斉信君のおいでませ伊勢物語    〜第十夜〜



『男』が、かつて恋人だった女のもとへ、


いにしへのしずのをだまき繰りかへし昔を今になすよしもなが


と手紙を贈りましたが、女からは何の返事もありませんでした。


斉信
「…見習いくん、君に伊勢物語を講義し始めてから、もう十回めになるが、いまだにそんな訳しかできないのか。なんだこの訳は。事務報告書じゃないんだぞ」
見習い
「すみませんすみません。でもあまりに短すぎて、こんなシンプルにしかできなくて」
斉信
「シンプルじゃなくて、こりゃ省きすぎだろ?行間を読み取れ。これは男女の心の繊細さを賛美した伊勢物語なんだぞ。


昔、深く契ったことのある女のもとへ、何年か経って『男』が手紙を贈りました。


いにしへのしずのをだまき繰りかへし昔を今になすよしもなが


ふとしたことから女を思い出した『男』の、懐かしさも手伝ってのお誘いでしたが、女はもう『男』への思いを断ち切ったのでしょうか、何の返事もなかったとか。


多少の心理描写は取り入れたまえ。事実のみを述べた君の訳は味気なさ過ぎる」
見習い
「すみません…鋭意努力します。あっでもこの『男』の気持ちを言い表した歌を知ってますよ」
斉信
「なんだい?」
見習い
「♪なんでもないようなことが〜
幸せだったと思〜う〜
なんでもない夜のこと 二度とは戻れな」
斉信
「おいおいおい、それじゃまるで今の『男』が不幸な境遇におちてるみたいじゃないか」
見習い
「32段は、彼女いない歴数年になっちゃった『男』が、昔の女に言い寄っている話かと」
斉信
「そんなコントみたいな話じゃないっ。ふとした理由で『男』と女が別れた。日々の忙しさに女との記憶が埋没してゆく。決して忘れないけど思い出さなかった女を、最近ふっと思い出したんだ。
”おだまきから紡いだ糸が次々と繰り出されてゆくように、私たちの時間も巻き戻せないかな。
もう一度、君との楽しかった日々を…としみじみ感じているよ”
時の経過の象徴には、止まることなく動き続けるイメージとして、機織り機とか糸車とかが使われるようだね。この場合は、おだまきだ」
見習い
「おだまきって何ですか」
斉信
「その前に、しづって知ってるかい?麻糸で乱れ模様を出した織物の名前だよ。その麻糸をくるくるっと玉のように巻いたのを、おだまきと呼ぶんだ。巻いては繰りだし、また巻いては繰りだしを続けるから、過去と現在を回想するものとして使われる」
見習い
「お付き合いを再開したくて誘いをかけたんでしょうか」
斉信
「ちょっと消息が知りたいなあ…位だったんじゃないかな。これで何か反応があれば、成りゆきに任せようと。その程度だったと思うよ。
それに対して、女はあまり風流心はなさそうだな」
見習い
「昔の男に関わっていられるほど、私ヒマじゃないのよ!ですか。わかります〜。女って、すっかり終わったと自分で決めたことには、何の興味もなくなっちゃうものなんですよ」
斉信
「ふーんそうかい。今まで関わりのあったものは中々捨てきれない…というのが、男の心理だけどね。
まあいい。次、33段だ。


昔、『男』が摂津の国の菟原という所に住む女のもとに通っていました。
女は、『男』が今回を限りに、もうここへ来てくれないだろうと感じていました。
しょせん都の『男』。田舎の女にはすぐに飽きるのだと。ですから『男』の、


