斉信君のおいでませ伊勢物語     〜第十三夜〜

     



昔、『男』がいました。その『男』に、いいトコのお嬢さまが片思いをしました。両親にとても愛されている、何ひとつ不自由のない家庭のお嬢さまです。なんとか気持ちを伝えたい、でもどうやって伝えたらいいの・・・お嬢さまは恋に悩んでいるうちに、すっかり体調を崩してしまいました。
恋わずらいから本当の病気になって、明日をも知れぬ危篤状態です。そうしてようやく、お嬢様は両親に病気になった原因を打ち明けました。片思いの苦しさのあまり病気になってしまったと。
親は娘の言葉を聞き、『男』のもとへ飛んでゆきました。『男』にとっては寝耳に水の話。しかも、自分に思いを寄せているお嬢様は危篤状態。『男』はお嬢様の親とともに、あたふたと屋敷に駆けつけました。しかし、可哀想にお嬢様は亡くなってしまわれたのです。
死の穢れに遭い、『男』はその屋敷で喪に服すことになりました。見知らぬ屋敷なので特に何ができるわけでもなく、六月末の蒸し暑い空を見上げて、見たことも話したこともないお嬢様の死を悼むだけなのでした。
夜になって少し涼しい風が吹き始め、庭の蛍が宵闇に飛び交うのが見えます。
『男』は寝転がって飛ぶ蛍を眺めながら、歌を詠みました。


ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風ふくと雁に告げこせ
(ゆく蛍よ、空の彼方までゆくなら、下界では秋風が吹いていると雁に告げておくれ)


暮れがたき夏の日ぐらしながむればそのこととなく物ぞかなしき
(長い長い夏の一日をぼんやり過ごしていると、なんとなく物悲しくなるものだ)



斉信
「45段めの歌は実にわかりやすい。何の解釈も要らない」
見習い
「そうですかあ?夏の季語と秋の季語がごっちゃになってますが」
斉信
「季節の移り変わりがきれいに表現されているだろう?夜空へと舞い上がる蛍に自分の想いを託し、彼方からやって来る雁に亡き人の返事を願う。この歌にご両親はずいぶん慰められたと思うよ」
見習い
「その次の歌も、自分に恋焦がれて果てたお嬢様のことを思って、やるせなくなっている『男』の心情がよくあらわれていますね」
斉信
「しかし、だ」
見習い
「は。何でしょう」
斉信
「こう言っちゃあミもフタもないが、見たことも聞いたこともない娘が今にも死にそうになっているからすぐに来てくれ!と言われるのってどうだい。引っぱって連れて行かれた先では娘はムシの息。聞けば原因は自分への恋わずらいからだとか」
見習い
「その時の親の気迫にまずビビるでしょうね」
斉信
「だろう?おまけに見舞い中に死なれて、お嬢様の喪に強制的に服さなきゃならなくなったんだぞ。しかもだ、目の前で泣き叫んでいるご両親は、
『あんたさえ、あんたさえいなければ、娘は死なずにすんだんだ』
と、『男』を心底恨んでいる可能性が大だ」
見習い
「うわー。もしそれがこの話の真実なら」
斉信
「娘が死んだのはこいつのせい!と恨む両親と、屋敷に着いた途端に死の穢れに遭って赤の他人の喪に服さねばならなくなった『男』が、なんともちぐはぐな(喪のための)精進生活を強いられるわけだ。
『…俺はどうしてこんな所でこんなことに巻き込まれているのだ?』
ぼう然とつぶやくあたりが、二番目の歌の本当の心情じゃないかな」
見習い
「そんな見かたもできますか…それじゃあ次の46段は?遠方の親友との心の交流ですよ」
斉信
「いや、これは親友の斜め上をゆく、男と男の愛の交流だ。


昔、『男』に親友がいました。いつもいつも一緒だったのに、あるときその親友は、地方へ出向することになりました。とてもつらいことでしたが、二人は別れの夜を心を込めて過ごしました。
月日は流れ、二人が過ごした夜から何ヶ月か経ったある日、その親友から手紙が来ました。
『逢えなくなってどのくらい経つでしょうか・・・指折り数えると、我ながらおどろくほどの日数ですよ。もしや、私のことをお忘れになったのではないかと・・・。逢わねば忘れるのが人の世の常と言いますし』
とあります。その手紙を見て『男』はこんな返事を書きました。
『目かるとも思ほえなくに忘らるる時しなければ面影にたつ
(離れているなんて思っていませんとも。なぜなら、あなたの面影が、幻のように私の側にいるのですから)
忘れるなんてあろうはずがないのに』


