斉信君のおいでませ伊勢物語    〜第十二夜〜



見習い
「男は妻柄(めがら)!(=出世は妻の家柄次第)と、後の世で政界の頂点に立つ殿方が言い切っていますが、41段はその逆の話なんですね。妻の幸せも夫の身分次第ってことでファイナルアンサー?」
斉信
「そうじゃないよ。業平卿の時代でも今と同じ、妻の実家の財力がものを言っている。あ、君、この話を鵜呑みにしているのかい?実話かどうかなんてどうでもいいことなんだからね。


昔、同じ母親を持つ姉妹がいました。姉妹のうち、一人は貧しく身分の低い男と結婚し、もう一人は身分の高い『男』と結婚しました。
身分の低い男と結婚した方の女は、その年も押し詰まった師走の三十日、夫の宮仕え用の上着を洗って、手で一生懸命糊張りをしました。夫はこの衣装を着て元日のお勤めをするのです。その日は指先の凍りそうな寒い日でした。下々の者たちがするようなつらい仕事をし慣れていない女は、糊張りした上着を板に張りつけてシワをのばす時、うっかり肩の部分を破いてしまいました。破れた布をなおす方法もわからず、女は途方にくれてただただ泣くばかり。このことを女の姉妹の夫である『男』が聞き、たいそう気の毒に思ったので、破れた衣装と同じ緑衫の上着のとても美しいのを代わりとして用意し、


紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
(紫草が美しい盛りのときは、野原一面が紫草に見えるように、愛する妻にゆかりの深い人々は、すべて妻のように愛しく接したいのですよ)


という歌を添えて女に贈り届けたのでした。
古今集に『武蔵野の』という和歌がありますが、この『男』もそれと同じ思いだったのでしょうね。


この話が実話なのかどうかは知らないが、業平卿の周辺には登場人物のモデルっぽい人たちがいたことは確かだ」
見習い
「そうなんですか」
斉信「業平卿の妻は紀有常の娘だろう?紀有常には他にも娘がいる。その娘は藤原敏行(ふじわらのとしゆき)という有名な歌人と結婚しているんだ。姉が業平卿を夫にして、妹が敏行卿を夫にしたんだね」
見習い
「その敏行という人は、政界ではパッとしなかったんですか」
斉信
「そんなことはないよ。蔵人頭も勤めているし、最終官位は従四位上の右兵衛督だ。窓際族なんかじゃなかったはずだよ。才能あふれる素晴らしい歌詠みだから、宮中でも必要不可欠な人物だった。さすがの見習い君もこの歌は知っているだろ?


秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる


立秋を耳で感じた名歌中の名歌だ」
見習い
「あー知ってます知ってます。この歌を後世の人たちがどれだけパクッたか。パクられた数も一番じゃないですか?」
斉信
「パクッたって…きみ下品な言葉を知っているなあ。ともかく、自分の考えたオリジナルなものを、皆がこぞってパク、もとい、マネするなんて、ある意味とてつもなく優越感に浸れると思わないかい?まあそういう人物なんだよ敏行卿というのは。
だからこの歌のイメージで、業平卿の妻の妹夫婦がずっと貧しくみじめな暮らしをしていたとか思い込むのは間違ってるね。古今和歌集にもこの和歌は入っているが、まだごくごく若かった時の出来事じゃないかな」
見習い
「次の42段のカップルって、37段に出てきたカップルと同一人物ですかね。


昔、どうしようもないほど男好きな女と付き合っている『男』がいました。
女の好色さは十分知っていたのですが、その女の魅力から離れられないのです。浮気性なのに男達に馴れきった感じを見せない、いつも素敵に清純なふるまいの女を『男』は大好きなのでした。でもやっぱり、
『俺が訪ねないときは、他の男に抱かれているのだろうか』
という暗い嫉妬が頭の中をぐるぐると渦巻くのです。すっぱりあきらめてしまえばよいものを、どうしても通わずにはいられません。
あるとき、差し支えがあって二日三日ほど女のもとへ行けないことがあり、『男』は女にこんな歌を贈りました。


出でて来しあとだにいまだ変らじをたが通ひ路と今はなるらむ
(俺が出てきたばっかりだというのに、今頃誰が入っていることやら)


『男』の疑心暗鬼から、つい詠んでしまった歌なのでした。


典型的な『ヘタレ』ですね。ヘタレな男の見本です」
斉信
「仕方ないよ。身も心も自由な女は、ただそれだけで魅力的で離れがたいものなのさ」
見習い
「この段の文章は、反語表現がやたらとあって、すごくわかりにくいですよ。『はたあらざり』だの、『はたえあるまじかりけり』だの、『えあらざりける』だの」
斉信
「うんうんそうかもしれないね。ひとひねり入ってる文章は、多用するとイラッとなる場合もあるから。絶対にありえないというわけではないと言っているわけではないとか?ぼかすのもたいがいにしろ!と張り倒したくなる気持ちもわからないでもないが、平安貴族はぼかしたり言い紛らしたりの表現が大好きなんだよ。朧(おぼろ)の文化とでも言った方がいいだろうか。この段では、そんな言い紛らわし表現から、『男』の自信の無さを、敢えて前面に出させようとしている作者の意図が見え隠れしていると思わないかい?」
見習い
「確かに、自分の気持ちを持て余している感じはありますね」
斉信
「魅力的で惚れっぽい我が恋人に、嫉妬心をぶつけることもできず、かといって繋ぎ止めるだけの自信もない。おろおろと悩んでいる『男』だけど、これが現実の人間像だよなあ」
見習い
「あっそうかもしれませんね。強く出て、相手が離れてしまうのは怖いですよ」
斉信
「現状維持で、その他大勢の中の一人に甘んじたままでいくのかどうなのか、『男』の奮闘に期待したいところだな。
さて次の43段も、これも身持ちの固くない女をめぐる話だ。


