斉信君のおいでませ伊勢物語    〜第十一夜〜



見習い
「しばらくぶりの講義ですね。前回から五ヶ月経ってます」
斉信
「うむ、予想外に間が空いてしまったうえに、のっけからアダルトチックな段を話さなきゃならないとは」
見習い
「37段、子供が寝てないと言えない内容ですか(〃▽〃)」
斉信
「そこはかとないわいせつ感が漂っているよ。この段は、ずばり『脱ぐか脱がされるか』のやりとりだからな。


昔、浮気性な女に通う『男』がいました。
『男』は女の節操のなさにいつも不安を感じていましたので、女にこんな歌を贈りました。


我ならで下紐とくな朝顔の夕かげまたぬ花にはありとも


それに対して女は、


二人して結びし紐をひとりしてあひ見るまでは解かじとぞ思ふ


と返しました。


どうだい?惚れっぽくてガマンのきかない女へ、『男』がクギをさしている情景が浮かんでくるだろ?
もっとも、女はといえば、『男』にクギをさされたところで、何とも思っちゃあいないようだ」
見習い
「そうなんですか?てっきり『男』の言葉に素直にうなずいているものとばかり…」
斉信
「股を開くことに何の抵抗もない女だろ?『男』に、
”君がいくら浮気な女だとしてもね、俺が結んだ下着の紐なんだからさ、他の男にほどかせるようなことしないでおくれよね。俺と逢えない時間なんて、ほんのわずかなんだからさ”
と言われて、女がハイそうしますと素直に答えるわけないって」
見習い
「女の返事は、
”あなたと共に結んだ下着の紐ですもの、次にお逢いするまで、決してほどきませんわ”
と貞節を誓うものだと思ったんですが」
斉信
「ふふんちょっとカン違いしてるな。この『ひとりして』がクセ者だ。
”あら、あなたと共に結んだ下着の紐ですもの、もちろん一人ではほどきませんことよww”
裏を返せば、
”私が自発的に脱ぐことはないかもしれないけど、誰かに脱がされて×××されるのなら話は別ねww”
と言ってるようなもんだ。×××されるのもOK、自分から誘っていわゆる『誘い××』もOK、こんな色気たっぷりの返しができるんだ、本当に男好きのする××な女なんだろうな」
見習い
「(ふ、伏字多いなあ)だめだこりゃ〜って、男の深いため息が聞こえてきそうな話ですね。このあと二人、もめたんじゃないでしょうか」
斉信
「そうだなあ、これ見よがしに挑発するような返歌を詠んだんだしね。でも心配後無用。ベタベタもめてるうちに、×××な雰囲気が漂い始めて、×××××に到る、と。そうしてそこはかとないわいせつ感が、こってりと濃厚なわいせつ感へと…」
見習い
「粘っこい話をしたそうなところ申し訳ありませんが、次の38段は業平の舅(しゅうと)さんの紀有常が登場ですよ」
斉信
「ハイハイ。舅と娘婿の話ね。恋の問答歌の形をとっているけど、親友同士のかるい応酬だと考えてくれたまえ。


昔、留守中の紀有常のもとを訪ねて来た人が、歌を残して帰ってゆきました。


君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ


その夜遅くに帰宅した有常はその歌を見て、


ならはねば世の人ごとに何をかも恋とはいふと問ひし我しも


と返したのでした。


違いのわかる男同士の会話だ。決して『同好の士』が袖すり合わせてイチびってるわけではないよ」
見習い
「人はこれをや恋といふらむ…って、なんかマジメなメガネ少女がコンタクトレンズつけて鏡を見たときの反応みたいですよ。
『これが…これが私??( ゚д゚)』って」
斉信
「メガネもコンタクトレンズも知らないが、『これが私なの??』のニュアンスは当たってるかもだよ。
”あなたに逢いたくて逢いたくて…まさか、これが恋??”
新しい自分の発見…というところかな。業平らしい演出だね。
それに対して有常の返歌は、
”なんとまあ、男女の『いろは』も知らないこの私が、あなたに恋の切なさを教えていたとは”
返歌も機転がきいてる。実に洒落たやりとりだな。腹の底までお互い理解している親友だからこそ、こうしたふざけ合いができるってもんだ。舅と娘婿の間とはいえ、年も10歳ほどしか離れてないんだし。
次の39段は、見方によっては実に不謹慎な話だ。