気がつけば、家族よりも過ごす時間が長い親友がいた。その彼に自然と愛が芽生えていたってわけだな。おっとひかないでくれないか。
最近上流階級に流行りつつある、最先端の文化なのだからさ」
見習い
「気味悪くはないですが…なんだか『男』の歌が言い訳くさいです。地方へ行ってしまった親友の面影の代わりに、目の前にいるのは新しい小君だったりするんじゃないですか?」
斉信
「スパっと言うねえ君も。もちろん親友のことは忘れていないが、やはり頭の中の親友との妄想だけでは寂しいってもんさ。だからそれはそれ、これはこれ。風流を愛する『男』は、新しいものにいつもチャレンジする精神を忘れちゃいけないのさ」
見習い
「地方へ赴任した親友を『男』が本当に恋しがってるのなら、こんな冷静な和歌を考える前に、源氏物語の頭の中将のように赴任先まで馬を走らせてるでしょうね。それなら親友も感激して眼に涙ですよ」
斉信
「そうだね。そっちのほうが、このエスプリ効かせた歌よりも、親友の心を救うかもしれない」
見習い
「47段は、モテる男は惚れた女にモテないという話ですか。


昔、『男』に、まじめな気持ちでお付き合いしたいと思う女ができました。けれどこの女、常日頃の『男』の浮いた話ばかりを耳にしていたので、『男』がいくら口説いても冷たくあしらってばかりでした。たとえばこんな歌のように。


大幣(おおぬさ)の引く手あまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ
(大祓(おおはらえ)の幣のように、いつもあなたはモテモテですもの。あなたの愛情を頼みになんてできっこありませんわ)


『男』の返しは、


大幣と名にこそたてれ流れてもつひに寄る瀬はありといふものを
(そんな大幣にだって、最後には流れ着く瀬があるんです。どんな浮ついた噂が流れようとも、私が最後に思うのはあなただけなのです)


だったとか。


幣を何百枚も束にして木に貼り付けたものを、大幣って言うんでしたっけ。見た目は杉の木みたいですよね」
斉信
「形にバリエーションはあるけど、ひと柱ふた柱と数えるほど大きいぞ。
皆が競うようにそいつに触りまくって厄を移すんだ。厄をたっぷり吸いきった幣は、川に流されてゆくんだよ」
見習い
「『男』を大幣に例えるあたりが、この『男』の人気者ぶりを偲ばせますね。しかもこの『男』、引く手あまたな自分を否定してません」
斉信
「ははは、そうだな。「それは誤解だ」なんて言ってないしね。自認他認の風流人なんだろう。それでもあなたが欲しい!と真剣に求愛している歌が良いね。言葉のひびきも柔らかい」
見習い
「でも浮気してもやっぱり君が一番!なんて、恋人になっても浮気は公認しておくれと言ってるようなものじゃないですか。この返歌、あせりまくってなんとかうまく取りまとめようと必死になってるカンジです」
斉信
「全女性に等しく愛を注ぐのが『男』のモットーであり、生きがいなのさ。見苦しい言い訳の歌だなんて誤解しないでおくれ。
さ、次の48段は、送別会にかんじんの主役が来なかったという、なんともマヌケな話だ。


昔、『男』の親友が地方に赴任するというので、彼はその親友のために送別会を開きました。
ところが、宴の準備はすっかり整ったというのに、かんじんの主役がなかなか到着しません。
結局、親友は『男』の家に来ませんでした。
『男』は親友に歌を届けました。


今ぞ知るくるしきものと人待たむ里をばかれずとふべかりけり
(待つ身は本当につらかったですよ。ですから、人を待たせている場合は忘れずに訪ねるべきですよ)


怒っちゃいるけど露骨に非難できないところが都人の掟。どうしてもこういう皮肉めいた口調になってしまうところがパンチ不足だよな」
見習い
「待つ身はつらいですよね。本人不在で勝手に始めちゃってたらよかったのに」
斉信
「大人数集まっての宴会ならともかく、『男』の自邸でさし呑みするつもりだったんだろう。なにせ、親交が深かった友人なんだから。気の毒なのは宴の準備をした奥さんだろうね。せっかく用意したのに主役が来ない。先に奥で寝るわけにもいかないってね」
見習い
「こうなると、親友が大遅刻した理由が気になります」
斉信
「エラいさんの口利きでやっと手に入れた地方のポストだったかも知れない。あるいは、気のおける知人への挨拶回りを優先して、『男』はつい後回しにされてしまったとも考えられる。俺たち親友だしまぁいっかぁ〜と気が緩んだんだな」
見習い
「貴族って、自分が侮られたと感じると、敏感に反応しますよね」
斉信
「当然だ。どんなイケズをするかは人それぞれだが。私だったら、そうだな、謝りに来た親友を百年でも二百年でも勝手に待たせとくか」
見習い
「うわーそれって、すでに親友の扱いしてませんて」






 <<< 戻る