葦辺より満ちくる潮のいやましに君に心を思ひますかな


と詠んだ歌に対して、


こもり江に思ふ心をいかでかは舟さすさをのさして知るべき


そう返したのでした。まあ、田舎女の歌にしては、そこそこの出来ですね。


いやとても良い歌だよ。最後の行は謙遜だな。よしやあしや(良い出来か悪い出来か)と、水辺に自生するヨシ、アシを掛けてるね。ちなみに、ヨシもアシも同じ『葦』という字をあてる」
見習い
「紛らわしいですね。違う種類の草なんでしょう?」
斉信
「いや、実はどちらも全く同じ草なんだ。ススキに似た背の高い草で、水があるところに群生する。正式名はアシなんだけど、アシ=悪しに通じるということで、ヨシと呼ぶんだな。ほら、梨が無しに通じてよくないというんで、有りの実というのと同じさ」
見習い
「光景が自然と思い浮かべられるような、良い歌ですよね」
斉信
「そうだな。風光明媚な海辺光景と、海のような豊かな愛情を引っかけて詠んでいる。
”水辺の葦のあたりに潮が満ちてゆく。私の心も同じだ。キラキラ光るあの満ち潮のように、君への愛情は増すばかりなのだよ”
穏やかで美しい歌だね。それに対して女は、
”葦に隠された入り江のように、ひっそりとお慕いする私の恋心を、舟で棹をさす水底のようにあなたは知ることができましょうか。とてもできますまい”
つれないあなたに私の恋心なんてわからないわ、とすねているんだね。『さして』は、水底に突き立てる(刺す)棹と、舟の進行方向を示す(指す)、二つにかかる言葉だよ。
なかなか趣向を凝らした良い歌だ。田舎女とへりくだっているけど、縁語あり掛詞ありの、詠んだ人はテクニシャンだな」
見習い
「耳に聞いたカンジでは、都人と田舎女の問答歌というより、瀟洒な別荘で休暇を取っている、やんごとない公達とその愛人て気がします」
斉信
「ははは。この『葦辺より』の歌は、山口女王という貴人が大伴家持に贈った恋の歌なんだ。他にもいくつか、この女王は家持に贈っている。ところがどうも、家持氏の返歌が見つからない。ひょっとしたら、熱烈なラブレターをもらっているのに一首も返していないんじゃないか?と推測されている。歌も、泣いていたり耐えていたり…かわいそうに、女王の一方的な恋で終わったようだね」
見習い
「その山口女王の歌に、『私ならこう返歌する!』と張り切った人が、この女の役の人なんですね。しょせん田舎の女の作った歌だし…なんてへりくだってますけど、心の中では『どうよ!』と褒めてもらいたがっているようですね」
斉信
「まあそう言ってやるなって。山口女王がこの美しい返歌を聞いたら、きっと魂が慰められるに違いないよ。報われなかった恋、誰にも言えない恋を、後世の誰かが、
『うんうん、わかるよ。あなたはよくがんばったよ』
と言ってくれた。ただそれだけで、あの世にいる山口女王にとっては鎮魂になるんだよ」
見習い
「次の34段は、冷たい女への恨み節ですね。


昔、ある『男』が、いつもそっけなくあしらわれる女のもとへ、


いへばえにいはねば胸にさわがれて心ひとつに嘆くころかな


と送りました。
日頃の女の冷たい態度に、軽く逆ギレしたのでした。


日頃のうっ憤、ひと言言わずにいられないって気持ちですね」
斉信
「言い方悪いけど、確かに逆ギレだなーこれは。
”そりゃあね、男らしくハッキリと言えない私も悪いっちゃ悪いんだよ。それはわかってる。でもね、君のその冷たい態度、冷ややかな目をされるとだね、言いたいことも言えなくなるってもんだ。ああわかってる、わかってるって。こんなグチみたいな歌を送ったところで君の態度がどうにかなるとは思えないし、『そんなにあなたがすねてるなら、ほどこしの言葉でもかけたげましょか』なんて思われるのもイヤだ。待てよ、こんな手紙を出して、かえって嫌われてしまうかもしれないぞ。『あなたってウジウジしてるわねーいったい何が言いたいのよこの歌。ハッキリしてよ』ってね。でもね、これだけは言いたいんだ。君の冷淡な態度が、この私を卑屈にさせてるって。それだけはわかって欲し”」
見習い
「うわーうわー長いですねー。とても返事を書く気になれません。
     なんかこの歌って、延々グチが続きそう」
斉信
「じゃあもう少し、抑えたカンジで解釈してみようか。
”胸いっぱいの恋心を、あなたに伝える事もさせて貰えない。かといって、一人でこの胸にしまい込むのはつらすぎる。わたしはどうしたらいいのだろう…とずうっと嘆いているんだ”
うん。これなら、女が返事のひとつも書いてやろうかって気になるね」
見習い
「要は、女がこの歌をどう解釈するかなんですね。本当に嫌いなタイプの『男』なら、こんな歌貰ってもうっとうしいだけだし、そうじゃないなら、『カワイイッ』って母性本能くすぐられるかも」
斉信
「そうだね。続きは想像するしかないけど、『男』の健闘を祈りたいところだ。35段は、別れても好きな女を詠った話だ。