昔、譲位後、西院にお住まいになられていた上皇がいらっしゃいました。
たかい子という皇女さまがいらっしゃいましたが、お気の毒にも19歳というお若さでお亡くなりになられました。
お葬式の夜、その皇女さまの宮の隣に住んでいた『男』が、御葬送をお見送りしようと、目立たない車を用意し、女人とともに出棺を待っていましたが、なかなか葬列が出てきません。たいそう時間も遅くなったので、『男』は哀悼の意だけを捧げることにして帰ろうかと思案していたところ、色好みで有名な源至(みなもとのいたる)という人の車が見えました。
血のつながった若き皇女の出棺を、『男』と同じくお見送りにきたのでしょう。
ところがこの貴公子、女車が停まっていることに気づき、やたらと周りをうろうろします。女車の中にいた『男』がうっとうしく思い始めたとき、ふいに車の中がほの明るくなりました。蛍です。至朝臣が、蛍の発する淡い光で車の中の女の容貌を照らそうとしたのでしょう。『男』は放たれた蛍の群れを追い払いながら、


出ていなば限りなるべみともし消ち年へぬるかと泣く声を聞け


そう忠告したところ、


いとあはれ泣くぞ聞こゆるともし消ち消ゆる物とも我は知らずな


と至朝臣は答えたとか。
源至朝臣は、歌人として有名な源順(みなもとのしたごう)朝臣のおじいさんです。
葬送の夜にこんな歌を亡き皇女が聞いておられたら、さぞかしイヤな思いをなされたでしょうね。


最後の源順が云々というくだりは、これもやっぱり後世の誰かの付け足しだな。源順朝臣が生まれたのは、業平卿が亡くなって30年後だからね」
見習い
「こ、このたかい子さんというのは、まさか…」
斉信
「ん?ああ違うよ。こちらは淳和帝の内親王さま、見習い君のカン違いしているのは業平卿と宿命の恋に落ちた高子姫。読み方が同じだからといって間違えないように」
見習い
「源至朝臣のことを不謹慎だとか言ってますが、葬列のお見送りを女と同乗しての見物など、はっきり言ってこれもどうかと思いますよ」
斉信
「内親王さまを敬愛していた女房のひとりと一緒だったんじゃないかな。こころざしは同じということでさ。やましい気持ちはなかったと思うよ。いや、どうだろう………おっと、同乗の女とイチびってたかどうかがこの話のポイントじゃないんだ。女車を見つけてナンパを仕掛けてきた至朝臣とのやりとりが問題なんだ」
見習い
「単に恋の誘いの歌を詠みかけてきたのと違って、不意を突くように蛍を差し入れてくるあたり、ちょっとキモいというかのぞき趣味というか…『天下の色好み』とありますが本当ですか?なんだか変態的なニオイがしますよ」
斉信
「そうだね、至朝臣が色ボケの下半身道楽男だったなんて聞いたことないしね。とにかく『男』が、若くしてお亡くなりになった内親王の死を悼んでしんみりとしていたところへ、ざっくりと邪魔者が入ったわけだ。血のつながりもある、屋敷が隣同士ということで親交もあったかもしれない。そんな内親王との思い出に、同乗の女人と共にひたっているところへ、うるさくまとわりつく至朝臣の車。
いいかげんイライラしていただろうね。おまけに、中の女の容貌をのぞき見しようとするかのような蛍の光。そりゃあカチンときただろうよ。
”棺が出てしまえば、皇女さまにとってはそれがこの世とのお別れなのですよ。この蛍の火を消して、少しは若くして逝った皇女を悼んで嘆く声を聞いたらどうですか。不謹慎すぎますよ”
かなりきつくたしなめているぞ。それに対して、蛍を仕掛けた貴公子はずいぶんとぼけた返事だな。
”いやいやまったく仰るとおり。ともし火を消した屋敷の中から、皇女さまの死を惜しむ泣き声が聞こえてきますね。たとえ皇女さまが亡くなっても、皆皇女さまをいつまでも忘れないでしょうね。だからその蛍の火を消したところで、車の中の美しい女人を私が忘れられるわけないでしょ”
妙に念を押したような返歌だろう?この歌を源至本人が詠んだか、あるいは実在の人物の名を借りた創作話かわからないが、もしこの段が誰かの創作で、和歌も作者がいるとしたら、この作者は粘着タイプで多少イタい性癖の人物だぞ」
見習い
「知らない女の車の中に蛍を放り込んで顔を盗み見ようなんて、うさんくさい趣味の人ですね。
40段は、親に引き裂かれた恋人同士の話です。