昔、賀陽(かや)の親王(みこ)と呼ばれる御方がおられました。
その親王がある女を見初められ、自分の召使いにしていつもそばに侍らせていました。
ところがもう一人、この女に思いを寄せる男Aがおり、
「この女と付き合っているのは俺だけ!」
と思い込んでいたのです。しかし実際のところ、この女には他にも手紙を寄こす男Bがいたのです。この男Bは、女が親王にも男Aにも通じているのを知っていましたので、ある時、女にこんな歌を贈りました。


ほととぎす汝がなく里のあまたあれば猶(なほ)うとまれぬ思ふものから
(身を寄せる宿がたくさんあってよろしいことですねえ。あなたのことが好きなんですけどね、それだけが引っかかってね…)


女は、男Bの言いたいことがわかったのでしょう。


名のみたつしでのたをさは今朝ぞなく庵あまたとうとまれぬれば
(そんな評判がたっているなんて・・・私、ショックで今朝も泣いていますわ。あなたにうとまれているなんて)


と返しました。
時は五月。ほととぎすの歌の贈答にふさわしい季節です。女の返歌を見て、男Bは、


庵おほきしでのたをさは猶たのむわが住む里に声したえずは
(許しますよ。たとえどれだけ立ち寄る宿の多いあなたであってもね。私の宿でもその美しい声を聞けるなら許しますよ)


そう返したのでした。


見習い
「賀陽の親王は名前だけで、この話のどこにも絡んでませんね」
斉信
「皇族をも翻弄させるほど、悩ましい魅力の女がいたということを強調したかったんだろう。しっかしエロい歌のやりとりだな!『汝がなく里のあまたあれば』だぞ?裏の意味をここに書くと、またもや伏せ字だらけだ」
見習い
「わはは。『なく』のもうひとつの意味がたまりませんね」
斉信
「高貴な親王を満足させる教養と風情、『この女は俺だけの女!』と男Aに信じ込ませるだけの立ち居振る舞い、そんなウラ事情をわけ知っている男Bさえも惹かれてしまう女か。そんな女が実際にいるのなら、一度お手合わせ願いたいね。
次の44段も似たような話だな。不倫の妻の話だ。


昔、地方官として任地へ下っていくことになった人に、送別の宴を開いた『男』がいました。『男』の屋敷で宴は行われたのだが、日頃から気さくに付き合う仲だったので『男』の妻も顔を出し、ざっくばらんに酒などを交わしました。
宴も果てようかという頃、『男』は贈り物として、女装束ひと揃えをかづけようとしました。そのとき『男』は、かづけものの裳(も)の腰ひもに、とある歌を書いた紙を結び付けたのです。


出でてゆく君がためにと脱ぎつれば我さへもなくなりぬべきかな
(旅立つ君のために「裳(も)」を脱いでしまったわけだから、この私の忌むべき「喪(も)」も、ようやく取り払われたわけだ。せいせいするぞ)


この歌は痛烈に皮肉めいて面白いのですが、あまり他人に披露できる内容でもないので、心の中だけに留めておきましょうね。


わかるかい?この『男』夫婦&赴任して行く男との背景が」
見習い
「ううーん、わかりません。てか、この地方官になった人って、業平卿の舅の紀有常じゃないんですか?」
斉信
「まあ、一家の主婦が顔出しして宴の給仕するなんて、特に親しい人間だけだしね。自分の父親ならなんの気がねも要らないわけだ。けど違うんだなこれが。『男』の妻が、『男』の親友と不倫していたとしよう。あ、この地方官となった男=親友だよ。
家族ぐるみで親交のあった親友と自分の妻が、こっそり深夜の付き合いもあったと。それに気づいた『男』は、コトをあらわに騒ぎ立てたり妻を問い詰めたりするのを、美しいやり方ではないと判断したんだろうな。そうして、ここぞというときに、
『この私が何にも知らないとでも思っていたのかね?』
みたいな歌を、見せつけるように結んでやった、と。餞別の『裳』に引っかけた『喪』というのは、『死』の意味じゃないよ。自分にとっての不幸なもの、厄介なものという意味かな。つまり、
『餞別の裳と共に、厄介な君も消えてくれるよ、ははは』
せいせいしたと言っているんだ」
見習い
「工工エエェェエ工〜そうなんですか!機嫌よく送別会開いて、これを最後に当分会えないっていう瀬戸際に、口で言わずにわざとらしく歌を見せ付けられたら、相手の人ってすごいダメージでしょうね」
斉信
「凍りつくその場の空気、二人の男の様子に全く気づかない妻。口に出して朗詠せずに相手に気づかせるところが痛烈だね。最後の行は、そのことを指しているんだろう」
見習い
「妻は『男』の歌に気づいたんでしょうか」
斉信
「どうだろう。気づかなかったと思うね。白黒はっきりさせて家庭崩壊してしまうのは、やはり美しいやり方ではないね」
見習い
「『男』から間男へ、歌でもって蜂の一刺しですか」
斉信
「見習い君、君使い方間違っているよ。蜂の一刺しという言葉は、弱き者が強気に向かい相討ちで共に死ぬことを意味する。語彙の浅さをこんなところで披露しなくてよろしい。
色好みの女の話が続いたところで、次は恋わずらいで死んでしまった純情な女の話だ。きちんと目を通しておくように。以上」







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