箱の中身


方弘は汚い沓を入れた箱を抱えていた。
「おい方弘、もっと大事に扱えよ…大事な贈り物なんだから。まったくおまえはがさつだな」
「わかってるって、心配するなっつーの」
信経と方弘は後涼殿へ向かって、南廂を歩いている。




事の発端は殿上の間での方弘のためいきから始まった。
「どうした方弘、めずらしい。君が悩み事か?元気がないじゃないか。私でよければ聞くぞ」
職業柄、面倒見の良さがすっかり身に付いた斎信が、機嫌のいい声で方弘に声をかけた。すると、方弘のそばで話し相手になっていたらしい信経の方が先に答える。
「ちょうどいいお方がいらしたじゃないか、方弘。やはり恋の相談事は、その道の手練れにお聞きしてみるもんだ。頭中将さま、まあちょっと聞いてください。この方弘がですね…」
藤原信経は、六位の式部丞で、蔵人・源方弘の遊び仲間である。その信経が、はずかしがる方弘を手で押さえながら話す内容というのが。
「御厨子所の女官に懸想しているだってぇ?方弘、君がか!」
「ご用ききで、清涼殿と後涼殿を行き来しているうちに、いつも対応してくれていた、小兵衛という女官に惚れてしまいまして、はあ」
もじもじしながら目をそらして白状する方弘の様子に、内心、うぷぷ方弘め気の回らない大仰なヤツだが以外にかわいいとこあるじゃないか、と笑う斎信だ。
「とても小柄でかわゆい女なんですよ。くるくると立ち回ってよく働くし、声もきれいで、髪をキュッと後ろで束ねて今上のお食事に奉仕する姿がなんともいじらしくて。でもいつも忙しそうに立ち働いているので、なかなか、打ち明ける機会がなくてですね…通っている男はいないようなんですが」
うなじを右手でなで上げて、決まりが悪そうに方弘は話す。
「君の口から女を誉める言葉を聞く日が来るとはなあ。打ち明けられないなど、何を弱気になっているんだ、もっと自分に自信を持て方弘!」
斎信がゲキを飛ばす。
「それで方弘がですね、直接打ち明けずに、相手が自分のことを好きなのかどうか知る方法はないものかと悩んでいるのに、今までつきあっているわけです」
「打ち明けずに相手の気持を知る方法だなんて、男としてそれは卑怯だぞ。君はいつも正しかろうが間違っていようが、おかまいなしにズバズバもの言うのが身上だろう。…まあ、方法がないこともないが」
「ええっ教えてください!後生ですから!」
ガバとひれ伏して斎信の裾にしがみつく方弘。裾がしわくちゃになるのも構わず引っ張り続けている。
と、そこへ。
「なんと!こちらから打ち明けずに女人の心のうちを知る方法だなんて、そんなありがたい手段をご存知なら、我々にもご教授いただきたいものですね、頭中将どの」
少し離れた場所でくつろいでいた中将の源宣方と蔵人の源道方が、わらわらとそばに寄ってきた。
「なに言ってるんだい、君らは日ごろ全っ然不自由してないだろう。そんな卑怯な手段を画策したと知れたら、後宮の女房たちから村八分にされてしまうぞ」
「いやあ、これでも苦労してるんですよ。技巧を凝らした恋文の返事が、まず侍女の代筆だなんて、そこんとこだけでも省けるものなら省きたいんですよね」
円座にすわりながら、愛想よく宣方中将が答えた。
「まあ君たち二人のことはいいとしてだな、方弘、女人にお近づきするためには、まず何をおいても恋文だろう?渡した事があるのか?」
「とんでもありません頭中将さま。私の書いた、甘い言葉におぼれるようではがっかりですし、逆に言い負かされたりしますと小憎らしく思ってしまい、今後取次ぎする気持が失せてしまうやもしれません」
なんだかおかしな理屈だなあ、とその場にいるもの皆が思ったが、まあ方弘はいつもこんなものだ、と誰もが納得した。
「とにかく手紙を出さずに、だね。簡単だよ。その意中の女官が必ず立ち寄る場所に、方弘の持ち物だとわかるものを置いとけばいい。恋心を表すものならなおベストだな」
「なるほど!うまいこと考えましたね。方弘殿に興味がなければ気付きもせず通り過ぎていくでしょうし、少しでも気に留めているのなら立ち止まって手にするくらいはしてくれるでしょう。もし、その小兵衛とやらが、方弘殿のことを慕っているなら、ふところに仕舞うくらいはしてくれるかもしれませんね」
道方が感嘆の声をあげる。
「しかし、方弘の持ち物とわかって、尚且つ恋の仲立ちをしてくれそうな物となると…」
「方弘の扇を小兵衛どのの目につきやすいところに落としておく、というのはどうだろう。扇に方弘の似顔絵なんか描いてだな」
道方と信経が思案し始めると、
「あいにくわたしは扇などという、こじゃれたものは持ち合わせてはおりませぬ。暑くて汗が出るようならば、懐紙で押さえればよいと思っておりますので」
と、方弘はそっけない。
「そ、そうなのか。じゃあ、オウムに『マサヒロハ、コヒョウエガスキ』と覚えさせて、御厨子所に放すとか」
「誰が高価なオウムを飼ってるっていうんだ。それに、今上の食事を整える部屋が羽根とフンだらけになってしまうだろ」
「じゃあもういっそのこと、三日夜の餅を御膳棚に置いたらいいでしょう」
最後の台詞は、やけになってる宣方だ。
「あっはっは、ストレート過ぎるよ。恋心どころか結婚しろと脅しているようなものだろう」
腹を抱えて笑いながら斎信は答えた。すると突然、
「いいえ!!今のでひらめきました!私の持ち物で、尚且つ恋を打ち明ける贈り物が!」
天の啓示を受けたように天井を仰いで叫ぶ方弘。うっとりした目で見つめる天井の先にはひしと抱き合う小兵衛と己の姿が浮かんでるらしい。
きっと頭の中も、小兵衛におのれの持ち物を拾わせる計画で忙しいに違いない。
「絶対に成功させてみせます!朝の大床子の御膳(だいしょうじのおもの。今上の正式な食事で朝は午前十時頃)の準備が始まる時間に、御厨子所にお越しください!私からの贈り物を小兵衛どのが愛しそうに抱きしめているところをしかとご覧に入れましょう!」
「しょ、承知したとも」
方弘の迫力に、皆、口をパクパクさせてうなずいたのだった。