昔、ある若い『男』が、下賤の出ですが容貌の美しい召使女を好きになりました。もちろん『男』の親はいい顔はしません。息子には家柄の良い女と結婚してもらいたいからです。ですが、はっきりとした落ち度もないのに使用人を家から追い出すのも、世間の聞こえが悪いというもの。障害があればあるほど恋の炎は燃えさかるとはよく言ったもので、両親が考えあぐねているうちに、二人は熱い想いをますます募らせるのでした。
ですが、『男』はまだ若すぎて親に立ち向かうすべを知らず、女は下賤の出の雇われ女ですので何もできません。このままでは思い余って駆け落ちしてしまうのでは…と警戒した親は、とうとう女を家から追い出してしまいました。愛しい女がある日誰かに連れ去られたことを知った『男』は泣き崩れました。彼は、親や世間の前で自分がいかに幼く非力なのかを思い知らされたのです。『男』は号泣し、


出でていなば誰か別れの難(かた)からむありしにまさる今日はかなしも


と詠んだまま、気を失ってしまいました。息をしていません。死んだように動かない息子に、両親は気が動転してしまいました。息子の幸せを願って良い縁談を、そのために邪魔な召使女を身辺から追い払ったというのに、それがショックで死んでしまうなんて。大あわてで神仏に祈ると、『男』は次の日の夜になって、ようやく息を吹き返したのでした。昔の若者には、こんな全身全霊を賭けた恋愛もあったのですね。
その若者も今ではただの老人…もちろんそんな情熱は残っていませんが。


どうです、なかなか良い感じに訳できましたよ」
斉信
「そんなにうれしがらなくてよろしい。この話はな、今は翁となったかつての『男』が、若かりし頃の苦い恋の思い出を自嘲気味に話している、そういう段だと思ってくれたまえ」
見習い
「愛しい女人と呼べるのは、後にも先にもこの女ただ一人…と、老人となった今でも思っているのなら、それはそれで人生の記憶に残る美しき純愛物語ですよ」
斉信
「大事な愛息子が身分の低い使用人と恋仲になれば、そりゃあ親はいい顔しないだろうね。しかしショックの余り、息子が仮死状態になるとは予想外だっただろう。
”彼女が自分の意思で私から去っていったのなら、納得もしよう。だが、こんなふうに別れさせられて、はいわかりましたなんて言えるはずないだろ…”
今まで生きてきた人生の中で、一番つらい瞬間だったわけだ」
見習い
「心理ダメージによる脳の低酸素状態から気を失っちゃったんですね。いわゆる強度のヒステリーですか。でも丸一日仮死状態なんてアリですかねえ」
斉信
「こらこら、だんだん話の焦点がズレ出してきたぞ。ここは、いまや身も心も枯れ木となった『男』の、独り悲恋語りなのだから」
見習い
「独り悲恋語りって…それもなんだかバッサリ斬りですね〜」






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