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斎信君のおいでませ伊勢物語   〜第一夜〜




斎信
「古典を学ぶ者にとって、和歌の道は避けては通れない道。今まで「いやだ、できない」でコソコソ逃げまくっていた君も、とうとう尻に火がついたと言うわけか。考えてみればそれも当然のこと。サイト持っててちまちま更新している内に、「ワカンネ」じゃ済まなくなったんだろ?」
管理人
「シリーズにしようと思ってるのに、記念すべき最初の一行目が皮肉から始まるとは」
斎信
「ようやく学ぶ気になった者の、やる気を殺ぐのもアレだしな。歌物語の基本中の基本である『伊勢物語』を勉強しようという姿勢も目のつけどころがある。ようし、君のレベルにまで思いっきり下げて、一から講釈するか。それで、予習はしてきたんだろう?」
管理人
「ハイ!伊勢物語は、歌人の伊勢がまるで関係していないことがわかりました!」
斎信
「……」
管理人
「あれ?でもちょっと前まで伊勢と業平の恋物語だと」←マジ
斎信
「あほか。業平の晩年に伊勢が生まれたんだ。老人と幼児の恋物語なんぞシャレにもならない。本っ当に、初心者レベルで話さなきゃいかんようだな。
よし、以後君の女房名は『見習い』とする」
見習い
「『手習(てならい)』とよく似た語感なのに、優美さがずいぶん違いますね。あ、でも見習いの君…けっこういい響きかも」
斎信
「うっとりあさっての方向を見てるんじゃない。見習いの君?そんなものは『見習いくん』で十分だ。
物語名の由来は、妹背(いもせ)物語が訛って伊勢(いせ)になった説、狩の使で伊勢斎宮を訪ねた段がこの物語の一番人気、かつ実話めいた中でも特に光ってる内容なので、それに由来したという説、といろいろあるようだな。
まず最初に確認しておくが、この物語は史実を集めたものではないよ。フィクションと思ってくれたほうがいい。事実も紛れているが、頭から信じ込まないように。あらゆる恋愛パターンを描いた、美しい虚構のつもりでな」
見習い
「とにかくメチャクチャ男前だったみたいですね。美貌の自由人かあ。綺麗で奔放で、血筋も最高でとくれば、恋愛遍歴にも尾ひれ背ひれがついて、半ば伝説化もしますよね」
斎信
「不遇の親王を支持したりして、政治的にはやっぱり不遇だったようだしな。不遇といっても、平城天皇の孫という血筋からすれば不遇という意味で、一般標準から見て冷や飯食わされていたというわけではないよ。その美貌と破天荒な女性遍歴から、破滅タイプの軟派野郎と思っているなら大間違い。男気もあって、権力に身をすり寄せることを潔しとしなかったんだ。おのれを売り込むための献歌(権力者に才を売って、ひきたててもらうこと)もほとんどしなかったし。
けれど言いたい事は山ほどあったんだろう。文徳天皇の第一皇子、惟喬親王グループの中心人物だったんだが、その親王をさしおいて、藤原北家が擁する第四皇子の惟仁親王が帝位に就いた。二人の親王の母の門地の違いが要因とはいえ、水面下で相当な動きがあったんだろうな。まあ、そのおかげで現在の北家の繁栄がある。私の口からどうのこうの言うつもりはないから、その辺は史書でも読んでくれないか。
結局、その不平不満のはけ口が、恋愛方面に向かっていったんだろ。上は后・斎宮から、下は召使い・田舎女まで、それはそれは色とりどりの恋愛絵巻だぞ。王朝人の、ありとあらゆる恋愛パターンが、この『男』の上に収束しているといっていい。
収束しがいのある美丈夫ぶりだしね」
見習い
「そんな手練れな業平も、初段では元服したての初々しい若公達…」
斎信
「この男を在原業平本人とするならな。実は藤原氏の若公達で、元服の挨拶に、氏神の春日神社に参詣した際の話だという説もあるんだ。奈良の春日の里は、藤原氏の所領だらけだからな。しかし、平城帝は奈良に住んでいたから、業平の所領も奈良にあったという説もあるな」


