのアツアツの肉を浸ける。するとだ、信じられないほどコク深いお酒が出来上がる。このキジ酒はいくら呑んでも二日酔いにならなくて…ああ思い出しただけで私はもう」
見習い
「左手が口の方へ動いてますよ中将」
斉信
「ああ失礼つい。ま、何の考えもなしにキジをお返ししたわけじゃないことがわかればいいよ。この段は、節句という祝い事にふさわしい、神さまへの供物のやりとりの話なんだ。
次、53段−54段−55段−56段と通してみようか。


昔『男』が、逢いたくてもなかなか逢えない女と、ようやく逢うことができました。本当に、本当に久しぶりの逢瀬の夜でしたので、逢えなかった間の出来事を話しているうちに、無情にも夜明けを告げる鶏の鳴き声がしましたので、『男』は、


いかでかは鳥のなくらむ人知れず思ふ心はまだ夜深きに
(ああ…もう夜明けだとは。誰も知らない私の胸のうちを、まだちっともあなたに明かしていないのに…残念です)


とため息をついたのでした。




昔『男』が、どんなに逢いたくても逢ってくれない女に、こんな歌を送りました。


行きやらぬ夢路をたのむ袂(たもと)には天つ空なる露やおくらむ
(夢の中でも逢えないのはわかっているんですけどね…朝目覚めたとき袂(たもと)が濡れているのは、空の夜露がおりたからなのでしょうか)




昔『男』に、とても愛しく想う女がいたのですが、どんなにがんばってもこの女を恋人にすることができませんでした。いろいろあってのち、『男』はその女に、


思はずはありもすらめどことのはのをりふしごとの頼まるるかな
(もうあなたは私のことなんか特に思い出したりもしないんでしょうね。でもね、あなたの言葉や近況を耳にするたび、どうしても「いつかきっと…」と期待してしまう自分がいるのです)


と言って寄こしたとか。




昔『男』が、寝ても覚めても恋焦がれ、四六時中想い悩んだ挙句、こうつぶやきました。


わが袖は草の庵にあらねども暮るれば露のやどりなりけり
(私の袖は草葺きの庵じゃないのに、夜ともなれば涙の露が降りそそぐ)


監視の目が厳しくてなかなか逢瀬の算段がとれない女人とやっと逢えた夜。あっという間に二人だけの夜は過ぎ、次に逢えるのはいつのことやら。女が悪いわけじゃなくても、恨み歌のひとつも送ってしまう。
そうしていろんな事情があって後、女はとうとう『男』の手の届かないところへ行ってしまった。彼女がどういう様子で暮らしているのかはわかるんだけど、もう金輪際抱きしめることはできなくなってしまった。なのに相手の気配や噂だけが日々伝わってくる。生殺しだよねえ。そうして寝ても覚めても彼女のことばかり考えてしまう、と」
見習い
「わ〜四話きれいに流せました」
斉信
「今夜も世間のあちこちで、男と女は隣り合い向き合い、語り合い睦み合っている。なのにこの自分はどうだ…うん、なかなか素敵な短編物語の出来上がりだ」






 <<< 戻る