昔、ある『男』に、愛しているのに別れねばならなくなった女がいました。
もう長いこと別れたままなのですが、『男』は女を変わらず愛し続けているのでした。そんな女へ、『男』が贈った歌は、


玉の緒をあわをによりて結べれば絶えてののちもあはむとぞ思ふ


という歌でした。


ここでも『玉の緒』が使われているね。玉=魂のことだと、前回でも説明したのは覚えているかい?この『男』は、命がけで女を愛しているんだろう。別れるに到った理由は書かれてないけど、高子姫と業平の悲恋に絡めようと、後世の誰かが付け足した段じゃないかなあ」
見習い
「あわを、って何ですか」
斉信
「うーん、諸説色々あるね。冬の海辺に泡がブクブク集まっているだろ?波の花とも言うけど、ひとつひとつの細かい泡に糸をくぐらせて、大きな泡の塊ができるという考え方だ。泡緒と言うんだけどね。他にも合わせ緒=ゆるく縒(よ)り合わせた糸とか、紐の結び方の名称とか、色々だな。私のイメージとしては、今にも崩れてこわれそうに見えるのに、決してこわれない…そんな泡緒を推奨したいね」
見習い
「すぐに切れそうで心細く見えても、二人の絆は決して切れないってことですか」
斉信
「そそ。
”たとえ今は途絶えたかのように見えても、私たちの縁(えにし)は既に深いところで結ばれているんだ。いつか必ず元どおりになれる日がやってくると信じているよ”
あ、『結べれば』の『れ』は、完了助動詞『り』の已然形ね。オレたちもうとっくに結んじゃってるんだしネーっていう意味だ」
見習い
「この場は已然形だの未然形だの、そんな品詞分解するところですか?そうなんですか?発狂してしまいます!」
斉信
「ハイハイ。感覚のみで物語を味わう場なんだね。そうしたいのならそうしとこう。
じゃあ次、36段はとぼける『男』の話だ。


昔、『男』に、
「もう私のことなんてすっかり忘れちゃってるんでしょうね」
と非難してきた女がいました。『男』は女に、


谷せばみ峰まではへる玉かづら絶えむと人にわが思はなくに


そう返事したのでした。


『忘れぬるなめり』、ここも助動詞てんこもりだ。品詞分解するとだな、完了の助動詞『ぬ』の連体形『ぬる』と、断定の助動詞『なり』の連体形『なる』に、推量の助動詞『めり』の連用形『めり』が付いて、『なるめり→なんめり→なめり』…これだけなら、
『私のことなんて忘れちゃった(=完了)に違いない(=推量)わ(=断定)、くすん』
だけど、そのあと、『問言(といごと)し=詰問』だろ?それでひとつひとつ足していった結果、
『んもー、私の事すっかり忘れちゃったんでしょ!でしょっ!?』
という解釈に…」
見習い
「ハイハイわかりませんわかりませんもういいです」
斉信
「はははは。まあそうむくれるなって。怒って問い詰めてくる女に対して、『男』は、
”狭い谷の底から、頂(いただき)を目指して延び続けている見事なつる草のような気持ちなのに…縁を切ろうなんて、この俺が思うはずがないだろう?”
とぼけてかわしているねえ。見事だ」
見習い
「この『玉かづら』の『玉』は、前段のような玉=魂という意味なのでは?もしそうなら、『自分の命を賭けて』ってことで、真剣誠実な男の気持ちを表した歌になりますよ。とぼけてますか?」
斉信
「この場合の玉は、単なる美称だよ。玉かづら、玉藻、玉垣、玉簾…あと玉の肌とかさ。ご機嫌直してもらうための社交辞令みたいなものさ。俺は誠意大将軍、君への気持ちはあのつる草みたいにひたむきでまっすぐさ!みたいなニュアンスかな」
見習い
(誠意大将軍…ふ、古〜い。「もう誰も覚えてませんて」って突っ込むところかココ?)






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