むかしむかしある男が、元服したばかりの頃、春日の里に鷹狩に出かけました。その時、ふと美しい二人の姉妹を見かけました。こんな田舎には不釣合いなほどの美しい二人でしたので、男の心は悩ましくときめき、思いを伝えるために、しのぶ摺り模様の狩衣の裾を切り、歌にして届けました。


春日野の若紫のすり衣しのぶのみだれ限り知られず


この場にふさわしい、思いっ切り大人ぶった歌を一生懸命考えました。
これは、


みちのくの忍ぶもぢずり誰ゆえにみだれそめにし我ならなくに


をふまえて詠んだのです。
いにしえの良き時代の若者は、こんなのびやかで素直な恋をしたのですね。


見習い
「しのぶ摺りってなんですか」
斎信
「布に紫草で乱れ模様をすりつけたものだよ。かなり贅沢な狩衣だね」
見習い
「それをビリッと破って、あなたのせいで、この模様のように私の心は悩ましく乱れています…うわ〜元服したての半人前が、大人ぶった歌を書いちゃって」
斎信
「ついこの間まで角髪(みずら)結いしていた子供が、ようやく大人扱いされ始めたんだ。憧れていた恋愛シチュエーションが、今目の前に!って感じかな。紫草に引っ掛けて、私の紫の君〜ってさ。
きっと元服後初めての恋文だったに違いない」
見習い
「普通は紙を選んだり、季節の花や木に添えて届けますよね。狩衣破って書くなんて、ちょっとやりすぎ違いますか」
斎信
「旅先だしね。とるものとりあえずってとこかな。情熱の演出だよ。なかなかはしっこい性格のようだね、この若公達は」
見習い
「姉妹ってありますが、この若公達が一目ぼれしたのは姉ですか、妹ですか」
斎信 
「答えを言う前に、情景をよく想像してみよう。
窮屈な都から抜け出して、緑輝く春日野を散策する元服したての若い少年。開放的になっているところへうってつけの美しき姉妹が二人。これはね、どっちにどうとかではなくて、『オレは今、とにかく大人な恋を体験しているぞー!』みたいなときめき感なんだろう。
つまり、若い女性を垣間見ている自分に酔ってる、と言ったほうが正しいな」
見習い
「最後の行を見ると、この歌のもとがあるんですね。オリジナルじゃないなんて、ちょっと残念」
斎信
「それが素人、いや見習いの浅はかさ。この物語の読者は皆、もとの和歌の出どころを知っているよ。『あら、古今集を踏まえているわ。ステキ』と読者は賛美するだろうな。逆に『知らない』ほうがバカにされる」
見習い
「ううう知らなかったです。元服したての、半人前に毛が生えた程度の少年なのに、おませだなあとばかり」
斎信
「ついでに言うと、そのもとの和歌のほうだけど、作者は源融なんだよ」
見習い
「あっ知ってます。後のエライ人ですよね。河原左大臣」
斎信
「うん。彼は在原業平の従兄(いとこ)なんだ。この古歌を詠んだのは、19歳の頃だよ」
見習い
「二人ともまだ十代なのに、ずいぶんと大人ぶった歌つくってたんですね〜。それはそうと、この恋の冒険、結末が書かれてないんですが、その後どうなったんでしょう」
斎信
「さあてね。しかし、歌物語にふさわしい美しい始まり方だろう?
とある少年が、大人の恋への第一歩を歩み始めた…それを伝える事が目的なんだよ、この最初の段は。恋の呼びかけの成果がどうだったかは、読者のご想像に任せたというわけだ」
見習い
「そっかあ〜。とある男のワヤクチャな恋愛遍歴がここから始まってゆくんですね」
斎信
「そのとおり、って何を言わせる。色好みに関しては、やることなすこと全てが伝説となった稀代のカリスマなんだぞ。


さ、次は、性格美人をくどく男の話、行くぞ。
『この京は、まだ定まらざりける時に云々』…遷都したてのまだ人家もろくに揃わなかった時とあるだろう?この一文で、初段と二段めの男のモデルが業平ではなく、藤原氏の若公達だったんじゃないかという推測があるんだよ。業平は、承和貞観の時代の人だから。
とにかく、とある男がさみしい西の京に住んでいる女を口説こうとしていた。なかなか美しく、そのうえ気立ても優しいらしい」


