手 紙



『 拝啓  藤原 斎信殿

斎信殿。お元気ですか。
立秋も早や過ぎましたが、都は相変わらず真夏の蒸し暑い空気がたちこめて、皆様方、暑さにあえいでいることと存じます。
こちらはやはり北国、立秋の少し前あたりから夜にはもう涼しげな風が吹き始め、現地の者の話ですと、今年は特に寝苦しい夜もなく、快適であったこと、それだけに、稲の生育などが心配だと申しておりました。
ハッ私とした事が、米の出来具合を心配するなど…。


陸奥の国に赴任して、二度目の夏が過ぎました。着任が決まった時の騒動では、本当にお世話になりました。あまりの突然の発表に、人事不省に陥った私を介抱して下さった公任どの、ご不快をあらわにされた今上に、何とかとりなそうと努力してくださった斎信どのには、お礼の申しようもありません。
行くつもりもなかった奥羽地方へ赴任した当初、私は相当荒れていました。見るもの聞くものすべて未開の地のような鄙びたものばかり。こんなところ、一日たりとも生きていけるか、と泣き暮らしていたものです。しかし私は腐っても勧学院の教授、おろかな陸奥の人民たちへの正しい指導を、帝に拝命されたのだと思うことにし、守としての仕事に専念することにしました。一年と半年が過ぎた今、皆、私を慕ってくれ、特に波風たてることなく陸奥の国を治めています。地方政治のなんたるかも、おぼろげながらわかってまいりました。次の除目までの期間、せいいっぱい任を果たすつもりです。


そこで、斎信どのにおりいってお願いがあります。
次の除目では、どうか私を都へ連れ戻していただけるように、なにとぞ今上におとりなししていただきたいのです。毎日毎日、この辺境の地で暮らし、和歌も十分すぎるほどつくりました。京の都が恋しくてなりません。雅のこころを忘れ夜盗のような風采で、このままこの地で朽ち果てて死んでゆく夢に、たびたびうなされます。
土下座でも何でもします!一生のお願いです。私はもう、田舎者に囲まれて生活するのには飽きました。頭中将である斎信どのなら、今上によろしくおとりなしくださることも可能ではないでしょうか。今上は、わたしのことをもうお忘れになっておられるのでしょうか。
恥をしのんでお頼みします。私が次の除目で都に戻れるように、今上やその他公卿さまがたにも、よろしくお口添えください。
ああ、わたしは辺境の野に飛び交う哀れなスズメ。たとえスズメになってでもいいから、都に帰りたいのです。京の都に戻れさえすれば、位階も職もどんな低いものでもいいのです。都の片隅で暮らせることができるなら、何も文句は言いません。


あしひきの山がくれなるほととぎすきく人もなき ねをのみぞなく

 
私を哀れと思うなら、どうか、今上に、よしなにおとりつぎを。


陸奥の守  藤原 実方 』


「…以上が実方どのからの手紙だ。―――公任?」
斎信が実方から来た手紙を読み上げている間、じっと目を閉じてうつむきながら聞いていた公任が、顔を上げて目をしばたかせた。どうやら実方の心情を思いやるあまり、涙がにじみでたらしい。
―――ああ。いい歌だな。それにしても哀れなことだ」
「そうだね。辺境の地にあっても、和歌のこころにいささかのかげりも見えない。珠玉のごとき一首じゃないか」
しばし沈黙が流れる。二人は、はるか北の地に旅立っていった古き良き友人との、最後の別れを思いだしていた。
「なんとかならないのか。もう赴任してから一年半だ。あれほどの歌人、今上が思い出されないのがとても信じられない」
友人の誇りにかけても『下向』という言葉は使いたくなかった。
「つい最近まで、いろいろとゴタゴタしてたからなあ…そうだなあ、今すぐにはムリだけど、今度の除目には復帰できるように今上にそれとなくおたずねしてみようか。それと、道長さまへのお伺いも」


しかし、実方の願いは叶うことはなかった。
実方死亡の知らせが届いた朝、勧学院の庭に一羽のスズメが死んでいた。実方の魂がスズメとなって都に舞い戻ってきて、力尽きたのだろう、と皆はうわさしたそうな。


2003/8/19