次の日の早朝。
「こんなところに汚らしい沓が置き捨ててあるわ!一体誰なの、こんなひどいことなさるのは!」
ひとりの女官がけたたましく騒ぎ立てている。小兵衛だ。食事の準備が整った御膳を置いてある棚に、箱が一つあるのを一番に見つけた彼女は、中に汚らしい沓が一揃い鎮座しているのを汚物をつまむように扱って、騒ぎを聞きつけてかけよってくる他の女官たちの前に、その沓を突き出していた。
「非常識もいいとこだわ!食べ物をのせる棚を下足入れとカン違いして、こんな粗末な箱に沓を入れたまま、忘れてゆくような粗忽者は一体誰なんでしょう」
眉をひそめた不快顔で、肩を震わせながら小兵衛が文句を言っている。本当に不愉快そうだ。周りで小兵衛を落ち着かせようと、皆が、
「一体、どなたのでしょうねえ」
「まあまあ、犯人の追及をせずとも、そのうちに取りにやってきますよ」
「手を清め直して仕事に取りかかり直しましょうよ」
などとなぐさめている。と、そこへ方弘が元気よくやってきた。
「やあ、これは私の沓ですよ。お騒がせしました」
「方弘さん、あなたの沓だったの。なんて非常識な方ですの。ここは下足入れではありません。神聖な御膳棚なんですよ。さっさとその、汚らしいものを持ってってくださいな」
なにもそこまで正面きって悪態つかなくとも、と、周りの女官たちや主殿司などが、方弘のことを思いやるほど、小兵衛はプンプンに怒っていた。
方弘はといえば、この場の険悪な雰囲気に全く気がつかないふうで、目をパチクリしてまわりを見渡している。


「…これはまた、手ひどく振られてるなあ」
事態の一部始終を庭の植え込みの中で眺めていた斎信たちが、ため息とともに苦笑する。
「沓を置く、とは方弘め考えたな。だけど直球勝負すぎたなあ」
方弘が求愛・結婚の象徴として『自分の沓』を選んだことは、鋭いところを突いた考え方だが、御膳棚は少し行き過ぎだ、たとえ想い人の職場だったとしても。
「小兵衛どのとやらは、笑っていれば確かにかわいらしいでしょうが、あんなにつんけんとした物言いの顔を見てしまったら、興ざめですよ」
「求愛の意志表現としては、我々にはマネできないセンスですよねー。ある意味すごいですよ。…あーあ、向こうの戸の陰で信経が涙目で覗いてますねー」
「主殿司や女官たちの何人かは、沓を置いた意味がわかってるふうの者も幾人かいるようですが、…肝心の小兵衛自身がプロポーズされたことを理解できてないようでは、見込みは全くありませんねえ」
植え込みの中で、宣方と道方が声を殺して騒ぐ。
「相手の女官が愚鈍なんだよ。方弘は悪くない」とは斎信の返事。
周りの女官たちは、むしろ方弘を気の毒がっている。斎信たちもその意見に賛成だった。
確かに場の空気は読めないし粗相もしでかす方弘だが、腹黒さも二枚舌も持っていない人物であり、元来陽気な彼を嫌っている人間はそうはいない。仕方のないうつけ者だなあと苦笑はするが、ただそれだけなのだ。
「結果的には方弘の恋をぶっつぶしちゃったわけですねえ、悪い場所に居合わせてしまったなあ」
「あんな神経質そうな女よりは、のんびりおおらかな女の方が方弘には似合っているさ…と方弘に会ったらなぐさめておくしかないな」
「こっぴどい言葉を投げつけられて、キズついた方弘殿ってのは想像つきませんけど」
「そりゃそうだ、しょぼくれた方弘なんて、見れるもんなら見てみたいぞ」
「あいつわかってるのかな…振られたってこと」
もはや失恋した同僚をなぐさめるというよりは、方弘を『酒の肴』にして、どのように酒盛りしようかと計画し始めている連中なのであった。




2003/8/28
クローズアップ方弘。