むかしむかしある男が、遷都したばかりの人家まばらな頃、西の京の女のもとに通っていました。容姿もさることながら気立てがとても良く、夫がいるらしいにもかかわらず、真面目な男は熱心に通って口説いていました。
根負けした女は、とうとうその男と一夜を共にしました。
熱い思いが通じたあとは、「女の夫に悪い事したなあ」という後ろめたさと、逢う前にも増したせつない恋心がないまぜに、悩ましい波となって男を襲います。
翌朝、春雨にけぶる空模様によせて、男は女にこんな後朝の歌を届けたのでした。


起きもせず寝もせで夜を明かしては春の物とてながめ暮らしつ


見習い
「気立てのほうが強調されてますね」
斎信
「世の中の男は、いつだって一緒に居てホッとできる女が良いに決まってるさ。こういう女は男がみんな狙っている」
見習い
「夫がいるのに他の男と深夜会ったりするのが、『気立ての良い性格美人』なんですか?後世ではそれを不倫と呼んでますよ」
斎信
「んー。男が複数の女のもとに通うことも、そのまた逆も、ごくごく普通の時代だからなあ。人間少しでも上の暮らしがしたいものさ。そのためには、たくさんの女、もしくは男と付き合って、良い相手を見つけたいじゃないか。夫が居ようが構わないって時代なんだよ。
会いに来た男同士が、うっかりダブルブッキングさえしなきゃ無問題。

とにかくその女に言い寄っている男たちの中に、とりわけ真面目に思いつめる性分の男がいたわけだ」
見習い
「思いつめるって…まめ男、としか書いてないですよ?」
斎信
「おしまいの歌を見ればわかるよ。とにかく、やっと口説き落とすことに成功する。うち物語らいて…つまり、ようやく一晩を共にできた、と」
見習い
「おお、思いを遂げることに成功したんですか。それなら翌朝必ず後朝の歌を贈らねばいけませんね。その歌が、段の最後の歌ですか」
斎信
「そう。弥生一日、春雨けぶる憂い顔の空模様と、おのれの心理を掛け合わせて、それを見事に言いあらわした名歌だよ。
”起きていたのか寝ていたのか。夢のようにはかない一夜を過ごし、今朝は今朝で、春の長雨をぼんやりと眺めています…”
そぼ降る春雨に相応しい、情緒あふれる歌の出来だろう?」
見習い
「うーん、これをもらったら、ちょっと困惑しますね」
斎信
「そうか?見習いくんには、この歌の悩ましさがわからないか」
見習い
「なんだか逃げ腰になっているようにも取れるし、そばに一晩私が居たのに、起きてたのか寝てたのか幻のような、なんて言われたら、『昨夜のことは、なかったことにしてくれ』って暗に逃げられている気がしないでもないですよ」
斎信
「確かにいろいろな意味にとれる歌だよ。物事を明言しない、とても日本人らしくぼかした歌だといえるな。
”夢のような一夜は本当に在ったことなのか、それとも私の願望が見せた幻だったのか…”
とか、
”悩ましい夜が明けると、翌朝は私の心を映すような空模様…”
あるいは、
”幻のような一夜のあと、揺れる想いにぼんやりしています…”
または、
”一夜を過ごしたあとは、恋心がますます募ってしまう…”
どうだい?どれもこれも思いつめているだろう?
こんなかんじかな。
個人的には最後の解釈を強く強く推奨するね。
ま、この男がため息ついて呆然と寝転がっていることは間違いないな」
見習い
「ようやく恋が実ったというのに、この男、あまりうれしくなさそうですよ?」
斎信
「こんないい女なのに、完全に自分のものには出来ない苦しみからさ。いざ一晩過ごしたあと、独占欲が湧き出したんだな。独り身じゃなさそうだって言ってただろう?この男の方も、コロコロ夫を取り替えるような、そんな浮ついた女じゃないってきっと認めてる。最初に性格美人だって書いてあるとおり、心の優しい女は、夫を立てつつ、他の男に恥をかかさぬように振舞うものさ。だからこそ、男の方もやるせないんだな」
見習い
「うーん、たった数行の段なのに、ずいぶん深い話なんですね」
斎信
「そうだな、この段の男と女の心理は、子供には絶対わかりっこないだろうな。
さて、次回は、それはそれは業の深い段だ。藤原北家の掌中の珠の姫君と、とある男のロマンスだ。潤色取っ払って話すことにしよう」




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